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第四章 非公認のカップル

18話 無力なヒロイン

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直後にワルフの体は吹き飛んだ。ハヤトの繰り出した魔法によって壁に強く叩きつけられ、激しい物音を立てて崩れ落ちる。ハヤトには光で魔法薬が見えなかったのだろう、オリビアの身に何が起きたのか気付いていない。

「お前…………よくも…………!!」

倒れたワルフの胸倉を掴み、容赦なく頬に拳を振る。ワルフを砂の散る床へ思い切り殴り倒してから、オリビアの座るソファへ振り返り、彼女の拘束を解いた。

「オリビア……大丈夫?ごめん、本当に…………」

オリビアはハヤトに抱き寄せられるが、茫然としていて反応が薄い。

「あ……ええ。ありがとう。あれ?私……」

「どうしたの…?」

ハヤトが不思議そうにオリビアの肩を掴んで顔を覗き込むと、コツンと足に何かが当たる。下を見ると、空の小瓶が転がっていた。

その時、頬を押さえながら起き上がったワルフが笑い声を上げた。

「ふ……ははっ。もう手遅れだぞ」

「…?なんだよ」

ハヤトがワルフを睨みつけて威嚇するように杖を向けても、ワルフは笑いがこらえきれない。

「たった今、飲ませたぞ!惚れ薬の魔法薬をな!」

「え…………」

「いってぇ……でも、これでオリビアは俺のもんだ。この薬な、効果が1年も持つんだよ。ちゃんとした店のやつだから、お前の魔法でも解けないんじゃないか?だから優しい俺は代わりの女を寄越してやったんだよ。丁度お互いの利害が一致したもんでな」

ワルフはニヤニヤと、勝利を確信した顔でハヤトを見上げた。ハヤトはワルフの言葉に息をのんで、オリビアを見る。

「………」

「ははは!言葉も出ないか?思ってもみなかっただろ、この俺にとられるなんて!どうだ?どんな気分だ?学校でも引っ張りだこの優秀な魔法使いが、俺みたいな落ちこぼれに魔法で負ける気持ちは」

ワルフはふらついて立ち上がる。ハヤトを嘲笑いながら2人の元へ行き、「どけ」とハヤトを押しのけてオリビアを自身の胸の中へ引き寄せた。ハヤトは驚いているようではあるが、その顔にワルフが期待した程の焦りは見られない。

「おいおい、やせ我慢はやめろ。負け犬は負け犬らしく、もう少し悔しそうな顔したらどうだ」

しかしなぜかハヤトは慌てる素振りも見せず、黙ってオリビアを見つめていた。

オリビアはそんなハヤトと、ワルフを黙って交互に見つめた。そして──────ワルフの腕を振り払い、ハヤトの胸に飛び込んだ。

「!?」

ワルフは自分から離れたオリビアに、これ以上ないくらい目を見開く。ハヤトも安心したように、オリビアをきつく抱きしめ返す。

「ハヤト……!私、なんともない!」

「ああ、良かった……!」

今度こそ、オリビアは安堵の涙を流す。

「ちょっと待てよ。どうして効かないんだ…?」

ワルフはうろたえた。小瓶を拾い、その中身が空である事をもう一度確認してから、青ざめた顔で二人を見る。その時、再びドアから誰かが入ってきた。膝に手をついて息を整えながら、ワルフを睨みつけているのはヴィランヌだ。

「はぁ、はぁ……ちょっと……ハヤト君、飛ぶの速過ぎ……ていうかワルフ!どういう事?なんでそこの2人が抱き合っているのよ!」

「ヴィランヌ!お前こそ何でハヤトと一緒に宿舎に行ってねぇんだよ!!」

「うるさいわね、私だって悔しいの!それより惚れ薬はどうなったのよ!まだ飲ませてないの!?」

「飲ませたよ!!でも効いてねぇんだ。俺だってどうしてか知りたいわ」

ワルフは苛立ったように頭を掻いた。オリビアは言い合う2人をよそにハヤトの腕の中で再会を嚙み締めた後、涙を拭いた。

「……そうよ。私、飲んじゃった。ワルフに魔法薬、飲まされたはずなのに……あの人の事、ちゃんと大嫌いよ」

(そうよ。確かに私は飲んでしまった。ハヤトを見て安心した瞬間に、ワルフに無理やり口をこじ開けられて……もうダメだと思ったのに)

なぜだ、どうしてだとワルフが頭をかきむしるが、それ以上にオリビアも混乱を隠せない。ヴィランヌも、ワルフと同じく何がなんだか分からないといった顔で立ち尽くす。

そんな中ハヤトだけが落ち着き払って、静かに口を開いて言った。

「残念だったね。オリビアに惚れ薬は……効かないよ。さっきはちょっと焦ったけど」

「えっ!?なんで!?」

オリビアは誰よりも素っ頓狂な声を上げた。ヴィランヌは「はぁ?」と眉をひそめ、ワルフは鼻にシワを作った。その場の3人が驚いた目を向けると、ハヤトはオリビアを見て言いづらそうに頭を掻いた。

「いや、その……僕がいつも飲ませてたから。そのせいか、最近効かなくなってきていて……」

「はぁ?」

「……ハヤト?私知らないんだけど……付き合う前?」

オリビアは口を引きつらせて聞いた。オリビアはハヤトに媚薬を盛られた経験があった。それも、付き合う前の事。ハヤトなら、やりかねない。

「いや、付き合ってから。オリビアいつも冷たいから、不安で」

ハヤトは何かと飲み物を差し入れしてくれる所があった。恐らく、知らず知らずの内に薬を飲まされ、そして耐性をつけていたのだろう。

「私、言ったわよね。最初に飲まされた時に、もう二度としないでねって、あれほど……」

「だからさっき、謝っただろ。いつもごめんって」

「……あぁ、薬草屋さんのあれね。それなら……いえ、全然良くない」

(思い出した……そういえば勉強中、たまに意識がなくなる事があった。私ちゃんとハヤトの事が好きなのに、それでも効果が出る惚れ薬ってどれだけ強いもの飲ませてるのよ……!!)

握りしめた拳の力をなんとか緩める。思ったままを口に出して責めたいが、今回はそのおかげで助かったため、複雑だ。

「なんだよ!お前、気持ち悪いなぁ!!すでに付き合ってる彼女に惚れ薬だと!?お前の気色悪い行動に俺の計画が邪魔されたって訳かよ!?」

ワルフはおぞましいものを見るような目つきでハヤトを非難した。ヴィランヌも白けた顔して彼を眺める。

「君に言われたくないよ。僕が飲ませてなかったらオリビアをどうするつもりだったんだ、言ってみろ」

ハヤトは擦り傷だらけでふらつくワルフを睨み、脅すように杖を向ける。ワルフは魔力を上げるクリスタルの存在を忘れているのか、ハヤトに見下ろされて全身をこわばらせて、ごくりと喉を鳴らした。

「そ、そうかよ……天才は変な奴が多いとは聞くが、お前も例に漏れない訳だ。オリビア、良かったなぁ、王子様が助けに来たぞ。お前と違って才能のある魔法使いが」

「…………」

ワルフは後がなくなり、オリビアの最も嫌う言葉を使って、彼女の劣等感を煽り出した。

「ハヤト知ってるか?こいつ、杖忘れてきたんだと!お前の力に嫉妬している割には、いざとなったらお前の助けを待つだけのヒロイン気取りだ!」

「……!!」

「オリビア、もう相手にしないでいいよ。行こう」

ハヤトに優しく促されて小屋を出ようとするが、背中に彼の追い打ちがかかる。

「結局オリビアの実力ってどんなものなんだ?どうせテストばっかりいい点で、たいした事無いんだろ。ハヤトもショーであいつらが暴れ出した時、真っ先にお前を逃がそうとしてたもんなぁ。内心では見下してるんだよ」

ワルフの言葉が、オリビアの自尊心を砕いていく。

──ハヤトは自分が追いつくのを待ってくれている、そう信じたい。でも、もしそれが口だけだったら?ハヤトは自分が落ち込む度に励ましてくれるが、本当は自分の悪あがきに呆れているのではと思う気持ちも、完全に無くなった訳ではない。

ワルフにはっきりと言われてしまうと、その通りなのではないかという気持ちに心が支配されていく。オリビアにハヤトの声が届かなくなり、彼女は小屋を出たところでハヤトを見て立ち止まった。

「オリビア………。君は先に外へ出ていて。僕はやっぱりもう一回ワルフを殴ってから行く」

ハヤトはそんなオリビアを見て、ワルフのいる方へ振り返った。

「あのさぁ、オリビアは悩みながらも僕と付き合ってくれてるんだよ。彼女を馬鹿にするなら……」

ワルフの方へ行き再び拳を振り上げた時、ワルフはにやりと笑って杖をかかげた。

「じゃあ今、見せてくれよ!お前らの答えを!!」

ワルフは魔法を使った。首から下げたクリスタルが光っているのが、服の下からでも分かる。ワルフは何かの魔法を繰り出した。目の前で自分を殴ろうとするハヤトではなく、小屋から出ようとするオリビアに。

「!!しまっ……」

慌てたハヤトが振り返って杖を出すと、入り口辺りにいるオリビアの前を塞ぐように何かが立っていた。ハヤトが何度も倒したゴブリンだ。

「!!」

オリビアの前に突如現れたゴブリンの目が、彼女を捉えた。ヴィランヌは悲鳴を上げて小屋の奥へ逃げる。

「ははは、どうだ!このクリスタルも効果が切れそうだしな、最後のプレゼントだ。オリビア、お前が倒せないならまたハヤトに守って貰え。そしてそのプライドを、へし折っちまえ!」

「っ……」

唸るゴブリンとひとり対峙するオリビア。彼女の脳裏に、かつての苦い経験が浮かんでくる。

──まただ。前もこんな事があった。あの時も足がすくんでしまったというのに、今の私は杖さえ持っていない。なんて情けないの。またハヤトが後ろから魔法弾を打ってくれるのを祈る事しか出来ない。


ダメね。いくらハヤトが応援してくれても、応える事が出来ない。毎日勉強や練習ばかりしてたのに。
ワルフの言う通りだわ。ねぇ、ハヤト……呆れるでしょう?


体ひとつで魔物に立ち向かう勇気は出なかった。プライドをかなぐり捨てて、ハヤトに助けを求める為に振り返る。

ハヤトはそんな、悲しげに自分を見つめるオリビアに────自分の杖を、投げた。



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