【完結】どうも、使い魔の人間です。~魔族しかいない世界でモフモフ魔族に溺愛されてます~

胡蝶乃夢

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29.エルフ・イブとの決着

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 轟音と共に崩れ落ちた白い壁から、土煙が立ち昇る。
 マナトを抱き寄せるノヴァの前方で、アダムはペガサスに乗り、イブとの間に立ち塞がった。

「……邪魔が入りましたか」

 イブはアリコーンに腰掛けたまま、乱入者たちを見下ろし淡々と呟いた。

「イブ様……これはいったい、どういうことですか?」

 アダムの声が僅かに震えている。
 畏れ敬うべき大教皇と対峙することなど、想像だにしていなかったのだ。

 人間である真偽を確かめるため、マナトは大聖堂へと連れていかれたはずだった。
 それが、公に真偽も明らかにされないまま、イブの手によって粛清されようとしている。

 アダムは冷や汗を流しながらも、マナト達を庇い立ちはだかる。

(私の魔眼は欠陥などではなかった。マナトには魔眼の一切が利かない。共に暮らして、合成生物ではないこともわかった。ならば、人間であるとしか考えられない……)

 アダムは考えを巡らせるが、答えはわからない。
 イブは冷淡な目を向けて命じる。

「邪魔をしないで。そこを退きなさい、アダム」

 鋭利な眼差しに射すくめられ、怯みそうになるアダムは必死に声を張った。

「っ……あなたにはマナトが人間であるとおわかりでしょう? 何故このようなことをなさるのです? お答えください、イブ様!」

 イブは仕方ないといった様子で溜息を吐く。

「はぁ……そうでしたね」

 次いで眉尻を下げ、アダムに聖母のような慈愛の微笑みを向ける。

「あなたを出来損ないとみなし破門したのは、教団幹部達による愚かな間違いでした。あなたにはなんの落ち度もなかったというのに、可哀想なアダム。あなたはいつでも完璧で、間違えることなどなかったのですから」
「……何を、おっしゃりたいのですか?」

 言わんとする意図が汲めずにアダムが問えば、イブは予想外の提案をする。

「アダム、あなたは最も優秀なエルフにして、わたくしの理想の後継者です。すぐさま、破門を撤回し、出来損ないとみなした愚か者達を厳しく処罰しましょう。そして、あなたを総統として据えようではありませんか」
「! わたしを総統に……?」

 破格の待遇を提示され、アダムは困惑して聞き返した。
 イブは狼狽するアダムを見すえ、はっきりと交換条件を述べる。

「ですから、そこにいる汚らわしい混ざり者と不完全な人間を、ただちに粛清し――屠りなさい」
「!!」

 優雅な所作で、イブはアダムの後方を指差した。

「そうすれば、あなたはこの世界を統べる魔族の頂点へ立つに相応しい資格を得るのです。総統として、魔族社会の秩序を守るため、不完全な危険因子は徹底的に排除しなければならないのですから」
「この世界を統べる魔族の頂点……私が……」

 アダムはイブの指差す先へ視線を向け、ノヴァとマナトの姿を目にする。

 ノヴァは震える手でマナトの顔に触れ、その鼓動が消えていかないよう祈るように抱きしめ、必死に回復魔法をかけていた。
 アダムを救うために魔力消費したノヴァは、なけなしの魔力でマナトの回復に集中している。
 けれど、傷は思うように塞がっていかない。

「……マナト……マナト、死ぬなよ……助けてやるから、マナト……死ぬな……」

 繋ぎ留めたいという思いから、ただただ呼びかけを繰り返す、ノヴァの悲痛な声が響く。

「さあ、アダム。早く、その者達を粛清するのです!」

 イブの急かす声にアダムは答える。

「お断りします」
「アダム、あなた何を……?」

 予想していなかったアダムの返答に、今度はイブが困惑する番だった。

「私はあなたが言うような完璧なエルフではありません。あなたが不要だと言う、混ざり者達となんら変わらない。出来損ないの魔族ですから」

 命を捨てることに等しいとわかっていても、自分を受け入れてくれた仲間達を、アダムは裏切ることなどできなかった。
 イブの表情は落胆の色に変わり、冷淡な声で断言する。

「そう、ですか……ならば、あなたも粛清せねばなりません」
「無謀だとわかっていても、足掻かせていただきます。秩序もわからぬ出来損ないなので」

 魔族の頂点として君臨するイブに歯向かい、アダムは吠えた。
 約束された未来を捨て、覚悟を決めたアダムは、仲間達のために抗うことを選んだのだ。

 だが、無情にも守ろうとする仲間は、今この時にも命が尽きかけていた。
 ノヴァの枯渇した魔力では回復が間に合わず、マナトの呼吸は弱まり、鼓動は弱まり――心臓は、脈動を止めた。

「……そんな……駄目だ! 駄目だ、マナト!!」

 ノヴァが声を荒げて叫び、悲痛な声がこだまする。

「……嘘だ、マナト……嫌だ、嫌……死ぬな、マナト! ……死ぬな、マナトッ!! ……っ……う……うわああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 マナトの身体を強く掻き抱いて、ノヴァは空間がひび割れんばかりに絶叫した。

 ノヴァの感情が暴発し――黒い閃光が瞬いた。


 バチッ バチバチッ! バチバチバチバチッ!!


 空間が歪む――磁場が発生し、空中がぐにゃりと抉れていく。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」


 絶叫するノヴァの頭上に、闇の大穴が開いた。
 闇の大穴は周囲にある何もかもを吸い込んでいく。
 それは、見たこともない闇魔法。“光さえも逃げ出せない星”――ブラック・ホールだ。

「ノヴァッ?!」

 目の前の光景に、アダムの思考は凍りついた。

「これは、いったい……」

 突如、出現したブラック・ホールは、周囲を呑み込み肥大化していく。
 アダムとイブは、吸い込まれまいと踏ん張るのが精一杯だった。

「ぐっ……このままでは皆、吞み込まれる! 早く避難を!!」
「わたくしの大聖堂が、吸い込まれていく……そんなバカな……」

 巨大な大聖堂までもが、肥大化するブラック・ホールに吞み込まれ、決壊していった。

 アダムの呼びかけで、なんとか決壊する大聖堂からエルフ達を退避させたものの、ブラック・ホールに精気を吸い上げられ、周囲にいたエルフ達は次々と倒れていく。
 かろうじて意識を保っていられたのは、魔族の中でも特出した魔力量を誇っていたアダムとイブだけだった。

 このままでは、周囲のエルフ達がみんな死んでしまうと危惧するアダム。
 決死の覚悟で、ブラック・ホールの中心直下にいるノヴァへと近づいていき訴えた。

「ノヴァ、頼む! もうやめてくれ! これ以上、精気を吸い取られ続けたら、多くの同胞達が死んでしまう!!」

 マナトを強く抱きしめていたノヴァは、ゆらりと顔を上げて呟くように言う。

「……エルフが死ぬ? だからなんだというんだ……俺の大事な使い魔を……マナトを傷つけ、こんな姿にしておいて……殺すなだと?」

 ノヴァはマナトを失う恐怖に、エルフへの怒りと憎しみに、激しい感情に呑み込まれていた。
 アダムが懸命に訴えても、今のノヴァには届かない。

 周囲の者達の精気が吸い上げられていく一方で、マナトの身体だけが修復され、傷が癒えていく。
 そんな状況を見ていたもう一人のエルフ、イブが侮蔑の視線を向けてノヴァを罵る。

「愚か……汚らわしい混ざり者が、実に愚かです。そのようなことをしても、無駄だというのに」
「黙れ……」

 ノヴァが吐き捨てても、イブは語り続ける。

「魔族がどれほど人間へ仕え尽くしたとしても、魔族の力が手に負えぬものだとわかれば、人間は簡単に魔族を見捨て裏切るのです。最後には化け物と罵り、拒絶するのです……わたくしがそうであったように」
「黙れっ!!」

 イブの言葉にノヴァは声を荒げた。

「争いを生み、互いを貶め合い、自滅していく……人間とは、そのような不完全な生き物なのです。秩序を乱す、危険因子でしかない。この魔族の世界には不要な存在。卑しい淫魔に、出来損ないの混ざり者も同様です」

 使命を宿した紫紺の瞳がノヴァを睨みつけ、宣言する。

「この魔族社会の秩序を保ち、永久に続く魔族の世界を守るため、わたくしは危険因子を粛清せねばなりません」

 全魔力を込め、イブは究極の光魔法を放つ。

「聖なる審判――ルクス・ディヴィーナ!」

 天から降り注ぐ豪雨のように、無数の光の刃が激しく降りそそぐ。
 空間を切り裂くような音と閃光の奔流が、ノヴァを呑み込むかと思われた。

 しかし、次の瞬間にはそのすべての光の刃がブラック・ホールへと引き寄せられ、一片の影すら残さず呑み込まれていった。
 ノヴァにはかすり傷一つ付けることも叶わず、圧倒的な閃光は跡形もなく消失したのだ。

「くっ……」

 魔力を使い果たしたイブは、その場に膝を突く。
 無力に這いつくばるイブを、ノヴァは憎悪を宿した真紅の目で睨み、低い声で告げる。

「……何が、魔族社会の秩序だ……どんなに頑張っても、報われない……混ざり者が虐げられ、葬られるだけの世界なら……こんな世界は、滅んでしまえ……」

 ノヴァの心の奥底から渦巻く負の感情があふれだし、その思いに闇のエネルギーが反応して、ノヴァの姿が恐ろしいものに変貌していく。
 真紅の瞳が燃え上がり、漆黒の毛に覆われた猛獣の頭から巻き角が突き出し、背に生えた三対六枚の翼が広がったその姿は、まるで大悪魔のようだった。

 漆黒の翼が羽ばたけば、空間が振動するような重低音が響き渡り、イブとアダムは重圧に息を呑む。

「……なんて醜い化け物……出来損ないの混ざり者が、こんな力を持っていたなんて……」
「これが、ノヴァの……ダークエルフの本当の力なのか……これほどの力が……」

 漆黒の穴が、周囲のすべてを無慈悲に呑み込んでいく。
 あらゆるものが凄まじい引力に引き裂かれ、砕け、捻じ曲げられる。
 立っているのもままならない二人は、吸い込まれまいと必死に地面にしがみつくことしかできない。

 ブラック・ホールはさらに肥大化の速度を増し、この世界さえも呑み込もうと膨れ上がっていく。
 その時――


「……、……ぅ……はぁ……」


 ――ノヴァの腕の中でマナトが息を吹き返す。

「……マナ、ト……?」

 呼吸している。確かに上下する胸。
 ノヴァの喉から掠れた声がこぼれ落ちる。

「……よかった……生きていた……」

 マナトを抱きしめる漆黒の腕が、喜びに震えた。
 感じるマナトの体温に安堵しながらも、それと同時に、胸の奥に湧き上がる恐怖心を、ノヴァは抑えられない。

 自分がどれほど醜い姿を人に晒しているのかも、世界をも滅ぼしかねない強大な力のことも、今はどうでもよかった。
 ただ、マナトにこの姿を見られ――拒まれることが恐ろしかったのだ。

「マナト……俺は……ッ……」

 もはや、ノヴァは荒れ狂う激しい感情から、暴走する力を制御できなくなっていた。

 マナトの意識が浮上し、その瞼がゆっくりと開かれていく。


 ◆
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