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第三章 勇者ああああと壊れた城の灰かぶり

3-3 森の中の栄えた城

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 目を開くことを苦しく感じるくらいの眩い光。

 ほんの少しだけ、瞼の隙間から覗いたその輝きは、極地のみで見ることができるというオーロラを想起させた。

 チクチクと肌が刺激を感じる。あまりにも強い魔力を纏った光なのだろう。私のように日常的に魔力に触れる地域の人間は、このような刺激には耐性がある筈なのに……もしや間違って大魔術でも起動してしまったのだろうか。

 そんな思考をしている時間は一瞬で終わり、突然と光が消えるとその反動でまた私は目を瞑った。



「っ……!」

 握った手の感触を確かめる。……うん、大丈夫。どんなことがあっても私にはお兄ちゃんがついているんだから!

 恐る恐る目を開く。幸い、強い光のような刺激は感じられなかった。

 目前にあったものは、綺麗な石畳に、威厳のある巨大な城門。そして…………



「ヴルルルルルゥ……シュッゥ!」

「わっ!」

 背後から動物のものと思われる鼻息。

 私はとっさに魔物を思い浮かべ、背後の物から距離をとるとそちらに杖を構える。だがそこにいたのは……



「お馬さんだ!」

 杖を降ろし駆け寄る。毎日綺麗に手入れをされているようで、鬣は雑誌で見たモデルの人の髪みたいに艶があって美しい。

 茶色い大人の馬が二頭。私はその鬣を撫でようとする。



「なんなのですか貴女たちは!」

 急に飛んできた怒号で顔が強張る。声はこの馬の後ろの小さな建物の中から聞こえるようだ。

 よく見ると私が触ろうとしていた馬は馬車を引いていたものであった。ということは、わたしは馬車の前方に立って進路を妨害していたということになる。

「す、すみません!」



 私は直ぐに道の脇へと移動しようとした瞬間、馬の後ろからまた声が聞こえた。

「ぐぇ!?」

 重い打撃音とともにその間抜けな声が響く。そこにいたのは馬の後ろで豪快に蹴りを入れられたヒリアさんだった。

「ちょ! 何やってるんですかヒリアさん!」

 また馬の蹴りが炸裂しないかを気にかけながらヒリアさんを安全地帯まで引きずり出す。

 容体確認! 意識が無い! 心臓マッサージ!

「妹! そこまでしなくていいから止めなさい! 死ぬ!」



 ヒリアさんは鬼気迫る表情で起き上がる。

 いきなり混乱した状況に投げ出され、私の興奮は収まらない。

「馬の後ろは生と死の境目なんですよ!? 知らないんですか!」

「馬になんか乗ったことないから分からないわよ!」

「じゃあ今覚えてください!」

 そう言いあいながら立ち上がり、二人して服の埃を掃う。傍から見たらなんだか姉妹喧嘩のようにも見えるだろうか。しかしよく考えたら人前でこんなことをしているのだから恥ずかしくなってきた。

「出現場所が悪かったのよ出現場所が!」

 ヒリアさんはよく分からない言い訳をしている。

 こんな私たちを他所に、高級な馬車に乗った貴族らしき女性たちはこちらを軽蔑するようなまなざしを向けていた。



「これだから庶民は……」

「邪魔よ邪魔」

 そんな言葉を吐き捨てながら、馬車はそのまま道を進んでいく。

「は! 親と環境に恵まれたからって調子こいてんじゃないよ、この性格ブスどもが! けっ!」

 よくそんなにも饒舌に悪口が出てくるものだと感心してしまう。相当言いなれているのだろうか。



 それよりもここは何処だろう。先ほどから荒野だったり森だったりと訳が分からない。

 とりあえず辺りを見渡してみる。するとそこにはとても特徴的なものが一つ存在していた。

 一国を象徴するような、絢爛豪華なる城が聳え建っていたのだ。

 空は暗い。だいたい夕方を過ぎたくらいの時刻のようだ。その暗い中でも尚、城の威厳さは保たれたままだ。



「へえ、そういうこと」

 ヒリアさんは何かを悟ったようで、神妙な面持ちをしている。顎に手を当てて何かを考えている。その姿はまるで大きな謎に挑戦する名探偵のようにも見えた。



 そういえば、お兄ちゃんは……!?

 おかしな状況が続いていた所為で気づかなかったが、お兄ちゃんの姿が消えていた。さっき手を掴んでいたからそう遠くへ行ってはいないと思うけど……



 心配、と額に書いてあるほど動揺している私を見かねてか、ヒリアさんは私が求めていた答えを教えてくれる。

「いーちゃんの兄ちゃんならあそこだけど」

 指した方向。そこには先ほどの馬車がある。そして……



「後ろに飛び乗ってる!?」

 それに気づいた瞬間、反射的に馬車を追いかけようと走り出す。お兄ちゃんを先に行かせちゃったら置いていかれる……!

「待ちなさい妹―!」

 ヒリアさんが呼び止める声は聞こえない。それくらい必死に駆ける。

 やがて馬車は城門へと入り、その道は兵士たちによって塞がれてしまった。



 私はそのまま城門前まで来たが、中に入れてもらえるような様子ではない。

「お嬢ちゃん、今お城では偉い人がたくさん集まっているんだ。だから今夜は入ることができないんだよ」

「そんな……」

「いーちゃん!」

 追いついたヒリアさんは私を引き留める。

「今はどうやっても入れないさ。今夜は貴族たちが集まって舞踏会をするってわけ」

「なんで知ってるんですか?」

「さあね、でも入れないってのは正攻法での話」

 何やら策があるんだとヒリアさんはウインクをして見せる。

 どうやらいったん城から離れるらしい。お兄ちゃんのことが心配ではあるのだが、何も連れ帰す策がないわけだから、ここはヒリアさんの策を信じることにしよう。



「ようし、ここで話すと問題があるからさっさとポジションチェンジ!」

 そう言いながら私の手を取ると、逆方向へ走り出す。



 だが振り向いた途端、私たちの足は止まった。目も留まった。

 そこには重苦しい貴族の集まりには相応しくない奇抜な馬車があったのだ。

 かぼちゃ。それも人が何人も入れるような超特大サイズのかぼちゃがこちらに迫っているのである。



 次第にそのかぼちゃの馬車は私たちの横を通った。中の人と目が合う。また軽蔑の目で見られるのかと少し身構えたが、そこにはたった一人だけ、少女がいた。

 その少女は、何の言葉の飾りも必要ない程に、絶世の美女と呼べる外見をしていた。

 私たちが硬直したのも、それが原因である。きっと誰もが彼女を見たらいったん足を止めてしまうだろう。

 そんな完璧な見た目をしている反面、彼女は不安そうな目をしていた。その瞳は、幾度の貴族同士のいがみ合いを乗り越えてきたような強いものではなく、まだ見ぬ未来へと歩み始めた……絶望の中に一条の光を求めるようなものであった。なんだか、気が合いそうな気がした。



 少女は門のところで少し手間取っていたようだが、すぐに城へと入っていった。

 私はヒリアさんの方を見る。彼女も同じように先ほどの馬車の方を眺めていた。

「綺麗な人でしたね……」

 そのまま思ったことを吐き出す。

「そうね……相変わらず……」

 ヒリアさんは何か知っているのか意味深なことを言うが、直ぐに頭を切り替えて作戦を始める。



「よし、じゃあそこの角の所の茂みに隠れるわよ」

「分かりました! ……で、作戦の内容は?」

 そうだ、どうやって城に入るのかということをまだ聞いていなかった。お兄ちゃんでもないし、あとから来る馬車に飛び乗ってそのまま通り抜けることなどできない。そんなことをすれば必ずばれて締め出されるだろう。

「ふっふーん、簡単なことよ!」



 私たちはお互い役割を決め、手順もしっかり確認しあった。

 ガラガラと石畳の上で車輪が回る音が聞こえ始める。乗っている人物を確認。よし条件は整った。

 遂に、我らの城内不法侵入大作戦が開始したのである……!
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