丘の上の雑貨屋と魔王モール

toseki.yunomi

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ep.1 コンビニバイト一日でクビになったら転生したけど異世界も無情

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「お前なんてクビだ!」
 生前、最後に聞いた声。

 ――就活10年の末、決まったコンビニバイト初日、品出しからレジ打ちまで全てにおいてミス。

「体力には自信があります!」なんて言って初日から深夜に入れてもらったけど、寝不足には弱かった。 深夜のレジでお釣り二千円を間違って二万円渡してしまっていた。
 ……我ながらひどい。
 朝五時、外の掃除をしていたらめまいがしてよろめき、お高いチリトリを踏み壊した。
  
 ……冒頭に戻る。
 朝六時、予想通り俺はクビになって、予想通り黒猫が目の前を横切って、予想通りトラックにはねられた。
 ついでに、予想通りどうでもいいことが頭をよぎる。――だれか、AI彼女のサブスク解約してくれ。
  
 ただ、予想に反して、最後に見た月は穏やかで、美しかった。
  
***
 気が付くと谷間の山村を見下ろす丘の上にいた。
 姿形は転生前の若返った普段着の格好。黒いズボンに無地のワイシャツに深緑の薄いハーフコート。

「ああ……転生か」
 普段から転生ファンタジーに接していた俺は、この状況をすんなり受け入れた。
  
 ――そこで重大なことに気がつく。
「ここの土、かなり上質だ! いい焼き物ができるぞ!」
 ……最高じゃないか! 土こねてスローライフ系の異世界ライフを楽しもう!

 そう決断し、作成道具を手に入れようと、ふもとの村へと歩き出した。

***
 ふもとの村、スロウタウン。
 見たところ、何の変哲もないちょっと大きめの村だった。人間のほかに、獣人や魔物も共存している。

「あの、このあたりに道具屋はありますか?」
 恰幅の良い女性に話しかける。するとじーっと見て、女性は言う。
「あんた、転生者かい?」
  
「え、そうですけど。なぜわかったのです?」と返事をする。  

「その姿だからね。まずは寝床を確保しなきゃいけないよ」
「お金、ないんですが……」
  
「それなら、転生者がふもとの町で不動産銀行開いているから、頼んでみなさいよ! 歩いて4時間くらい! すぐよすぐ!」
 ――田舎者の歩いてすぐは、信じてはならない。俺は鋭い観察で、元の世界と異世界の共通点を見つけた。
  
***
 ふもとの町、ミッドライフシティ。
 確かに『ニホン不動産兼銀行』という怪しい店があった。
  
「いらっしゃいませ。おや、お客様……、転生者でいらっしゃいますか?」
「は、はい」
 
 一瞬で見抜かれ、たじろぐ。
 営業マンは意に介さず物件を勧めてくる。

「同郷とは! それなら素晴らしい物件をご紹介できます! 山付き、店舗付き空家です! 価格は1000万ゲル! あ、1ゲルが約1円です。年1%の低金利ローンです!」

 差し出された資料に目を通す。
 (ここは転生して粘土を見つけたの近くだ!)
 つまり、良質の粘土がある。

「……よし、買います!」
 契約書にサインをする。
「素晴らしい決断です! 契約書等はすぐにお送りしますので! 良き異世界ライフを!」
  
 スローライフに近づいたと気をよくした俺は、足取り軽くその店を後にした。
  
***
 丘の上の新居で機嫌よく土をこねていると、契約書が届いた。……それを読んで目を疑った。
  
『ゼロが多くて桁を言い間違っていました。そこ、100億ゲルです。しかし契約済みですので、いかなることがあろうと変更は許されません。年利は1億ゲルです。まあ同郷のよしみとして、10万円分の紙幣をお渡ししておきます。それではよき異世界ライフを!』
  
 同封されていた封筒に、確かにお金らしきものが10枚入っていた。

 ――転生前、時給1000円切ってた俺の、年の利子支払額が1億……?
  
 混乱した俺は……粘土をこねだした。

 精神安定には粘土をこねるのが一番だ。

*** 
 しばらくしても粘土は、水の配分を間違ったのか、全然固くならない。
「あれ、固まらない……」

〈ポタポタ……〉
 涙が落ち続け、粘土は固まりきれなくなっていた。
  
 悲しいんじゃない。……もっと別の感情だ。
 転生し人生をやり直そうとしたのに、すぐに騙される。
 泣くなんて子どもじゃあるまいし……、と理性が止めようとするが、止める理由が思い浮かばない。

 ――もう、この俺という人間そのものが、むなしすぎる。
  
「転生したのに、全然変われてない……。俺が、いったい何したんだよ……。100億って、ガキのジョークでもありえないぞ……」
  
 でも、こういうときこそ、創作に没頭するしかない。
  
 何十年も生きてきたにもかかわらず、俺は、乗り越える方法をそれしか知らない。
 粘土の粉を足して、程よい硬さに調整する。
  
「きっと、粘土細工で借金なんてすぐに返してみせる……」
 混濁した頭で強がりを言う。
  
 何とかハニワの形にし、家を飛び出した。
 残された創作物……ハニワが、静かに俺を見ている――そんな気がして、振り返れないまま、家を飛び出した。
  
***
 崖を迂回し、鬱蒼とした山へと入る。道なき道を進む。目的地もない。行けども行けども雰囲気の悪い森が続く。陰鬱というのにふさわしい森だ。

 しばらく、無我夢中で進む。

〈ガサ……! ガサガサ……!〉

 動物にしては、重い足取り。こちらの動きを観察している。
 確実に、モンスターだ。

 ――まずい。このまま異世界生活が終わることになりかねない。
「それだけは!」

 だが、駆け出すのが遅かったのか、背中に衝撃が走る。

〈ガシュ!〉
 背中に鋭い痛み。
「ッ!」
  
 倒れざまに振り返ると、クマとゴブリンを合わせたようなモンスターがいた。
 
(戦っては駄目だ、逃げなければ……!)
  
 本能的に悟り、背中の痛みをこらえ走り出す。
  
 次の瞬間、上からものすごい音が聞こえた。
〈バキバキッ!〉
  
 見るとクマゴブリンの巨体が跳躍していた。
 咆哮を上げ、上空から攻撃してくる。

 ――あまりの迫力に、体が動かない。

(もう駄目だ)
 そう、あきらめた瞬間。
 
 空気が震え、歪む。森が静寂に包まれる。
 まばゆい光を放つ魔法陣が出現し、反転し、クマゴブリンの巨体がひっくり返る。

 ……ついでに俺もひっくり返る。

 目を丸くしたクマゴブリンはキューンと鳴きながら逃げていった。

「だい、……じょうぶ?」

 俺はひっくり返ったまま動けない。視線をめぐらし、声の主を見る。

 ――助けてくれたのは、家に残していた不格好なハニワだった。

***
 立ち上がり、改めてハニワを見る。
  
「キミは、俺の作った、……ハニワか?」
 肯定するように体を動かす。
「名前は?」
  
「る、ルドな」
 くぐもった声。それはどこか少女のような声だった。

「いい名前だ」
 表面を撫でてみる。ザラザラとサラサラの間のような質感をしており、滑らかな焼き物のようだった。

「傷が、できている……」
 表面に多くのヒビが入っていた。
  
「無茶して……駆けつけてくれたんだな」
 こんな自分のために。申し訳ない気持ちになる。
  
「わたし、あなた、みかた、なかないで」
「……!」
 その言葉を聞いた瞬間、泣いていたことに気がつく。涙があふれる。
  
 あれだけ泣いたのに、またしても。
 ――味方なんて、どこにもいなかったから。
  
「……ありがとう」
 しばらく沈黙が流れる。

 冷静さを取り戻し、質問をする。
「さっき使ったのは、重力魔法?」

 あのとき、敵と一緒に俺もひっくり返っていた。
 ボケたんじゃない。
 重力方向がわからなくなったのだ。

「わか、らない」

 無我夢中で助けてくれたようだ。
  
「ともかく、ここは危険だ。早く帰らないと」
 そう声をかけたとき――彼女の後ろに大きな影。クマゴブリンの親玉!?
  
 振り下ろされる大きな腕。
  
「危ない!」
 思わず前に出る。
 ――だけど、間に合わない。
  
〈パリン〉
 吹き飛ばされ、動かなくなるハニワ。

「……ルルドナ!」
 急いで駆け寄るが、割れた体はぴくりとも動かない。

「そんな……」
 うなだれて涙を落とす。

 ――涙がハニワに落ちたとき、突風が、森を揺らす。
〈ゴォォーーー〉
 ハニワの周りに、月明かりのような魔法陣が幾重にも展開される。
 次の瞬間。
 ――割れたハニワから、小さな影が飛び出した。
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