かつて、魔女だった君へ~異形の怪人と殺戮の乙女~

RYU

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悪魔のオーバーチュア

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    ルミナは、マコトの事が気がかりであった。彼女はメリーに頼み、こちらと向こう側の世界の境界に仮想空間を作り、そこに例の少女のアストリアンを誘導したのだ。メリーにマコトの保護を要請し、彼の住居は仮想空間に転移されたのだった。しかし、どうやらそれは手遅れであり、彼の街は殆どの人間がドールにされてしまい、事態は危機的状況であった。しかし、ドールにされた人間はドール化の進行が30%以内なら、まだ助かる見込みはある。そう思い、サラに頼んで元に戻して貰う事にした。

 ルミナは悶々としながら、公園の林の中を歩いていた。特に何かする訳でもなく、かと言って、無駄に動くと、自身やマコトの身が危うい。最近、風の噂でクロスの動きが、怪しくなったと聞き、それは魔王石目当てにマコトに接近しているのだと考えていた。もし、マコトの前世の記憶が蘇り魔力が戻ったら、自分がわざわざ保護する必要もなくなる。ーが、クロスの魔力はとてつもなく強いー。魔王石を奪われ、固有の力スキルを失っても、余裕でマコトを殺傷する事は容易いだろう。マコトの魔力が戻ったら、クロスやその仲間に気配を感じ取られやすくなる恐れがあるのだ。

 暫く歩き、池の前まで来ると、ふと、かつての親友が姿を映した様な感じがした。長年共に戦った旧知の間柄ー、それはルミナが唯一長い間、心を許した無二の存在ー。
「なぁ。お前は、どうして欲しい?お前の仇だぜ?」
    不意に独り言が出てしまい、ルミナは軽く溜息をした。

 

 何分位、経過したのだろうかー。自分はベンチでうたた寝をしていたらしい。太陽はとっくに沈みかけ、辺り1面を鮮やかな緋色に染めていた。ルミナは、ズボンの右ポケットから懐中時計を取り出すと、時刻は30分程経過していたらしい。針は午後五時を指していた。

 すると、エメラルドの閃光が視界を包み込み、眩しさでルミナは目を瞑った。

「こんにちは。ルミナさん。お久しぶり。まさか、こんな所でお会い出来るなんてー。」
    近くの大木の枝の上には、つばの傷んだとんがり帽子に季節外れのスカーフ、ブカブカのローブを纏った少女が座っていた。
「お、お前はー、クロスかー?」
ルミナは眼を皿のように丸くし、かつての親友のー、そして好きだった男の仇をまじまじと見ていた。
「あの時はよくも邪魔してくれたわね?天野マコトに私を近づけない算段だったんでしょう?そして、固有の結界を張って私達、アストリアンと呼ばれる存在が、入り込めない様にした訳ね。でも、残念でした。」

クロスはねっとりとした甘い声で優しく語りかける。

「ーふっ。何言ってるんだ?私には他に強力な仲間がいてね。そいつに全て元通りにしてもらったさ。」

ルミナの心臓はバクバクしている。恐怖と怒りとが入り混じった混沌とした不安定な心情で、彼女の身体は沸騰したお湯の様に熱くなりつつあった。

ーコイツだ。コイツが全てをムチャクチャにしたのだ。ー

胸の高鳴りと高揚感、ジリジリした燃えたぎる熱い何かが、ルミナの頭の中を支配していたのだった。
「あら、この右眼は見覚えあるわ。お友達の眼とそっくりー。」
クロスは臆する事なく、無邪気に眼を輝かせた。
「黙れ!お前のせいで、ルチアとカムイはー。」
ルミナの胸の奥から、フツフツとマグマの煮えたぎる熱い感情が、湧き上がった。全ての憎しみが湧き上がり、最早ブレーキが効かない状態であった。
「あら、私のせいじゃないわ。あの子は自ら貴方を助けたのよー。それに、殺したのはあなたよー。」
クロスは小馬鹿にする様な感じで、目を細めている。
「ー黙れ、それもどうせお前が得意に誘導したんだろ!?」

ー殺したのは私ー?ーふざけるなー!ー

ルミナは激昂し、大太刀を構えた。
「あら。やっぱり心当たりがあるのね。ーそうだわ、貴女に良いこと教えてあげる。だからこっちにおいで。」
すると、少女は体全身が、両腕は鞭のようにクネクネうねり、ルミナ向って伸びていった。
「うるさい!」

ルミナは大太刀を構えると、フツフツ煮えたぎる怒りを全開にし、少女に突進した。
「あら、聴き分けのない子。」
クロスの表情が一瞬、能面の様になり、その瞬間ー、枝の先端が、ルミナの額を直撃する。

「ー!?」

ーと、向こうから、ホリゾンブルーのオーラを纏った弾丸が視界を遮った。
木の枝は光を纏いながら爆発し、そして消失した。
ルミナが振り返ると、背後にエリアムとベロニカの姿があった。
「久しぶりの談笑、邪魔しないでくれる?それとも楽しく女子会やりたいのかしら?」
少女は、無邪気な顔でちゃちゃを入れた。
「ーどうも、お世話になりましたね。うちの者を、可愛がってくれたみたいでー」
エリアムは睨みつけながら、冷たく低い声を出した。
「なぁ。エリー、こんな化け物あたしら束になってもに勝ち目はねぇぞ?」
ベロニカは鎌を構えながら、エリアムの方を向いた。
「分かってるさ。」
エリアムは冷めた表情で、あれこれ思考を巡らせていた。そして彼女の両眼が光ると、そこには全てが真空のように停止された空間が広がっていたのだ。クロスは動きを停止している。
「お前の技ー。化け物アストリアンにも通じるのかー!?」
ベロニカは拍子抜けしたような顔になり、静止した少女をまじまじと見ていた。
「今から、ここを全力で逃げる。コイツに効くのは3分だけだ。ーおい、ルミナ。」
エリアムはルミナを軽く睨みつける。
「ー。」
ルミナは瞳孔を不安定に伸縮しながら、その様を見ていた。


 エリアムとベロニカは、無理矢理ルミナを引き連れ、もと来た道を歩いた。少し歩いた先には、ルミナがマコトを初めて招き入れた洋館があった。その洋館は各アルファ達の活動拠点の1つであり、生活の場でもある。そこで情報共有をしたり、また組織とやり取りしながら、アルファ達は各々グループを作り、身を寄せ合って合って生活している。その様な場は、大陸中に数10箇所点在しており、彼女達の秘密基地の様な役割を持っていた。
「ーどうして、邪魔をしたんだ?」
一階のリビングのソファに座り、ルミナはすぐ隣のエリアムの方を向くと、ぎっと睨みつけた。
「お前、自分があの時どうなっていたか、分かるか?あと少しで、ドールにされていた所なんだぞ?」
エリアムは緊迫した面持ちで、ルミナの方を向いた。
「ドールか?上等だぜ。そしたら、お前らとももうお別れだがな。」
ルミナは挑発したように、言葉を吐き捨て、エリアムに背を向けた。
    すると、エリアムは、ルミナのシャツを掴むと、強い力でルミナの後頭部ををファーに押さえ付けた。
「おい、エリー。怖いぜ?」
ベロニカは慌てて仲裁に入る。




    魔王ー。通称炎のカムイ。豪胆でやや乱暴な所があったが、明朗快活で憎めなかった。彼は、数少ない友人だった。ハンターとダークネスは仲良くするのはタブーであると、分かっていた。しかし、彼は他のダークネスに無いものを持っていた。魂が心が何処か違っていたのだー。いつも大きな揺らぎがあったのだー。
「言っとくけどな、お前がどう粋がっても過去を悔いても、あいつらはもう、生き返らないんだよ。それに人間は脆く弱い生き物なんだ。それとも自分を悲劇のヒロインだと勘違いしてるのか?」
エリアムの声は冷たく、押さえる力は次第に強くなっていく。
「うるさい!お前、これ以上アイツを愚弄するな!年上だからって、偉そうに説教かよ…?」
ルミナは激昂した。バタバタもがくも、おでこはぎっちりエリアムの手が当てられており、力に負け身動き取れないでいた。
「何なら、僕がここで楽にしてやろうか?これで、あいつらの所にも行けるかもなー」
ルミナは息が苦しくなった。頭上からバズーカが向けられている。
「おい、やりすぎだぜ。そう、カッカするなよ。」
ベロニカが、慌てて割って制した。
暫く、静かな沈黙が続いた。
「ー空だよ。」
エリアムは重たい声を出すと、バズーカを下ろした。そして、扉の方へ向かうと、再びルミナの向いた。
「お前がどう足掻こうと、この建物から一歩も出さないからな。ベロニカ、悪いがコイツの監視をしてくれないか?僕はこれからやる事があるんだ。」
エリアムは、ルミナを軽く睨んだ。
「ーああ。」
ベロニカは恐れおののき、軽く返事をした。ルミナは不貞腐れ、天井を見ながら項垂れていた。部屋中に、異様にピリピリした空気が張り詰めた。
    ベロニカは部屋を出た、エリアムを見送った。
「ーまあ、お前の気持ちは分かるぜ。結構苦労してきたんだよな。あたしもこれ以上、仲間を殺られるのは御免だよ。それに他の仲間も次々とドールにされちまったしな。それにあんたはアイツの事もあるだろうし。ルミナだって強がってるって言うか、距離を感じてしまうんだよな。」
「あいつは、日光に弱くなってるー。着実にドールになりつつあるんだ。」
エリアムはぼそっと話す。
「だから、あたしらと距離を置きたがるのかー?」
ベロニカは目を細める。エリアムは依然として、眉間に皺を寄せていたままであった。
    それは雨が、滝のようにザーザー容赦なく降り注ぐ昼時の事であった。謎の黒い影に仲間や親友が次々と殺されていったのだった。
     エリアムはゼェゼェ荒い息を吐き出す親友を抱き抱え、人気のないトンネルの中へ逃げ延びた。
   すると、静かな街並みの中からカツカツとヒールの音が木霊した。霧の中から貴婦人の様な女が姿を現したのだった。お洒落な紅いシルクハットに紅いトレンチコートの女ー。季節は夏なのに、場違いな格好をしており、しかし何処か謎めいており、魅惑的で不思議な雰囲気を醸し出していたー。
    エリアムは渾身の力を込め、その女に報復しようとしたが、球は緋色の膜に弾かれ、女は不敵な笑みを浮かべていた。ここが宇宙であるかのような長く静寂な空間に包まれた。そして女は背を向け去っていった。そこから先は気を失い記憶がない。あの女が、何故自分だけ見逃したのかは、定かではないー。恐怖で何も出来なかった。そして、胸がドクドク激しく脈打ち、膝がカクカク震えていたのだ。悪霊に取り憑かれた様な気持ち悪い寒気を覚えたのだー。
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