電球を見つめて1日が終わる

安土ろく

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月曜日はこうして幕を開ける③

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「今朝、頭髪が明るいため来週の月曜日までに黒く染めなおすように指導させていただきました。本校の校則では髪色を明るくすることは禁止されていますので、亜実さんの髪色だと校則を破る形になります」
朝倉亜実の母親はそこですぐに返事はせずに黙り込んだ。説明しろと言われても、これ以上の説明ができないのが実際のところだ。
「それで・・・?黒く染めろと。」
「そうです。来週の月曜日までに染めてきてください。保護者様には大変お手数をおかけしますが、ご協力お願いします。」
そこから朝倉の母親は、何かとんでもないスイッチを押され人が変わったようにまくし立てて喋った。
「それは体罰じゃないんですか!?大体、何の権利があって亜実の髪色を変えなきゃならないの?学校の校則だか何だか知らないけど、もうそれは体罰に等しいですよね。本人は嫌がっているのに無理やりすること自体間違ってるわ。」
金切り声のような高い声でまくし立てられ、耳が拒絶反応を起こす。受話器を叩き付けたくなる衝動を抑え、冷静に相手の言葉を返す。感情的になった時点で話合いは成立せず、ただの水掛け論が始まり、最終的に最初の問題とは全く異なった方向に話が進むのがオチだ。それに、教師と保護者という立場では、平行線のままいくと教師の立場の方が圧倒的に弱い。教師が聖人なんて言われていたなんて歴史は架空もいいところで、モンスターペアレントの台頭によってその勢力図はとっくにひっくり返っている。
「無理やり頭を抑えて染めさせようとしている訳ではありませんし、1週間という時間的猶予も彼女にあげています。なので体罰ではありません。私も亜実さんの個性を尊重したいのですが、校則で決まっている以上、黒く染めてもらわないといけませんので我慢してください」
「あなた何様なの?有川先生ってそもそもおいくつなのかしら。」
このパターンはよくあることだった。問題点をずらし、どうにかして優位な立場にもっていきたい時に年齢の上下で仕掛けてくる奴がいる。
「27になります」
「27!?そんなにお若い先生がよくまあこんなに偉そうに話されますね。経験が浅いのにどうしてこれが体罰じゃないなんてわかるのかしら。この件は校長先生はご存じなのかしら。」
年齢など、若さなど、経験など何も関係がなかった。ルールはルールとして存在し、破った生徒に指導をする、当たり前のことだ。
「校長共々、学校の頭髪指導を行っておりますので、頭髪の明るい生徒の指導に当たることは承知しております」
「あらそう。もういいです、有川先生。あなたと話をしていても埒があかないので、もう少し経験のある先生とお電話変わってもらってよろしいですか?」
受話器を置き、学年主任の小達先生に事情を説明した。小達先生は大柄で一見無骨に見えるが、とても大らかで優しく、困った時に頼りになる先生だ。
「うん、わかった。後は何とかしておくから。」
そのまま自分の机に戻り、一息ついて部活動の指導に向かった。

モヤモヤを抱えると、いつも考えてしまう。なんでこんな些細なことにここまで関心を持つことができるんだろうと。それ位のこと気にしなくたっていいじゃないかと、それ位のことになぜあれだけの熱量を持つことができるのだろうと。向けられた側の人の感情などどうでもいいのだろうか。
体育館につくと、バレー部の生徒が一斉に挨拶をくれた。
「こんにちはー!!」
本校の伝統らしく、先生には大きな声で挨拶するきまりである。僕はここまで大きな声で挨拶されると、反対に物怖じしてしまうのだが。
「有川先生、少し待ったんですけどいらっしゃらなかったので、月曜日のいつものメニュー始めちゃってます。いいですか?」
「うん、大丈夫です。ごめんね遅れてしまって。いつものメニューで今日はこのまま続けてくれる」
「わかりました!」
キャプテンの佐倉がコートに戻っていった。男子バレー部は去年から主力のメンバーが揃い、大会の成績が少しずつ上がってきている。選手たちのモチベーションも高く、今年は県大会出場までは手堅くいけそうな塩梅である。僕はバレー経験がないので、副顧問として指導に当たり、主顧問の安富先生のサポートに当たっている。安富先生は高校バレーの世界では有名な人であるらしく、まず知らない人はいないほど過去実績があるらしい。連盟の役職もあるため、こうして出張で練習を見られない時も多々ある。
一通り月曜メニューを終え、ミーティングでそれらしい当たり障りのない鼓舞をして部活動の指導は終えた。
キャプテンの佐倉が汗を拭きながら僕を呼び止めた。
「先生、すいません。明日朝練で体育館使いたいんですけど、大丈夫ですか?今日安富先生がいないので、分からなくて」
「明日は確か空いてた気がするから使っていいよ。何時からの予定?」
「できるなら7時開始で集合したいです!」
「わかった、じゃあその時間の少し前ぐらいには職員室にいるようにするから、来てもらってもいいかな」
「ありがとうございます!」
明日の早起きが確定したが、やる気のある選手達に貢献できるのならば悪いことでもない。後悔するのは明日5時半に目を覚ます自分である。

体育館から職員室に戻る道は一本の坂道になっている。校門から職員室まで一本の道になっていて、上がるとまず右手に校庭が見える。老朽化が進み、いつ崩れてもおかしくないような部室棟が校庭の傍に佇んでいる。対して左手には体育館が見られ、校舎の南棟1階の出入り口に通じている。南棟の1階ピロティは広々していて、そこで昼食を取る生徒も多い。坂道を上がりきると、駐車場のスペースと職員玄関がある。かなり開けた場所になっていて、南棟の廊下、西棟の各教室の様子が見える。職員室は西棟の2階にあるので、坂道を上がって見上げたらすぐに分かる。
時刻ももう18時半なので、職員室を除いて南西棟とも真っ暗だった。部活動の生徒は部室棟で着替えたりするので、この時間こちらがわの校舎に生徒がいることはほとんどいない。いないはずだったが、目の端に一瞬だけストロボライトのようなものが映った気がした。南棟の方をよくみると、やはり3階の教室でチカッ、チカッと光が見えた。しばらくそこから3階を見上げていたが光は止んだ。生徒がいるのか、と思い念のため南棟に入っていく。夜の校舎は薄ら寒く、人のいる気配はしない。
3階に到着し、一つ一つ教室を覗いて見たが、やはり誰もいないようだった。生徒がスマホでも忘れて着信ライトでも付いたのかもしれないと考えていると、話声が遠くの方で聞こえた気がした。わざと階段を音を立てて降り、そこから息を殺してもう一度階段を上がっていった。やっぱり誰かの声がする。
ゆっくりゆっくり隠れながら、もう一度一つずつ教室を覗いていく。すると、男の声がはっきりと聞こえてきた。
「危ねーバレるところだった。あれ誰先生だろう、暗くて分からなかったけどなんでこっち来たんだ」
「さあ、知らない。大丈夫でしょ、行ったみたいだし。ドキドキして少し楽しかったけどね」
「お前はいいけど、バレたら俺は大変なんだからな。こっちの気持ちも少しは考えろ」
「考えろって、うちのことここに呼び出したの先生じゃん」
女の方の声に聞き覚えはなかったが、男の方の声はよく知っていた。
27歳の陽と陰、陽を司る本宮先生だ。


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