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ep.4 個人店の開店前はだいたい眠れないし、開店しても客は来ない
しおりを挟む「浮気だなんて……。というか、流暢にしゃべるようになったね」
「ええ、そうよ。あなたの一部が入っているから、知識も入ってきているの」
「一部? ……手垢?」
「涙よっ!」
ルルドナの頭にのったままのハニワのかけらがガタガタと揺れる。
「知識が入ってきているのか?」
「なんとなく、ね。私は両世界の知識があるわ。頼りにしなさい」
「そりゃご都合主義な……」
「余計なことを考えたらだめよ。で、さっきのは?」
「ああ、さっきの子、イゴラくんっていうんだけど、最初の客さん。また来るって」
「くん? 変ね、あの子は女の子だと思ったんだけど。勘違いかしら? ともかく、あの子に次の客を紹介してもらうのよ!」
「なるほど。……でも、その前にここをリフォームしないと」
一応、以前の住人も店をやっていたようだが、あまりに狭すぎる。コンビニのカウンターの売り場くらいしかない。
「大工仕事できるの?」
「ネットで見た」
「業者に依頼しましょう」
即却下。
「……そうだね。じゃあ、明日」
「い ま で し ょ!」
どこかの大手塾講師が言いそうなセリフで俺は追い出された。
真っ赤な夕焼けを見ながら、駆け足でマリーさんの店に向かう。
――普段からランニングしててよかった。
転生前、体作りのために走り込みしていたことを思い出し、転生しても同じことをしている自分が少しおかしかった。
***
マリーさんにはプライドをかなぐり捨て、土下座してリフォームを頼み込んだ。
出世払いということで、了承してくれた。
「あんたは真面目に働きそうだから、いいよ」
「ありがとうございます!」
(何の信頼もないのに、ありがたい)
何度もお辞儀をしながら店を去る。
感謝を忘れないように。
***
「で、明日商品棚ができるとして、並べるものは?」
「今日作った土器と、これから作る作品と、森で取れたもの」
「全然足りないじゃない。今夜は徹夜ね」
「……え?」
「朝まで作るだけ作って、明るくなったら森に売れそうなものを取りに行くのよ。業者さんが帰るときに売りつけるのよ」
「そんなうまくいくかなぁ……」
頭を高く掲げ、腕を振り上げて言うルルドナ。
「徹夜ならいけるわ! 繰り返すわ。土器作る! 森の野草を総菜にする! 業者さんにそれを売る! わかった?」
少しひび割れた頭を高くし、腕を振りながら言う。
その夜、ルルドナは俺の家庭教師のように振る舞った。
「これちょっとゆがんでいるわよ」
「ホントだ」
「こっちに並べておくわよ」
「頼む」
「これ、ひび入ってる!」
「よけといて!」
全く迷惑な話だ。
……いや、ありがたいのか。
俺は土器の型を大量に作る。
転生スキルのおかげで、作ってまとめて置いておけば完成するようだ。
――その調子で、真夜中。
「できたー!!」
目標個数を作り上げ、クタクタになって仮眠という名目で眠りについた。
***
――が、ニ時間くらい寝ただけで、ルルドナの声で起こされる。
「起きなさい!」
「ううーん……」
本当なら二度寝するところだが。
森へいって食べられる野草や小川の小魚などをとる。
「あの野草も、この野草も食べられるわ」
知識豊富なルルドナ。
半分眠った頭で言われたとおりの野草を取る。
信じられないほどたくさんの食べられる野草が生い茂り、あふれんばかりの小魚がいた。
豊かな森ってこんな感じなのか。
深呼吸し、背伸びをしたとき、野草を探しているルルドナが目に入る。彼女は少し寒そうだった。
「ルルドナ、寒い?」
俺は彼女に自分の薄いコートを掛ける。
「え……?」
「できる男はさりげなくこういうことをするのさ」
「……そういうことは、できる男はわざわざ言わないと思うけど……ありがと」
片手を上げて返事代わりにし、野草を再び取り出した。
***
「総菜だけど、さっき作った小皿にちょうどいい感じに盛りつけるのはどうだろう?」
――森から帰って、ここは台所。
野草をゆでたり焼いたりしながら、販売戦略を考える。
「なるほど。セット販売ね」
「うん。特に小皿は量産できるから、セット販売で安売りしても十分利益になる」
「総菜がおいしいのが前提だけどね」
「ふっ……。これを食べてみろ」
ルルドナに総菜を出す。
「……! おいしい!」
「どうだ。一人暮らしで鍛えた料理スキル! 素材の味を引き出す塩加減で右に出る者なし!」
「まったく、そういうことだから……」
「だから?」
「まあいいわ。異世界に来たんだから。昔のことなんて忘れましょ」
「異世界に来たんだから、……か。いいな、それ!」
「やけにテンション上がったわね」
「いいんだよ。異世界に来たんだから!」
「ふふふ」
機嫌良く笑うルルドナ。だけどその両手と両足にはまだギブスのようなものがついている。
それを痛々しい感じで見つめていると、
「これ? 気にしないでいいわよ」
と元気に振り回す。――だけど。
〈グラッ!〉
バランスを崩してよろめくルルドナ。
「あぶない!」
足を踏み出し慌てて手を伸ばす。
ぎりぎりのところで彼女の体を受け止める。
「あ、ありがと」
「……間に合って、よかった」
「意外と、動けるのね」
「走り込みだけはしてたからな。もう準備は大丈夫だから、座っててくれ」
彼女を抱え、ゆっくりとイスに座らせる。
ようやく、太陽がはっきりと顔を出し、窓から光が差し込み出す。
――さあ、開店だ。
***
次の日の朝8時頃、マリーさんの旦那さんと業者たちが来て手際よく店舗にしてくれた。
手前の半分ほどを販売スペースにした。
結局、間取りはコンビニのようになってしまった。もちろん、冷蔵庫や冷凍庫などはないけど。
「じゃ、あっしらはこれで」
作業は昼前に終わってしまった。途中監督するふりをして寝ていたことは内緒だ。
帰ろうとする業者たちを呼び止める。
「あ、ちょっと待ってください。よかったらこれ……」
森の小川で取れた小魚と香草の佃煮を差し出す。
「お、気が効いてるね!」
業者が笑顔で受け取りすぐに食べ始める。
「こんな美味いもん、どこで覚えたんだ?」
「一人暮らしが長くて……」
「ははは、そりゃ頼もしい!」
業者たちは次々に口に放り込んで、惣菜はすぐになくなった。
「うまかった! ごっそさん!」
笑顔の業者を家の外まで送り出し、お辞儀をする。
何か忘れている気がしたけど、そのときは作業が終わったことにほっとして、俺は機嫌よく家に戻った。
***
……あれ、ルルドナがいない。
いつものように、窓際でくるまって寝ていると思ったのに、姿がどこにも見当たらない。
「どこかに出かけたのかな……」
昨日、イゴラくんに驚かれたのを気がついていて、ショックで別の場所にいったのかもしれない。
「……どこか暗いところで寝ているのかな」
それ以上は考えず、急いで商品を棚に並べ始めた。今日は、開店初日なんだ。
「土器、薬草数種類、森野菜の塩漬け、森のフルーツ、小魚の佃煮、森のきれいな石、薪用木材か」
というか、ほとんど土器になってしまっている。
ちなみに一人暮らしが長かったおかげで、日持ちのする漬物や佃煮は得意だけど、量が少ない。
(ルルドナが言っていた通り、土器を多く作っておいてよかった……)
簡単な木の板に雑貨屋と大きく書いて看板にする。入り口と通りから見える位置に設置する。西洋の個人商店らしくドアを開け放しにした。
「よし、店の体裁が整ったかな」
あこがれていた、自分の陶器をさりげなく売る雑貨屋。
ドアを開け、カウンターに腰掛け、年甲斐もなくワクワクした。
……が、同時に緊張の糸がきれたのか、眠くて眠くてカウンターの奥でウトウトと船を漕いでしまった。それも、日が傾く時間まで。
――当然、客はゼロ。
「もう今日はどうせ客は来ないだろうし、ビラ配りにいきたい。だけどそうすると店が空になる……初日から店に誰もいないのは印象悪いよな……」
うーん、と惣菜をつまみながら悩んでいると、店の入口に小さな影が現れた。
「あのぉ……」
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