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第2章:女神の街で
第2章:女神の街で
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「あっちだ、死人がいるらしい」
女神イナンナの守護する町・新ウルク。その一角は騒然としていた。空から黒焦げの死体が降ってきたという。
或る王の建てた城壁の麓に、「ソレ」はあった。そぼ濡れた群衆に囲まれて居た。ウルクの空はもう晴れていた。
「黒焦げだ……なんだってこんな雨の後に……」
「気味が悪い……穴ぼこだらけじゃないか」
一人、一際背の高い者がある。かの者は片手で軽々と群衆を退け、死体の前に歩み寄った。巨大で鍔が広く、縁をびっしり房飾りで飾られたハット帽を深々と冠り、顔を窺うことはできない。思えば外観も、金色の菊花紋が一つ大きくあしらわれただけの、マントともローブともつかないような衣を身に纏っている。背には、紅玉髄の長髪が目立つ。
「なんだあの……女……?」
威容。かの者はそうとしか言い得ない雰囲気を呈していた。そうして死体の前に座り込むと、帽子をちょっと上げてみて、確認をするような動作を行う。そしてにやりと笑った。
「……んせ…」
ちょうど紳士がそうするように帽子を取る、笑ってはにかむ顔を見せる。
「先生!」
𒀭𒀭𒀭
永いこと気を失っていたようだ。身体は再構築が始まっており、あさっての方へ散らばっていたどこそこの身体の部位も、既に治癒してきている。周りを見渡せば、泥壁と葦束の屋根でできた、ごく普通の一般家庭のような場所であることがわかった。
「病院じゃない。ここは……?」
自然と声が漏れる。隣の部屋から声がする。
「あ、先生」
隣室から覗いたのは、ジンの見知った顔だった。
「ギルガメシュ!!」
「お久しぶり、先生」
深淵を覗き見た英雄・ギルガメシュ。数々の伝説を残したが、不死を勝ち取ることはできなかった。ジウスドラはかつて、ギルガメシュが不死となる手助けをしたことがあった。
「先生じゃなくていいって」
「慣れないよ、まだ」
「ギル、冥界の仕事は、順調?」
「うん、まあね」
聞かれたギルガメシュは困ったような笑顔で応える。ギルガメシュは、死後冥界神として、冥界の一区画を治める王(と言っても尊大なものでなく、知事のようなものである)となっていた。
「とりあえずやれてるよ、地上の新エンネギの統治も順調だ。そっちは」
「ふ、ふふ、ふふふ」
「相変わらずだね……、壊れない程度に頑張ってよ?まあ何度も壊れてるんだろうけど……」
ところで、とギルは切り出す。
「誰にやられた?何をしていた?」
ジウスドラはできるだけ詳しくことの発端を説明した。
「ふぅん、せっかく里帰りしたってのに、地上はそんなことになってたんだな」
「一筋縄じゃいかないというか、正直かなりめんどくさいよ、今回は」
「先生ほどのひとが」
「一人じゃあ面倒くさいのよ、なんだってたった一人の人間にこんな世界背負わせて……。勝手にひとりで忘れ去られた英雄が~とか嘆いてたくせに……ひとを対症療法みたいに扱って!」
愚痴る英雄、聞く英雄。狭い室内に神への冒涜が響く。
「まあその辺にしな、また『壁』が地面から突き出てくる」
「手伝ってくれない……?」
「迷いがないね」
苦笑するギル、しかし縋るような目のジンがいつも限界なことくらいは承知していた。
「いいよ、手伝おう」
さっきまで、輝きが失せていた英雄の青い瞳に再び光が灯った。
「ただし、条件がある」
「一回、やり合おう」
「……は?」
ギルの赤い眼が光る。
𒀭𒀭𒀭
ウルクの街の広場。かつてギルガメシュが、のちに相棒となる野人エンキドゥと壮絶な格闘戦を披露した場所(といってもそれは、こちらの新しい方ではなく、同じつくりの昔の方だが)で、二人は向き合った。
自然と集まる見物人。一人は人類救済の不死の英雄、もう一人は……?
「誰だ?」「さっきのやつ……、何者だ?」「しかし、懐かしいぞ、懐かしい雰囲気を感じる」
ギルガメシュがあのマントを引っ掴み、衆目にその身を晒す。直後群衆は色めき立った。
「ギルガメシュ王だ!!」「ああ、なんという光輝!!」「あの二人がやり合うのか……?」
「野次馬は気にせず」
「うん」
「いざッ」
いかなる時計も測れ得ぬ時間の間隙。
両者の立ち位置が一瞬にして入れ替わる。
いや、動いたのはギルガメシュだけだった。
両者ははじめ、距離にして100m離れていた。
つまり、ギルは200mの距離を移動していた。同時に引き千切られたジンの腕が血を噴きながら城壁を越えて飛んで行った。
「押印__」
ポツリとギルが言う。
「豪力の印章『比類なき3分の2』」
「ッ……、やるね」
「当然」
ギルガメシュは生前、その肉体の3分の2が神であった。いまや完全な神であるギルは、凡人の届くはずのない力を有していた。しかし、ジウスドラは負けない。
さっさと腕を生やし直し、相手に向き直る。直上に飛び上がると、当然ついてくる。
(限界まで引きつけて……)
懐から円筒印章を取り出し。
「押印!」
「流水の印章『無限の水源より』!!!」
迫るギルの眼前に、瞬時に数百個の「流水の壺」出現する。直後その全てから多量の真水が噴射される。ギルガメシュは真っ向からそれを受けた。英雄の身体にぶつかった水は跳ね返り、地上へ降り注ぐ。その水圧で広場の地殻を削り、抉り、捲り上げた。群衆はどよめき、後退りした。
霧が立ち込め、虹が立つ。
「ははっ」
「すごいよギル。君ってやつは」
霧から飛び出してくる影、ギルガメシュだ。傷一つついていない。嬉しそうな顔をして、ギルは腰に佩いた大太刀を抜き、ジンへと斬りかかる。ジンも「流水の壺」から流れる水の水圧を調節し水の刃を構築、両手持ちの大剣として、中空にて激しく斬り結ぶ。
隙があれば、あさっての方向から高水圧レーザービームが飛んできてギルを貫く。隙があれば、渾身の拳がジンの腹を貫く。
出立は朝だったが、この時には既に正午をまわっていた。
「……フッ!」
鍔迫り合い、直後ジンはひらりと身を翻すと水刃を発振させていた壺をいきなり投げつけた。
「……ッ!!」
ギルは意に介さず、頭を振って壺を軽々と打ち砕く。しかし視線を外したのが不味かった。
振り向いたギルの視界いっぱいに、巨大な方舟が構築されようとしていた。
「押印___」
「方舟の印章『セルフ・コントロール』」
「ははっ、またダメか」
不死の英雄に歩み寄った時のように、ギルは、
はにかんだ笑顔を見せた。
轟音と爆発音とが響き、煙が立ち込める。ウルク市民は既に、見物人もそれ以外も、さらに遠くの城壁の麓まで避難していた。
𒀭𒀭𒀭
広場には巨大なクレーターが出現しており、粒子化して消滅していく方舟の中心にはギルガメシュが空を仰ぎ倒れていた。
「やっ」
顔を覗かせる英雄、ジウスドラ。
「あなたにはまだ勝てない」
「私は本気だったよ……、二種類も印章を使っちゃった時点で衰えを感じたわ」
「負けは負けだ、約束通り、手伝うよ」
起き上がり、改まってギルガメシュは手を差し伸べる。
「相手は原初の王たちだよ」
「どうせ殺せないんだ。気が済むまで殴ってやりゃあいい」
「ははは、変わらずたくましいね」
「人生の真理は得たつもりだがね」
「さあ、もう私らほとんど人間じゃあ無くなったんだ、人の生なんてもう語れまいさ」
「俺は一度死んでいるから」
「そうだった、失礼をした、ごめんね」
「いまさらもういいんだよ、さあ行こうか」
「ん、そうだね」
二人は新しいウルクを発った。昼下がりのことであった。
女神イナンナの守護する町・新ウルク。その一角は騒然としていた。空から黒焦げの死体が降ってきたという。
或る王の建てた城壁の麓に、「ソレ」はあった。そぼ濡れた群衆に囲まれて居た。ウルクの空はもう晴れていた。
「黒焦げだ……なんだってこんな雨の後に……」
「気味が悪い……穴ぼこだらけじゃないか」
一人、一際背の高い者がある。かの者は片手で軽々と群衆を退け、死体の前に歩み寄った。巨大で鍔が広く、縁をびっしり房飾りで飾られたハット帽を深々と冠り、顔を窺うことはできない。思えば外観も、金色の菊花紋が一つ大きくあしらわれただけの、マントともローブともつかないような衣を身に纏っている。背には、紅玉髄の長髪が目立つ。
「なんだあの……女……?」
威容。かの者はそうとしか言い得ない雰囲気を呈していた。そうして死体の前に座り込むと、帽子をちょっと上げてみて、確認をするような動作を行う。そしてにやりと笑った。
「……んせ…」
ちょうど紳士がそうするように帽子を取る、笑ってはにかむ顔を見せる。
「先生!」
𒀭𒀭𒀭
永いこと気を失っていたようだ。身体は再構築が始まっており、あさっての方へ散らばっていたどこそこの身体の部位も、既に治癒してきている。周りを見渡せば、泥壁と葦束の屋根でできた、ごく普通の一般家庭のような場所であることがわかった。
「病院じゃない。ここは……?」
自然と声が漏れる。隣の部屋から声がする。
「あ、先生」
隣室から覗いたのは、ジンの見知った顔だった。
「ギルガメシュ!!」
「お久しぶり、先生」
深淵を覗き見た英雄・ギルガメシュ。数々の伝説を残したが、不死を勝ち取ることはできなかった。ジウスドラはかつて、ギルガメシュが不死となる手助けをしたことがあった。
「先生じゃなくていいって」
「慣れないよ、まだ」
「ギル、冥界の仕事は、順調?」
「うん、まあね」
聞かれたギルガメシュは困ったような笑顔で応える。ギルガメシュは、死後冥界神として、冥界の一区画を治める王(と言っても尊大なものでなく、知事のようなものである)となっていた。
「とりあえずやれてるよ、地上の新エンネギの統治も順調だ。そっちは」
「ふ、ふふ、ふふふ」
「相変わらずだね……、壊れない程度に頑張ってよ?まあ何度も壊れてるんだろうけど……」
ところで、とギルは切り出す。
「誰にやられた?何をしていた?」
ジウスドラはできるだけ詳しくことの発端を説明した。
「ふぅん、せっかく里帰りしたってのに、地上はそんなことになってたんだな」
「一筋縄じゃいかないというか、正直かなりめんどくさいよ、今回は」
「先生ほどのひとが」
「一人じゃあ面倒くさいのよ、なんだってたった一人の人間にこんな世界背負わせて……。勝手にひとりで忘れ去られた英雄が~とか嘆いてたくせに……ひとを対症療法みたいに扱って!」
愚痴る英雄、聞く英雄。狭い室内に神への冒涜が響く。
「まあその辺にしな、また『壁』が地面から突き出てくる」
「手伝ってくれない……?」
「迷いがないね」
苦笑するギル、しかし縋るような目のジンがいつも限界なことくらいは承知していた。
「いいよ、手伝おう」
さっきまで、輝きが失せていた英雄の青い瞳に再び光が灯った。
「ただし、条件がある」
「一回、やり合おう」
「……は?」
ギルの赤い眼が光る。
𒀭𒀭𒀭
ウルクの街の広場。かつてギルガメシュが、のちに相棒となる野人エンキドゥと壮絶な格闘戦を披露した場所(といってもそれは、こちらの新しい方ではなく、同じつくりの昔の方だが)で、二人は向き合った。
自然と集まる見物人。一人は人類救済の不死の英雄、もう一人は……?
「誰だ?」「さっきのやつ……、何者だ?」「しかし、懐かしいぞ、懐かしい雰囲気を感じる」
ギルガメシュがあのマントを引っ掴み、衆目にその身を晒す。直後群衆は色めき立った。
「ギルガメシュ王だ!!」「ああ、なんという光輝!!」「あの二人がやり合うのか……?」
「野次馬は気にせず」
「うん」
「いざッ」
いかなる時計も測れ得ぬ時間の間隙。
両者の立ち位置が一瞬にして入れ替わる。
いや、動いたのはギルガメシュだけだった。
両者ははじめ、距離にして100m離れていた。
つまり、ギルは200mの距離を移動していた。同時に引き千切られたジンの腕が血を噴きながら城壁を越えて飛んで行った。
「押印__」
ポツリとギルが言う。
「豪力の印章『比類なき3分の2』」
「ッ……、やるね」
「当然」
ギルガメシュは生前、その肉体の3分の2が神であった。いまや完全な神であるギルは、凡人の届くはずのない力を有していた。しかし、ジウスドラは負けない。
さっさと腕を生やし直し、相手に向き直る。直上に飛び上がると、当然ついてくる。
(限界まで引きつけて……)
懐から円筒印章を取り出し。
「押印!」
「流水の印章『無限の水源より』!!!」
迫るギルの眼前に、瞬時に数百個の「流水の壺」出現する。直後その全てから多量の真水が噴射される。ギルガメシュは真っ向からそれを受けた。英雄の身体にぶつかった水は跳ね返り、地上へ降り注ぐ。その水圧で広場の地殻を削り、抉り、捲り上げた。群衆はどよめき、後退りした。
霧が立ち込め、虹が立つ。
「ははっ」
「すごいよギル。君ってやつは」
霧から飛び出してくる影、ギルガメシュだ。傷一つついていない。嬉しそうな顔をして、ギルは腰に佩いた大太刀を抜き、ジンへと斬りかかる。ジンも「流水の壺」から流れる水の水圧を調節し水の刃を構築、両手持ちの大剣として、中空にて激しく斬り結ぶ。
隙があれば、あさっての方向から高水圧レーザービームが飛んできてギルを貫く。隙があれば、渾身の拳がジンの腹を貫く。
出立は朝だったが、この時には既に正午をまわっていた。
「……フッ!」
鍔迫り合い、直後ジンはひらりと身を翻すと水刃を発振させていた壺をいきなり投げつけた。
「……ッ!!」
ギルは意に介さず、頭を振って壺を軽々と打ち砕く。しかし視線を外したのが不味かった。
振り向いたギルの視界いっぱいに、巨大な方舟が構築されようとしていた。
「押印___」
「方舟の印章『セルフ・コントロール』」
「ははっ、またダメか」
不死の英雄に歩み寄った時のように、ギルは、
はにかんだ笑顔を見せた。
轟音と爆発音とが響き、煙が立ち込める。ウルク市民は既に、見物人もそれ以外も、さらに遠くの城壁の麓まで避難していた。
𒀭𒀭𒀭
広場には巨大なクレーターが出現しており、粒子化して消滅していく方舟の中心にはギルガメシュが空を仰ぎ倒れていた。
「やっ」
顔を覗かせる英雄、ジウスドラ。
「あなたにはまだ勝てない」
「私は本気だったよ……、二種類も印章を使っちゃった時点で衰えを感じたわ」
「負けは負けだ、約束通り、手伝うよ」
起き上がり、改まってギルガメシュは手を差し伸べる。
「相手は原初の王たちだよ」
「どうせ殺せないんだ。気が済むまで殴ってやりゃあいい」
「ははは、変わらずたくましいね」
「人生の真理は得たつもりだがね」
「さあ、もう私らほとんど人間じゃあ無くなったんだ、人の生なんてもう語れまいさ」
「俺は一度死んでいるから」
「そうだった、失礼をした、ごめんね」
「いまさらもういいんだよ、さあ行こうか」
「ん、そうだね」
二人は新しいウルクを発った。昼下がりのことであった。
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