Cross Navi Re:〜運命の交差〜

noah太郎

文字の大きさ
24 / 50
第二章 秋人の場合

絶望編 1-1 最悪の始まり

しおりを挟む

「ここは…一体…」


根室秋人は、困惑していた。先ほどまで自分の部屋で、ネットゲームをしていたはずだ。
なのに、気づくと薄暗い森の中にいる。


「…寝落ちしちゃったかな。」


地面に座ったまま、頭をボリボリと掻きながら、ここにきた経緯を思い出そうとするが、全く思い出せない。


「隠れボスを倒したとこまでは、覚えてるんだけど…」


そう言って、立ち上がり、秋人は混乱する頭を整理する。


根室秋人、23歳、フリーター
ごく普通の家庭に生まれ、義務教育を終え、ごく普通に大学を卒業し、平凡な企業に就職した。

しかし、会社での人間関係に苦労し、悩んだ挙句会社を辞めてしまった。

自分は、人付き合いが下手だと気づいた秋人は、人との接触に苦手意識を持ってしまい、実家に戻ってからは、ひきこもり。
自称、自宅警備員として、友達や家族との交流を一切遮断し、1日の大半を自分の部屋で過ごした。

そして、その日もいつもと同じように、自室で過ごしていたはずだった…


「夢にしては鮮明すぎるしなぁ。」


近くの木を触り、地面を足で蹴るなどして、感触を確かめていく。

辺りを見回しても薄暗く、同じような草木が、所狭しと列居しているだけで、進むにしてもどちらへ行ったものか悩ましい状況である。
どうしたものかと思案していると、後ろの草むらで、ガサガサと音がした。
秋人はビクッとして、恐る恐る後ろを振り向く。すると、草むらから、小さな狐のような生き物が姿を現した。
全体のフォルムは狐だが、耳が非常に長い。紅い双眸と、体には野生とは思えないほど綺麗に整った毛並み。見た目はモフモフで、マニアなら一度は感触を試したくなるような長めの尻尾。
そんな小さな生き物が、ひょっこりと草むらから現れたのだ。


「…なんだよ。驚いたじゃないか。」


そう言って胸を撫で下ろす秋人に、その生き物は一定の距離を保ったまま、静かに秋人を見据えている。
秋人は中腰になって、手を伸ばす。


「ほら、怖くないよ。こっちにおいで。」


にっこりと笑顔で声をかけると、その生き物は、まだ警戒しているのだろう、少しずつ距離を縮めながら、秋人に近づいてきた。
そして、差し出された秋人の手に鼻を近づけ、クンクンと匂いを確かめ、ペロリと一度だけ舌で舐める。
その仕草はまるで子犬のようで、秋人は愛くるしさを感じずにはいられない。
そのまま、頭を撫でようとしたその時、右手に鋭い痛みが走った。


「っ痛!」


秋人は咄嗟に手を引く。
そして、その手に視線を向けた瞬間、驚愕した。


ーーー小指がない!


「っうわあぁぁぁぁぁ!」


一瞬で状況を理解した。
こいつが小指を奪ったのだ。

驚き、焦り、恐怖。
さまざまな感情が秋人を襲い、そのまま尻餅をつく。小指の痛みより、目の前の得体の知れないものへの恐怖が勝り、"それ"から目が離せない。

ガクガクと震えながら、自分を見ている"餌"に対して、それは唸り声を上げながら、大きく口を開ける。

小さな体からは、予想できないほど大きく広がった口。そこには、人の体など簡単に噛み砕けるほどの鋭い歯が、一面に広がっていて、中から一本の長い舌が伸びている。
その舌の先にも、鋭い刃が付いていて、秋人の指を奪った元凶だと、推測できる。

その瞬間、秋人は無意識に立ち上がり、後方へと走り出していた。


(嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)


顔を大粒の涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃにしたまま、必死に森の中を駆け抜ける。
後方では、遠吠えが聞こえる。

仲間を呼んだのだろうか。

しかしながら、今の秋人にとって、そんなことはどうでもよかった。


ーーー早く逃げなければ。


その一心で、必死に足を回転させる。

そのまま逃げ続けていると、先程の生き物の姿もなくなり、再び薄暗い森の中に、1人ポツンと取り残された。

気持ちが落ち着いてくると、今度は指の痛みが頭を離れない。恐る恐る右手を顔の前にあげれば、そこには信じたくない事実があるのみ。幸いなのは、血はすでに止まり、処置の必要は、今のところないということだろう。

悲しみと虚無感が、秋人の心を染めていく。そのまま、木の根元に腰を下ろして、秋人は頭を抱えるように座り込んでしまった。


(なんでこんなことになったんだ…)


考えても答えは出ない。


「…帰りたい。」


秋人は、ぼそっと呟く。
空を見上げれば、夕暮れが近いのだろう。木々に隠れて、その姿は見えないが、太陽が、空の半分をオレンジ色に染め上げ、もう半分を、深く濃い群青色が支配し始めている。

秋人は、再び顔をうずめて、この夢が、どうか早く醒めるように願う。

その時であった。
近くで再び遠吠えが聞こえる。秋人は肩を震わせ、目線を周辺に向ける。

今のところ姿は見えないが、"あいつ"が来ている。ここにいれば、待つのは死のみだ。

秋人は立ち上がり、キョロキョロと辺りを伺い、逃げる方向を考える。
再び遠吠えが聞こえた。


(…後方から聞こえた。とりあえずこっちしかない。)


そう考えて、遠吠えが聞こえてきた方向とは逆へと、走り出す。
運が良いことに、走り出してまもなく、視線の先に、オレンジの光が見えた。


(しめた!森から出れる!)


そう思い、必死に足を動かす秋人の耳に、後ろの方で、足音がしているのが聞こえてくる。しかも、複数の足音だ。


ーーー捕まれば、おそらく死ぬ。


その恐怖から、必死に足を回す。
足音が、だんだん近づいてきているのがわかる。その差は、ほとんどないだろう。
呼吸が乱れる。秋人は必死に空気を肺に送り込み、もつれかける足に鞭を打つ。

あと数歩で、森から出られるところまで来た時、後ろから獣の走る息遣いを捉えた。
秋人は、その声を聞いた瞬間、無意識に森の切れ目に向かってダイブしていた。秋人の体が森から出る寸前、獣の狂歯が秋人の背中に襲いかかる。
しかし、あと一歩の差で、狂歯は届かず、秋人は森から抜け出すことに成功する。

森を抜けると、広大な平原が目の前に広がっていた。水平線の向こうには、現世界とは比べ物にならないほど大きな太陽が、ゆっくりと沈んでいくところだった。

秋人は、地面に滑り込むように着地する。着地した部分は、少し斜面になっていたため、そのまま数メートルほど転がりんだ。
グルグルと回る視界の中に、自分に続いて森から飛び出した"それ"が映る。秋人のすぐ後ろを少しだけ転がり、すぐに体制を立て直している。


(げっ!これって、やばいんじゃ…)


相手が体制を立て直したということは、追撃を許すということだ。平原には身を隠せるようなところなどない。万事休すと思った矢先、秋人の視界には予想していなかったことが起きる。


「ぎゃん!」


その獣は声を上げ、苦しみ出した。体からは、黒い煙のようなものが上がっていて、その場でのたうち回っているのだ。苦しみながらも、森へと引き返そうとしていて、その先を見ると、のたうち回っている獣と、同じくらいの体格をした獣たちが、森の陰からジッと様子を伺っている。それらの足元には、秋人の小指を奪った小さい獣の姿も見える。


「キャインキャイン!」


目の前では、獣が苦しみ続けている。秋人はその様子から目を離すことができず、じっと見つめていた。
しばらくすると、獣は力尽きたのか、動かなくなった。そして、驚くことに、そのまま体が溶け出して骨となり、その骨さえも、最後には黒い煙と共に、溶けて消えてしまったのだ。

辺りには嗅いだことのない異臭が立ち込めている。森の陰で様子を伺っていた獣たちは、仲間の死を見届けると、秋人を一瞥して、森の奥へと消えていった。


「たっ、助かったぁ~。」


秋人は、その場にヘナヘナと座り込む。
沈みつつある太陽が、夕暮れの哀愁を漂わせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―

酒の飲めない飲んだくれ
ファンタジー
俺は一度、終わりを迎えた。 でも――もう一度だけ、生きてみようと思った。 女神に導かれ、空の海を旅する青年。 特別な船と、「影」の船員たちと共に、無限の空を渡る。 絶望の果てに与えられた“過剰な恩恵”。 それは、ひとりの女神の「願い」から生まれたものだった。 彼の旅路はやがて、女神の望みそのものを問い直す。 ――絶望の果て、その先から始まる、再生のハイファンタジー戦記。 その歩みが世界を、そして自分自身を変えていく。 これは、ただの俺の旅の物語。 『祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―』

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...