デスゲーム教室の金の亡者

月田優魔

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事情

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 ルールが説明された直後の休み時間。

「くそっ!これからどうすんだよ!」

 星が喚き散らしている。

「星くん。少し落ち着こうよ」

 白銀が星をなだめて落ち着かせようとしているが、星は冷静にならない。

「これが落ち着いていられるかっ。金がもらえないならこの学校に来た意味がねえじゃねえか。それにFクラスの俺たちは、無能で落ちこぼれだって判断されたってことだぞ。織姫はそれでいいのかよっ」

「学校の評価なんて気にしなければいいんだよ」

 白銀はあくまで前向きに考えている。

「僕も不満だな。僕が無能で落ちこぼれだと判断される要素はないはず。勉強も人一倍努力してきた。全然納得いかないよ」

 天羽もどうやら不満があるようで、喚かないまでも表情が少し怒っている。

「決まったことを今更言っても仕方ないわ。この学校が何を考えているのかわからない。あたしたちはこれからどうするのか冷静に考えなければいけないのよ」

「だけどよっ」

「いいから。少し黙ってもらえるかしら」

 強めの口調で黙るように言う七瀬。

「終わったことを言っても仕方ないのよ。大切なのはこれからどうするか。それを決めないといけないわ」

 七瀬の言う通り、クラス単位で所持金を競い合うならクラスの意志を統一しておかなければならない。
 そうしなければ協力して戦えないだろう。

「九条くんはどう思うかしら?」

「そうだな。オレもクラスの考えは統一しておいた方がいいと思う」

「やっぱりそうよね。白銀さんは…………あれ?白銀さんはどこに行ったの?」

 白銀の意見も聞こうとした七瀬だったが、教室に白銀の姿はなかった。
 いつの間にか教室からいなくなっていた。

「どうしようかしら。白銀さんの意見も聞きたいのだけど。それにもうすぐ授業が始まるわ」

「どうせトイレとかじゃね?」

 しかし、授業が始まっても白銀は戻ってこなかった。
 午前中の授業が終わり昼休み。
 結局、白銀は午前中の授業に一度も顔を出さなかった。

「どうしたんだろう、白銀さん」

「心配しなくても大丈夫だろ仁。どうせトイレが長引いてるんだよ」

「天羽くんは、デリカシーというのを覚えた方がいいわね」

 Fクラスでは白銀に関して憶測が飛んでいた。
 ホームルームだけ参加して、後の授業は不参加。
 真面目な白銀には考えにくい行動だ。
 オレは少し気になって昼休みを使って白銀を探してみることにした。
 学生寮にもう帰っていたら仕方ないが、まだ学校にいるのなら見つけられるかもしれない。
 食堂や空き教室を見て回った後、オレは屋上にやってきた。
 この学校の屋上はどうやら常に解放されているようで、いつでも来ることができる。
 屋上の周りには柵が設置されており、屋上から落ちないようにされている。

「……………………ん?」

 屋上の柵のすぐ近くに白銀の姿を見つける。
 柵に手をかけたまま遠くを見つめている。
 向こう側を向いているため表情は見ることができない。

「白銀」

 そう声をかけると、白銀はゆっくりとこちらを向いた。
 白銀は泣いていた。
 白銀は遠くを見つめながら泣いていた。

「九条くん」

 オレはゆっくりと白銀に近づく。

「これ使え」

 泣いている白銀にそっとハンカチを渡した。

「…………ありがとう」

 ハンカチを受け取り涙を拭う。

「そろそろ戻ろう。午後からの授業が始まるぞ」

 オレは屋上から降りる階段へと続く扉に手をかける。

「…………聞かないんだね」

 白銀がそっと呟く。

「何が?」

「どうして私が泣いてたのか」

「聞いてほしいのか?」

 白銀はまた泣いていた。
 オレだって何かあったであろうことは察しがつく。
 普通なら事情を聞いたり励ましたりするんだろう。
 だがオレにはできない。
 どうやって励ましていいのかがわからない。
 オレにできることはそっとしておくことだけ。
 聞いてほしいなら聞くし、聞いてほしくないなら聞かない。

「少し聞いてほしい気持ちではあるかな。一人で抱え込んでると押し潰されそうだったから」

「そうか」

 オレは扉から白銀の近くまで戻り、柵に背を預ける。

「突然だけど、九条くんって所持金いくらぐらいになってる?」

 いきなりの質問で意味が分からなかったが、とりあえず答える。

「0円だ」

「私は約マイナス2500万円なの」

 借金が2500万円の状態。
 学生が背負う借金にしては額が大きすぎる。

「私の親が借金があってね。その借金を残したまま死んじゃったんだ。私には妹が一人いるんだけど、妹には借金を背負わせたくなかったから、私が全部背負ったの。それで、お金目当てでこの学校に入学したんだ」

 なかなか重い話だ。
 借金2500万なんて簡単に返済できる額じゃない。
 それ相応のリスクを負わなければ返済できない。

「けど、考えが甘かったみたい。1億円が簡単に手に入るわけなかったよね。今朝、一番のクラスじゃないと1億もらえないルールを聞いて、無理だと思っちゃった」

 それで諦めて泣いていたということか。

「私、もう無理だよ…………」

 また大粒の涙を流す白銀。

「今までも辛いことや苦しいことばっかりだった。唯一の希望がこの学校だったけど、その希望もついさっき無くなった」

 いくらハンカチで涙を拭いても涙はどんどん溢れ出る。

「2500万も借金があったら普通の人生なんて歩めない」

 白銀が泣きながらオレを見る。

「私、これからどうしよう…………」

 もう自分を見失いかけているようだった。
 人生を諦めかけている白銀。

「諦めるには早いんじゃないか?」

 それを聞いて目を大きく見開く白銀。

「でも…………」

「諦めるのはいつでもできる。それに、まだ始まってもないだろ?学校生活はまだ始まったばかり。諦めるのはそれからでも遅くない」

 全てを諦めて生きているオレ。
 白銀には諦めてほしくなかった。
 手放してほしくなかった。
 足掻き続けてほしかった。

「オレも手を貸すから二人で戦おう」

 悩んでいる友達がいるなら力を貸す。
 それが友達というものなんじゃないだろうか。

「なんでそこまで…………」

「友達だろ?オレたち」

 自分で言ってて違和感しかないが、オレにもできることがあるはずだ。
 オレは自分の気持ちを行動で示していく。

「…………ありがとう。九条くん」

「気にするな。友達ならこれくらい当たり前だ」

 白銀の涙は収まっていた。

「そうだ。せっかくだから、このまま学校サボっちゃおうよ」

「いいのか?」

「いつもサボってる九条くんが何言ってるの。こんな時ぐらいいいんだよ」

 オレの手を引いて走り出す白銀。
 その表情は心なしか笑顔に見えた。
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