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第1章 春
◆薬効・粒立アロエジャム
しおりを挟む「調子に乗ってんなよ」
「なぁに人の女に手え出してんだ」
ブロック塀に肩を押し付けられ、鞄を奪い取られた。囲む輩の隙間から周囲を窺うが、閑静な住宅街には人の姿がない。
……油断した。
随分と背丈も伸びたし、それなりに筋肉もついたのだから、もう大丈夫だとタカをくくってしまった。こういうパターンもあるのだと想定しておくべきだった。
龍星は反省する。
しかし、まだマシだ。この男子学生の行動理由は、牽制もしくは逆恨みといったものだろう。つまり、どこぞの女子を介在した間接的なものだ。いったいどの女子のことを言っているのか全く心当たりがないが、こちらにその気がないと説明すればわかってもらえるのではないか。
龍星は顔を上げ、正面で睨んでいる男に訴えた。
「勘違いだと思う。俺には心当たりがない」
「ああ?なわけねぇだろ、あいつは、はっきり、てめぇの名前を言ったぞ」
「俺は誰とも付き合ってないし、付き合うつもりもないんだよ」
男の手首を掴んで肩から引き剥がした。
脇を固める男の一人が、ニヤニヤ笑う。
「へぇ?じゃあ、あの噂はマジだってこと?」
「あーあれ?男にしか興味がねぇって。子供の頃におっさんにイタズラされて、それから癖になったとかいう」
龍星の頭に血が上った。下卑なでたらめを口にする男を睨みつける。
「てめぇ、なんつった」
「睨んでら。美形はどんな顔しても絵になるよなぁ」
「なぁ、俺らも相手してよ。おっさんよりいーだろ、若い方が」
「おい、何言ってんだ?お前らまで」
正面にいた男が怪訝な表情で背後の二人を振り返った。
「俺らがコイツをヤッてやるから、お前はそれを撮れよ。そんで女に送りつけろ」
「ああ……なるほど」
あっさり納得すんなよ、コイツら相当クズだな。
龍星は舌打ちをする。
「こんだけ美人なら男でもヤれるわ。ほっそいし」
「俺、咥えてもらおうかな~」
再び肩を押さえつけられ、顎を掴まれた。龍星はギリギリと奥歯を噛み締める。
できるだけ抵抗はしてみるつもりだが、三人相手にどこまで通用するか……催涙スプレーは奪われた鞄の中。となれば、今の俺にはこれしかない。
龍星はズボンのポケットにそっと手を入れ、常備しているメリケンサックを嵌める。
腕力には自信がないけれど、これを使って殴れば威力は増す。視覚的にも抑止力になるはずだ。しかし、同時にリスクも負う。相手に怪我を負わせてしまえば、龍星だとて処分は免れない。停学か退学か。
吟味に吟味を重ね選んだ進学先。猛勉強の末に合格を果たしたのはクリーンなイメージの進学校だった。
しかし残念ながら、下衆は生息していたらしい。
……忌々しい。
寄ってくる蝿もそうだが、自分の特殊な容姿にもほとほと嫌気がさす。
そして、自分を偽ってまで屈したくないというプライドの高さにも。
ズボンのベルトに手が掛かった。
龍星はポケットの中の拳を握る。
首筋がざわざわと波立った。
その時、男たちの隙間を縫うように声が届く。
「わー何をしているんですかぁ」
この場の空気にまったくそぐわない間延びした音に、全員が動きを止める。
「寄って集って、だめじゃないですか。通報していーですかぁ」
視線が集中した先には、学ランを着た少年が立っていた。
見覚えのある顔に、龍星は息を呑む。
「ああ?中坊、向こう行っとけ」
「あのなぁボク、お兄さん達は喧嘩してるわけじゃねぇの。今から仲良くするんだよ」
「そうは見えないけどなぁ」
「生意気なやつだな、いーからサッサとお家へ帰れよ」
男の一人が少年に近付き、肩を押した。少年はよろめき尻餅をつく。
龍星は助け起こしたい衝動をぐっと堪えた。
ここで知り合いだとバレるのは不味い。それこそ確実に彼を巻き込んでしまう。
少年の側にしゃがみこみ、襟首を掴んで凄む高校生。つくづく心根の腐った奴等だと思う。
龍星はもどかしさに奥歯を噛み締めながらも、黙って動向を見守った。
「痛ぇ思いはしたくないだろ?ガキ」
……頼む、引き下がってくれ。
心の中で祈る。
「どっか行け、そんで誰にも言うな。もしやったら、家突き止めて攫うぞ。学校に通えなくしてやってもいいぜ?その校章、第三中だろ?」
少年は無言で立ち上がるとズボンの尻を払い、足元の男を見下ろした。その視線を受けた男が、何故か固まっている。
その刹那、少年は足を上げ、男の首を横から蹴り飛ばした。一切の躊躇もなく。
アスファルトに倒れ込んだまま動かなくなった仲間を、唖然と見つめる二人。予想外の出来事に戸惑っているようだ。しかし、それも束の間、龍星から手を離し、駆け出して行く。
龍星も遅らせばせながら足を踏み出した。
「クソガキ!!」
「やるんすか?俺、空手黒帯っすよ。ちなみに去年の県大会では優勝、今年はシード枠」
「だったら尚更一般人相手に使ったらマズいだろーが。わかってんのか、中坊。問題起こしたら大会に出れなくなんぞ」
少年は不敵に笑う。
普段は優しい目が、細められ描くカーブ。
口角が引き上げられ白い歯が覗く。
それを見た途端、龍星の身体にゾクゾクとした震えが走った。急に足から力が抜け、塀にもたれかかる。
少年が一歩進みでた。
「別に大会で優勝したくて始めた空手じゃないんすよね~だから、全然構いません。むしろ、この機会を待ってたんで」
「は?」
「ありがとう、クズなお兄さん方」
微笑みながら構えもせず、少年は前に立つ男の腹に拳を打ち込み、傍らで棒立ちになる男の首へと回し蹴りを食らわす。
一瞬の出来事だった。
呻き、転がる男たち。
少年はその身体を避け、跨ぎ、アスファルトに投げ出された鞄を拾った。そして、真っ直ぐとこちらを見る。
龍星は咄嗟に俯いた。
頬が熱い。鼓動が煩い。
なぜこんなタイミングでこうなってしまったのか、激しく困惑していた。
「大丈夫?龍兄」
前に立つ少年に恐る恐る視線を向ける。
あどけない笑顔を浮かべる少年は、確かに彼だ。同じマンションの同じ階に住む、年下の幼なじみ。龍星が中学に上がってからはめっきり会わなくなったが、以前はしょっちゅう遊んでいた二つ年下の優斗。
「……優ちゃん、こんなこと……危ないじゃないか」
「でも、俺、強かったでしょ」
「そ、そうだけど……コイツらに仕返しされたらどうすんだよ」
「大丈夫だよ。手は打ってあるから。さっき龍兄に絡んでるとこ動画撮ったんだ」
優斗がスマートフォンを掲げた。
龍星はその用意周到さに呆ける。
「龍兄と同じ高校に空手の先輩がいてさ、そっちにも話しておくから安心して。先輩に逆らえる生徒はいないんだって」
優斗に腕を取られ、身体がよろめく。支えるために咄嗟に出た手が学ランに縋った。掌から硬い筋肉を感じ取り、ひょっと息を吸い込む。
「歩くのしんどいの?おんぶする?龍兄」
覗き込まれて見上げれば、いつの間にか彫りが深くなり精悍になった顔がある。そういえば、身長もあまり変わらない。
「へっ、平気だ」
「俺、力あるよ」
「……知ってる。凄かったな、いつの間にかデカくなったんだな、優ちゃん」
「へへ、そうだろ?中学入って20センチ伸びたんだ」
優斗は話しながら龍星の腕を肩に担ぎ上げ腰を支えた。密着する身体に益々熱が上がる。
「龍兄と話すの久しぶりだね」
「そっ、そうだな」
「龍兄は私立の中学校に行っちゃって朝も早かったし、俺は公立だしなぁ」
「優ちゃんだって、帰ってくんの遅かったよな」
「あー、空手を習い始めたからね」
「全然知らなかった」
「そりゃあね、近くに住んでても知らないことはあるよね。幼なじみでも」
意味深な言葉に、龍星の胸がざわめいた。そればかりか、何かもやもやした感情までもが湧いてきて戸惑う。
「ねぇ、龍兄、大丈夫だった?俺がそばにいない間、怖いことはなかった?」
「……何のことだ」
優斗の足が止まり、顔が近づく気配がする。頬に息がかかり、龍星は身体を強ばらせた。
「さっきみたいな事だよ。龍兄は危なっかしいから。昔からさ」
確かに優斗といれば、不思議と変な大人が声をかけてくることはなかった。
向けられる視線は防ぎようもなく。加えて、小学生ながらもあからさまにベタベタと触ってくる女子や男子のやっかみ。
そんなものに疲れていた当時の龍星にとって、優斗の側は唯一安心していられる場所だった。
しかし、流石に中学生にもなってまで付き合わせられないと思ったのだ。だから、敢えて距離を置いたのだが……
「俺を頼っていいんだよ。見たでしょ、俺は強い。意外に交友関係も広いしね」
「で、でも、優ちゃんはまだ中学生じゃないか。部活だって……」
「部活には入ってないよ。空手道場に通ってたから。でももう辞めたんだ。元々黒帯を取るまでって約束だったのにさぁ、師範がなかなか辞めさせてくんなかったの」
「県大会で優勝するくらいなんだから当然だろ。辞めていいのか?内申だって……」
優斗は笑う。細くなった目の奥は窺えない。
「だから、そんなのどーでもいいんだって」
腰に回された手に力が篭もった。思わずビクリと身体が跳ねる。
「俺に守らせてよ、龍兄」
「駄目だよ、優ちゃん、そんなこと」
「俺がやりたいんだからいーだろ?な?毎日駅まで迎えに行くよ。連絡先交換しよ」
結局、龍星は抗えなかった。
罪悪感を感じたのはほんの短い間。それを遥かに上回る期待にたちまち支配されてしまったからだ。
優斗との心地よい時間を想像し、胸を弾ませる。
そして、新たに湧き上がる甘い欲に身悶えた。
男達を次々と倒していく容赦ない動き。
狂気の孕んだ笑顔。
逞しく硬い胸と力強い腕。
思い返す度に身体が火照り、痺れが背中を駆け上がる。
初めて目にした優斗の一面。
それら全てが龍星を激しく魅了し、滾らせた。
優斗の存在により、龍星は己の性癖に目覚め、恋を知る。
……優ちゃんが欲しい。
高校一年の初夏。
龍星は、ずっと忌み嫌っていた情欲に染まることを決意した。
そして、年下の幼なじみを籠絡する策を、練り始めたのである。
「なぁに人の女に手え出してんだ」
ブロック塀に肩を押し付けられ、鞄を奪い取られた。囲む輩の隙間から周囲を窺うが、閑静な住宅街には人の姿がない。
……油断した。
随分と背丈も伸びたし、それなりに筋肉もついたのだから、もう大丈夫だとタカをくくってしまった。こういうパターンもあるのだと想定しておくべきだった。
龍星は反省する。
しかし、まだマシだ。この男子学生の行動理由は、牽制もしくは逆恨みといったものだろう。つまり、どこぞの女子を介在した間接的なものだ。いったいどの女子のことを言っているのか全く心当たりがないが、こちらにその気がないと説明すればわかってもらえるのではないか。
龍星は顔を上げ、正面で睨んでいる男に訴えた。
「勘違いだと思う。俺には心当たりがない」
「ああ?なわけねぇだろ、あいつは、はっきり、てめぇの名前を言ったぞ」
「俺は誰とも付き合ってないし、付き合うつもりもないんだよ」
男の手首を掴んで肩から引き剥がした。
脇を固める男の一人が、ニヤニヤ笑う。
「へぇ?じゃあ、あの噂はマジだってこと?」
「あーあれ?男にしか興味がねぇって。子供の頃におっさんにイタズラされて、それから癖になったとかいう」
龍星の頭に血が上った。下卑なでたらめを口にする男を睨みつける。
「てめぇ、なんつった」
「睨んでら。美形はどんな顔しても絵になるよなぁ」
「なぁ、俺らも相手してよ。おっさんよりいーだろ、若い方が」
「おい、何言ってんだ?お前らまで」
正面にいた男が怪訝な表情で背後の二人を振り返った。
「俺らがコイツをヤッてやるから、お前はそれを撮れよ。そんで女に送りつけろ」
「ああ……なるほど」
あっさり納得すんなよ、コイツら相当クズだな。
龍星は舌打ちをする。
「こんだけ美人なら男でもヤれるわ。ほっそいし」
「俺、咥えてもらおうかな~」
再び肩を押さえつけられ、顎を掴まれた。龍星はギリギリと奥歯を噛み締める。
できるだけ抵抗はしてみるつもりだが、三人相手にどこまで通用するか……催涙スプレーは奪われた鞄の中。となれば、今の俺にはこれしかない。
龍星はズボンのポケットにそっと手を入れ、常備しているメリケンサックを嵌める。
腕力には自信がないけれど、これを使って殴れば威力は増す。視覚的にも抑止力になるはずだ。しかし、同時にリスクも負う。相手に怪我を負わせてしまえば、龍星だとて処分は免れない。停学か退学か。
吟味に吟味を重ね選んだ進学先。猛勉強の末に合格を果たしたのはクリーンなイメージの進学校だった。
しかし残念ながら、下衆は生息していたらしい。
……忌々しい。
寄ってくる蝿もそうだが、自分の特殊な容姿にもほとほと嫌気がさす。
そして、自分を偽ってまで屈したくないというプライドの高さにも。
ズボンのベルトに手が掛かった。
龍星はポケットの中の拳を握る。
首筋がざわざわと波立った。
その時、男たちの隙間を縫うように声が届く。
「わー何をしているんですかぁ」
この場の空気にまったくそぐわない間延びした音に、全員が動きを止める。
「寄って集って、だめじゃないですか。通報していーですかぁ」
視線が集中した先には、学ランを着た少年が立っていた。
見覚えのある顔に、龍星は息を呑む。
「ああ?中坊、向こう行っとけ」
「あのなぁボク、お兄さん達は喧嘩してるわけじゃねぇの。今から仲良くするんだよ」
「そうは見えないけどなぁ」
「生意気なやつだな、いーからサッサとお家へ帰れよ」
男の一人が少年に近付き、肩を押した。少年はよろめき尻餅をつく。
龍星は助け起こしたい衝動をぐっと堪えた。
ここで知り合いだとバレるのは不味い。それこそ確実に彼を巻き込んでしまう。
少年の側にしゃがみこみ、襟首を掴んで凄む高校生。つくづく心根の腐った奴等だと思う。
龍星はもどかしさに奥歯を噛み締めながらも、黙って動向を見守った。
「痛ぇ思いはしたくないだろ?ガキ」
……頼む、引き下がってくれ。
心の中で祈る。
「どっか行け、そんで誰にも言うな。もしやったら、家突き止めて攫うぞ。学校に通えなくしてやってもいいぜ?その校章、第三中だろ?」
少年は無言で立ち上がるとズボンの尻を払い、足元の男を見下ろした。その視線を受けた男が、何故か固まっている。
その刹那、少年は足を上げ、男の首を横から蹴り飛ばした。一切の躊躇もなく。
アスファルトに倒れ込んだまま動かなくなった仲間を、唖然と見つめる二人。予想外の出来事に戸惑っているようだ。しかし、それも束の間、龍星から手を離し、駆け出して行く。
龍星も遅らせばせながら足を踏み出した。
「クソガキ!!」
「やるんすか?俺、空手黒帯っすよ。ちなみに去年の県大会では優勝、今年はシード枠」
「だったら尚更一般人相手に使ったらマズいだろーが。わかってんのか、中坊。問題起こしたら大会に出れなくなんぞ」
少年は不敵に笑う。
普段は優しい目が、細められ描くカーブ。
口角が引き上げられ白い歯が覗く。
それを見た途端、龍星の身体にゾクゾクとした震えが走った。急に足から力が抜け、塀にもたれかかる。
少年が一歩進みでた。
「別に大会で優勝したくて始めた空手じゃないんすよね~だから、全然構いません。むしろ、この機会を待ってたんで」
「は?」
「ありがとう、クズなお兄さん方」
微笑みながら構えもせず、少年は前に立つ男の腹に拳を打ち込み、傍らで棒立ちになる男の首へと回し蹴りを食らわす。
一瞬の出来事だった。
呻き、転がる男たち。
少年はその身体を避け、跨ぎ、アスファルトに投げ出された鞄を拾った。そして、真っ直ぐとこちらを見る。
龍星は咄嗟に俯いた。
頬が熱い。鼓動が煩い。
なぜこんなタイミングでこうなってしまったのか、激しく困惑していた。
「大丈夫?龍兄」
前に立つ少年に恐る恐る視線を向ける。
あどけない笑顔を浮かべる少年は、確かに彼だ。同じマンションの同じ階に住む、年下の幼なじみ。龍星が中学に上がってからはめっきり会わなくなったが、以前はしょっちゅう遊んでいた二つ年下の優斗。
「……優ちゃん、こんなこと……危ないじゃないか」
「でも、俺、強かったでしょ」
「そ、そうだけど……コイツらに仕返しされたらどうすんだよ」
「大丈夫だよ。手は打ってあるから。さっき龍兄に絡んでるとこ動画撮ったんだ」
優斗がスマートフォンを掲げた。
龍星はその用意周到さに呆ける。
「龍兄と同じ高校に空手の先輩がいてさ、そっちにも話しておくから安心して。先輩に逆らえる生徒はいないんだって」
優斗に腕を取られ、身体がよろめく。支えるために咄嗟に出た手が学ランに縋った。掌から硬い筋肉を感じ取り、ひょっと息を吸い込む。
「歩くのしんどいの?おんぶする?龍兄」
覗き込まれて見上げれば、いつの間にか彫りが深くなり精悍になった顔がある。そういえば、身長もあまり変わらない。
「へっ、平気だ」
「俺、力あるよ」
「……知ってる。凄かったな、いつの間にかデカくなったんだな、優ちゃん」
「へへ、そうだろ?中学入って20センチ伸びたんだ」
優斗は話しながら龍星の腕を肩に担ぎ上げ腰を支えた。密着する身体に益々熱が上がる。
「龍兄と話すの久しぶりだね」
「そっ、そうだな」
「龍兄は私立の中学校に行っちゃって朝も早かったし、俺は公立だしなぁ」
「優ちゃんだって、帰ってくんの遅かったよな」
「あー、空手を習い始めたからね」
「全然知らなかった」
「そりゃあね、近くに住んでても知らないことはあるよね。幼なじみでも」
意味深な言葉に、龍星の胸がざわめいた。そればかりか、何かもやもやした感情までもが湧いてきて戸惑う。
「ねぇ、龍兄、大丈夫だった?俺がそばにいない間、怖いことはなかった?」
「……何のことだ」
優斗の足が止まり、顔が近づく気配がする。頬に息がかかり、龍星は身体を強ばらせた。
「さっきみたいな事だよ。龍兄は危なっかしいから。昔からさ」
確かに優斗といれば、不思議と変な大人が声をかけてくることはなかった。
向けられる視線は防ぎようもなく。加えて、小学生ながらもあからさまにベタベタと触ってくる女子や男子のやっかみ。
そんなものに疲れていた当時の龍星にとって、優斗の側は唯一安心していられる場所だった。
しかし、流石に中学生にもなってまで付き合わせられないと思ったのだ。だから、敢えて距離を置いたのだが……
「俺を頼っていいんだよ。見たでしょ、俺は強い。意外に交友関係も広いしね」
「で、でも、優ちゃんはまだ中学生じゃないか。部活だって……」
「部活には入ってないよ。空手道場に通ってたから。でももう辞めたんだ。元々黒帯を取るまでって約束だったのにさぁ、師範がなかなか辞めさせてくんなかったの」
「県大会で優勝するくらいなんだから当然だろ。辞めていいのか?内申だって……」
優斗は笑う。細くなった目の奥は窺えない。
「だから、そんなのどーでもいいんだって」
腰に回された手に力が篭もった。思わずビクリと身体が跳ねる。
「俺に守らせてよ、龍兄」
「駄目だよ、優ちゃん、そんなこと」
「俺がやりたいんだからいーだろ?な?毎日駅まで迎えに行くよ。連絡先交換しよ」
結局、龍星は抗えなかった。
罪悪感を感じたのはほんの短い間。それを遥かに上回る期待にたちまち支配されてしまったからだ。
優斗との心地よい時間を想像し、胸を弾ませる。
そして、新たに湧き上がる甘い欲に身悶えた。
男達を次々と倒していく容赦ない動き。
狂気の孕んだ笑顔。
逞しく硬い胸と力強い腕。
思い返す度に身体が火照り、痺れが背中を駆け上がる。
初めて目にした優斗の一面。
それら全てが龍星を激しく魅了し、滾らせた。
優斗の存在により、龍星は己の性癖に目覚め、恋を知る。
……優ちゃんが欲しい。
高校一年の初夏。
龍星は、ずっと忌み嫌っていた情欲に染まることを決意した。
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