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23.転性聖女の同居人

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「ただいまー」
「いまー」

 誰も居ない家でも、ついつい帰宅の挨拶をしてしまう。
 生前の習慣が頭に残っている所為だろう。

「お帰りー、ハルママー」

 不意に帰ってきた返事に少しビクッとしてしまう。
 よくよく考えると、三姉妹がお風呂に入りに来ているのだろう。
 複数の足音が玄関に近づいてくる。

「お帰りなさい、ハルママ」
「ただいま、ロロ。ララとルルも」
「おかえりー」
「ん」 

 出迎えてくれた三姉妹に改めて挨拶をする。
 朝持ってきた三人の荷物はそのまま置いてある様だ。

「あれ、皆はまだお風呂に入っていないんですか?」
「はい、まずはハルママとお話をしたくて」
「あははー、入ろうと思っても、お湯の入れ方が分からないしさー」
「ララ!」

 ロロは恥ずかしそうに顔を赤くしている。
 そういえば、三姉妹はマナを操作してスキルの付与された道具を扱ったことが無いのだろう。
 ベルも水晶ナイフで初めてマナを操作したみたいだったし、この子達にも教えてあげないといけないな。
 それはそうと、お話とは何だろうか。
 ロロの真剣そうな表情からして、大事な話の様だが。

「玄関で立ち話もなんですので、中でお話ししましょうか」

 そう言って子供達をリビングダイニングに連れて行き、椅子に座らせる。

「それで、お話ってなんですか?」
「えっと、本当にありがとう御座います」
「ん?」

 何のお礼だろうか。
 お風呂に入れる事が嬉しいのかな。
 女の子だし、お風呂は重要ですよね。

「そんなに気にしなくて良いですよ。
 子供は大人に頼るものです」
「でもでも、ハルママもそんなに年齢は私達と変わらないのに・・・・・・。
 お世話になると思うと何度御礼を言っても足りないです」
「えっ?」
「えっ?」

 うーん、お世話になるってどういう事だろうか。
 驚いて思わず声が出てしまった。
 ロロも想定外の私の反応に驚いたのか、少し不安そうに此方を見てくる。
 僅かな沈黙の後、固まってしまったロロをララが軽く小突く。

「え、えーと。
 私達、ここで暮らし始めたときは森で採取したものを買い取ってもらって生活して居たんですけど、森の入り口で取れる量にも限りがあって、最近は全然取れなくて」

 ララに促されて事情を語るロロだが、その目は少し潤んでいるように見える。

「それで、これじゃ駄目だって思って、三人で相談して、折角畑があるんだから、お野菜を作って売ろうと思ったけど、全然出来なくて」

 ロロは何かもう泣きそうな感じで鼻をすすりながら話を続ける。
 先日、三姉妹と畑で出会ったのは、農業に挑戦しようとしていたところだったのだろう。
 所々掘り返した後があったし、何度か挑戦はしたのだが、荒れた畑の地面が固すぎてまともに耕せなかったと言ったところか。
 農業は男手があっても大変で、ましてや荒地からスタートするなんて三姉妹には現実的ではない筈だ。

「そうしている内に、どんどんお金が無くなってきちゃって、でもどうしようもなくて。
 私お姉ちゃんなのに、何も出来なくて」
「そんな事ないよー」
「うん」

 ロロは何時もの敬語口調も維持できず、目に涙を湛えながら話してくれる。
 何時も年齢に似合わず敬語口調を使っているのも、姉としての責任感からなのだろう。
 そんなロロをララとルルは、心配そうにぎゅっと抱きしめている。

 幾らアルフたちがいるとは言っても、彼らも自分の生活をするだけでも手一杯で三姉妹の面倒を見切れてはいないのだろう。
 三姉妹も皆が大変な状況の中、助けを求める事に躊躇しているという感じか。

「そんな時、ハルママが"大変な時はうちに来ても良いですよ"って言ってくれて、嬉しくて、嬉しくて・・・・・・」

 ロロが涙を流しながら此方を見てくる。
 ロロだけでは無い。ララとルルもじっと此方を見つめてくる。
 そうか。その発言の所為でお世話になるという話が出てきたのか。
 偶には我が家に遊びに来ても良いよ、風邪とかひいたら頼って良いよって位の意味合いで言ったつもりの発言が、少し違う意味に取られてしまった上に、彼女らの心に突き刺さった様だ。
 あの荷物の少なさから、お風呂に入りに来たのかと勘違いしてしまったが、物を持っていなさ過ぎて、アレが引越しの荷物だったという事かー。

 どうしよう、全くの想定外だ。
 私は現時点では生活に余裕があるけれども、流石に受け入れる選択肢は無くないか?
 私自身も安定収入がまだ無いし、今後の展望も何も無い。
 困ったときに助けるくらいは出来るが・・・・・・
 でも、三姉妹の様な年端も行かない少女達では、まともな働き口も無さそうだし、かと言って他の子たちもギリギリの生活なのに助けろとも言えないよなぁ。

 生前から培ってきた道徳と三十路を超えている心が余計に思考をかき回す。
 そうやって目の前に突き付けられた選択肢に頭を悩ませていると、ロロがおずおずと丸めた紙を差し出してくる。

「これ、貰って・・・・・・」

 未だ涙の涸れないロロから紙を受け取る。
 なんだろう、これは?
 何処かで見たような気がするが何だったかな。

「これ、開けても良いですか?」
「うん」

 ロロに促されて紙を開いて見てみると、それは土地の権利書だった。
 そうか、門番のおじさんから貰ったやつか。
 どうりで見覚えがあるわけだ。
 これが如何したと言うのだろうか。
 
 ・・・・・・何これ!?
 良く見ると、三姉妹の土地について私に譲渡済みと書かれている。

「え、えーと、これって如何言う事ですか?」
「私達、何も持ってなくて。
 ハルママの優しさにお礼できるものってこれしかなくて。
 今日、手続きしてもらって来たの」

 これは、その、何だろうか。
 子供特有の思い付きに対する凄い行動力の成せる業と言うべきだろうか。
 出来れば先に相談して欲しかったが、無理な話か。

 先程、選択肢に頭を悩まして居たが、そんな必要は無かったようだ。
 断るなんて選択肢は、始めから用意されていなかったわけだ。
 もう、流石にこんな状況でこの子達を突き放すなんて出来るわけ無いじゃないですか!!
 土地の権利書がタダで手に入ってラッキーとかやったら鬼畜の所業ですよ!
 
「三人とも、今までよく頑張ってきましたね。
 これからよろしくお願いします。」
「よろしく、お願いします」

 未だ状況について行けていないところがあるが、取りあえず微笑んで手を差し出すと、ロロも涙を拭い、手を重ねて応えてくれる。 

「ようこそ、私達の家へ」

 これで良かったのかは分からないが、大人として及第点を貰える対応は出来たかな。
 後は子供を養う大人が無職じゃ不味いし、お仕事探さないとなぁ・・・・・・
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