女神のつくった世界の片隅で従魔とゆるゆる生きていきます

みやも

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第2章 夏

◆刺さりまくる二の矢、三の矢、四の…

部屋の空気が一瞬にして変わった。

「その拘束具を外しなさい。――彼女はこの国の民を救った者です」

凛として、しかしどこか安心感のある温かさを含んだ王妃の声が、冷たく淀んでいた審問室を震わせた。
ノエルの手首に冷たく張り付いていた金属が、カチャリと外れる音がやけに鮮やかに響く。

鎖が外れるたび、ずっと押しつけられていた重みが解けていく。
けれどそれ以上に、彼女の胸の奥に広がったのは――安堵だった。

王妃の後ろから、良質なマントの裾を翻しながら一人の男が姿を現した。
ブラッドベリ伯爵。貴族社会でも交渉事に長けた優男である。今、ノエルの前に立つその背中はとても頼もしく見えた。

「これは外交文書だ」

伯爵は低く、しかしはっきりとした声で言い放ち、机に何枚もの書類を叩きつけた。
乾いた音が、審問室の壁に反響する。

「ノエル嬢のグミはすでに他国貴族にも提供され、命を救っている。これを罪と言うなら、わが国は国際的な笑い者だ」

正面の金ピカの男は、ぐっと苦虫を噛み潰したような顔になった。

その様子を眺めながら、ノエルは思わず頭の中で叫んだ。あの大量発注は、このためだったのか――と。

伯爵がこちらに視線を向け、片目を軽く閉じる。
その仕草は、まるで「計算通りだ」と言っているようだった。

だが、金ピカカエル男も黙ってはいなかった。

「し、しかし、妃殿下、この者はギルド登録がないにも関わらず、回復ポーションに準ずる治癒効果を持ったものを違法に製造、流通させたのですぞ!薬律に違反しております!!」

唾を飛ばし、顔を茹タコように真っ赤にして、必死に抗弁する。
しかし、王妃は一歩も引かない。

「薬律第八章、第四節――“食品”は該当しておりませんよ?なぜ、菓子を作った者を召喚したのですか?」

その声は静かだが、氷の刃のように鋭く、場の空気を凍らせた。
幹部たちは目配せしながら、どちらの陣営につくべきか計算を始める。

その時――審問室の扉が勢いよく開き、慌ただしい足音が雪崩れ込んだ。

「ノエルさん!!」

モルトンだった。
その後ろでは、警備兵ともみくちゃになりながら“疾風ハンター”の面々が必死に押し入ってくる。
もみくちゃの中、モルトンが袋を開け、中からポーショングミを高々と掲げた。

「このグミは、すでに市場で人気爆発中です!安くて効く“庶民の味方”、誰もがそう言っている!薬師ギルドの高額ポーションなんてもう誰も買わないでしょうね!!」

声が壁に跳ね返り、空気が揺れた。

「そうだそうだ!姉ちゃんのグミは最高だ!」
「俺達みたいなD級冒険者でも安心して買える!」
「しかも消費期限も長いんだから!」
「お姉ちゃんのグミ、没収するなんて絶対許せないんだから!」
「……ギルティ」

疾風ハンターの面々が警備兵を抑えながら次々叫ぶ。

そこへ――さらに別の怒号が混じった。

「離せ!アホだらァ!は・な・せっつってんだろ!!」

腰に何人もの警備兵をぶら下げた隻眼の大男が、審問室に突っ込んでくる。
丸太のような腕で兵を引きずりながら、鋭く叫んだ。

「現場で戦う冒険者にとって、このグミは命綱だ!高すぎるポーションで何人死んだと思ってる!?そこの嬢ちゃん、絶対収監なんてさせねぇーからな!!いっつも俺らをバカにしやがってゴルァ!」

何か別の恨みもこもった声だった。
審問官が「静粛に!!」と木槌を叩くが、もう遅かった。
空気は完全にこちらの側に傾いていたからだ。

王妃の背筋の通った姿、伯爵の確信に満ちた笑み、モルトンたちの必死の叫び、疾風ハンターたちの熱。
そして隻眼の大男の真っすぐな怒り――その光景を目の当たりにして、ノエルの胸の奥から何かが溢れ出した。

(……私のために、こんなにも……)

視界が滲み、頬を伝う温かい雫を止められない。
みんなの気持ちが、想いが、どうしようもなく嬉しかったのだ。

――その時。

審問室の扉が、轟音と共に一瞬で消し飛んだ。
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