カラス姫

霜月りつ

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カラス姫

 お山の方でゴウゴウと風が吹いている時は、カラス姫がその大きな羽根をふっとるんじゃ。
 カラス姫はな、その風で人の魂をもっていくんじゃ。
  村で人が死んだら、カラス姫が冥土に連れていくんじゃ。
  
 ばあさまはそう言った。
 長い長い冬。里は雪ですっぽりおおわれ、かやぶき屋根をぎいぎい鳴らす。
 囲炉裏じゃ炭がぱちぱち燃えて、将太の顔を真っ赤にさせる。
 将太はばあさまの横に転がって、カラス姫のお話を聞く。
  
 カラス姫はまっくろで長い長い髪をたらして、まっくろで大きな羽根を広げとる。その羽根を隠すためにいつも長い布を体に巻きつけとるんじゃ。
  カラス姫の顔はかわいらしい女の子でな、真っ白な肌にりんごのようなほっぺをして、花びらみたいな唇をしとる。
  羽根を隠しているときは里の女の子のようじゃ。だどもその子に歌を唄わせるとな、カラスみたいなしわがれ声じゃからすぐわかるぞ。
 そんでカラス姫はとても怖いんじゃ。きらきらしたものが大好きだから、お前の目ン玉をくりぬいて持っていくぞ。
  
 ばあさまはそう言って将太をおどろかす。
「おら、カラス姫に会うたらすぐ逃げる」
 将太はばあさまにそう言った。
「目玉も魂もとられやせん」
「そうかそうか、将太はええ子じゃな」
 長い長い冬の間、将太は何度もカラス姫のお話を聞いた。

  
 ある日、将太はかごを持って山へ登った。山はどこもかしこも雪で埋もれていたけれど、この時期だけに実のなる木もある。
 真っ赤なナンテン、黄色いセンダン。薬にする実をとりに山へのぼった。
 山の中は白と青色、白と灰色、白と茶色。冷たく固い、だれも歩かない雪の上を将太はぶっかりぶっかり歩いていった。
 その将太の頭にばさりと雪が落ちてきた。
「つめて!」
 将太は頭の上から雪を払った。そしてまた一歩二歩………
 ばさり。
 また雪が落ちてくる。いんや、これは誰かが雪玉を投げたんだ。
「だれだ!」
 将太は怒って振り向いた。
 すると、
  
 ―――くすくすくす。
  
 木の上からかわいらしい声が聞こえた。
 そこには真っ黒な長い髪と、長い布を身体に巻きつけた女の子がいた。
(カラス姫だ!)
 将太にはすぐにわかった。カラス姫はばあさまの話のとおり、とてもかわいい人の女の子に化けていた。
「おまえ、どこへいく」
 カラス姫はそう尋ねた。将太は雪の上にしりもちをついて、
「な、ナンテンの実をとりにいくんだ!」と、大声で答えた。
「そっちの方にはナンテンはないぞ」
「お、おまえはカラス姫だな。おらの目ン玉をとりにきたのか。命をとりにきたのか!」
 カラス姫はちょっと首をかしげると、急にケラケラと笑い出した。
「そうだそうだ、おらはカラス姫だ。お前の目ン玉とっちまうぞ、お前の命をとってしまうぞ」
 将太はもう恐ろしくて逃げるどころではなかった。
「目ン玉とられたらもうかあちゃんが見えなくなる。とらんでくれ」
 そう必死に頼むとカラス姫はぽーんと木の枝から降りてきた。長い布が背中にばさっと広がって、まるで黒い翼のようだった。
「お前、名前なんていうんだ」
 カラス姫は将太の周りをぐるりと回った。
「将太、だ」
「ふうん」
 カラス姫は将太の顔をじろじろ見た。
「いいとも、将太。お前がおらの言うことを聞いてくれれば目ン玉も命もとらないでやるぞ」
 すぐそばにきたカラス姫は将太より少しだけ背が低かった。将太と同じわらぐつをはいて、長い布の下には赤い着物をきていた。
「言うことってなんだ」
「お前、おらとともだちになれ」
 将太はびっくりした。村の子がカラス姫とともだちになる?
「ともだちになったらナンテンのなってるとこ教えてやる。センダンのなってるとこ、教えてやる」
 カラス姫はじっと将太を見上げて言った。
 カラス姫はとても上手に人の子に化けていた。ほんとにふつうの村の子と同じだった。
  真っ黒な目、ナンテンみたいに真っ赤な唇、まぁるいほっぺ。ううん、村のどの女の子よりかわいかった。
「……おら、ともだちになる」
 将太はカラス姫の真っ黒でまん丸な目を見ているうちにそう言ってしまった。
  そうするとカラス姫はびっくりした顔をして、それからちょっともじもじとわらぐつで雪をけった。
「ほんとか? ほんとにおらとともだちになってくれるのか」
「ほんとだ。だから目ン玉とらんでくれ」
 カラス姫は将太の手をぎゅっとつかんだ。
「こい将太、こっちにナンテンがなってる」
 カラス姫が教えてくれた場所にはほんとにたくさんのナンテンがなっていた。それからセンダンも教えてくれて、うさぎの巣穴も教えてくれた。
「おら、お山のことならなんでも知ってる」
 カラス姫は得意そうに言った。
「あっちのほうですべりっこしよう」
 カラス姫は大きなやつでの葉をもってきた。将太とカラス姫はそれに乗って雪の上を何度も滑った。
「明日もお山で遊んでくれるか?」
 お日様が沈んで将太が里に帰ると言った時、カラス姫はいっしょうけんめいに言った。
 将太は「遊ぶ」と答えた。カラス姫はにっこり笑った。

  
 それから将太はお山で毎日カラス姫と遊んだ。うさぎをおいかけたり、木登りしたり、雪だるまも作ったし、すべりっこもした。
 カラス姫はお山のことを何でも知ってていろいろ将太に教えてくれた。でも空を飛ぶところは一度も見せてくれなかった。
 それでも将太はカラス姫と遊ぶのが楽しかった。カラス姫はケラケラよく笑って、その笑い声を聞くのが好きになった。
「カアカア」
 お山に行くと将太は口に手をあててカラスの真似をする。そうするとすぐにカラス姫がやってくる。
  これは二人の遊びの合図。将太とカラス姫は一緒にお山をかけまわって遊んだ。
 あるときカラス姫は将太に歌を唄ってくれた。それはカラスみたいなしわがれ声じゃなかった。きれいな優しい声だった。
「カラス姫の声はしわがれ声だとばあさんが言っていたぞ」
 カラス姫は真っ赤な顔でもじもじした。
「だって将太が聞くと言ったから一生懸命練習したんだ」
 そんな赤い顔がかわいらしくて将太は不思議な気持ちになった。
  
  
 将太はいつもナンテンやセンダンをたくさん持って帰るので、里の人はどこでとったのか知りたがった。将太はそれはカラス姫との秘密だと言った。
 将太がカラス姫と遊んでいる? 
 でも村の人は誰も本気にしなかった。みんなカラス姫なんてばあさまのお伽話だと思っていたからだ。

 ゴウゴウ風の吹く晩は、カラス姫が羽根を振るっている。
 将太は布団の中で、あの子が夜の中を翼を広げて飛んでいる姿を思い描いた。
  長い長い黒い髪。
  大きな大きな黒い翼。
  その髪と翼の中に、夜の風と星と月が一緒になっていた。
  そしていつの間にか将太はその夜の中をカラス姫と一緒に飛んでいた。
  カラス姫の白い顔が将太を見てにっこりする。
  将太もカラス姫ににっこりした。
  そして二人でずっとずっと夜の中を飛んでいるんだ。

  
 もうじき春がやってくる頃、将太のともだちのよし坊が死んだ。風邪をこじらせてあっけなく死んだ。
 よし坊のおっかさんは泣いて泣いて、そして将太のところにやってきた。
「カラス姫にあわせてちょうだい。よし坊の魂を戻してちょうだい」
 よし坊のおっかさんは将太がカラス姫と遊んでいることを聞いてたのだ。将太はおっかさんがかわいそうだったので、お山に連れていくことにした。
「カアカア」
 将太がいつもの合図でそう呼ぶと、カラス姫がやってきた。将太の側によし坊のおっかさんがいるのでびっくりしているようだった。
「カラス姫」
 よし坊のおっかさんはカラス姫に飛びついた。
「よし坊を返して! よし坊を生き返らせて! お願いします、お願いします!」
 カラス姫はおっかさんに抱きつかれてゆさぶられて叫ばれて、どうしていいかわからない顔をした。
 そしてとうとう顔を覆って泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい。おらカラス姫でないの。炭焼きの五郎の娘の小夜なの。よし坊を生き返らせることはできないの!」
 そう言ってカラス姫は―――小夜は将太を見た。
「カラス姫でないの。おら、ともだちがほしかったの。ごめんんさない」
 そう言って泣きながら山の中へ走って行った。
 よし坊は生き返らなかった。
 カラス姫はいなくなった。
 将太はおっかさんの泣き声を聞きながら、いつまでもカラス姫の駆けていった先を見つめていた。

  
 春が来た。

 将太は山の中で「カアカア」と鳴いてみた。カラス姫はこなかった。
 次の日も、次の日も、将太はカラス姫を呼んでみた。でもカラス姫はこなかった。
 それから十日が過ぎた。
 今日も将太は「カアカア」と呼んでいた。 そうしたら頭にコツンと何かが当たった。将太が上を見るとカラス姫が―――小夜が木の枝に座っていた。
 ぶらぶらと赤い着物から白い足を出していた。長い布は羽織っていなかった。
「遊ばないのか」
 将太は言った。小夜はうつむいて小さな声で答えた。
「おら、将太をだましたもん。カラス姫だって嘘ついて、ともだちになってもらったんだ」
「カラス姫は嘘だったけど、ともだちは嘘じゃないぞ」
 将太は小夜に手を伸ばした。
「おりてこいよ、小夜。一緒に遊ぼう」
 小夜の目からポロポロ涙がこぼれて落ちた。それから枝から飛び降りて、将太に抱きついてわんわん泣いた。
  
 カラス姫はいなくなったけど、将太には小夜ってともだちができたんだ。
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