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序章 Let's talk about justice
1ターン目/勇者と魔王
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―――とても永い幻夢を視ていた気がする。
涙がこめかみを伝う感触で、【勇者】は目を覚ます。
なのに、目の前は真っ暗。
暗闇はたいへん窮屈で、身動きが取りづらい場所だった。
埃とカビ臭い古木の匂い。
辛うじて人間一人が入れる程度の空間。
明らかに、閉じ込められている。
だが【勇者】に恐怖はない。
名は体を成すように。
“勇気ある者”は決して如何なる状況においても臆すことはないのだ。
―――というワケでもなく、
彼は単純に、この状況を十全によく知っていた。
「敗られたのか、僕は―――」
独り言ちる。
この状況。
この暗闇。この閉塞感。
それはつまり、敗北を意味していた。
久しぶりの感覚。久しぶりの経験。
こんなこと、いつ以来ぶりだろうか?
来る日も来る日も、戦って闘ってタタカッテ―――。
迫り来る強敵たちを剣で斬り伏せ、薙ぎ倒す。
最早、身体に刻まれた習慣。
それらが導く戦闘の最適解。まるでベルトコンベアで流れる機械作業のように、ただただ眼前の敵を討ち滅ぼす。
勝利。勝利。勝利。勝利。
それこそが日常と化し、それこそが当たり前の日々。
それほどの強さこそが、【勇者】の前提。
――この現状はつまり、それが覆ったということだ。
「それほどまでの実力なのか、奴は」
悔しさはない。
そもそも、敗北時の記憶が曖昧だ。
だがら実感も湧かない。
ただ、なんというか。
「生まれ変わった気分だ――――」
脳裏の霞みを取り払うかのように、【勇者】は目の前に手を伸ばす。
◇◇◇
そこは教会だった。
もっとも、すでにその機能を果たしてはいないようで、すっかり廃れている。
長年の劣化の影響で壁や天井は所々崩れ、陽光が儚げにうっすらと零れる。室内は土埃とカビ、それから荒廃した調度品の数々が散乱している他、花や木などの植物が侵食し、生い茂っていた。
窮屈な暗闇の正体。
それは、棺桶。
中から押し出された蓋が開き、ゆっくりと【勇者】が姿を現す。
赤い髪。前髪重めの刈り上げマッシュ。
それに反した蒼い瞳。端正で中性的な童顔は、それでいて凛々しく、上品さと怜悧さを併せ持つ。齢は10代後半くらいか。
着衣は、最終決戦用の鎧。
だが所々破損の痕があり、付属していた様々な加護もその機能を失ってしまっているようだ。
何より致命傷の要因であったであろう穿たれた穴が、左胸の部位にポッカリと空いている。
勇者はその穴に眼をやり、不思議そうに手を添えた。
肉体の負傷は、すでに完治している。
これは“勇者の特権”のひとつであり、世界の寵愛を賜りし彼は、寿命を除くありとあらゆる致命的な傷害を受けたとしても、その遺体を教会に持ち込むことで何度でも復活することが可能なのだ。
故に、彼等勇者の象徴は不死鳥。
勇者は、何度でも甦る。
「クックックッ、おお勇者よ!死んでしまうとは情けない」
不意に、勇者の前に青髪の男が現れる。
襟足の長いウルフカット。背丈は高く、筋骨隆々の褐色肌。瞳は紅く、口角の上がったその笑みは八重歯が目立つ。
不遜で狡猾。覇気があり、彼の前に立つだけで、頭の頂点から足の爪先までがまるで傀儡になってしまったかのような錯覚を覚える。
そして当然、きっとこの男はそれを嘲笑うのだ。
初対面。
それも面識のない青い男に、
しかし勇者は確信する。
「オマエ、神父ではないな」
勇者は鋭い眼孔で、青髪の男を射抜く。
「当然。アロハシャツなど着た神父がこの世に居てたまるものか」
一方、男は涼しげに余裕の表情をみせる。
勇者は続けた。
「これからは多様性の時代だ。そんな神父が居たって別に構わない。けれども、おまえは神父じゃない。僕の魂がオマエは神父じゃないと言っている。
そして、人間でもない」
その言葉に、青い男の心は弾んだ。
ああ、コイツ。理知的な見た目に反して野生の嗅覚が鋭いのか。
そんな分析を胸中で彷彿させる。
「―――つまりは魔族。それもかなり高位だ。オマエほどの手練れが、なぜ“魔王の側近”に居なかったのか不思議なほどに」
曇りなき眼でこちらを見据える噂に違わぬ若き勇者。
魔族と呼ばれた青い男はこれまでの嘲笑とは打って代わり、賞賛の意を含んだ笑みをおもむろに浮かべた。
「まったくだ。我輩も貴様とは完全な姿で逢いたかったぞ、勇者よ」
パチパチと拍手をし始める青髪魔族。
そんな相手を、勇者は怪訝な様子で見守る。
「この姿は仮初めでな。保存しておいた人間の肉体に“我が軍団”の叡智である死霊術を中心とした幾つかの秘術を混成し、我輩の魂を無理やり繋ぎ止めているに過ぎない。故に、弱体化が激しくてな。まだ馴染むまで時間がかかるだろうよ」
ふははは、と青髪魔族は声をあげて笑い出す。
「オマエ、まさか―――」
勇者はふと、相手の正体を確信する。
「然様。我輩こそが…………」
一呼吸。そして青髪魔族は名乗りをあげる。
「我輩こそが、群雄割拠の魔界を統一し、貴様等が住む人間界へと侵攻を企てた万物の支配者にして征服者―――」
もったいぶるようにご自慢の青い髪をかきあげる。
「―――【魔王】ゾ!」
涙がこめかみを伝う感触で、【勇者】は目を覚ます。
なのに、目の前は真っ暗。
暗闇はたいへん窮屈で、身動きが取りづらい場所だった。
埃とカビ臭い古木の匂い。
辛うじて人間一人が入れる程度の空間。
明らかに、閉じ込められている。
だが【勇者】に恐怖はない。
名は体を成すように。
“勇気ある者”は決して如何なる状況においても臆すことはないのだ。
―――というワケでもなく、
彼は単純に、この状況を十全によく知っていた。
「敗られたのか、僕は―――」
独り言ちる。
この状況。
この暗闇。この閉塞感。
それはつまり、敗北を意味していた。
久しぶりの感覚。久しぶりの経験。
こんなこと、いつ以来ぶりだろうか?
来る日も来る日も、戦って闘ってタタカッテ―――。
迫り来る強敵たちを剣で斬り伏せ、薙ぎ倒す。
最早、身体に刻まれた習慣。
それらが導く戦闘の最適解。まるでベルトコンベアで流れる機械作業のように、ただただ眼前の敵を討ち滅ぼす。
勝利。勝利。勝利。勝利。
それこそが日常と化し、それこそが当たり前の日々。
それほどの強さこそが、【勇者】の前提。
――この現状はつまり、それが覆ったということだ。
「それほどまでの実力なのか、奴は」
悔しさはない。
そもそも、敗北時の記憶が曖昧だ。
だがら実感も湧かない。
ただ、なんというか。
「生まれ変わった気分だ――――」
脳裏の霞みを取り払うかのように、【勇者】は目の前に手を伸ばす。
◇◇◇
そこは教会だった。
もっとも、すでにその機能を果たしてはいないようで、すっかり廃れている。
長年の劣化の影響で壁や天井は所々崩れ、陽光が儚げにうっすらと零れる。室内は土埃とカビ、それから荒廃した調度品の数々が散乱している他、花や木などの植物が侵食し、生い茂っていた。
窮屈な暗闇の正体。
それは、棺桶。
中から押し出された蓋が開き、ゆっくりと【勇者】が姿を現す。
赤い髪。前髪重めの刈り上げマッシュ。
それに反した蒼い瞳。端正で中性的な童顔は、それでいて凛々しく、上品さと怜悧さを併せ持つ。齢は10代後半くらいか。
着衣は、最終決戦用の鎧。
だが所々破損の痕があり、付属していた様々な加護もその機能を失ってしまっているようだ。
何より致命傷の要因であったであろう穿たれた穴が、左胸の部位にポッカリと空いている。
勇者はその穴に眼をやり、不思議そうに手を添えた。
肉体の負傷は、すでに完治している。
これは“勇者の特権”のひとつであり、世界の寵愛を賜りし彼は、寿命を除くありとあらゆる致命的な傷害を受けたとしても、その遺体を教会に持ち込むことで何度でも復活することが可能なのだ。
故に、彼等勇者の象徴は不死鳥。
勇者は、何度でも甦る。
「クックックッ、おお勇者よ!死んでしまうとは情けない」
不意に、勇者の前に青髪の男が現れる。
襟足の長いウルフカット。背丈は高く、筋骨隆々の褐色肌。瞳は紅く、口角の上がったその笑みは八重歯が目立つ。
不遜で狡猾。覇気があり、彼の前に立つだけで、頭の頂点から足の爪先までがまるで傀儡になってしまったかのような錯覚を覚える。
そして当然、きっとこの男はそれを嘲笑うのだ。
初対面。
それも面識のない青い男に、
しかし勇者は確信する。
「オマエ、神父ではないな」
勇者は鋭い眼孔で、青髪の男を射抜く。
「当然。アロハシャツなど着た神父がこの世に居てたまるものか」
一方、男は涼しげに余裕の表情をみせる。
勇者は続けた。
「これからは多様性の時代だ。そんな神父が居たって別に構わない。けれども、おまえは神父じゃない。僕の魂がオマエは神父じゃないと言っている。
そして、人間でもない」
その言葉に、青い男の心は弾んだ。
ああ、コイツ。理知的な見た目に反して野生の嗅覚が鋭いのか。
そんな分析を胸中で彷彿させる。
「―――つまりは魔族。それもかなり高位だ。オマエほどの手練れが、なぜ“魔王の側近”に居なかったのか不思議なほどに」
曇りなき眼でこちらを見据える噂に違わぬ若き勇者。
魔族と呼ばれた青い男はこれまでの嘲笑とは打って代わり、賞賛の意を含んだ笑みをおもむろに浮かべた。
「まったくだ。我輩も貴様とは完全な姿で逢いたかったぞ、勇者よ」
パチパチと拍手をし始める青髪魔族。
そんな相手を、勇者は怪訝な様子で見守る。
「この姿は仮初めでな。保存しておいた人間の肉体に“我が軍団”の叡智である死霊術を中心とした幾つかの秘術を混成し、我輩の魂を無理やり繋ぎ止めているに過ぎない。故に、弱体化が激しくてな。まだ馴染むまで時間がかかるだろうよ」
ふははは、と青髪魔族は声をあげて笑い出す。
「オマエ、まさか―――」
勇者はふと、相手の正体を確信する。
「然様。我輩こそが…………」
一呼吸。そして青髪魔族は名乗りをあげる。
「我輩こそが、群雄割拠の魔界を統一し、貴様等が住む人間界へと侵攻を企てた万物の支配者にして征服者―――」
もったいぶるようにご自慢の青い髪をかきあげる。
「―――【魔王】ゾ!」
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