とある執事の日常 ~お嬢様の中身は恐らくギャル~

冬兎

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第三章 セーラ服の女神

第三十六話 二人のお嬢様

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 クラウスとセバスチャンの修行から時は少し遡る。

 古代神殿攻略パーティー結成の打ち合わせた翌日の早朝、王都の城門前。

 朝靄が晴れ始めた街道に、一台の馬車が用意されている。

 レティシアとオクタヴィアが並んで立ち、エルドとバルドが荷物を確認していた。

「オクちゃん、準備できた?」

 レティシアの明るい声が朝の空気に響く。

 オクタヴィア・サウザードは赤みがかった栗色の髪を揺らし、琥珀色の瞳を輝かせて頷いた。

「もちろんですレティシア様! このまま世界一周の旅にだって出発できますわ」
「何それ超ウケるw」

 胸を張って堂々と答える姿は、いかにも戦士の血を引く令嬢らしい。

 エルドが穏やかな笑みを浮かべて二人に近づく。

「では、出発しましょう。世界一周ではなくポートランドまで、二日の道のりです」

 バルドが豪快に笑いながら馬車の扉を開ける。

「がっはっは! お嬢ちゃんたち道中覚悟しておけよ!」

 レティシアとオクタヴィアが馬車に乗り込み、エルドとバルドがそれに続く。

 御者が手綱を取ると、馬車がゆっくりと動き出し王都の門が遠ざかっていく。

 馬車の中、レティシアは窓の外を眺めながら小さく呟いた。

「クラウ頑張ってるかな~」
「クラウス様とセバスは、今頃修行中ですわね」

 オクタヴィアは修行する二人を想像したのか、愉快そうに答える。

「うん。次会う時はすごく強くなってるよね」

 レティシアの表情には、期待とほんの僅かな寂しさが混じる。それが愛情と呼ぶべきものなのか、それとも只の好意によるものなのか、それは誰にもわからない。

 その時、珍しく真面目にバルドと会話していたエルドがレティシアとオクタヴィアに向けて口を開く。。

「レティシア様、オクタヴィア様。これから六日間、僭越ながら私とバルドでお二方を鍛えさせていただきます」
「イエッサー!!」
「い、いえっさー?」

 レティシアのよく分からない返事にオクトヴィアも続く。

「おう! レオンの旦那からの依頼だ。古代神殿は危険な場所だ。執事たちだけじゃなく、お嬢ちゃんら自身の地力も上げてくれってな」
「一週間しかありませんし、ポートランドではお二人の新たな装備も作らなくてはなりません。従って修行は往復の道中で行っていきます」

 オクタヴィアが不安そうに呟く。

「そ、それだけで強くなれるのでしょうか」

 エルドが穏やかに微笑む。

「大丈夫です。基礎をしっかり固めれば、必ず強くなれます」

 続いて、エルド真面目な表情になり、

「筋肉ゴリラに同意するのは癪ですが……」

 バルドが眉を上げる。

「お? 何だ? 喧嘩なら買うぞ」

 エルドはそれを無視して続ける。

「"健康な肉体に健康な精神が宿る"と耳にしたことがあるかもしれませんが、実は物凄く理にかなっています」

 レティシアとオクタヴィアが顔を見合わせる。

 バルドが嬉しそうに笑った。

「おう、珍しくエルドがいいこと言うじゃねえか! 筋肉は全てを解決する!」
「……そこまでは言っていません」

 エルドが冷静に訂正する。

「ですが、魔法使いこそ身体を鍛えるべきなのです。長時間の詠唱、集中力の維持、そして戦場での持久力。全て体力が基礎になります」

 レティシアが真剣な表情で頷く。

「ほぇ~、あたしクラウに甘やかされてきたから体力マジ自信ないわ」

 エルドが続ける。

「だからこそ、レティシア様はバルドにトレーニングを付けて貰ってください」
「……え?」

 固まるレティシアを見てバルドが満面の笑みを浮かべた。

「がっはっは! 任せとけ! お嬢を一人前の魔法使いにしてやるぞ!」
「え、バルにゃんにトレーニング……?」

「勝負の世界は小指の詰め先一ミリが勝敗を分ける」

 それまでのふざけた表情から一変、バルドが急に真面目な表情になる。

「自分の身体の隅々まで自在にコントロールできないと、一端の剣士とは言えない。それを体感するには魔力の流れを理解するのが一番手っ取り早い」
「そ、それは……つまり?」

 オクタヴィアが生唾を飲み込む。音が周囲に聞こえていないか気にしている様が如何にも貴族の令嬢らしい。

 バルドがオクタヴィアを視線で射抜く。

「だからオクタの嬢ちゃんはエルドに魔力の流れを学ぶんだ」
「わたくしが……エルド様に?」

 オクタヴィアが驚く。
 修行は事前に聞いていたが、てっきり剣聖の呼び声高い現代最強の剣士、バルドに稽古を付けてもらうと思っていたようだ。

 エルドが頷く。

「実は、剣士こそ魔力の流れを理解すべきです。身体の動きと身体を流れる魔力の関係が分かれば、自分自身の身体を本当の意味で使いこなすことが出来るようになります」

 レティシアとオクタヴィアが顔を見合わせる。

 二人の少女の表情に、期待と不安が混じっていた。

 馬車は街道を進み、王都の影が完全に消えていった。


―——
 

 街道沿いの平原で馬車が止まる。

 正午を少し過ぎた頃。陽光が草原を照らし、心地よい風が吹いている。

 バルドが馬車から飛び降り、レティシアを呼んだ。

「さあ、まずは走り込みだ」

 レティシアが馬車から降りて首を傾げる。

「走り込み……?」

 バルドが街道の先を指差す。

「ああ、文字通り走るだけだ。ここから今晩の宿、宿場町まで走って移動する」
「え、えぇ!?」

 レティシアが目を丸くする。

「宿場町って……まだ五十キロ以上あるよ?」

 バルドが豪快に笑う。

「がっはっは! たったの五十キロだ。長時間戦闘に耐えられる身体を作るぞ」
「まぁ東京から茅ヶ崎までの直線距離程度か」

 レティシアがよく分からない発言をする。

「ちなみに、ああ見えてエルドはそんじゃそこらの剣士より余程体力がある」

 馬車の中からエルドが本を読みながら答える。

「当然です。魔法使いが体力で劣っていては話になりません」

 レティシアが深呼吸する。

「……俄然やる気が出てきたよー」
「よし、いい返事だ!」

 バルドが満足そうに頷く。

「じゃあ、行くぞ!」

 そうしてレティシアとバルドは、馬車と並走して街道を走り始めた。

☆ 

 走り始めた直後こそ、やる気もあって順調に走っていたレティシアだった、今までの運動不足のツケですぐに息が上がり始める。

「はぁ……はぁ……クラウに……負けてられない……」
「魔力に頼ってきた自己責任だな。身体が追いついていない」

 バルドが冷静に指摘する。

「はぁ……はぁ……もう……限界……かも」

 レティシアの足取りが徐々に重くなる。

「限界はまだ先だ。自分で勝手に限界を決めるな」

 バルドが励ます。

「魔力で身体を強化するのはいい。だが、その前に素の身体を鍛えろ。そして身体の構造を本能で理解するんだ。そうすれば強化魔法の効果も飛躍的に上がっていく」
「はぁ……はぁ…………」

 息も絶え絶えにレティシアが必死に頷く。

 さらに数分後。レティシアの足が完全に重くなり、歩いているペースと殆ど変わらないが、それでも決して歩みを止めようとしない。

「超……余裕っしょ~……」

 レティシアが半ば自暴自棄になりながら走り続ける。

 バルドが豪快に笑った。

「がっはっは! その意気だお嬢!」

 街道を進む二人の姿が、どんどん馬車から離れていく。


 そんな馬車の中、バルドとレティシアの様子を伺っていたエルドが視線を社内に戻す。

「……バルドも意外と良い師匠ですね」

 オクタヴィアが窓の外を眺めながら呟く。

「レティシア様、本当に頑張っていらっしゃいますわ」
「ええ。我が家のお嬢様は決して泣き言を言いません」

 エルドが穏やかに微笑む。

「だからこそ、私たちも全力で支えなければなりません」

 オクタヴィアが真剣な表情で頷いた。

「私もライバルとして負ける訳にはいきませんわ!」

 そんなオクタヴィアの宣言を聞いたエルドが穏やかに微笑む。

「では、我々も始めましょう」
「はい、エルド様」

 オクタヴィアが緊張した表情で頷く。

 エルドが指示を出す。

「まず、ゆっくり目を閉じてください」
「……はい」

 オクタヴィアが従う。

 琥珀色の瞳が閉じられ、オクタヴィアの精神が静寂に包まれる。

 エルドが静かに続ける。

「全身の魔力の流れを感じてください。魔力の一部となって体中を巡って下さい……」
「……………」

 オクタヴィアが集中する。

「…え? …あれ??」
「今どこかで引っかかりましたね? それはどこですか?」

 数秒の沈黙。

「……腕、でしょうか」
「やはりそうですか」

 エルドが満足そうに頷く。

「剣士は腕に魔力が集まりやすいんです。剣を振るう動作が身体に染み付いているため、無意識に腕へ魔力が留まるように身体が変化しているんです」

 オクタヴィアが驚いた表情になる。

「そうなんですか……」
「ええ。しかし、それは非効率です」

 エルドが続ける。

「腕だけで剣を振るう訳ではないでしょう。身体全体を連動させる為にはどこか一か所に偏るのは効率的ではありません」
「全身に……均等に……」

 エルドの言葉に、オクタヴィアが再び集中する。

 数分後、オクタヴィアの表情が変わる。

「…あ! こ、これは……」

 目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

「魔力が均等に流れると、身体の動きも変わります」

 エルドが穏やかに説明する。

「腕だけに頼らず、全身を使って剣を振る。そうすれば、威力も速度も、反応までもが格段に上がります」

 オクタヴィアが何かに気付いたかのように、すぐに馬車の扉を開けて外へ飛び出した。

「オクタヴィア様?」

 馬車が慌てて停止する。

 オクタヴィアは草原に立ち、腰の剣を抜いた。

 そして、素振りを始める。

 一振り目—明らかに動きが滑らかになっている。

 二振り目——剣の軌道が美しい弧を描く。

 三振り目———剣が音を置き去りにする。

「す、すごい……」

 オクタヴィアが驚愕の表情で呟く。

「今までと全然違いますわ……!」

 エルドが馬車から降りて微笑む。

「魔力の流れが分かれば、身体の使い方も最適化されます。大抵の剣士が下半身に対する意識が低いのです」

 オクタヴィアが剣を構え直す。

「も、もう一度、やってみます!」

 そして、さらに素振りを続ける。

 一振り、一振りが、先ほどとは比べ物にならないほど洗練されていく。

 エルドが満足そうに頷いた。

「素晴らしい。理解が早い」

「エルド様のおかげです!」

 オクタヴィアが嬉しそうに笑う。

 そうしてしばらくオクタヴィアが夢中で剣を振るっていると、日が傾き始めた頃ようやくレティシアとバルドが追い付いてきた。

 宿場町まで残り僅かだ。


―——


 宿屋の食堂、四人は二階の個室で夕食を囲んでいた。

 テーブルには質素だが温かい料理が並び、湯気が立ち上っている。

 レティシアが疲れた表情で箸を持ち上げた。

「はぁ……身体が……動かない……」

 全身が筋肉痛で、座っているだけでも辛そうだ。

 バルドが豪快に笑う。

「がっはっは! 初日だからな。明日はもっと楽になるぜ」
「絶対嘘でしょ!?」

 レティシアが疑わしそうに呟く。

 オクタヴィアも疲れた表情だが、目は輝いている。

「レティシア様、わたくし今日とても勉強になりましたわ!」

 エルドが紅茶を啜りながら穏やかに微笑む。

「オクタヴィア様は理解が早い。魔力の流れを一度で掴みました」
「ありがとうございますエルド様! 師の教えが良いからですわ!!」

 オクタヴィアが嬉しそうに笑う。

 レティシアが箸を置いて真剣な表情になった。

「バルにゃん、身体鍛えると魔法も上手くなるんだね」
「おう。 明日お嬢はそれを実感するぜ」

 バルドが頷く。

「特にお嬢はバフが得意だからな。身体の構造を理解するとさらに効果が上がるかもしんねえな」

 レティシアが目を輝かせる。

「本当!?」
「ああ。魔力は身体を通って流れる。その通り道を理解すれば、バフの精度も上がる」

 バルドが真面目な表情で説明する。

 エルドが紅茶を置いて口を開いた。

「バルド…熱でもあるんじゃないのか?」
「あ゛?」

 バルドが睨む。

「筋肉が理論を語るとは珍しい。もしや貴様バルドの偽物か?」
「てめえ……」

 バルドの額に青筋が立つ。オクタヴィアが慌てて二人の間に入る。

「ま、まあまあ! 二人とも仲良くしてください!」

 そのまま話題を変える。

「エルド様、魔力の流れを理解すると剣の動きが変わりました」
「理論が分かれば、身体も最適化されます」

 エルドが穏やかに微笑む。

「大抵の剣士が下半身に対する意識が低いのです。腕だけで剣を振っている」
「確かに……わたくし、今思えば腕の力ばかり使っていましたわ」

 オクタヴィアが納得した表情で頷く。

「全身を使えば、もっと強くなれる」

 エルドが続ける。

「それが理解できれば、あなたは一流の剣士になれます」

 オクタヴィアが嬉しそうに笑った。

「はい! 頑張ります!」

 レティシアも元気を取り戻したように笑顔を見せる。

「わたしも頑張る! クラウに負けてられないもん!」
「その意気だ」

 バルドが満足そうに頷く。

 レティシアとオクタヴィアが顔を見合わせる。

 慣れない分野の修行で疲れていないはずはないのだが、それでも二人の少女の表情は希望に満ちている。

「明日も頑張ろー!」
「勿論ですわ!」

 レティシアの言葉にオクタヴィアが元気に返事をする。

 その様子を見守るエルドとバルドが顔を見合わせて微笑んだ。

「良い弟子たちです」
「おう、まったくだ」

 そうして令嬢二人の修行初日は幕を閉じていった。
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