ロルスの鍵

ふゆのこみち

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奪還編

Lv.86 密談

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 夜が深まり完全な静寂を迎えた城の中、人気のない廊下を縫って男が部屋へ滑り込んだ。その男はいささか地味で、目立たない服装をしていた。といっても外套に隠れほとんど見えないのだが

「遅かったな」
「見張りが増員されたのか巡回の経路が増えていました。確認がてら色々と見て参りましたので、ご容赦ください」
「ふん、あちらも本腰を入れてきたということか」

 着席を促され、男は外套を外し席に着く。彼は髪を掻き上げると一つ呼吸を置いて小瓶を置いた。
コン、とわざと音を出し全員の目を向けさせる。席についているのは二人だけだが、この場には姿を隠した者たちが九人も居る。

「下女が持っていました」
「随分とお粗末だな」
「魔王、と言いましたか。あちらが派手ですからね、大方好機だとでも思ったのでしょう」
「我が国が魔族から攻撃を受けているというのに足を引っ張り合うとは、全く恐れ入る」
「仕方ありませんよ。考える頭がもうありませんから」
「手が早いな」
「私がやったわけではありません。ただ、明日には広まるでしょう」
「既に死んでいたと?」
「調査は必要ですか?」

 問われた男は、手をヒラリと振ってこの話題は終わりだと打ち切る。近いうちにこうなるだろうとこの場の誰もがわかっていた。暗殺を目論んだ馬鹿な貴族へ誰が手を下していようが驚かないし、問題もない。

「それで?聖魔塔の“穢れ”はどうなった」
「魔術師協会が総力を挙げて調査に当たっていますよ。刺激的な話題ですし、志願者には困らないでしょう」
「詳細は」
「今のところ元騎士の不死者アンデッドということぐらいしか。中々手強いようです」
「魔術師協会をもってしても種類はわからなかったか」
「ゾンビでもなければスケルトンでもなく、食屍鬼グールでもミイラの怪物マミーでもないそうですよ」
「ではなんだ、吸血鬼ヴァンパイアか?」
「まさか」

 “穢れ”たちを嘲るように言うと彼は報告書を取り出した。聖魔塔で実験を行っていたという男に関して書かれている。

「幾つか資料が残っていまして、手記の多くはこの国の言葉で書いてありましたが所々違うものが混ざっていました。特に走り書きなど咄嗟に出る言語がこの国のものではありません」
「どこだ」
「星読む国」
「……“有目族ラッシェンダル”か」
「“星読む国ログ・ラッシェンダル”の言語で書かれていますから、恐らくは。問い合わせれば何かわかるかもしれません」
「駄目だ。忘れたのか、有目族ラッシェンダルの愚行で人間界に住む人族の全てが精霊に見限られたのだぞ」
「忘れたも何も、その知識を有しているのは王族だけですよ」
「知っているだろう?」
「ハァ、王家内でのみ共有される知識をそう易々と口にしてはいけません。何度も言っているでしょう」
「父上は気にしていない」
「私が気にしています」

 報告書の写しを第五王子に渡して男はため息を吐いた。分厚いそれを受け取った第五王子がつまらなそうな顔で捲っていき、やがて手が止まった

「どういうことだ」
「何がです?」
「資料だけか?」
「資料だけというのは」
「普通、実験を行っていたというのであれば結果があるだろう。どこだ」
「ですから魔物は逃げ出したと」
「違う。経過をまとめているはずだろう」

 ハッとして男が報告書を読み漁る。回収した資料は膨大だが、あるはずのものがなかった

「実験経過が全く残っていない…」

 残っていたノートや資料には数々の魔獣や小物の悪魔に関してまとめてあった。魔術師協会でもあるような死骸の解剖であったり個体差について、であったり。素体に使うためなのか悪魔の召喚に関する本まであった。
その他聖魔塔で造られたと言う「魔人」に対し行った実験の数々について、詳細にまとめられたノートも発見されている。

 しかし、「魔人」が出来上がるまでの資料が全くない。
構想や設計図のようなもの、どういった手順を踏み魔物を造ったのか、その一切が。
被検体脱走の影に隠れてしまい、ノートや資料の細やかな部分に見落としが出来てしまった。大胆に抜き取られたことで違和感すら覚えなかったのだ。

「被検体の情報が全くないのも妙だ。そこだけごっそり存在していない」
「誰かが持ち出したんでしょうか」
「監獄塔は傭兵が多いと聞いた。文字も読めないのに持ち出すか?」
「しかし、騎士であれば」
「考えても見ろ、憲兵隊騎士だろう? あれは貴族派ではない。貴族派ではない者のほとんどは庶民で傭兵上がりだぞ。一体どこで文字を覚えるんだ」

 では誰が持ち出したのか? 室内に緊張が走る。魔物を造り出しただけでも重罪に等しい行為であり、国内でそれが行われた時点で他国から厳しい追及があるだろう。
増して、その方法が流出したとなれば大問題だ。

「カレディナ監獄塔へ向かい当時居た騎士たちと会う。この件は内密に」
「表向きはどのようにしますか」
「後任人事に目が行くはずだ、こちらもあちらもな」
「……ではちょうどいい案件がございます」
「あまり弱い理由では誰も納得しないぞ」
「上手くすればお手柄ものですよ。というのも、御伽ノ隣人フェアリーテイル・ブックに所属していた半成が事件を起こしました」
「協会が?」

 協会が、事件を起こした。それは前代未聞の事態だ。建前も関係なしに第五王子は興味を引かれ身を乗り出して続きを促す。一体どんなことをしたのか。騎士団や貴族はこぞって協会を叩きだすだろう。

「大量の半成を誘拐していたようです」
「うん? 半成が起こした事件だろう? どうして半成が半成を誘拐する?」
「報告書がここに。今回事件が起こったのはハパトギロニア領、そして誘拐に気が付いたパドギリア子爵が対処に当たりました」
「子爵が?」
「ちょうど子爵邸に滞在していた伯爵令嬢が、半成を連れていまして」
「…誘拐されたとして、追ったのか?」
「自ら調査に乗り出したと」

 第五王子の目に面白がるような色が見えた。口元はニヤリと歪んでいる。伯爵令嬢に興味を持ったのだろう

「ただ、ここから先が深刻です。誘拐の手段として魔法陣が用いられました」
「魔法陣だと」
「半成は魔女でも召喚士でもありませんでした。何者かが手を貸したはずです」

 魔法陣は魔術師には使えない。魔導具では魔法陣を描くことが出来ないからだ。
対して、魔女や召喚士は自分で、または使い魔が魔法陣を描きそれを使用することが出来る。

「誘拐されていた半成はほとんど戻りましたが調査を行っていた伯爵令嬢は行方不明、現在騎士団が追っています。どうですか」
「充分だな。伯爵令嬢の捜索指揮を執る為私が直々に赴くとしよう」
「ではそのように」
「滞在の令嬢について調査書と報告書を作成させろ。家名を言わなかったんだ、どうせ訳アリだろう」
「興味がおありで?」
「上手くすれば手柄も上がり支持者も増える。違うか?」
「程々に」

 報告書の写しが置かれ、第五王子はそれに目を通す。事件を起こした半成について表向きの罪状や処罰がまずは並べられていた。誘拐の加担は表向きどころか真実だが、処罰は違っていた。
 公式に下された処罰は、奴隷に身を落とした上で幽閉、永遠の労働を科せられたとされている。が、真実下された処罰は名前を剥奪の上子爵を後ろ盾に何者かの駒になったようだ。実質何の罰も受けていないように見える。過分な温情ではないだろうかと目を細めた。

「誘拐の上、何人かは瀕死になるまで血を抜かれていたのだろう? 屋敷と思われる建物ごと広範囲に炎上、森の一角は不毛の地に、ともある。怪我人は複数……で、これか? 誰の落とし種だ、このセルぺゴという男は」
「どうもそういうわけではないようですが」
「子爵が許したのか? 協会の所属であれば庇う理由がわからない」
「利用されていたとか」
「だからなんだ。知らなかったの一言でしでかしたことが消えるわけでもないだろう。したことの責任は取ってしかるべきだ、違うか?」
「ですから、彼はこの先事件の首謀者を捕まえるまでこれに専念、自由の身にはなれません」
「協力の代わりに生かすというわけか。では奴隷と変わらんな」

 バサッと報告書を戻し第五王子は乗り出していた体を椅子に戻す。結果的に貴族の人間が行方不明になっているのだ。即刻処刑されてもおかしくはない。役割を与えられてはいるがそんなことは奴隷としてでも出来るというのに何故、身柄を拘束しないままでいるのか

「気に入りませんか?」
「気に入らないというよりは気にかかる、だ。子爵の決定だろう」
「協会の幹部と仲がよろしいようですから」
「だが、半成とはいえ領民に危害が加えられたのだ。それこそ協会が許さないだろう」
「『箱庭は楽園』だそうです」
「なんの話だ」
「セルぺゴ…いいえ、今は名もなき男ですが。彼は、半成たちを楽園へ導きたかったそうです」
「箱庭……といえば、妖精王アプレッテか。そんな話もあったな」

 美しい姉妹が暮らしたという花園。なんでも与えられる楽園と言われた箱庭。
誘拐はなんてことはない、名もなき男の独りよがりだった。
 人族にも認められず、獣人にも動物にも認められず、庶子として生まれたが貴族にも庶民にもなれず。
行き場のない「名もなき男」は、それでも自分と同じ境遇の者たちへの仲間意識と思い入れは非常に強かった。半成というだけで柔和な態度を取れるくらいに。

 ままならない現実、協会所属になっても感じる疎外感。
妖精は、人間は、動物は、自分たちを受け入れない。そんな先入観は幼少期に培われた。
 半成たちのほとんどは親に受け入れられない。自分たちと違う容姿、違う特性を持つ我が子を抱きしめない者が圧倒的に多かった。
しかし忘れてはいけない。多いというだけだ。受け入れる親も確かに存在する。

 半成と恋人になる人族も居る。半成と友人になる妖精もいる。半成と結婚し、家族になる者もいる。

 名もなき男はそれらを信じることが出来なかった。
手を繋ごうとした母に手を払いのけられた記憶。憧れた父に捨てられた記憶。
友人であったはずの者に自分たちとは違うと怯えられ、罵られ、誰も彼もが遠のいて行く記憶。
 違うという理由で受け入れてもらえないのなら、居心地が悪いのなら。


 自分たちの世界を造ればいい。


 手引きをした男がそう言った。甘い毒のような囁きは、次第に「名もなき男」の身動きを取れなくした。
「もうこれしかない」「そうするしかない」と強く思わせ、追い詰めていく。
居場所を。温かな集いを。半成が、仲間が、幸せに、幸せ、に・・・。

「くだらん」

 第五王子は吐き捨てた。名前を失った男は自分からパドギリア子爵に断罪を望んだと言う。
どこかで「これは違う」と気が付いた。伯爵令嬢にきっかけとなる情報を早々と流し、拘束されるために貴族へ刃向かった。伯爵令嬢が半成を友人だと言い切ったのが決め手だったのだろうと考えられる。

「幸せとやらは他人が決めることじゃないだろう。愚かな男だ」

 引き離された家族が、友人が、仲間が、半成たちを探し求め集団にまで膨れ上がったそうだ。追って来る者たちを目の当たりにした「セルぺゴ」はさぞかし驚愕したことだろう。さぞ、悔しかったことだろう。
何故、自分には。第五王子には名もなき男の心情が手に取る様にわかった。

「気分の悪い話だな。手引きをした者は見つからないのか」
「痕跡は綺麗に消されているそうです」
「愚か者を躍らせるのはさぞ楽しかっただろうな」

 「セルぺゴ」は何を思ったのか。自ら踊りを辞めた。

「手引きをした者は、なまじ力を持っているだけに厄介だな。こういう輩は勘違いするんだ。そう、自分は合理的なのだとな」 

 合理性は感情といったものを全く加味しない。

「しかしこれは非情だ」

 夢が覚めたときに見える景色をよくわかった上で手を引いている。それは合理性とは全く関係の無いことだ。

「子爵が手を抜く気持ちもわからなくはないが、すべきことを忘れたときには今度こそ楽にしてやれ」
「承知しました」

 第五王子は翌日ハパトギロニア領へ赴く許可を王から得、準備を始めた。王族が移動するときにはどうしたって手続きが多くなる。公務をこなし日程を調整、同行する騎士を厳選し、現地で護衛に当たる騎士の手配が整い次第出発を予定した。
腹心の男は地位がそれなりに高いため同行は難しい。私生活でまで第五王子に近しいと気取られてはいけないのだ。

 出発前の晩、通信用の魔導具が発動した。緊急時にしか使用しないため第五王子は人払いをして魔導具を作動させる。

「何事だ」
[我が国に出現した魔王ですが、一見無差別に見えた攻撃に共通点があると発覚しました]
「土地か」
[その通りです。焼かれた街ですが、いずれも魔木の根が張っていました。死滅しているようですが]
「魔木の焼却を行ったわけか。何故だ」
[わかりません。魔物の動きが魔王の意向と合わないと見ています]
「王なのだろう」
[お忘れですか。魔物を統べる王は一人ではないのですよ」
「…それこそ王族しか知らぬ秘密だ」
[私としたことが]
「人払いはしてありますから、問題はありません。気を付けてください、兄上」
[今は違いますよ]
「いいえ。貴方が次代の王だ」

 仕方なさそうに魔導具の向こうで溜息を吐くのが聞こえ、第五王子は楽し気に笑った。

[他にも魔王の行動には気になる点が存在している]
「相変わらず情報が広いですね。それに的確で、速い」
[お前のモノだ]
「要りませんよ。兄上のモノです」
[……全く。良い、続けるぞ。監獄塔の一つが破壊された。カレディナ監獄塔と違い既に消滅した堕天使の塔だ。堕天使を探しているのかもしれない]
「堕天使を、ですか」

 堕天使を探し出そうと躍起になる存在といえば“討伐者”ぐらいのものだが、魔王まで探し求めているとは意外だ。腹心であり兄である第二王子もそうらしく、何故堕天使を追っているのか調べているところだという。

[“討伐者”の名家が屋敷ごと燃えたことは教えただろう? 不思議なことに、あの屋敷の蔵書と同じ物が田舎の村で見つかった]
「なっ」
[監獄塔、伯爵令嬢が行方不明になった地、そして“討伐者”の痕跡がある村。同じ方角だ]
「何か、ありそうですね」
[伏せられた情報の中に興味深いものもあった。先日起こった誘拐の転移先で幻獣バクシロンを見たという半成が居たらしい。それも背には、少年。聞き覚えはないか]
「監獄塔で目撃された魔獣は確か……幻獣バクシロンと特徴が似ています」
[私はこの件で目撃された少年が監獄塔に関わった少年と同一人物であると見ている。会ってきなさい]
「はい、兄上」

 召喚士と思わしき少年を連れてくるように王命が下されているものの、誰も該当する少年及び青年と接触していない。
ここで第五王子が連れ帰ればいい得点稼ぎになる。第二王子は他の王子たちより第五王子に王としての資質があると思っているのだ。
 表舞台から一度姿を消したものの、別の名前や経歴で何食わぬ顔をしながら第五王子の腹心として地位を高めてきた理由はそこにある。

 しかし肝心の第五王子は、第二王子こそが王に相応しいと思っていた。確固たる地位を確立した暁には、再び兄を王子として、ゆくゆくは王として立たせる気でいる。

第五王子と腹心・第二王子率いる中立派勢力。
第一王子率いる貴族派勢力。
第三王子率いる協会派勢力。
第四王子率いる神官派勢力。

 国の上層部は現在、大きく割れていた。


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