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序章 Let's talk about justice

5ターン目/血の宿命とエルザ姫

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 「ロケットパンチ!」

 ●【光魔法】×【射撃】×【敵単体】
 ▼勇者は 呪文を唱えた!【成功ヒット

 拳から放たれる青白い閃光。
 それは瞬く間に、タローの右拳の形状を魔力で擬似表現し、敵目掛けて飛んでゆく。
 直撃。巨大な人型の怪物/トロールの顔面を粉砕。
 涎と血反吐、そして折れた歯が飛散。その巨体もまた、宙を舞う。
 トロールは、そのまま地に倒れた。

「ふむ。超勇者形態ちょうゆうしゃモード無しでも、ついに単独ソロである程度の魔物は倒せるようになったようじゃの。タローよ、あっぱれ」
 それをしかと見届けたホグワーツは、素直に称賛する。

 タロー、13歳。
 超勇者形態ちょうゆうしゃモード無しでも、超人的な戦闘力を獲得した彼は、まさに一騎当千。
 ダンジョン最下層に待ち構えるボスモンスターとも、粗方単独で闘えるようになったタローは、【冒険組合ギルド】でも一躍有名となり、インフルエンサーとなっていた。

 その闘い方はまさに猪突猛進。
 ガンガン行こうぜ! を忠実に体現しており、自分の命など1ミリも惜しまず、美徳も躊躇もなく、ただただ無我夢中に、あくまで機械的に殺しの作法を再現する。
 故に他者ひとは、彼を【ヴィクトリアの赤鬼レッドオーガ】と呼んだ。

「………お久しぶりです、ホグワーツ。何か用ですか?」
 淡々とした口調で、しかしあからさまに嫌そうな表情かおを浮かべて、タローは用件を伺う。
 最近の傾向として、この神出鬼没の老爺ろうやが現れるときは、大概ろくなことがなかった。
 それもそうだろう。
 元々の二人の関係のはじまりを辿れば、いずれ復活する魔王との戦いに向けて準備をしているのだ。
 時間の経過と共に、それらの内容は明らかに厳しさを増していくのは必然だった。

「オマエさんの功績が認められてのう。ペンドラゴン国王が直々にお呼びじゃ」

 ◆◆◆

「ほほう、おぬしがかの冒険王ミフネのせがれにして勇者タローか。いやはや、良い眼をしておる」
 玉座に座る国王/ペンドラゴンは感慨深げに、タローを見る。

 王冠にマント、小太りで白い髭が蓄えられた様式美テンプレートな風貌をした柔和な老爺。
 彼こそがここペンドラゴン王国の長にして、正統なる後継者。

「冒険王ミフネ。世界中を踏破し、秘境という秘境を巡り、人類未踏の魔界にすら、その足跡を残した男。ミフネの冒険活劇は世界地図作成にも大きく貢献し、【冒険者】という職業。ひいては【冒険組合ギルド】創成の立役者にもなった傑物。その消息は長らく途絶えておったものの、いやはや。まさかその御子息に巡り会おうとはな」
 国王/ペンドラゴンは敬意を示しながら、回想する。

「えっ!?あの万年酒浸りロクデナシ親父、そんなことをしてたの!!?」

 一方、それらすべてが初耳のタローは思わず素の言葉が出てしまう。
 拳骨。国王への無礼を窘める意味で、ホグワーツに頭を小突かれる。

「然様。冒険王の活躍は我が国の誇りであり、世界中にかの者の功績が形を成して点在している。まさに生ける伝説。いやはや、その血筋がかの“伝説の勇者”というのはたいへん驚きだが、だとしたらすべて合点がいく。我等王族もまた血に従い、血に運命付けられた一族。血とはまこと、恐ろしきものよ」
 感慨深そうにペンドラゴン国王は、慈悲の眼でタローを見つめた。

 彼等王族もまた、国を背負うという血の宿命に縛られ、生きている。
 その重責。そのしがらみ。その運命。
 それらを実感する身として、どこかタローの境遇に共感するものがあるのだろう。

「………僕は別に、そーゆーのわかんないです」
 タローは正直に答える。

 この少年はただ言われるがまま、できるだけのことを、ただただガムシャラにやってきたに過ぎない。
 そこに彼の意思はなく、疑問もなく、嫌々でもなく、別段他の為すべきこと、成したいことがあるわけでもない。
 ただ流されてこの場にいるだけなのだ。

 そんな空虚な回答を、国王はただただ優しく見守り、微笑み返す。

「国王陛下。さっそくですが、本題の方へ」
 ホグワーツがそれらを察し、話の進行を促す。

 哲学は、人を迷わし脆弱にする。
 人の幸福とは、飽くなきものであり、無形の財産だ。答えなどあるはずもない。
 それは夢想することは平和の上に立つ人間の娯楽であり、自慰オナニーだ。

 少なくとも、戦士・・には無用の長物。
 死地へ赴き、殺しを生業とするタローにとっては今、現実と理想の摩擦が激しすぎる。
 平和が訪れ、いずれタローが剣を捨て、それらに直面するその日までは、思考停止させるのが懸命だ。
 それがホグワーツなりの優しさだった。

「そうだな………。本題に入ろう」
 ペンドラゴン国王もまた、それを了承する。
「ほれ。入ってまいれ」
 国王の合図とともに、玉座の隣にそそくさと歩み寄る女性の姿。
「いやはや、紹介しよう。わたしの娘、エリザベスだ」
「どうぞ、エルザとお呼びください」
 エリザベス王女こと、エルザはぺこりとお辞儀した。

 ペンドラゴン王国の王女/エリザベス。
 通称、エルザ姫。
 金髪碧眼の麗しい少女で、木漏れ陽のような透明感と儚さ。それでいて、王族特有の品性と華やかさロイヤリティに満ち溢れている。
 年齢はタローと同じくらいか。
 彼女の到来は、まるでシャンデリアが点灯したかのような明るさを室内にもたらした。

「……………好きだ」
 開口一発。タローが突如、口にする。

「は?」
 室内の全員が異口同音に述べた。
 誰よりも驚いているのは当然、エルザ姫だ。
「お姫様!どうかこの僕と結婚を前提にお付き合いいただけませんか!?」
 超展開。一目も憚らず、突如ガンガン行っちまう我等が勇者。
 誰がこんな事態を予想したであろうか。
 筆者もびっくりである。

 だがその言葉を聞きつけ、大臣を先頭に城中の騎士たちが『王の間』へと一気に雪崩れ込んでくる。
「無礼者ッ!!一国の王女にクソ下手くそな口説き文句のうがきを垂れてるのは、貴様かァーーー!」
 怒り狂った城の従者たちに、勇者と大賢者は揉みくちゃにされてしまう。
「バッカモーーーーーンっ!このませガキ、儂が長年丁寧に積み重ねてきた根回しを全部台無しにしよってからに!」
 大賢者/灰色のホグワーツも巻き込まれながら、騒動の下手人タローを叱咤。
「うるさい!13歳の子供の恋路を邪魔する大人なんて、全員修正してやるーーーーーーっ!」
 そんな大人たちの横暴にタローは反抗心を露にする。

 かくして、無差別の場内乱闘が始まった。

「あははははははははっ 笑」
 抱腹絶倒。エルザ姫は、はしたない素行を承知で、ひたすらに笑い声をあげる。

 いつもの彼女ならあり得ないことだが、それほどまでに可笑しな出来事であった。
 普段、生真面目に尊厳な振舞いをとる家臣たちが、まるで子供のようにムキになって晒すその醜態。すべては王女のためと理解しながらも、出会って間もないタローに虚をつかれてからの一連の急展開に、あまりに理解が置いつかなさすぎて、脳も考えることを辞めてしまっていた。

 それから数十分後。
 乱闘の幕引きは、最後に生き残ったタローとホグワーツの相討ちクロスカウンターによって、呆気なく終わる。

「いやはや、これが若さか」
 胸が熱くなった国王ペンドラゴンはパチパチと拍手喝采。
「実に見事!噂通りの実力で何よりじゃ。そんな勇者タローに是非とも依頼したいのが、今日ここに呼び出した本題である」

「ほ、本題?」
 タローは先程の残虐ファイトで倒れた城の従者たちの屍(←死んでない)の山の上、目を回した状態でどうにか話を拾っている。

「うむ。今日来てもらったのは他でもない。勇者タローには、これより外交デビューのために世界各国を凱旋する我が娘/エリザベスの護衛に務めてもらいたい」

「しょ、正気ですか!国王!!?」
 その話に家臣たちが次々と異議を唱える。

「こんな社交も弁えぬ不埒者、危険です!」
「勇者だがなんだか知りませんが、我が国の宝である姫様こんな野蛮人を近付けるなど持っての他!」
「思春期の男女がひとつ屋根の下、二人っきり!勇者×王妃。昨晩はお楽しみでしたね………くっ、殺せ!」

「おい、最後の女騎士。一番不敬なのは、オメーだ」
 ホグワーツはやれやれとツッコミながら、本題に切り込む。
「しかし、国王。ここまで段取りをした儂が云うのもなんですが、これでほんとに良いのですか?」

 王女の世界凱旋。
 ホグワーツはこれに乗じて、“勇者タローの紹介”と“各国との連携パイプ構築”を目論んでいた。
 しかし、今日こんにち痛恨のアクシデント。
 まさかタローが王女に惚れ、あまつさえその感情を堂々と宣告するとは、笑止千万。
 一国の主としても、ひとりの父親としてもそんな輩に自分の娘を預けるなど、さすがに心配ではなかろうか?

「構わん。儂は別に娘に政略結婚をさせようなど考えて居らんのでな。娘の伴侶は娘の色眼鏡に適いさえすれば、あとは好きにしたらええ」
 そして、国王は娘/エルザ姫に視線を送る。
「おまえも異論はないな?」

「ええ、勿論。殿方からこのような熱視線をいただいて光栄です。その想い。本物ならば道中如何なる困難が降りかかろうとも、わたくしのこと守ってくださいますわよね?」

 エルザ姫は、そう勇者に問いかける。
 タローは襟を正す心持ちで、ピシャリと断言した。

「はい!この命に代えても、あなた様を必ずや御守り致しましょう。全力で!」
 
 
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