とある執事の日常 ~お嬢様の中身は恐らくギャル~

冬兎

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第二章 愛を架けるトロッコ

第二十三話 レオン・リオネール

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 王宮の訓練場は俺が想像していたよりも遥かに広かった。

 床は白い大理石で敷き詰められ、天井は三階分の吹き抜けになっている。壁際には武器庫が設けられ、あらゆる武具が整然と並んでいた。これだけの設備を維持できるのは王宮くらいだろう。

「では、万が一の怪我を防ぐため防御のバフを掛けます」

 エルド先生が淡々とした口調で告げると、俺の周囲に淡い光の膜が展開される。魔力が肌に触れる感覚は心地よいが、同時にこれから始まる戦いの重みを実感させられた。

 訓練場の端には陛下、お嬢様、グレゴール卿、そしてグリムとセリオスが並んで座っている。お嬢様は心配そうな表情を浮かべながらも、俺に向かって小さくガッツポーズを見せる。

 普段であればそれだけで旦那様は怒り狂いそうだが、今日はそういう空気感でない。

「力加減はするが、本気で来い」

 旦那様の声が訓練場に響く。いつもの穏やかな口調とは違う、戦士としての鋭さを含んだ声だった。

「承知しました。胸をお借りします」

 俺は深呼吸し木剣を構える。旦那様はイメージ通りというべきか、俺の持つ剣よりも一回り小さい細身の剣を持つ。力よりもスピードによる戦いが主体となるのだろう。

 一拍の沈黙。

 次の瞬間、旦那様が踏み込んできた。

 速い。いや、速過ぎる。

 視界に残像が残るほどの速度で、旦那様の剣が俺の喉元に迫る。咄嗟に剣を横に払って弾くが、その反動で体勢が崩れる。追撃の突きが脇腹を狙ってくる。後ろに飛び退いて回避するが、旦那様はすでに次の一手を繰り出していた。

 剣戟の音が連続して響く。

 攻撃、防御、回避。全てが旦那様の掌の上だ。俺の動きは読まれ、反撃の隙すら与えられない。

 ——元勇者パーティーの一員。その言葉の重みを肌で感じる。

 旦那様はエルド先生やバルド師匠と比べれば、純粋な戦闘力では一歩劣ると言われている。事実その通りなのだろうが、それでも十分に旦那様も化け物だ。経験の差が圧倒的すぎる。

 俺は魔力を剣に纏わせ、斬撃に乗せて放つ。魔力の刃が旦那様に向かって飛ぶが、旦那様は剣を一閃させてあっさりと相殺する。

「その程度かクラウス?」

 挑発するような言葉ではなく、本当にがっかりしたような口調だった。『娘はお前に任せられない』、そう言われているようで、それが余計に堪える。

 俺は戦術を切り替える。正面からの力押しでは勝てない。ならば頭を使うしかない。

 地を蹴り、旦那様の死角に回り込む。剣を振るうが、旦那様はまるで背中に目があるかのように正確に防ぐ。カウンターの突きが俺の肩を掠める。エルド先生のバフがなければ、確実に貫通していただろう。

 観客席からお嬢様の心配そうな声が聞こえる。

 ——このままでは駄目だ。

 俺は剣を構え直し、全身の魔力を解放する。父から教わった武術、母から教わった体術、エルド先生から教わった魔力操作、バルド師匠から教わった剣術。全てを総動員する。

 だが、旦那様はそれでも俺を大きく上回る。

 一撃、二撃、三撃。全ての攻撃が防がれ、反撃を受ける。俺の息が上がり始める。一方で旦那様の呼吸は全く乱れていない。

 そして——旦那様の一撃が、俺の剣を弾き飛ばした。

 剣が宙を舞い、訓練場の床に木の乾いた音を立てて転がる。俺の手は痺れ、剣を握ることすらできない。旦那様の剣が俺の喉元に突きつけられる。

 万事休す。

 訓練場に静寂が訪れる。

 だが、俺はまだ諦めていなかった。お嬢様との約束を守るため、俺には自分のプライドよりも譲れないものがある。

「やはり先人たちの背は遠い」

 そう言いながら俺は落ちた剣の位置を確認する。

「だが、己の意地を張るのはここまでにします」

 俺は観客席を振り返り、お嬢様に視線を向ける。

「お嬢様!」
「あいよー♪」

 お嬢様が両手を前に突き出す。瞬間、俺の全身を強力な魔力が包み込んだ。

 力が漲る。速度が跳ね上がる。視界が鮮明になり、空気の流れすら感じ取れる。

「な!?」

 旦那様が驚愕の声を上げる。その表情には、明らかな動揺が浮かんでいた。

「ちょ!? それはずる——」
「あたしらは半人前同士で一人前だよー♪」

 お嬢様の明るい声が訓練場に響く。旦那様が俺を鋭く睨むが、その視線には怒りではなく、何となく嬉しさが混じっている気がする。

 ——娘を守りたい父親としての想い。
 ——戦士として相手を認めたい葛藤。
 ——そして、かつての仲間たちと同じ道を歩もうとする若者への期待。

 俺はその全てを感じ取った。

「私は一人で戦う訳ではありません」

 俺は床に転がった剣を魔力で引き寄せ、再び構える。本来バフは魔力消費が激しく実戦で重ね掛け出来る魔法使いはほとんどいない。だが魔光石を得たお嬢様がいればその常識は通用しない。

 旦那様の表情が引き締まる。

「……なるほど。お前たちはそういうことか」

 旦那様が剣を構え直す。その動きに迷いはない。

 ——娘が自分の手を離れていく。

 ——もう子供ではなく、一人の戦士として立っている。

 ——それを認めたくない父親の心と、認めざるを得ない現実。

 俺は地を蹴り、旦那様に突撃する。

 お嬢様のバフによって強化された速度とパワーは、先ほどとは比べ物にならない。旦那様の視界から消え、背後に回り込む。剣を振るうが、旦那様は辛うじて防ぐ。

 剣戟の音が激しく響き渡る。

 今度は互角だ。いや、力では俺が上回っているかもしれない。だが旦那様の経験は伊達ではない。最小限の動きで俺の攻撃を捌き、的確にカウンターを繰り出してくる。

 魔力を纏った斬撃が交錯する。訓練場の床に亀裂が走り、壁に衝撃波が叩きつけられる。

「クラウス、お前は……」

 旦那様が剣を振るいながら呟く。

「お前は、レティを守れるのか」

 その言葉には、父親としての切実な想いが込められていた。

 俺は答える代わりに、全力で剣を振るう。

 旦那様の剣と俺の剣が激しくぶつかり合う。火花が散り、魔力が弾ける。

「私はお嬢様の盾です」

 俺は旦那様の目を真っ直ぐ見据える。

「お嬢様を傷つける全てから、命に代えてもお守りします」

 旦那様の表情が揺らぐ。その瞳には、娘を想う父親の涙が浮かんでいた。

 ——もう、自分の手の届かないところへ行こうとしている。

 ——自分よりも信頼できる相棒を見つけている。

 ——それが嬉しくて、寂しくて、悔しい。

 俺はその全てを理解した。だからこそ、認めさせなければならない。

 剣を振るう。

 旦那様も剣を振るう。

 二人の剣が、同時に相手の首筋に到達する。

 寸止め。

 相打ちだ。

 訓練場に静寂が訪れる。俺と旦那様は互いの剣を首筋に当てたまま、動かない。

 数秒の沈黙の後、旦那様が小さく笑った。

「……認めよう。クラウス、お前の実力を」

 旦那様が剣を下ろす。俺も剣を下ろす。

「だが勘違いするなクラウスくん。私が認めたのはお前の実力だ。二人の仲を認めた訳ではないからな!」

 旦那様が俺を指差す。その表情は親しみやすいいつもの伯爵のそれに戻っていた。

「あん? 二人は夫婦じゃねぇのか?」

 グリムが観客席から無邪気に空気を全く読まない声を上げる。

「違うんですか…? ポートランドでは皆そう思ってますが……」

 セリオスが補足する。

 旦那様の顔が、見る見るうちに赤くなっていく。

「詳しく話してもらおうか……」

 低く、抑えた声。これは完全にキレている。

「お、お嬢様、出発の準備を」

 俺は即座に判断し、お嬢様に声をかける。

「え?  あ、うん!」

 お嬢様も事態を察したのか、素早く立ち上がる。二人で訓練場の出口に向かって駆け出す。

「待ちなさいクラウスくん! レティシアも!」

 旦那様の怒声が背中に突き刺さるが、俺たちは振り返らない。

 全速力で駆け抜けながら、お嬢様が笑う。

「パパ、怒ってたね~」
「当然でしょう。娘が執事と夫婦扱いされているのですから」
「クラウは嫌?」

 お嬢様が上目遣いで俺を見る。

 俺は視線を逸らし聞こえないフリをする。背後から聞こえる旦那様の怒鳴り声。

 王宮を脱出し、街道に出る。馬車に飛び乗り、御者に出発を告げる。

 馬車が動き出すと同時に、旦那様が王宮の門から飛び出してくる。

「クラウスくんーーー!」

 その声は、怒りと寂しさが入り混じった、複雑な響きを持っていた。

 俺は窓から顔を出し、深く一礼する。

「必ずお嬢様を無事に連れ帰ります。旦那様」

 旦那様の表情が、ほんの少しだけ和らぐ。

 そして俺たちを乗せた馬車は、古代都市に向けて走り出した。
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