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第二章 始まる争い

16話 フレデリカと竜種①

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茫然と座り込んだままのミコトに、エレナが声をかける。


「ミコト…聞こえてる?ミコトって…!」

「…レナさ……ちの……だ…。」

「え…?」


あまりの声の小ささに聞き返すエレナに対して、ミコトは突然声を荒げて言い放った。


「エレナさんたちのせいだよ!!」

「…っ!?」


その言葉をエレナは予想していなかった。

彼女が何のことを言っているのか、突然過ぎて理解できないでいるエレナに、ミコトは追い討ちをかけるように言葉を綴った。


「ゼンちゃんは逃げようって言ってたじゃない!!それなのに、エレナさんもフレデリカさんも先走って!!挙句にやられちゃってこんな状況なっちゃった!!ゼンちゃんが…ゼンちゃんがやられちゃったら…!!」


悲憤の涙を浮かべ、声を荒げるミコトに対し、エレナは言い返すことはできなかった。

なぜならミコトの言うとおり、この状況は自分たちが原因だと理解しているから。

高揚する気持ちと、勝てるという曖昧な自信から、安易に『ウィングヘッド』に挑んでしまったのは、自分とフレデリカの高慢さの結果だった。


「下に行く道って言ったけど、どこにそんなものがあるの?!39階層までは全部一本道だったじゃない!!早くいかないとゼンちゃんが…ゼンちゃんが…うぅぅ…」


そこまで言うと、うつむき肩を震わせるミコトに、エレナはどう声をかけていいかわからない。

ミコトへの引け目、慢心への後悔、ゼンへの…

考えれば考えるほどに、自責の念が心を支配していくのだ。

エレナがミコトを見つめていると、気を失っていたフレデリカが目を覚ます。


「う…うぅ…」

「フレデリカ…!!気づいたの!?」

「え…えぇ…。うぐっ…やつは…『ドラゴンヘッド』は…」


痛む体を震わせながら、必死に問いかけてくるフレデリカ。

しかし、体中はボロボロなくせに、開けた片目の瞳には、まだ強い意志が燃えているのがわかった。


「…あんたがやられて、一度退いたのよ。」

「そう…ですか…」


フレデリカはギリッと歯を鳴らし、悔しげな表情を浮かべる。

ゼンはいない…
自分たちをかばって囮になった…

それをフレデリカに告げるべきかどうか、エレナが少し悩んでいると、ミコトが口を開いた。


「ゼンちゃんがみんなを守って…犠牲になったんだよ…」

「ミコト…まだやられたとは限らないわ。」

「そうだけど、やられちゃったかもしれないじゃない!!」


ミコトは、怒りを込めた視線をエレナでなく、フレデリカへと送りつける。
しかし、フレデリカはあまり気にした様子はなく、静かに話し出す。


「ゼン様なら大丈夫ですわ。」

「なんでフレデリカさんにそんなことわかるの!?」

「ゼン様は竜種ですもの…負けるはずがないのですわ…」


そう話しながら、フレデリカはエレナに支えられて起き上がった。


「…さっきのモンスターは『ウィングヘッド』、別の名を『ドラゴンヘッド』と言いますわ。やつらは竜種の成り損ないで、竜種の幼生の成れの果て。」

「竜種の…成れの果て…?」

「そう言えばさっきも…なんであんたがそんなこと知ってんの?」

「…」


問いかけられたフレデリカは、少し口ごもったが、何かを思い返して再び口を開く。


「わたくしの種族である『ドラゴニュート』は、竜人と呼ばれる竜種の末裔…なのですわ。」





ジパン国では、崇高な存在と崇められる竜種。

はるか昔にこの地に降り立った彼らは、吉兆であり凶(わざわ)いの兆しとされ、人は皆、彼らを"神の使い"と崇め恐れてきた。

ドラゴニュートはその末裔である。

その昔、ある竜種が人と交わり生まれた種族で、その詳細を知るものは多くない。

見た目はヒューマン(人族)とほとんど変わらないが、高度な魔法を使いこなせることと、とてつもない腕力が特徴である。

彼らはヒューマンなど他の種族とは関わることなく、人里離れた場所で静かにその営みを送っていた。

フレデリカもそのうちの一人。
彼女は里長の娘として生まれたのだ。

里とは言ったが、彼らの数はそんなに多くはなく、500名ほどの規模で、自給自足を行いながら暮らしていた。


「お兄様…ハァハァ…お兄様!!」


桜色の髪を束ね、廊下を走ってくる小さな少女。

蒼く澄んだ瞳をキラキラと輝かせるその少女は、ある部屋の前にたどり着くと、思いっきりドアを開いて中に入る。


「どうしたんだい?フレデリカ、そんなに声をあげて。」

「お兄様!今日はわたくしと狩りに行く約束でしたですわ!!」


優しそうな笑みを浮かべて、何かを書いている赤毛の男性は、フレデリカの兄、ロベルト=アールノストである。


「あぁ…そうだったね。でも、ごめんよ。今日は行けなくなってしまったんだ。」

「なんでですの!?」

「父さんの手伝いさ…」

「父さまの…?」


不満を浮かべるフレデリカに、ロベルトはニコリと微笑んだ。

そして、座っていたイスから立ち上がり、フレデリカの前に来ると、目線を合わせるようにしゃがみ込む。


「足を怪我して歩けないらしいんだ。だから、代わりに僕が今日の里長の仕事をやらないと…ごめんな、フレデリカ。」

「そんなの回復魔法ですぐ治るのですわ!どうせ、わたくしを納得させるための言い訳でしょ…父さまったら子供扱いして…」

「ハハハ…フレデリカは相変わらず鋭いなぁ…」


苦笑いを浮かべるロベルト。
フレデリカはムスッと不満をあらわにしたが、それ以上は何も言わなかった。

わかっている。
兄ロベルトは里長の息子であり、いずれは里長を継がなくてはならない。

そのために父は兄に早く仕事を覚えさせたいのだ。

そもそも、秀才な兄にはそんな必要もないと思うが…

だが、父の思いも理解しているからこそ、フレデリカはそれ以上わがままを言わない。


「明日は必ず…ね。」


そう言って頭を撫でる兄を見て、フレデリカはため息をついた。






「しかしながら、狩りには行きたいですわ…明日まで待てないですもの。さて…どうするか…」


フレデリカはあごに手を置き、考えながら里の中を歩いていく。

里での暮らしは家族単位。
ヒューマンと同じような生活体系だが、大きな建物はなく、基本は木造の建物が並んでいる。

各家庭の庭では穀物や野菜を育て、家畜を飼っており、それぞれが収穫したものを共有し合い、助け合いながら暮らしているのだ。

一見、単なる集落に見えるが、生活の中にはルールがあり、皆それを守って生きている。

そして、それらルールを作り、里を仕切のが、フレデリカの父であり、里長であるゼルス=アールノストなのだ。


「子供だけでの狩りは禁止…か。父さまも余計なルールをお決めに…この里に鹿や猪に遅れを取る者などいないと言うのに…」


フレデリカがぶつくさと言いながら歩いていると、後ろから声をかけてくる者がいる。


「フレデリカ!何やってんだよ!」

「ん?なんだ、カルロス…ですか。あんたこそ、何をやっているのです?」


振り向けば、赤紫の短髪と鋭い目つきが特徴的な少年が、いたずらな笑みを浮かべて立っていた。

彼の名は、カルロス=イーベルト。
里の衛兵を束ねる衛兵隊長サムス=イーベルトの息子であり、フレデリカの従姉弟(いとこ)にあたる。

歳もひとつ違いでよく一緒に遊んでいる悪友みたいなものだ。

そんな彼が笑いながら、話しかけてきた。
フレデリカは、何かを察したようにニヤリと笑みを浮かべる。


「カルロス…あんた、まさか…」

「ヒヒッ…そのまさかさ!」


カルロスは笑みをさらに深めて笑うのだった。
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