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第一章 春樹の場合
王都編 1-12 夢の中で会いましょう
しおりを挟むーーーーここはどこだろう…
春樹は暗闇の中を歩いている。
さっきまで、竜車の中でクラージュと話していたはずだ。いつの間にこんなところに来たのだろうか。
クラージュやルシファリスの名を呼んでも、誰からもどこからも返事は返ってこない。
周りを見渡しても、ただただ暗闇が広がるだけ。
ふと上を見上げると、円状に小さく星空のような模様が見える。まるでプラネタリウムの暗闇の中、天井に小さく映し出された夜空のような…
「こんにちは。」
急に声をかけられた春樹は、ビクッとして、声の方へと目を向ける。
そこには、見知らぬ女性が立っている。
それと同時に、自分がスポットライトを当てられたように照らされていることに気づく。
もちろん、その女性もだ。
再び女性の方へと目をやる。
金色に輝くウェーブのかかった長い髪、長いまつげに深海を思わせるようなブルーの瞳、表情は凛としていて中世的な顔立ちだ。
黒のハット帽に、赤と黒を基調としたストライプのスーツをビシッと決め込み、右手には革手に杖を携えている。
「…あっあなたは…だっ誰…ですか?」
春樹は身構えながら、投げかける。
「驚かしてすまないね。まずは自己紹介から始めよう。僕はミウル。訳あって君の深層心理の中に滞在させて頂いている。」
「…深層…心理?」
「そう。ここは君の心の中さ。」
ミウルと名乗った女性は、ふふんっと言った感じで口角を少し上げ、春樹へそう告げる。
春樹はというと、いまだ状況が理解できず、呆けた顔でミウルを見ている。
「そんなに見つめないでくれたまえ。恥ずかしいじゃないか。」
少しモジモジクネクネしながら、恥じらいの表情を投げかけるミウルを見て、ようやく春樹は口を開いた。
「…ここが俺の心の中って言ったけど、どういうことか、ちゃんと説明してくれないか?」
「うーん…説明してもいーんだけど、目覚めたら君はこの事を忘れてしまうんだよね。それでもいい?」
さっきから何かにつけて、オーバーリアクションで、今も片目を瞑り、人差し指を立て、チッチッチとするミウルに春樹は、ただコクっとだけ頷いた。
「物分かりがいいねー、君は。じゃあ、どこから話そうかなぁ。」
額に二本の指を当て、考える仕草をするミウル。
ふざけているのか真剣なのかはわからないが、時間がかかりそうなので、春樹は先に疑問を投げかけてみる。
「ローブの奴の手を切る前、俺に声をかけたのは、あんたか?」
その問いを聞き、パチンと指を鳴らしたミウルは、春樹を指差して告げる。
「ご明察。あれは僕から声をかけさせてもらったんだ。でも、よかったよ。中々、君とは交信ができなくてねぇ。ようやくできたと思ったらあの状況だろぉ?焦った焦った。ハハハ。焦ってしまって、咄嗟に剣を抜けと指示しちゃったんだ。」
お腹を抱え、口を押さえて笑いを堪えるようにするミウルに、春樹は少し苛立ちを覚えて問いかける。
「もういい。とりあえず、お前は何で俺の心の中にいるんだ?そこを早く説明してくれ!」
その言葉を聞いて、ミウルはスッとふざけた仕草をやめて、少し真剣な顔で春樹へと視線を戻す。
春樹はミウルの目を見た瞬間、優しいながらも強い瞳に、一瞬たじろいでしまう。
「君を、この世界に呼んだのは、この僕だ。」
ミウルは、真っ直ぐに春樹を見据えてそう告げた。
「え…?おまっお前が?俺がこの世界にきたのは、お前が…原因ってこと?」
原因の根源が目の前にいる。本人にそれをカミングアウトされて、混乱する春樹を尻目に、ミウルは腕を組んで、目を閉じてうんうんと頷いている。
その態度がどこか他人行儀に感じて気に入らず、声を荒げて春樹は叫ぶ。
「…ふざけるな!俺の許可もなく勝手にこんな世界に連れてきて。拉致じゃないか、こんなの!元の世界に帰せよ!俺はこんなこと望んでないぞ!」
こんなに早くに原因を突き止められるとは思っていなかった。千載一遇のチャンスとばかりに、春樹はミウルへと怒りの言葉を綴る。
「元の世界へ戻してくれ!変な世界に連れてこられて、命を狙われるなんてこと、俺は嫌だ!早く帰せよ!黙ってないで何とか言ったらどうだ!」
怒りに任せて叫び訴える春樹に対して、ミウルは腕組みしたまま、少し驚き呆けた顔でその様子を見ていたが、春樹が言い終えたのに気づくと、
「まっ、まぁまぁ、落ち着いてよ。僕だって適当に君を選んだ訳じゃないよ。君はこの世界に来るべくして来た。今はそこまでしか言えないんだよぉ。」
小さくホールドアップしながら、ミウルは春樹を宥めるようにそう伝える。春樹はそう話すミウルに対して、視線のみで続けるように促す。
「…ハハハ。怒ってるよねぇ、そりゃさぁ。でも、僕だって今の状況は不本意さ。本来望んだ形とはちょっと違っててねぇ。うーん。どう修正しようか悩んでるんだよ。」
そう言ってミウルはしゃがみ込んで、頭を抱える仕草をする。そして、今度はスッと立ち上がり、春樹にゆっくりと歩み寄って、目の前に来ると、ぐっと春樹の顔を覗き込む。
「僕はこんな形でしか君には会えない。しかも次はいつ会えるのやら、それすらわからない。今回会えたのは本当にラッキーなことなんだ。でも、話せることが限られすぎて、今回は忠告だけになるのかなぁ。忘れてしまうとは言ったけど、深層心理には残るから、全てを忘れるわけではないよ。思い出すべき時に思い出すはずさ。だから…。」
そこまで言うと、ミウルは春樹の顔の横に自分の顔を寄せる。そして、耳元でこう囁やく。
「すべてを信用するなよ。見えているものが真実とは限らないよ。」
そう告げて、ミウルは踵を返して、スタスタと離れていく。
「まっ、待て!俺はどうすればいいんだ!」
春樹は、聞きたいことが聞けていないとばかりに、ミウルを追いかけようとする。
しかし…
「残念だけど、今回はここまでみたいだ。」
振り向かないまま、ミウルは手に持ったハンカチを振って、お別れの仕草をする。
その瞬間、ミウルを照らしていたスポットライトが落ち、姿は見えなくなった。続くように春樹のスポットライトも落ち、再び最初の暗闇が戻ってくる。
ーーー助けれる時は、助けるから…
最後にミウルの声が、辺りに響き渡り、その声が聞こえなくなると同時に、春樹は急な眠気に襲われる。
足に力が入らなくなり、膝をつく。今度は上半身が前へと引っ張られるのに対して、どうにか抵抗しようと両手を地面につく。ミウルの後ろ姿が次第にぼやけていく。
頭を何度も振って、必死に眠気を振り払おうとする。しかし、強烈な睡魔に勝つことは叶わず、春樹はその場に崩れ落ち、冷めたい地面に意識が沈むのを頬で感じながら、静かに目を閉じるのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…ルキ殿」
「ん…もう少し…」
誰かが自分を起こそうとしている。しかし、ドロドロとした睡魔が頭から一向に消えてくれない。
「ハルキ殿、起きてください。」
再び声がかけられるが、春樹は夢うつつの状態だ。
「クラージュ、どきなさい。」
その言葉に、クラージュはスッと場所を開ける。
「リジャン!」
その掛け声に、待ってましたとリジャンが車内へと乗り込んでくる。
腕をまくり、スリッパを高くかざして、今まさに振り下ろさんとした瞬間、
パチリと春樹は目を覚まして、サッと座席の隅で身構える。
「…ハハハ、それは間に合ってるよ…」
「…チッ」
大して様になっていない応戦の構えをとる春樹に対して、リジャンは舌を鳴らして、スリッパを下ろす。
「寝起きのくせに冴えてるじゃないか。」
「夢の中で誰かが"死ぬぞ"って叫んでさ。焦って目を開けたら、リジャンがスリッパを上げていくのが見えたからさ…」
冷や汗をかきながら、ハハハっと苦笑いする春樹に、ルシファリスは一言告げる。
「ヴァンに着いたわよ。」
そう言うと竜車から降りていく。
ルシファリスに続いてクラージュとリジャンも降りていくのを見ながら、春樹は大きく背伸びをする。
「…何か夢を見てた気はするんだけど…」
記憶を辿っても、夢の内容は思い出せない。
「ハルキ殿、早く降りるっす。」
外からリュシューが呼んでいるのが聞こえる。
春樹は重い腰を上げて、竜車の外へと出ようとしている内に、夢のことは忘れてしまった。
外に出た瞬間、冷たい空気とは裏腹に、冬空とは思えないほど、眩しい太陽の光に照らされる。
額に手を当て、日差しを避けるようにして空を見上げると、ほとんど雲はなく青空が一面に広がり、太陽がその存在感をアピールしている。
空を見上げている春樹の耳には、様々な音が入ってくる。そちらの方向へ視線を移すと、街の喧騒が目に入ってきた。
何車線あるのだろう。
石材で舗装された大きな通りを、何台も何台も巨大な馬車や竜車たちが通り過ぎていく。
通りの横には歩道だろうか、中世の商人のように、バレットやケープのようなものを身に纏い、大きな荷物を背負った人々や、色鮮やかな服を着て、おしゃべりをしながら歩く貴婦人風の女性たちがいる。
そんな多くの人々が行き交う通りに面して、服屋など様々な店が顔を並べており、道を歩く人を呼び止めては、商品を紹介したりしている。
ここは、ヴォルンドとは比べものにならないほどに、活気で満ち溢れている。
現世界の都会とは異なる喧騒感に、春樹は戸惑いつつも湧き上がる高揚に、気持ちが抑えきれなくなりそうだった。
「めちゃくちゃ発展してるじゃん!」
「当たり前でしょ。ここは王都のお膝元よ。」
興奮する春樹に、ルシファリスは相変わらず冷静に回答する。
「でもまぁ、今日はいいわ。この後、私とリジャンは別行動。あんたはクラージュとウェルと一緒に、私の別荘に行って荷物を片付けなさい。その後は自由にしていいわ。」
ルシファリスはそう言うと、クラージュに視線を送る。クラージュは、「かしこまりました」とばかりに腰を折る。
「リジャン、いくわよ。」
そう言って、ルシファリスはリジャンと共に竜車に乗り込み、窓から顔を出す。
「この街のどこにでも言っていいわ。私の名前を出せばほとんどが、よくしてくれるはずよ。ただし、街の外には絶対に出ないこと。いいわね。」
そう言って、ルシファリスは御者台にいるリュシューに声をかけた。
リュシューは頷き、翔竜に声をかけると竜車は進み出す。
それを見送る春樹に、クラージュは声をかける。
「さて、さっそくルシファリス様の別荘へ行きましょうか。」
その言葉に春樹とウェルは頷く。
「歩いていける距離なんですか?」
単純な質問を投げかける春樹に、クラージュはニコッと笑って、
「もう目の前でございますよ。」
そう言うと、クラージュは向いていた方向とは逆の方へ手を掲げ、指し示す。
春樹とウェルがそちらを向くと、大きな館が目に入る。
春樹の背丈の何倍もある鉄格子で囲まれた敷地に、一体部屋はいくつあるのだろうか、大きな洋館がずっしりと存在感を示しながら立っている。館の前には木や花で飾られた庭園、その真ん中には噴水があり、噴水の中心には彫刻が静かに佇んでいる。
「…でかいなぁ、でもヴォルンドの建物に比べると普通と言うか…」
「あれだけの規模で建ててしまっては、この街が発展しませんからね。」
クラージュは春樹の疑問に答えつつ、館の方へと歩み始める。それに続きつつ春樹は、
「そういえば、ルシファリスは荷物を片付けろって言ってましたけど、そんな荷物持ってきましたっけ?」
「えぇ、館へと事前に運んであります。」
そう答えると、クラージュは鉄格子の門の鍵を開け、開いた。ギィギィと少し錆びた音をたてながら、門が開いて、一同は庭園へと歩みを進める。
「片付けって結構かかるんですか?」
クラージュの横につきながら、春樹が問いかけると、クラージュはニコッと笑い、
「使用人がある程度は片付けてくれておりましょう。我々は残りを少し整えるくらいですよ。」
そう言いながら噴水の前を横切る。
その言葉を聞きながら、春樹はふと噴水に目をやる。
羽を広げ、少し上を向いて、何かを祈るように前で手を組んでいる女性の天使の彫刻。噴水の中央で静かに佇んでいて、その表情はどこかしら悲しげに感じた。
「ハルキ様、中に入っちゃいますよ!」
彫刻に魅入っている春樹に、ウェルが声をかける。早く早くとジェスチャーしているウェルに気付いて、春樹は館へと小走りで駆け出し、彫刻を後にする。
春樹が行ってしまった後、その彫刻はあいも変わらずに空を見上げ、静かに、何かを待つかのように佇んでいるのであった。
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