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出会い
04. Apothecary / 下町の薬師
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冷たい雨がふりしきる中、前を歩くハンチング帽の男性は、ある一軒の店の中へ足早に入っていった。
──なあんだ、たった三軒隣じゃないか。思ったより近くて良かった。
何の店だろうと思い見上げると、軒先にぶら下がっている小さなブロンズ製の看板に、こう彫られている。
「レオナルドの、薬問屋……?」
素性も名前も何も知らない男性にのこのこと付いてきてしまったが、これでほんの少しだけ、情報を得た。
──でも、良いのだろうか。
師匠からは「そこで待ってろ」と言いつけられたというのに、勝手にここまで来てしまった。
「嬢ちゃん、何で突っ立ってんだ? ほら、入れ入れ」
レオナルドさんが戻ってきて、私の体をぐいぐいと押しやり、あっという間に中に入ってしまった。
──入った瞬間、師匠のことは頭から消え去っていた。
外から見たときは、こじんまりとした小さい店だったはずだ。しかし中に入れば、まるで王宮の大広間並みに広々としている。
──う~ん。違和感がありすぎる。これも何かの魔法の作用?
店内はたしかに暖かくて、寒さに張りつめていた心と体が少し弛緩するが、今度は、ものすごい異臭が鼻を攻撃してくる。
──こんな臭い、今まで嗅いだことがない。正体のわからない臭いだ。
でも、今はそんなことより──。
「すっ……すごいですわ……!」
周りを見渡せば、見たことのない魔法生物が、所狭しと──!
まずは、入口の目の前のテーブルに置かれた金魚鉢。その中でコポポと空気の泡を浮かべているのは、極東の島国から伝来したというキンギョに見えるが、しかしその頭は──その頭だけは、どう目をこらしても猫にしか見えない。
エラ呼吸か、肺呼吸か──?エサは魚か、虫か──?とまじまじ眺めていたとき、かすかに人の声が耳に届いた。キンキンと高い女性の声──と思いそのほうを見ると、吊るされた鳥籠の中で何やら噂話をしているのは──お伽話の中の存在だと思っていたはずの、妖精!
人みたいなのにすっごく小さい──羽が透きとおってものすごく綺麗だなあ──と見惚れていると、そんな不躾者に妖精たちはすぐ気付いた。
妖精たちは一瞬面食らったような顔を見せたが、すぐにベーと舌を突き出してキッと睨みつけてくる。
でも、全然怖くなくて──。
「ふふっ、かわいい……」
「嬢ちゃん、嫌われたな」
レオナルドさんも覗いてきた。
妖精たちはかれに気付くと、ぱっと表情を変えて微笑みかけながら、ひらひらと手をふっている。
不躾に見過ぎちゃったかな──。
扱いの差に少し傷つく。
レオナルドさんも笑顔で手をふりかえしていると思ったら、言った。
「やつら自分よりかわいい女には厳しいんだ」
──いや、どう見たって彼女たちのほうがキュートだ──と思っていると、どこか焦げ臭いような臭いが鼻をついてきた。
臭いのするほうを見ると、口から小さな煙を吐き出しているのは、ゾロゾロと群れをなして目の前を横ぎっていく火蜥蜴。
その道筋を邪魔するように並ぶ、臓器やら目玉やらがうようよと泳いでいるたくさんのガラス瓶。
そして、そのガラス瓶に巻きつく蔦を辿れば、5メートルはありそうな高い天井に辿り着く。
まるで、絵本に出てくるような、ファンシーな喋るクマやリスの住処の森のよう。
生茂る葉っぱと、たくさんのカラフルな花や実が天井を覆い尽くしている。花は色鮮やかでとても綺麗だし、瑞々しそうな果実はそのままもいで食べてしまいたい。──でも、ここはレオナルドさんの店なので我慢しよう──。
見ると、その巨大蔓植物の大元は、店の中央に置かれているたった一本の花瓶。
そして、店内を取り囲むようにズラリと並ぶ戸棚の引き出しは、中で何かが蠢いているかのようにガタガタと揺れている。
気持ちわるいような──どこか魅了されるような──。
──魔法ってすごい。
圧倒されていると、かれが言った。
「物珍しいか?」
「はい! とても興味深いですわ」
「まあ、ここは人ならざる者のための店だからな。一般人は入れないよう、師匠・・が魔法をかけてるんだ」
や、やっぱり、こんな摩訶不思議な店、本来なら私は入れないはずなんだ──。
つまり、もうすでに師匠の弟子だから許可されたということだ。
私には関係ないと思っていたはずの魔法と、関わりを持ってしまった。
果たしてこれは幸運か、悪運か──?
「つか嬢ちゃん、その気取った喋り方、もしかしてどっかのお貴族様か何かか?」
レオナルドさんがそう聞いてきた。
この風体でいつもの話し方は浮くのだろう。
「そ、そうです……む、昔は……」
昔というか、たった三日前までだが──。
それが今は、社会の最下層まで落ちぶれた──。
私が肩を落としていると、レオナルドさんは呟いた。
「……まあ、嬢ちゃんも色々あんだな」
かれはそう言っただけで、どんどん店のおくへ進んでいく。
かれの気遣いが、ありがたい。
後をついていくと、一枚のドアを隔てて、小さな部屋に辿りついた。
レオナルドさんの居住空間であろうその狭い一室は、暖炉が灯っており先程よりとても暖かい──そして、生活感が溢れんばかりだ。
ベッドや床に散乱する脱ぎ捨てられた洋服や下着や靴下、壁には正体不明の染みや汚れ、キッチンテーブルの上には汚れた食器や林檎の芯が数個。
簡潔に言えば、助けてもらった私が言うのもおかしいが──汚い。
「これで体でも拭け」
レオナルドさんは床に落ちていたタオルを拾って私に投げ渡した。
──でも、ありがたいことに変わりはない。雨で濡れた髪や体を拭かせていただく。
「ここは俺の部屋だ。くつろいでいいぞ。何か飲むか?」
「れ、レオナルドさん……」
な、なんて優しいの──!
レオナルドさんの気遣いが荒んだ心に染み渡る──。
──だがしかし。
どこを見ても、くつろげるスペースが見当たらない。そして、果たしてそれは飲めるのだろうか──。
などと思い迷っていると、突如、私のおなかの音が鳴り響いた。
「ははっ! 今の、もしかして嬢ちゃんの腹の虫?」
「……。」
は、恥ずかしい──。穴があったら入りたい──。
私がモジモジしていると、レオナルドさんが言った。
「こりゃ、まずは何か腹に収めなきゃだな。少し待ってろ」
──なあんだ、たった三軒隣じゃないか。思ったより近くて良かった。
何の店だろうと思い見上げると、軒先にぶら下がっている小さなブロンズ製の看板に、こう彫られている。
「レオナルドの、薬問屋……?」
素性も名前も何も知らない男性にのこのこと付いてきてしまったが、これでほんの少しだけ、情報を得た。
──でも、良いのだろうか。
師匠からは「そこで待ってろ」と言いつけられたというのに、勝手にここまで来てしまった。
「嬢ちゃん、何で突っ立ってんだ? ほら、入れ入れ」
レオナルドさんが戻ってきて、私の体をぐいぐいと押しやり、あっという間に中に入ってしまった。
──入った瞬間、師匠のことは頭から消え去っていた。
外から見たときは、こじんまりとした小さい店だったはずだ。しかし中に入れば、まるで王宮の大広間並みに広々としている。
──う~ん。違和感がありすぎる。これも何かの魔法の作用?
店内はたしかに暖かくて、寒さに張りつめていた心と体が少し弛緩するが、今度は、ものすごい異臭が鼻を攻撃してくる。
──こんな臭い、今まで嗅いだことがない。正体のわからない臭いだ。
でも、今はそんなことより──。
「すっ……すごいですわ……!」
周りを見渡せば、見たことのない魔法生物が、所狭しと──!
まずは、入口の目の前のテーブルに置かれた金魚鉢。その中でコポポと空気の泡を浮かべているのは、極東の島国から伝来したというキンギョに見えるが、しかしその頭は──その頭だけは、どう目をこらしても猫にしか見えない。
エラ呼吸か、肺呼吸か──?エサは魚か、虫か──?とまじまじ眺めていたとき、かすかに人の声が耳に届いた。キンキンと高い女性の声──と思いそのほうを見ると、吊るされた鳥籠の中で何やら噂話をしているのは──お伽話の中の存在だと思っていたはずの、妖精!
人みたいなのにすっごく小さい──羽が透きとおってものすごく綺麗だなあ──と見惚れていると、そんな不躾者に妖精たちはすぐ気付いた。
妖精たちは一瞬面食らったような顔を見せたが、すぐにベーと舌を突き出してキッと睨みつけてくる。
でも、全然怖くなくて──。
「ふふっ、かわいい……」
「嬢ちゃん、嫌われたな」
レオナルドさんも覗いてきた。
妖精たちはかれに気付くと、ぱっと表情を変えて微笑みかけながら、ひらひらと手をふっている。
不躾に見過ぎちゃったかな──。
扱いの差に少し傷つく。
レオナルドさんも笑顔で手をふりかえしていると思ったら、言った。
「やつら自分よりかわいい女には厳しいんだ」
──いや、どう見たって彼女たちのほうがキュートだ──と思っていると、どこか焦げ臭いような臭いが鼻をついてきた。
臭いのするほうを見ると、口から小さな煙を吐き出しているのは、ゾロゾロと群れをなして目の前を横ぎっていく火蜥蜴。
その道筋を邪魔するように並ぶ、臓器やら目玉やらがうようよと泳いでいるたくさんのガラス瓶。
そして、そのガラス瓶に巻きつく蔦を辿れば、5メートルはありそうな高い天井に辿り着く。
まるで、絵本に出てくるような、ファンシーな喋るクマやリスの住処の森のよう。
生茂る葉っぱと、たくさんのカラフルな花や実が天井を覆い尽くしている。花は色鮮やかでとても綺麗だし、瑞々しそうな果実はそのままもいで食べてしまいたい。──でも、ここはレオナルドさんの店なので我慢しよう──。
見ると、その巨大蔓植物の大元は、店の中央に置かれているたった一本の花瓶。
そして、店内を取り囲むようにズラリと並ぶ戸棚の引き出しは、中で何かが蠢いているかのようにガタガタと揺れている。
気持ちわるいような──どこか魅了されるような──。
──魔法ってすごい。
圧倒されていると、かれが言った。
「物珍しいか?」
「はい! とても興味深いですわ」
「まあ、ここは人ならざる者のための店だからな。一般人は入れないよう、師匠・・が魔法をかけてるんだ」
や、やっぱり、こんな摩訶不思議な店、本来なら私は入れないはずなんだ──。
つまり、もうすでに師匠の弟子だから許可されたということだ。
私には関係ないと思っていたはずの魔法と、関わりを持ってしまった。
果たしてこれは幸運か、悪運か──?
「つか嬢ちゃん、その気取った喋り方、もしかしてどっかのお貴族様か何かか?」
レオナルドさんがそう聞いてきた。
この風体でいつもの話し方は浮くのだろう。
「そ、そうです……む、昔は……」
昔というか、たった三日前までだが──。
それが今は、社会の最下層まで落ちぶれた──。
私が肩を落としていると、レオナルドさんは呟いた。
「……まあ、嬢ちゃんも色々あんだな」
かれはそう言っただけで、どんどん店のおくへ進んでいく。
かれの気遣いが、ありがたい。
後をついていくと、一枚のドアを隔てて、小さな部屋に辿りついた。
レオナルドさんの居住空間であろうその狭い一室は、暖炉が灯っており先程よりとても暖かい──そして、生活感が溢れんばかりだ。
ベッドや床に散乱する脱ぎ捨てられた洋服や下着や靴下、壁には正体不明の染みや汚れ、キッチンテーブルの上には汚れた食器や林檎の芯が数個。
簡潔に言えば、助けてもらった私が言うのもおかしいが──汚い。
「これで体でも拭け」
レオナルドさんは床に落ちていたタオルを拾って私に投げ渡した。
──でも、ありがたいことに変わりはない。雨で濡れた髪や体を拭かせていただく。
「ここは俺の部屋だ。くつろいでいいぞ。何か飲むか?」
「れ、レオナルドさん……」
な、なんて優しいの──!
レオナルドさんの気遣いが荒んだ心に染み渡る──。
──だがしかし。
どこを見ても、くつろげるスペースが見当たらない。そして、果たしてそれは飲めるのだろうか──。
などと思い迷っていると、突如、私のおなかの音が鳴り響いた。
「ははっ! 今の、もしかして嬢ちゃんの腹の虫?」
「……。」
は、恥ずかしい──。穴があったら入りたい──。
私がモジモジしていると、レオナルドさんが言った。
「こりゃ、まずは何か腹に収めなきゃだな。少し待ってろ」
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