世界想像史重要読本全集

あめだま

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ひねくれた、ある自分への嘆き

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 ひとつ、伝説を作り上げた。この世の悪を滅ぼした。世界の、仲間たちの、そして自分の、幸せをできる限り掴み取った。上手くいくかどうかも分からない計画を成し遂げるまでの、またその後の生活は楽しかった。頼れる仲間ができた。強くなれた。したこともない恋をした。自分のこれからのいるべき姿を見いだせた。そんな生活が、全部幸せだった。
 そして、何もかもが終わった。真っ暗になった。自分の冒険は今、ここで全て完結した。幸せが突然目の前で失われてしまった。呆然とした。そりゃあそうだ。この話は全部、モニターの板一枚で隔たれた先で紡いだお話だ。全部見てきた。全て一緒だった。目の前が暗くなる直前に見た「自分」は、仲間たちに囲まれて、皆で勝利を祝って。そんな自分は幸せそうであった。
 自分は?自分は自分だが、あちらの「自分」じゃない。自分が掴んだ勝利は、自分にも、「自分」にも与えられる。「自分」である自分はたいそう喜んだ。だが、自分は。自分は何を思ったか。いや。何も無い。「自分」を動かしているときの自分は、もはや自分ではなかった。境界線の向こうの、世界の設定が全く異なる、力を手に入れ英雄となった「自分」だった。いや、そうなった気でいた。そっちの方が、何もかも気が楽でよかったからだ。
 「自分」の名声を自分で勝ち取ったかのように振る舞う自分は、今思い返せば滑稽だった。そういった勝利は、自分で手に入れなければ、誰にも祝われる事などないし、褒めてくれる者が勝手に現れる訳でもない。こちら側の自分が何かした訳ではない。強いて言えば、後に英雄となる人物に、板の向こうからどうにかして指示を出しただけである。
 「自分」でありたかった。誰かに自信を持って立ち向かっていけるような、向こうの「自分」でありたかった。勝利を勝ち取り、幸せを手に入れられるような「自分」でありたかった。
 こちら側と比べれば、自分はただの弱者である。何者かと戦う力などとっくの昔に捨てた。自分たちは戦うのではなく、人を愛して繋がり合うことで、均衡を保とうとした。あちらの「自分」のように、称えられるべき圧倒的勝者は存在しないはずだった。
 しかし、その存在はこちらにもいる。ただ、称えられるべき、とは違う。全くもって。あちらとはかなり違う力を振るう者たちが掴む、圧倒的勝利。リーダーシップ、話術、計算、力。そんな物は勝利に関係ない。極端に言えば、金さえあればなんでも手に入る。または強運か。あちらとこちらでは、違いはえらくはっきりしているが、どちらがより良くて、綺麗な勝利と言えるのだろうか。
 自分は、勉強も社会力も捨てた。勉強をして、いい仕事に就けたって誰が喜ぶ?結局は誰かの駒にされるだけである。また、圧倒的勝者にかなうはずもない。そういう者が不利にならないように、社会の情報をねじ曲げて、我々を困らすのではないか。「自分は、勝利を掴み取れる、大いなる存在である」と信じることも、とっくのとうにやめている。
 結局のところ、幸せだと感じれればそれでいいのでは?信じられる仲間たちと、努力できる趣味か仕事。そして、それに没頭できる時間。あと、多少不安定でもいい。生活できる場所があれば、自分は幸せだと感じれる。毎日じゃなくてもいい。高頻度で幸せを感じられる人生。そんな人生を自分は望んでいる。
 あちらの「自分」には、仲間も、努力も、時間もあった。確かに生活は微妙であったが、それでも幸せだ。だが自分は?生活はある。共に高めあえる仲間は?努力できる時間は?自分のやりたいことは。まだ人生始まったばかりではあるが、こんなものだろうか。
 信じる事をしなかった。世の中の情報を信じなかった。努力は諦めモードだ。やりたい事のハードルが高すぎる。仲間は自分の周りから消える者もいれば、自分が合わないと離してしまった者がいる。それも自分が今孤独を感じる程度には。信じなかった。何もかも。
 そう、信じなかった。信じられなかった。自分を自分と認識できなくなりそうで。自分は大体のことから遮断し、自分で自分を見つめる。その中に、あの「自分」もいる。あの世界の「自分」は、自分になれる。誰かを信じれる。やるべき事を信じれる。幸せを掴めると信じれる。だから自分は「自分」になった。いや、なりたかった。
 自分と「自分」を重ねた時、自分がどれだけ哀れかを嘆きたくなる。自分が「自分」であれたらどれだけ良かったか。でも、自分が今変わったって、生きやすくなる訳では無い気がする。今変わったって、結局誰かの使い捨ての駒に変化するだけ。だったら、誰にも指図されない、遮断された自分で居たっていいと思う。そう思いたい。
 幸い、自分たち人間には想像力がある。あちらの世界のエンディングの後、作られることの無い「自分」を、自分の想像の世界で作りあげられる。あの世界を失ったのは悲しいが、まだ暫くはあの世界に板を挟まなくてもよくなる。
 想像の世界で、自分を「自分」にするのか、はたまたあちらの世界の「自分」にしておくか、考えている。だけど、まぁ、幸せは自ら掴んだ「自分」だけにしておくのが一番である。よし。あちらの世界で君は幸せになってくれ。自分はまだもう少し、孤独の代償を払って幸せを掴み取ろうとしてみるよ。でも、もしこっちの世界で「自分」になれたなら、君の仲間たちのような、永遠の友達ができるのかな。
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