ロルスの鍵

ふゆのこみち

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転移陣編

57. 接触

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 消えた半成に関する調査報告は、大抵夕食の後に行われる。イヴァラディジがパドギリア子爵に対し「報告」した内容は以下の通りだ。

『町の中に魔力持ちは居ねぇ。それから、魔物の気配も皆無だ』

 暗に屋敷から抜け出し町を練り歩いたと言っているが、兵士たちから報告が上がっているだろうことはイヴァラディジも織り込み済みである。
噂の集団を気にかけていること、充分に距離を保ち接触がなかったことは把握しているため、パドギリア子爵も町へ出たことについて咎めはしなかった。

 子爵の立場としては、客人、ましてや成人も迎えていない子供たちをこの問題に巻き込むことは当然避けたい。しかし屋敷に縛り付けようにもイヴァラディジがそれを阻むだろう。
よって、状況を鑑みた上で追跡・護衛の兵士を数名割り振ることで目を瞑った。

 次に情報の共有を行ったのはパドギリア子爵である。

『屋敷内に所蔵する魔石を調べましたが、持ち出されたものはなく、また使用された形跡もありませんでした』

 魔法陣の使用については魔導具の併用も考えられることから、子爵邸で管理されている魔石の使用を疑ったようだ。

『「探し物」について、何か見当は付きましたか』
『さァな。あの様子からして探し物とやらは「特定の場所」にあるわけじゃねぇ。さて、どうして誰も「聞き取り」をしてねぇんだ?』
『領地内の問題を憂慮するのはワタクシたちの仕事ではなくってよ。そちらの情報共有が終わったのでしたら次はワタクシから。ラギス』
『はい。噂として聞かれる以上に「誘拐」の規模は大きいものと思われます』

 ラギスは町の地図と書類を持ち出し、パドギリア子爵へ差し出した。「ご確認を」とシュヒアルから促され中を確認すると、徐々にその表情は険しくなっていく。

『町を「観光」させていただいたのですけれど、奇妙なことに転移陣使用の痕跡が至る所で見られましたわ。ここまで「半成のみ」が消えると言うお話をその通り受け取っていましたけれど、明確な根拠はどこにも。つまり、ワタクシたちが今後「消える」可能性も排除出来ないということですわね』

 「今後はどうか皆様ご慎重に」と締め括ったシュヒアルは、優雅に微笑んだ。

 現在対抗手段として有効なのは「簡易的結界としての効果が確認された」色硬糸のみだが、数は限られている。パドギリア子爵や子爵夫人が所有している魔導具の中には、結界として運用可能なものはなかった。

 状況が詳らかになるにつれ、屋敷内の緊張感は高まり続けている。


〔結論から言えば、例の集団とやらの拠点に魔導具は一切ないようだ。それどころか魔石の一つも紛れてはいない〕

 集団の一部が拠点として利用しているであろう宿や、滞在先を絞って回ったが、ナキアの探知によれば魔導具どころか魔法陣の動力源となるような魔石もないようだ。

〔荷物と言っても必要最低限を取り揃えた程度。脅威にはなりようもない〕

 例えば、ちょっとした調理器具でも人間相手であれば立派な凶器である。しかし、用途を違えない限りは無害だ。
これは、彼らに関しても同じことが言える。

「……一つだけ、確認したいことがある」
「僕も、キサラと同じこと考えてるかも」

 キサラとタスラは顔を見合わせ頷いた。集団に接触し、半成に対する「反応」を確かめる。

「この世界じゃあどこでも似たようなもんだろうが」

 耳を晒しただけでシーラが追い回されたことを、イヴァラディジも知っている。一体何を確かめると言うのか。

「行動範囲予測の内、比較的開けた場所……人や建物を巻き込まない立地が良い」
「あっちに休耕畑があったはず」
「そこにしよう」
「おいおい勇ましいな。作戦は立てたのか雑兵諸君?」
「もしも集団を『監視』している人が居たとしたら、僕らが接触した時点で動きがあるはず。イヴァとナキアは周囲を警戒して欲しい」
「『反応を確かめる』……ハァ、よくわかったぜ。目的は集団そのものじゃねぇってことか。馬鹿げた考えに行き着いちまった理由はなんだ」
「多分、悪い人たちじゃ無いと思う」
「思う? お前の勘について聞いてるんじゃねぇ、根拠を示せ」
〔この状況そのものが根拠ではないのか? 噂になる程目立つのであれば、人を攫うことなど出来ようもない〕
「ア? テメェまで乗るんじゃねぇよ」
〔実際、集団とやらは住民たちから警戒されている様子だ〕
「確かに……。じゃあ、あの人たちは目立つだけで『目立つ行動』はしてないってことだよね? 例えば、魔法陣を起動したのなら誰かが目撃して、それごと噂になってるはず」
「陽動の可能性もあるだろ」
〔貴族の屋敷で誘拐を行う際、町を徘徊して何の意味が?〕
「チッ、お前らのやりてぇようにやりゃあ良い。だが一つだけ忠告しておくぜ。俺たちの動きは『呼び水』になる可能性がある。いや、ならねぇとおかしい。どう転ぶにせよ事態は拗れるぞ」
「……このまま、膠着状態が続くよりは」
「迷ってんじゃねぇよ。せめて自分の選択に胸を張れ。それが出来ねぇなら今すぐ引き返すぞ」

 シーラが消えてから、時間が経ち過ぎている。誘拐とは、対処が遅れれば遅れる程「生存率」が下がるものだ。

「諦めたくない」

 キサラの焦りを感じ取り、イヴァラディジはわざと大きく溜息を吐いた。




 ──眼前にはふらふらと進む「集団」、その一部。性別も年齢も特徴も様々だ。先頭を行く男の前にキサラは一歩足を踏み出すと、異物として道を塞ぎ、その歩みを遮った。

「……なんだ、お前は」

 虚ろな瞳。憤り。怯むことなくキサラはグッと足に力を入れる。

「何かを、探しているんですね」
「だったらどうした。お前たちには関係ない」
「言っておくけど金目のもんじゃないよ。そしてあたしらは見世物でもない。そこを退きな」
「……そう。探しているのは、お金よりも価値があるもの」

 怪訝な顔だ。奇妙なものを見るような目が、遠慮なくキサラを突き刺していく。それまで興味も無さそうに視線を移ろわせていた者たちも、例外なくキサラを見た。

半成・・ではないですか。お探ししているのは」
「今。何て言った」

 キサラは応えない。男はたまらずキサラに詰め寄り、声を張り上げた。

「何と言ったんだ!!!」

 そのとき男がハッとしてキサラの後ろを見た。視線を受けたタスラが首元を緩めれば、頭に被さっている布もたわんで後ろに垂れ下がる。
現れたのは特徴的な角と、無族とは違う耳の形。

 極めつけは、誤魔化しようもない瞳孔。

「半、成」

 呆然と呟いた男の声が、波紋を起こすように動揺を広げる。それぞれが驚いたように目を瞠り、すぐに表情を歪ませていった。

「逃がしてくれ」

 この子を逃がしてくれ。まだ無事であるのなら。

「早くここから離れなさい」
「今ならまだ間に合う、どこか、安全なところへ」

 どうか。

 「探し物」をしていた人物たちは口々に「逃げろ」と捲し立てる。ここは危険だと目を怒らせて、キサラを睨んだ。何故早く行動しないのか。どうして「外」へ連れ出さないのか。

「騎士様、騎士様が、きっとなんとかしてくださるよ。だから、落ち着いたらここへまた戻ればいい」
「そうよ、そうしましょう。ね、お願いだから。……お願いよ」

 タスラは長い耳をパタリと鳴らしながら首を振った。

「女の子を探してるんだ。……消えてしまったから、僕の目の前で」

 「だから僕はどこにも行かない」と静かに言い放つ。
すると涙を流した女性が力なく歩み寄り、タスラを抱き締めた。どこへ行っても忌み嫌われるはずの半成を。


「教えてくれませんか」

 キサラは絞り出すように囁いた。喉に声が張り付いて引っ掛かり、上手く喋れない。

「どんな些細なことでも構いません。何か気付いたことや手がかりがあれば、知りたいんです」

 お願いします。

 深々と頭を下げたキサラに、困惑と同情と、共感が降り注ぐ。半成の少年タスラ仲間シーラを探す光景は、さて彼らの目にどう映ったのか。
腕を組んだり首を傾げたり天を仰いだりと、真剣に「手がかり」を探っているようだ。

 その間、ナキアは少し離れた位置から彼らを観察していた。

 まず、集団の構成は事前に聞いていた通り一貫性がない。働き盛りの世代だけでなく老人から幼児に至るまで、男女様々だ。
ここで穿った見方をするのであれば、「相手の警戒心を緩め」「油断を誘うため」の集まりとも考えられる。

 しかし見た限り、特定の「誰か」に意見を求めたり、指示を仰ぐことはない。組織的な機能はないと見て良いだろう。
共通の目的のために協力関係を築いている、といったところか。

「俺たちも調べてはいるんだが、おかしな場所はどこにもない。町の外とも連絡を取り合っちゃいるが、この近くで半成が大量に売り買いされた、なんて話もなくてな」
「そ。怪しいなんて噂されんのはいっつもあたしたちさ。みーんな半成を探してる」
「目的が同じなら大体考えることも似通ってくるだろ? そんでそのまま『怪しい集団』の完成だ」

 途方に暮れたように笑う面々を見渡し、イヴァラディジはフン、と鼻を鳴らした。

〔執拗な徘徊は抑止力的な効果を期待して、ってとこか。健気なこった〕
(徘徊っていうよりは捜索の意味合いが強そうだけど)
〔結果真っ先に疑われる『犯人候補』共の出来上がりだ。泣けるねぇ〕
(魔物は泣かないんじゃなかった?)
〔腹が捩れりゃ話は別だ。笑い殺されるなんざ愉快な話じゃねぇか〕

 他に聞きたいことは? と問われ、キサラは素直に答えた。

「実は個別に聞きたいことがあって。居なくなった方々の特徴を知りたいんです。それから、皆さんとの関係も」
「それが一体何になるってんだ?」
「わかった、騎士様に伝えるんだろ」

 これだけの規模の事件であれば、当然訴える先は“憲兵隊騎士”になるだろう。しかし、ここから最も近い場所にある憲兵隊騎士の拠点はカレディナ監獄塔である。つまり。

「彼らは対処出来ないと思います。少なくとも、今は」
「どうしてそんなことがわかるんだ」
「僕らは監獄塔から来たんです。あまり大きな声では言えないのですが、『仕事』を仰せつかりまして。だから、僕たちの滞在先はパドギリア子爵邸なんです」
「じゃあ何か。あんたら貴族なのか」
「はぁ道理で喋りが丁寧なわけだ」
「いえ、僕らはあくまで貴族様に同行させていただいているだけなんです。その方が協会の一員で」
「協会って、まさかあの」
「はい。御伽ノ隣人フェアリーテイル・ブックです」

 協会……御伽ノ隣人フェアリーテイル・ブックからすれば、半成は保護対象に当たる。協会所属の貴族が居るとなれば、捜索隊が結成されるかもしれない。
人々は目を輝かせ、期待するようにキサラを見た。

「滞在している宿の一室を借りて良いですか? 調査報告として詳細な情報を上げれば、何とかなるかもしれません」

 当然否はない。何が必要か、何をすればいいかと一頻り聞かれながら、キサラとタスラは宿へと招待された。


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