とある執事の日常 ~お嬢様の中身は恐らくギャル~

冬兎

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第一章 お嬢様の塩

第十七話 お嬢様の塩④

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 翌夜、俺は宿の一室でお嬢様が用意した料理と酒を眺めていた。

 昨日に引き続き宿の厨房を借りてお嬢様自身が作った料理である。テーブルには追加で作ったお嬢様の塩で味付けした焼き魚、野菜の炒め物、それに港町特産のエール酒が並んでいる。

 料理をする機会のないはずの貴族令嬢がなぜこんなものを作れるのか、それを聞くのは無粋だろう。

「クラウ、どう? ちゃんと美味しそうに見える?」

 お嬢様が不安そうに尋ねてくる。

「ええ、問題ございません。お嬢様の料理の腕前は存じ上げておりますので」
「ふふ、あとでクラウも沢山食べていいからね」

 本職の方には申し訳ないが、お嬢様の料理はその辺の料理人が作るものより美味い。少なくても俺の好みなのは間違いない、懐かしい味付けだ。

 コンコン、とノックの音が響き渡る。

「お、来たっぽい。クラウ、開けてくれる?」
「承知しました」

 俺が扉を開けると、そこには髭面のドワーフ、職人のグリムが立っていた。

「嬢ちゃん、呼んでくれてありがとよ」

 昨日の別れ際の不機嫌な顔が嘘かのようににこやかな表情を浮かべている。

「グリムさん! 待ってたよ! さ、入って入って」

 お嬢様が満面の笑みでグリムを迎える。

 グリムがテーブルに座ると、お嬢様は手際よく酒を注いだ。

「じゃあ、早速w 乾杯!」
「おう、乾杯だ」
「乾杯です」

 三人で盃を合わせる。

 俺は控えめに一口だけ酒を口に含んだ。酒は嫌いじゃないが、飲み過ぎると折角のお嬢様の手料理が食べられなくなる。

「グリムさんってさ、職人歴どれくらいなの?」
「そうだな……もう八十年くらいになるか」
「やば! 超ベテランじゃん! 匠? 匠なの!?」

 お嬢様が目を輝かせる。

 そこから話は職人談義へと移った。グリムが若い頃に作った武器の話、失敗談、苦労話。お嬢様は「すご!」「マジで?」「天才じゃん!」と独特の相槌を打ち続ける。

 お嬢様に話の続きをねだられるたび、グリムの表情がどんどん緩んでいく。

 酒が進み、料理が減り、場の空気が温まった頃。

 少しの沈黙を挟みお嬢様が切り込む。

「でさ、なんでエルフとそんなに仲悪いの?」

 グリムの表情が一瞬で曇り、盃を持つ手が止まった。

「……昔、わしが生れるもっと前の時代、ドワーフとエルフが共同で大きな作品を作ったことがあったそうでな」

 グリムが重い口を開く。

「大陸間移動ゲートって代物、聞いたことあるか?」
「あ、それって確か……」

 お嬢様が思考を巡らせるように天井を見上げる。

「ロストテクノロジーとされている、大陸間を瞬時に移動できるワープゲートですね。現在はゲートが残っているだけで、実際ワープできたかどうかは学者によって判断が分かれます」

 俺が補足する。

「そう…あれを作ったのは、ワシらドワーフとエルフの共同作業じゃった」

 グリムが遠い目をする。

「完成した時、エルフの連中は何て言ったと思う?」
「……何て?」
「『これはドワーフの功績だ』ってな」

 グリムが苦々しく笑う。

「謙遜のつもりかもしれねえ。だがな、あれは嫌味だ。あんな見事な魔法陣の加工をする連中が『これはドワーフの功績だ』じゃぞ!? 奴らはわしら職人の誇りを踏みにじりやがった」

「え?ちが…」

 お嬢様が何か言いかけて、止める。

「エルフってのはそういう連中なんだ。自分たちの手柄を受け入れようとしない。自分達以外の種族を下に見ているんじゃろう」

 そう言ってグリムが盃を煽る。

「だからワシらドワーフはエルフとは仕事をしねえ。あいつらと組んでも、また同じことの繰り返しだ」

 お嬢様の表情が微妙に歪む。

 何か釈然としないものを感じているようだが、それ以上深追いはしなかった。

「……そっか。ちなみに、グリムのおっちゃん自身は何かエルフにされたことあんの?」
「直接はないぞ? ま、昔のことだ。嬢ちゃんが気にする必要はない」

 グリムがもうこの話は終わり、とばかりに笑顔を作る。

 その後、話題は別のものに移り、夜は更けていった。

―——
―—


 グリムが帰った後、お嬢様は無言でテーブルの片付けを始めた。さっきから横目で見ていると同じ個所をずっと拭き続けている。

「……お嬢様」
「ん?」
「何か、気になることでも?」
「うーん……ちょっとね」

 お嬢様が首を傾げる。

「でも、まだわかんない。明日、イケメンエルフさんの話聞いてから考える」
「…はい、明日に備えて今日は早く休みましょう」

 お嬢様同様、俺自身もグリムの話は腑に落ちない。なんというか理解はできるけど納得できない、そんな感じである。
 
 とりあえずさっさと片づけを終わらせて休むことにしよう。


―——


 次の日の夜、グリムを招いた同じ宿の一室に、今度はセリオスを招いた。

 テーブルには昨日同様お嬢様特製の料理と酒が並ぶ。

「レティシア、クラウス。招待してくれてありがとう」

 セリオスが優雅に一礼する。

「セリオスさん! 待ってだよ! さ、座って座って」

 お嬢様が弾けるような笑顔で迎える。

 乾杯を済ませ、話は魔法の話題へ。

 セリオスが若い頃に開発した魔法陣の話、失敗して爆発させた話、セリオスの師匠に怒られた話。お嬢様は「やばだん!」「超ウケる!」「すご過ぎ!」と褒めちぎる。

 セリオスの表情が穏やかに緩んでいく。

「で、なんでドワーフと仲悪いの?」

 面倒臭くなったのかお嬢様がぶっこみやがった。まあ個人的にもこれくらい雑な対応で良い気はするが。

 わかりやすくセリオスの笑顔が消える。

「……昔、共同制作をした際にな」

 昨日グリムから聞いた話のエルフ視点か、セリオスが静かに語り始める。

「大陸間移動ゲートという大作を作った。ドワーフとエルフ、両種族の技術の粋を集めた傑作だったという」
「うんうん」
「完成した時、ドワーフたちは何と言ったと思う?」
「……何て?」

 あまりにデジャブ過ぎるがお嬢様も俺も表情に出さない。我々は空気の読める貴族令嬢と執事なのだ。

「『これはエルフの功績だ』とな」

 セリオスが苦笑する。

「一見謙虚に見えるだろう? だが違う。あれは間違いなくドワーフの功績だ」
「「はぁ…」」
「あんな見事なゲート、機能性は当然ながら、呼吸を忘れるほど見事なフォルム。我々の魔法陣などあれに比べればおまけにも値しない」

 セリオスがそう言いながら一気に盃を傾ける。

「つまり『(こんなもん自分達はいくらでも作れるから、今回のこれは)エルフの功績だ』という意味だ。それくらいあ奴らの技術は飛び抜けておる。我々がいくらドワーフあっての大作だ、と感謝を伝えてもあ奴らは”全てエルフの功績”と言ってきかなかった」
「「…………」」

 お嬢様の目が珍しく無表情になる。

「だから我々エルフはドワーフとは仕事をしない。あんな頑固で傲慢な職人集団となど働きたくない」

 昨日のグリムそうだけど、この人らは何を言ってんだ? ほらお嬢様も理解できなさ過ぎて見たことない表情浮かべてるわ。

「そっか……」

 お嬢様が小さく呟く。

 その後、話題は別のものに移ったが、お嬢様の反応は明らかに上の空だった。

 セリオスが帰った後。

 お嬢様は黙ってテーブルに突っ伏した。

「……お嬢様?」

「クラウ、何かおかしくない?」
「おかしなところしかありませんでした」
「だよね!? そうだよね!? 良かったーw うちがおかしいのかと思ったわ」

 お嬢様が顔を上げる。

「なんで認め合ってるくせに認め合わないの?」

 頭がこんがりそうな表現だが、不思議と言わんとしていることはわかる。

「うーん、でももしかしたら第三者から見たら別の意見もあるかもしれないから、明日ガルスさんにも聞いてみよ」


―——


 翌朝、俺とお嬢様は港湾地区までガルスに会いに向かった。

「おう、嬢ちゃんにクラウス。どうした、朝っぱらから」

 ガルスがもう見慣れた豪快な笑顔で迎えてくれる。

「ガルスさん、ちょっと聞きたいことがあって」

 お嬢様が真剣な表情で切り出す。

「大陸間移動ゲートって知ってる?」
「ああ、ドワーフとエルフの合作だろ? 赤子だって知ってるぜ」
「その制作の時、ドワーフとエルフが揉めたって話……知ってる?」
「……ああ、そこに辿り着いたか…流石だな。 その話ならエルフとドワーフ以外みんな知ってるぜ」

 ガルスがあっさりと答える。

 お嬢様と俺は顔を見合わせた。

「み、みんな知ってるの!?」
「ああ。っつっても、当時を知ってる奴はもういねえけどな。言い伝えとして残ってるが、あの二つの種族の性格を考慮すればまあ当たらずも遠からずってところだろう」

 ガルスが椅子に座る。

「実際はな、互いに相手の技術を素直に称え合ってたんだ」
「…………」

 お嬢様と俺の予想通りだ。しかもそれに気付いていないのは当事者の自分達だけと来たもんだ。

「ドワーフは『これはエルフの魔法のおかげだ』って言った。エルフは『いや、職人の技術があってこそだ』とさ」

 ガルスが肩をすくめる。

「お互い、相手をリスペクトしてたんだよ、純粋にな」
「じゃ、じゃあ何で……」
「それがいつの間にか『謙遜しすぎる嫌味な奴ら』『頑固で偏屈な連中』って確執になっちまった」

 ガルスが苦笑する。

「誰かが悪意を持って歪めたのか、それとも自然にそうなったのかは知らねえが」

 お嬢様が呆然とする。

「は? マジでそれだけ?」
「それだけだ」
「ダサっ……」

 お嬢様が頭を抱える。

「マジでダサい。超ダサい。ていうか、数百年も無駄にしてんじゃん」
「まあな」

 ガルスが豪快に笑う。

「でも、当人たちはそれが真実だと信じ込んでる」
「……」

 お嬢様が黙り込む。

 数秒の沈黙の後、お嬢様が顔を上げた。

「ねえガルスさん、今夜うちの宿に来てくれない?」

「ん? また飲むのか?」
「うん。グリムさんとセリオスさんも呼ぶ」
「おいおい正気か? あの二人を一緒に呼んだら血の雨が降るぜ?」
「大丈夫。あたしが何とかする」

 お嬢様が不敵に笑う。
 あかん………これ結構怒ってるやつだ。


―——


 その夜、俺はお嬢様に依頼されグリムとセリオスをそれぞれ別々に呼んだ。

 二人には相手が来ることは伝えていない。
 だまし討ちの様で多少後ろめたさはあるが、今回の荒療治には仕方ないだろう。

 グリムが到着した。

「おう、嬢ちゃん。また呼んでくれて……」

 グリムの言葉が止まる―—部屋の奥に座るセリオスを凝視していた。

「……何の真似だ」

 グリムの声が低くなる。

「グリム……貴様もか」

 セリオスが立ち上がる。

「悪いが、帰らせてもらう」
「私もだ」

 二人が同時に扉へ向かう。

「待って」

 行く手を塞ぐお嬢様を睨みつける二人…そんな視線をお嬢様に向けるのはやめて欲しい。

 間違っても手なんか出してくれるなよ?俺も二人に危害を加えたくはない。

「種族間の歴史まで口を挟むつもりはないよ」

 お嬢様が真っ直ぐ二人を見る。

「でもさ、今目の前にいる相手を見ようともせず、上の世代から言われたままダメって決めつけて拒否し合ってるとかダサくない? つーかカッコ悪すぎて見てらんない、情けないし恥ずかしいし。どの面下げて空気吸ってんのか問いただしたいレベル」
「「な………」」

 言い過ぎである。
 が、もっと言って良い。お嬢様のいう通りだ。

「だってそうでしょ? グリムさん、セリオスさん。二人とも、大陸間移動ゲートの話してくれたよね」

 お嬢様が尚も言葉を続けていく。

「でも、二人の話は真逆だった。グリムさんは『エルフの功績』っていうし、セリオスさんは『ドワーフ技術があってこそ』っていうし。何それ? 普通に認め合ってんじゃん」
「「…………」」
「なんでそれがわかんないかな? え? 何?? ツンデレ同士なの!? 新しい属性でも作るつもり??」

 お嬢様が二人を交互に見る。

「本当はね、お互いリスペクトしてたんだよ。今を生きる自分達がいがみ合うなんて、そんなのご先祖さんたちも望んでないっしょ。それとも自分達の争いを子供たちにも引き継がせたいほど愚かなの!?」
「「先人たちを馬鹿にするな!」」

 お嬢様の煽りに二人の言葉が重なり、グリムとセリオスが同時に固まる。

「「………」」
「そういうこと。…そんな状態でどうして二人はいがみ合う必要があるの? グリムっちはイケメンがどんな性格か知ってんの? イケメンはグリムっちの何が気に入らないの??」
「いや…知らぬ……」
「………わからない」

 お嬢様の指摘に二人は答えられない。しばし無言の時が流れたあと、ボソボソと二人が話し出す。

「…嬢ちゃんに見せて貰ったが、一切無駄のない見事な魔法陣じゃった。さすがエルフじゃ…」
「お主も…素晴らしい設計図だった。あんな美しい造形物に触れられる、それだけで大変光栄なことだ………と思う」

 二人が顔を見合わせる。…なんだろう、身体中搔きむしりたくなるほどむず痒い!

「……一緒に、仕事してみるか」
「……そうだな」

 そう言って、グリムとセリオスが盃を用意し、お嬢様が用意した酒を互いに注ぎ合う。

「「乾杯…」」

 お嬢様が満面の笑みを浮かべ、俺は静かにその光景を見守った。

 根本の解決には至っていないものの、お嬢様が種族間の数百年の確執をたった数日で解消してしまった。今は小さな一歩だが、きっとこの二人の踏み出した一歩が、両種族にとって大きな切っ掛けになるだろう。

 ギャルやべえ。
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