丘の上の雑貨屋と魔王モール

toseki.yunomi

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ep.30 必要なのは才能ではない、真摯さである

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「よし、ジャムと揚げパンだ!」

大きな声を出す。ペッカとガディが見つめてくる。

「森のフルーツで甘いジャムを作って、揚げパンに塗って売るぞ。俺たちのパン焼き技術の未熟さをごまかして売るんだ。揚げるのなら、焼くのと違ってすぐにできるし、匂いだってよく広がるだろう」

俺の提案に、ペッカもガディも上々の反応をする。
「ジャムは俺様、けっこう好きだぞ」
「なるほど。おいしそうですね!」

さらにペッカはうれしいことを言う。
「ジャムは、母上とよく作っていた。レシピも覚えている」

ガディは箱入り娘のようなことをいう。
「ワタクシ、揚げ物はめったに食べることが許されなかったから、今から楽しみです!」

ペッカが意地悪そうに指摘する。
「しかし……この街に太るのを気にする者が多かったら売れないかもだぞ? 種族関係なく太るのを気にする者は多い」

「期間限定販売だからいける! やるぞ!」
俺はもうかなり焦っていた。

大きな声をきいたペッカがすぐに応じる。
「いい決意だ! では俺様がジャムを作る! この小瓶に入れておくぞ」

「よろしく! 俺は揚げ物用の油を買ってくるから、ガディはひとまず今の商品を売り続けて!」

両手を組んで神に祈るようにガディが返事をしてくれる。
「はい!」

「あ、看板の注文も積極的にアピールしてて!」
「はい! 任せてください!」

「じゃあ、行ってくる!」
俺は呼吸を整え、久々に本気で走り出した。油屋までは結構な距離がある。歩いたら往復で30分以上はかかる。そんなに待っていられない。

――10分だ。戻ってくるまでに10分。

元の世界ではよく夕方に走っていた。ちょうど今ぐらいの時間帯だ。あの時は目的もなくただやみくもに走って走って、どこかに抜け出そうとして。
それでもどうにもならなくて限界ぎりぎりまで走っていたけど、人生がどうにも好転しなくて。

――今は違う。

そりゃあ、転生した今だって何の才能もないし、ちょっと焼き物を早く作れるなんてどうでもいいスキルしかない。
10億もの借金をするなんて間抜けで。崖から落ちてルルドナに助けられて、魔王の手下との戦いもみんながいなかったら何もできなかった。

――今は、仲間がいる。

仲間といっても雇用の関係だけど、それでも、仲間だ。

転生前は、仲間どころか、友達の一人もいなかった。それが今はたくさんいる。

俺は、転生して、経営者になったんだ。みんなをまとめないといけないんだ。ここで遅れたら、きっとひどく後悔する。

――みんながバラバラになるかもしれない。

コボルト警察や、仕事を終えた石工のブラウニー、スーツを着こなしたゴブリンたちとすれ違う。花屋も肉屋も八百屋も通り過ぎる。

多くの人が必死に走っている俺を見て、目を見開く。種族問わずに若いカップルに鼻で笑われる。街中で全力疾走だ。そりゃ笑われる。

それでも俺は走る。今なんだ。必死にならないといけないのは、今なんだ。なりふり構ってなんかいられない。笑われたって知るものか。

息が切れる。肺が苦しくなる。鼻水も垂れる。それでも、俺は走る。
こんな愚かな姿をさらして店を守る経営者なんて、元の世界でも異世界でも、俺だけだろう。

それでもこの行動を、待ってくれている仲間を信じるしかない。

ふと、転生前に耳に残っていた言葉を思い出す。

――必要なのは才能ではない。真摯しんしさである。
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