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第一章 春樹の場合
召喚編 1-6 無能①
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時刻は、朝ーーー陽の光が入り込み、明るく照らされる部屋の中に、春樹とクラージュ、フェレスの3人がテーブルを囲んでいる。
綺麗に整列した食器棚。
赤を中心に金や銀の模様で彩られた高級感溢れる絨毯。その上に佇むテーブル。
3人が囲むテーブルの上には湯気の立つカップが3つ、ほのかに香りと湯気を漂わせている。
「ということで、今日からフェレスについて仕事を学んでもらいます。」
「フェレスさん、よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
春樹が頭を下げると、フェレスもそれに合わせて頭を下げる。
~~~~~~~~~~~~
大樹から帰還した後、この館…というか建物で、春樹は働くことになった。
働かなければ生活できない。それは現世界と一緒だ。
春樹がクラージュへ働きたいと伝えると、ルシファリスへ嘆願してくれた。
ルシファリスはすこし思案し、
「ここで働きなさい。」
「ここで?」
「ここにいてもらった方が都合がいいの。」
”協力しなさい"
先日の言葉が浮かぶ。
クラージュは、今後また襲われる可能性を考えてのことだと言っていたが、ルシファリスにとっては、自分のテリトリーに置いておくことが、一番効率的だと考えたからだろう。
春樹も身の安全が確保されているここなら、NOという理由がなかった。
そうして、今日から仕事にかかるため、3人でミーティングを行なっていたところだ。
クラージュから説明を受けた仕事は主に雑用メイン。
フェレスが行っているルシファリスの書斎の整理整頓から、建物内の掃除や庭園などの手入れ、芝刈りetc…
「ルシファリスの部屋は勝手に触っていいんですか?」
「無論、扱っていいものとそうでないものがあるので、フェレスに習ってください。」
春樹は頷く。
「あと、ハルキ殿にはこちらの言語も学んでいただきます。」
「え?」
「この世界の言語を話せなければ、異世界人とバレてしまいますからね。少しでもリスクを減らすには、まず言葉からです。」
クラージュがそういうと、ドアが開き、白衣を見にまとった緑髪が姿を現す。
ボサボサの緑髪は、一度も櫛を入れたことなどないほどに乱れ、前髪で顔もほぼ隠れている。
髪の隙間からは、牛乳瓶の底をくり抜いたような、レンズの分厚い丸眼鏡が見え隠れしている。
ボーとしていて、どこを見ているかも何を考えているかもわからない様子だ。
「彼女はアンテ・リジャンです。」
クラージュがそういう告げると、
「お…はよ……う………ご…ざ……いま……す。」
耳をすまさないと聞き漏らしそうなほどか細い声で、自己紹介が行われる。
「彼女からこの世界の言語を学んでもらいます。時間は夕食後から就寝までにいたしますので。」
「よろ…し……く。」
そう言ってリジャンは春樹へと手を伸ばす。
一瞬、ルシファリスにされた悪戯を思い出すが、首を横に振って手を差し出す。
「彼女は世界言語学の第一人者ですので、ハルキ殿の頑張り次第では早期に習得できるやもしれませんね。」
クラージュは握手する2人を見ながらそういうと、
「では、ミーティングと顔合わせはここまでにして、フェレス、まずはハルキ殿へ仕事を教えて差し上げてください。」
パンと手を合わせ、フェレスに指示を出す。
「かしこまりました。」
フェレスは低頭し、ハルキへと視線を向ける。
「ハルキ様、行きましょう。」
そう言ってドアへ向かうフェレスに従う。
クラージュとリジャンに見送られ、春樹は部屋を出た。
「今から、私が行なっている仕事を実際に見ていただきます。」
「まず最初はなんですか?」
「庭の剪定から参りましょう。」
廊下を歩きながらフェレスはそう告げ、2人は目的地へと足を運んだ。
ーーーーーーー数刻後
(…甘かった…)
夕食を終え、元の部屋に戻り、春樹はベッドへ倒れ込んでいた。
腕や太もも、背中など、身体中が悲鳴を上げている。
ここまで口に何も入らなかったのは初めてだ。
「全てにおいて規格外すぎる…」
げっそりとそう言って、1日の仕事を振り返る。
まず庭の剪定。
ってか、庭って何だっけ?平原の間違いじゃね?
何だあの広さ!1人でやる広さじゃねぇよ笑!
しかも道具が鎌のみって!
普通、草刈り機とかあるでしょ!
しかもフェレスさんのスピードもおかしいって。ざっと見積っても、東京ドームが数個は入る広さだぞ!?
それをたった鎌一つで一刻弱って…。
しかも、出来上がりも完璧で、草の長さも均等に揃っているとか…
次に建物内の掃除。
廊下って先が見えないんだったっけ?
永遠と続く廊下とか、夏休みの怖い話じゃあるまいし笑!
しかもこれまた、モップとかも無く雑巾掛けって!
掛けても駆けてもゴールが見えない…
そしてフェレスさんのスピード。
一つのフロアや廊下を約半刻程度。
それを1日で3つ終わらせる。
1ヶ月でローテするってことだから、全部で100階近い…
この2つは昼食までに終わらせ、それからはルシファリスの生活フロアの掃除だった。
フェレスからは一言だけ、丁寧さを500%出せ、ひとつの埃も残すなと。
姑か!!!
春樹は心の中でツッコミを入れる。
それでも、春樹の心を躍らせる部分もあった。
ルシファリスの書斎、最初に出会った部屋の無数の本たちだ。
書斎の掃除の際に、本棚の掃除をフェレスへ嘆願すると、あっさりと任せてくれた。
こっそりといくつか手にとって眺めてみる。
文字は読めなかったが、様々なジャンルの本が陳列しているのはわかった。
ほとんどが羊皮紙のような素材で作られており、挿絵などは全てモノクロで描かれている。
休憩時にはフェレスの許可を取り、本棚を色々みさせてもらった。
特別興味の引いたいくつかの本について、フェレスに尋ねてみる。
世界史、数学書、教典、料理本など幅広いジャンルが揃っているようだった。
いくつか開いて眺めてみたけど、やはりさっぱり読めなくて、とりあえず夕食後にリジャンから講義を受けるから、それから考えようと思ってすぐ閉じてしまった。
しかしひとつだけ。
フェレスに聞かないでも何の本かわかった物がある。
"世界の人物"
タイトルの上に、日本語でそう書かれていたその本を見つけわ春樹は感嘆の声を上げた。
昔、この世界にきた異世界人は、もしかすると日本人ではないか。
そう推測して、春樹は少し嬉しくなった。
本を開いて、数ページほど進めていくと、あるところで手が止まる。
ある人物の挿絵の下に、こう書かれていた。
"世界を創造した者"
他の場所は、ひどくかすんでいて全部は読めなかったが、その部分だけは辛うじて読むことができた。
人物の絵に目を向ける。
ストレートの髪を一つにまとめて後ろで束ね、キリッとした眉毛に全てを見透すような大きな瞳、顔立ちは凛とした雰囲気で中性的だった。
その眼を見ていたら、なんだか不思議な気持ちになり、ハッとして焦って本を閉じてしまった。
そのあとすぐ休憩が終わってしまい、それ以外なんて書かれていたのかはわからない。
ただあの瞳に心が吸い込まれそうになったことだけはよく覚えている。
「あの人は一体…」
ゴロリと仰向けになり、春樹は天井を見ながら記憶を辿ろうとする。
すると急に扉が開いた。
白衣に緑髪の…少女が部屋に入ってきた。
フェレスも一緒だ。
「…あれ?」
白衣に緑髪ではある。
ではあるが、額が見えるほどに髪は後ろにまとめられ、一つに束ねられている。
牛乳瓶の底のような丸眼鏡もつけていない。
堂々とした雰囲気と自信に満ちた眼差しはまるで別人としか思えない。
「リジャン…?」
春樹が恐る恐る声をかけた瞬間、
「ぼーとしてないで早く準備しろ!」
急な言葉に春樹はビクッと立ち上がる。
「机に座れ!」
「はっはい!!」
言われるがままに急ぎ足でデスクに腰掛ける。
すると横にフェレスがやってきて、
「ハルキ様、何やら私に言いたげのようでしたが、私はそんなに口うるさくありませんよ。」
(え!?!?)
背中を冷たい汗が流れる。
フェレスを見るとにっこりと笑顔を向けているが、それが逆に怖い…
苦笑いで乗り切ろうとしている春樹の頭を、今度はスパーンと何が殴打する。
「いってぇ!!」
「俺が教えにきたのだから、不真面目は許さない。」
そう言ってスリッパを持ったリジャンが睨みつけてくる。
「…でも、フェ」
バシッ!
「痛!」
バシッ!
「おい、やめ」
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!
「うがぁぁぁぁ!!!」
そう言って春樹がキレた。
「やめろって言ってるだろ!元々よくない頭がこれ以上悪くなったらどうしてくれるんだ!え?!お前は頭が良くてもこっちはいろいろ大変なんだ!今からよくもわからん言語を学ばなきゃいけないのに頭ばっかり叩くなぁ!」
バシッ!
「って、またぁ!このっ!」
「それだけやる気があるのならばいい。」
リジャンはそういうと、フェレスに目配せする。
フェレスはそれに応え、机にいくつかの本が並べられる。
何度も叩かれクラクラする頭をさすり、不本意ながらもそれらの本に眼をやる。
「まず始めにこれを読んでみろ。」
リジャンはそう言ってひとつの本を春樹へ渡す。
リジャンの方をちらりと一瞥し本を開くと、見たこともない文字が綴られている。
「ごめん、読めないよ。」
「そうだろうな。じゃあこれは?」
別の本を渡された中を見てみるも、春樹は頭を左右に振る。
「よし、では最後にこれだ。」
本を手にとると少し違和感を感じる。疑問に思いながらも開いて中を見てみると、
(…なんだろう…見覚えがあるような…今までのと違って、短く区切りがあるし…なんかこう英語の文法構成に見えるような…)
「それは異世界人が作ったものだ。」
「え?」
唐突にリジャンが告げる。
「その本は我々にも読めない部分が多いのだ。」
「一部は読めるってこと?」
リジャンは頷く。
「タイトルはわからん。しかし、内容はおそらくお前たちが元いた世界のことではないかと推測している。」
「俺らの世界のこと?」
「そうだ。この世界の言葉で書かれている部分を読み解くと、おおよそこの世界のことではない話が書かれているようだ。この言葉を見てみろ。」
リジャンはそう言って、ある単語を指差す。
「そもそもこの世界の言語は文字に起こすと、こんな区切られ方はしない。これはお前の世界で言う"単語"というものだろう。そして、この単語の意味は"ひこうき"だ。」
「飛行機だって…?!」
「この本には、この世界の理で、お前の世界の現象を発現させるべく行われた研究の記録が記してあるようだな。」
リジャンの言葉に春樹は複雑な思いを抱く。
(飛行機って言葉出てくるなら、異世界人は現代の人間か?あーでも初の有人飛行って1900年の初めだったな。てことはその異世界人は1900年代の人物ってことか…)
そこまで考えて春樹はふと疑問に思う。
「リジャン、異世界人がこの世界に訪れたのって今からどれくらい前なんだ?」
「そうだな、史実によると約1000年ほど前くらいか。」
「え?!1000年前?」
(…てことは西暦1000年代の人間ってこと?平安時代じゃん!じゃあ何で飛行機って言葉が出てくるんだ…?)
リジャンの言葉に再び思考の渦へ入り込む春樹の頭を何度も味わったあの衝撃が襲う。
バシッ!
「ってぇぇ!」
「一人で物思いにふけるな。何を考えてたのか話せ!」
「…このやろう、叩くなって言ってんだろうが…」
頭をさすりながら、リジャンを睨みつけてハッとする。
「いやぁさ、その異世界人が"飛行機"って言葉を知ってるなら、俺の時代に近い人なのかなぁって…はは」
目の前で再びスリッパを構えるリジャンに対し、春樹は掌を胸の前に広げ、まさに掌を返すように、愛想を振りまきながら考えていた内容を話す。
「だけど違ったみたいだな。」
「それはなぜだ?」
「最初の異世界人は約1000年前に現れたんだろ?でも俺の世界じゃ"飛行機”っていう物は、歴史を遡っても約100年前くらいからしか出てこないはずなんだよ。」
それを聞いて今度はリジャンが考察を始める。
「考えられるのは2つか。」
とリジャンが呟く。
「ん?2つ?」
春樹は隣にいるフェレスと顔を合わせ、リジャンに視線を戻す。
「1つ目は、前に来た異世界人はお前のいた世界とは全く別の世界から来たということ。世界は無数に存在しているということだ。決して交わることのない世界が何かの拍子で繋がる。」
「並列的信仰…」
1つ目の理由を聞くとフェレスがぼそっと呟いたが、構わずにリジャンは話を続ける。
「2つ目は、この世界とお前の世界の時間軸が違うこと。お前の世界の方が、時間が経つのが遅いと言えばわかりやすいか?今の数字だけで言えば約10分の1ということだな。」
そう言い終えて、リジャンは春樹へと向き直る。
「どちらにせよ、お前がここにいること、そして、その本書いたのは異世界人だという事実は変わらない。今は言語を習得することが先決だ。」
そう言うとリジャンは準備を始める。
「確かにそうだけど…」
そう言いかけて、リジャンへ問いかけるのをなぜだかやめた。
言語を学べば、他にも読めるところが増える。
考えるのは情報を手にしてからだ。
そうして、今の話を頭の隅に置きながら、春樹はリジャンと一緒に準備を始めるのであった。
綺麗に整列した食器棚。
赤を中心に金や銀の模様で彩られた高級感溢れる絨毯。その上に佇むテーブル。
3人が囲むテーブルの上には湯気の立つカップが3つ、ほのかに香りと湯気を漂わせている。
「ということで、今日からフェレスについて仕事を学んでもらいます。」
「フェレスさん、よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
春樹が頭を下げると、フェレスもそれに合わせて頭を下げる。
~~~~~~~~~~~~
大樹から帰還した後、この館…というか建物で、春樹は働くことになった。
働かなければ生活できない。それは現世界と一緒だ。
春樹がクラージュへ働きたいと伝えると、ルシファリスへ嘆願してくれた。
ルシファリスはすこし思案し、
「ここで働きなさい。」
「ここで?」
「ここにいてもらった方が都合がいいの。」
”協力しなさい"
先日の言葉が浮かぶ。
クラージュは、今後また襲われる可能性を考えてのことだと言っていたが、ルシファリスにとっては、自分のテリトリーに置いておくことが、一番効率的だと考えたからだろう。
春樹も身の安全が確保されているここなら、NOという理由がなかった。
そうして、今日から仕事にかかるため、3人でミーティングを行なっていたところだ。
クラージュから説明を受けた仕事は主に雑用メイン。
フェレスが行っているルシファリスの書斎の整理整頓から、建物内の掃除や庭園などの手入れ、芝刈りetc…
「ルシファリスの部屋は勝手に触っていいんですか?」
「無論、扱っていいものとそうでないものがあるので、フェレスに習ってください。」
春樹は頷く。
「あと、ハルキ殿にはこちらの言語も学んでいただきます。」
「え?」
「この世界の言語を話せなければ、異世界人とバレてしまいますからね。少しでもリスクを減らすには、まず言葉からです。」
クラージュがそういうと、ドアが開き、白衣を見にまとった緑髪が姿を現す。
ボサボサの緑髪は、一度も櫛を入れたことなどないほどに乱れ、前髪で顔もほぼ隠れている。
髪の隙間からは、牛乳瓶の底をくり抜いたような、レンズの分厚い丸眼鏡が見え隠れしている。
ボーとしていて、どこを見ているかも何を考えているかもわからない様子だ。
「彼女はアンテ・リジャンです。」
クラージュがそういう告げると、
「お…はよ……う………ご…ざ……いま……す。」
耳をすまさないと聞き漏らしそうなほどか細い声で、自己紹介が行われる。
「彼女からこの世界の言語を学んでもらいます。時間は夕食後から就寝までにいたしますので。」
「よろ…し……く。」
そう言ってリジャンは春樹へと手を伸ばす。
一瞬、ルシファリスにされた悪戯を思い出すが、首を横に振って手を差し出す。
「彼女は世界言語学の第一人者ですので、ハルキ殿の頑張り次第では早期に習得できるやもしれませんね。」
クラージュは握手する2人を見ながらそういうと、
「では、ミーティングと顔合わせはここまでにして、フェレス、まずはハルキ殿へ仕事を教えて差し上げてください。」
パンと手を合わせ、フェレスに指示を出す。
「かしこまりました。」
フェレスは低頭し、ハルキへと視線を向ける。
「ハルキ様、行きましょう。」
そう言ってドアへ向かうフェレスに従う。
クラージュとリジャンに見送られ、春樹は部屋を出た。
「今から、私が行なっている仕事を実際に見ていただきます。」
「まず最初はなんですか?」
「庭の剪定から参りましょう。」
廊下を歩きながらフェレスはそう告げ、2人は目的地へと足を運んだ。
ーーーーーーー数刻後
(…甘かった…)
夕食を終え、元の部屋に戻り、春樹はベッドへ倒れ込んでいた。
腕や太もも、背中など、身体中が悲鳴を上げている。
ここまで口に何も入らなかったのは初めてだ。
「全てにおいて規格外すぎる…」
げっそりとそう言って、1日の仕事を振り返る。
まず庭の剪定。
ってか、庭って何だっけ?平原の間違いじゃね?
何だあの広さ!1人でやる広さじゃねぇよ笑!
しかも道具が鎌のみって!
普通、草刈り機とかあるでしょ!
しかもフェレスさんのスピードもおかしいって。ざっと見積っても、東京ドームが数個は入る広さだぞ!?
それをたった鎌一つで一刻弱って…。
しかも、出来上がりも完璧で、草の長さも均等に揃っているとか…
次に建物内の掃除。
廊下って先が見えないんだったっけ?
永遠と続く廊下とか、夏休みの怖い話じゃあるまいし笑!
しかもこれまた、モップとかも無く雑巾掛けって!
掛けても駆けてもゴールが見えない…
そしてフェレスさんのスピード。
一つのフロアや廊下を約半刻程度。
それを1日で3つ終わらせる。
1ヶ月でローテするってことだから、全部で100階近い…
この2つは昼食までに終わらせ、それからはルシファリスの生活フロアの掃除だった。
フェレスからは一言だけ、丁寧さを500%出せ、ひとつの埃も残すなと。
姑か!!!
春樹は心の中でツッコミを入れる。
それでも、春樹の心を躍らせる部分もあった。
ルシファリスの書斎、最初に出会った部屋の無数の本たちだ。
書斎の掃除の際に、本棚の掃除をフェレスへ嘆願すると、あっさりと任せてくれた。
こっそりといくつか手にとって眺めてみる。
文字は読めなかったが、様々なジャンルの本が陳列しているのはわかった。
ほとんどが羊皮紙のような素材で作られており、挿絵などは全てモノクロで描かれている。
休憩時にはフェレスの許可を取り、本棚を色々みさせてもらった。
特別興味の引いたいくつかの本について、フェレスに尋ねてみる。
世界史、数学書、教典、料理本など幅広いジャンルが揃っているようだった。
いくつか開いて眺めてみたけど、やはりさっぱり読めなくて、とりあえず夕食後にリジャンから講義を受けるから、それから考えようと思ってすぐ閉じてしまった。
しかしひとつだけ。
フェレスに聞かないでも何の本かわかった物がある。
"世界の人物"
タイトルの上に、日本語でそう書かれていたその本を見つけわ春樹は感嘆の声を上げた。
昔、この世界にきた異世界人は、もしかすると日本人ではないか。
そう推測して、春樹は少し嬉しくなった。
本を開いて、数ページほど進めていくと、あるところで手が止まる。
ある人物の挿絵の下に、こう書かれていた。
"世界を創造した者"
他の場所は、ひどくかすんでいて全部は読めなかったが、その部分だけは辛うじて読むことができた。
人物の絵に目を向ける。
ストレートの髪を一つにまとめて後ろで束ね、キリッとした眉毛に全てを見透すような大きな瞳、顔立ちは凛とした雰囲気で中性的だった。
その眼を見ていたら、なんだか不思議な気持ちになり、ハッとして焦って本を閉じてしまった。
そのあとすぐ休憩が終わってしまい、それ以外なんて書かれていたのかはわからない。
ただあの瞳に心が吸い込まれそうになったことだけはよく覚えている。
「あの人は一体…」
ゴロリと仰向けになり、春樹は天井を見ながら記憶を辿ろうとする。
すると急に扉が開いた。
白衣に緑髪の…少女が部屋に入ってきた。
フェレスも一緒だ。
「…あれ?」
白衣に緑髪ではある。
ではあるが、額が見えるほどに髪は後ろにまとめられ、一つに束ねられている。
牛乳瓶の底のような丸眼鏡もつけていない。
堂々とした雰囲気と自信に満ちた眼差しはまるで別人としか思えない。
「リジャン…?」
春樹が恐る恐る声をかけた瞬間、
「ぼーとしてないで早く準備しろ!」
急な言葉に春樹はビクッと立ち上がる。
「机に座れ!」
「はっはい!!」
言われるがままに急ぎ足でデスクに腰掛ける。
すると横にフェレスがやってきて、
「ハルキ様、何やら私に言いたげのようでしたが、私はそんなに口うるさくありませんよ。」
(え!?!?)
背中を冷たい汗が流れる。
フェレスを見るとにっこりと笑顔を向けているが、それが逆に怖い…
苦笑いで乗り切ろうとしている春樹の頭を、今度はスパーンと何が殴打する。
「いってぇ!!」
「俺が教えにきたのだから、不真面目は許さない。」
そう言ってスリッパを持ったリジャンが睨みつけてくる。
「…でも、フェ」
バシッ!
「痛!」
バシッ!
「おい、やめ」
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!
「うがぁぁぁぁ!!!」
そう言って春樹がキレた。
「やめろって言ってるだろ!元々よくない頭がこれ以上悪くなったらどうしてくれるんだ!え?!お前は頭が良くてもこっちはいろいろ大変なんだ!今からよくもわからん言語を学ばなきゃいけないのに頭ばっかり叩くなぁ!」
バシッ!
「って、またぁ!このっ!」
「それだけやる気があるのならばいい。」
リジャンはそういうと、フェレスに目配せする。
フェレスはそれに応え、机にいくつかの本が並べられる。
何度も叩かれクラクラする頭をさすり、不本意ながらもそれらの本に眼をやる。
「まず始めにこれを読んでみろ。」
リジャンはそう言ってひとつの本を春樹へ渡す。
リジャンの方をちらりと一瞥し本を開くと、見たこともない文字が綴られている。
「ごめん、読めないよ。」
「そうだろうな。じゃあこれは?」
別の本を渡された中を見てみるも、春樹は頭を左右に振る。
「よし、では最後にこれだ。」
本を手にとると少し違和感を感じる。疑問に思いながらも開いて中を見てみると、
(…なんだろう…見覚えがあるような…今までのと違って、短く区切りがあるし…なんかこう英語の文法構成に見えるような…)
「それは異世界人が作ったものだ。」
「え?」
唐突にリジャンが告げる。
「その本は我々にも読めない部分が多いのだ。」
「一部は読めるってこと?」
リジャンは頷く。
「タイトルはわからん。しかし、内容はおそらくお前たちが元いた世界のことではないかと推測している。」
「俺らの世界のこと?」
「そうだ。この世界の言葉で書かれている部分を読み解くと、おおよそこの世界のことではない話が書かれているようだ。この言葉を見てみろ。」
リジャンはそう言って、ある単語を指差す。
「そもそもこの世界の言語は文字に起こすと、こんな区切られ方はしない。これはお前の世界で言う"単語"というものだろう。そして、この単語の意味は"ひこうき"だ。」
「飛行機だって…?!」
「この本には、この世界の理で、お前の世界の現象を発現させるべく行われた研究の記録が記してあるようだな。」
リジャンの言葉に春樹は複雑な思いを抱く。
(飛行機って言葉出てくるなら、異世界人は現代の人間か?あーでも初の有人飛行って1900年の初めだったな。てことはその異世界人は1900年代の人物ってことか…)
そこまで考えて春樹はふと疑問に思う。
「リジャン、異世界人がこの世界に訪れたのって今からどれくらい前なんだ?」
「そうだな、史実によると約1000年ほど前くらいか。」
「え?!1000年前?」
(…てことは西暦1000年代の人間ってこと?平安時代じゃん!じゃあ何で飛行機って言葉が出てくるんだ…?)
リジャンの言葉に再び思考の渦へ入り込む春樹の頭を何度も味わったあの衝撃が襲う。
バシッ!
「ってぇぇ!」
「一人で物思いにふけるな。何を考えてたのか話せ!」
「…このやろう、叩くなって言ってんだろうが…」
頭をさすりながら、リジャンを睨みつけてハッとする。
「いやぁさ、その異世界人が"飛行機"って言葉を知ってるなら、俺の時代に近い人なのかなぁって…はは」
目の前で再びスリッパを構えるリジャンに対し、春樹は掌を胸の前に広げ、まさに掌を返すように、愛想を振りまきながら考えていた内容を話す。
「だけど違ったみたいだな。」
「それはなぜだ?」
「最初の異世界人は約1000年前に現れたんだろ?でも俺の世界じゃ"飛行機”っていう物は、歴史を遡っても約100年前くらいからしか出てこないはずなんだよ。」
それを聞いて今度はリジャンが考察を始める。
「考えられるのは2つか。」
とリジャンが呟く。
「ん?2つ?」
春樹は隣にいるフェレスと顔を合わせ、リジャンに視線を戻す。
「1つ目は、前に来た異世界人はお前のいた世界とは全く別の世界から来たということ。世界は無数に存在しているということだ。決して交わることのない世界が何かの拍子で繋がる。」
「並列的信仰…」
1つ目の理由を聞くとフェレスがぼそっと呟いたが、構わずにリジャンは話を続ける。
「2つ目は、この世界とお前の世界の時間軸が違うこと。お前の世界の方が、時間が経つのが遅いと言えばわかりやすいか?今の数字だけで言えば約10分の1ということだな。」
そう言い終えて、リジャンは春樹へと向き直る。
「どちらにせよ、お前がここにいること、そして、その本書いたのは異世界人だという事実は変わらない。今は言語を習得することが先決だ。」
そう言うとリジャンは準備を始める。
「確かにそうだけど…」
そう言いかけて、リジャンへ問いかけるのをなぜだかやめた。
言語を学べば、他にも読めるところが増える。
考えるのは情報を手にしてからだ。
そうして、今の話を頭の隅に置きながら、春樹はリジャンと一緒に準備を始めるのであった。
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「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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