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急章の壱 The Innovator's Dilemma
55ターン目/ふざけるな!
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「ハァ……ハァ……フザけるなよ……。
何が世界を救ってくれだ。何が世界を取り戻してくれだ………。
世界は正常だろうがよォ!
ブラックCEOが現れてから、王政も貴族制も魔王の脅威も失くなった………。
怠け者や無能は淘汰され、努力が報われる社会になった!
この世界から、傲慢と怠慢が失くなっていたんだ……!!
世界は平穏だった………!!!
それを、おまえたちが奪ったんだ!!!!
そうだろう………っ!?」
死に物狂いで。
死の間際の微かな灯火をかき集めて。
死を漂わせながらも尚、その兵士は必死の形相でゆらりゆらりと近づいてくる。
その鬼気迫る迫力に、エルザ姫他【解放戦線】は圧倒されてしまう。
否、気付かされてしまったと言った方が正しいか。
勧善懲悪。
世の中がそんな単純な構造をしている筈もなく、誰かの都合は誰かの不都合になりえる。
世の中は群像劇だ。
強き者も、弱き者も、立場が違えど、皆等しく主役であり、そこには人生がある。
エルザ姫をはじめとする【解放戦線】は、異世界転生者ブラックの圧政に苦しむ人々を救済するために生まれた組織である。
しかし、世の中には【株式会社ダークネス】の支配下でこそ、自由と恩恵を賜った人々も当然おり、むしろそちらの方が一般的だ。
ブラックCEOの社会的弱者の淘汰には賛否両論あるものの、それでも大衆にとっては沿岸の火事に過ぎなかった。
そんな小火騒ぎをここまで大きくしたのは紛れもなく、エルザ姫であり【解放戦線】であり【同盟軍】だ。
目の前の【武力介入】の死にかけの兵士は、義憤に駆られていた。
彼もまた、【同盟軍】に日常を奪われたひとりなのだ。
それ故に、エルザ姫たちの蛮行を阻止するために、彼はその命が持てる最期の瞬間を費やしていた。
「………ここで終わらせる、すべて!」
怒りと疲労でその身を震わし、鮮血と汚泥に身を晒しながら、憎悪を剥き出しに、幽鬼のような足取りでゆらりゆらり、一歩一歩近づいてくる。
そんな彼の前に、ふと現れる影がひとつ。
「――――すまぬな」
冷めた、けれども慈悲のこもった声。
龍王姫シャロンだ。
そして、一閃。兵士の頭蓋に脚撃を喰らわす。
「エルザ姫の傍らには妾がついておる故に、それは叶わぬ成就だ」
容赦のない一撃に、兵士は地に転げ、今度こそ動かなくなる。
その様子をエルザ姫は頬をひきつらせ、青褪めた表情でただただ見守る。
彼女は恐怖していた。
闘いや目の前の惨劇。命が散ることに対してではない。
【解放戦線】としてのこれまでの行いが正しかったか否かについて、迷いが生じていた。
「迷うな、進め」
その恐怖に、龍王姫が応える。
「答えは歴史が決める。妾たちは最早引き返せぬのだ」
凛とした声色で、堂々と。
「其方がここで迷えば、それこそこれまで死んでいった者たちが。ここで死んでゆく者たちが報われない」
優しくも、だが鋭利に説き伏せる。
ここは戦場。迷いや隙をみせた者たちから死んでいく。
優れたパートナーとは、決して相手を全肯定などしない。
時には叱咤し、戒める。
自立を促す。
龍王姫にそう教えてくれたのが、他の誰でもない。
このエルザ姫なのだ。
「ごめんなさい、わたくし………」
想像力が足りなかった、と。言葉を詰まらせる。
頭では理解していた。
転生者ブラックによって再編されたこの世界において、虐げられる立場にない人にとって【同盟軍】はただのテロリストだ。
平和を踏みにじる悪党。平凡な人々にとっての”公共の敵”。
そういった無辜の民から、憎悪を直接向けられたのは初めてのことであり、
彼女は今、深く傷付き、罪悪感に蝕まれる。
◆◆◆
セントラルシティ上空を疾駆するふたつの人影。
大賢者・灰色のホグワーツと大罪人・禁忌のモルガナ。
全身から魔力を噴出させ、その推進力で宙を舞う。
魔法使い最高峰の戦いは身体能力向上および身体強度増強による、まさかの肉体言語。
徒手空拳。己の肉体を極限まで磨きあげ、相手の肉体を破壊する。
それはあまりにも原始的な闘い。
「魔法とは、世界を上書きする技術体系。
思念言語により世界へ指向性を与え、現行世界の情報を書き換える。
炎や氷、雷などの超常現象も、すべて物理法則を上書きして生じる束の間の世界改変」
独白するのは、灰色のホグワーツ。
彼は豪快且つ大胆に、その磨き抜かれた肉体を縦横無尽に動作させ、眼前の敵目掛けて畳み掛ける。
「かつてこの世界を支配していた古の神々が駆使していた天地開闢の神通力。これらをヒトが使える規格にまで落としたのが魔法の源流と謂われている。高度な魔法にはより複雑な演算能力と煩雑な情報処理、多様な思念言語を習得しなければならないことから、魔法使いの固定観念は頭脳明晰で名家育ちの秀才だと相場が決まっているが、その実は違う」
一方、禁忌のモルガナは眼球を剥き出し、奇声を挙げながら口元から涎を撒き散らす。最早正気を疑うほどの狂気染みた表情。
しかしそれに反して、その体術は美しく機敏で器用な立ち振舞いを見せつける。
豪胆なホグワーツの一撃一撃を、繊細なモルガナがヒラリヒラリとかわしながらたまの一瞬の隙を穿つも、ホグワーツの鉄壁に遮られる。
攻防一体の陣取り合戦。そんな構図がずっと続いていた。
「世界の理を紐解くには、まず自他の境界線を引くということ。世界は広く深く、故に自分の思い通りになるものではない。
そのために自己の確立。己を識り、肉体を練磨し、精神的自由を獲得する。
自己を律することが出来ぬ者に、他の理を律することができる筈もなく。
故に魔法使いとは、泥臭く血の滲む努力を積み重ねなければならない。
その修練の極致は詰まるところ、原始的あるいは動物的な優位性へ帰結を果たす。
すなわち闘争の勝利。つまりは肉体強度」
刹那、ホグワーツはカッとその眼光を光らせる。
「個体としての生命力!」
一閃、爆ぜる。
ホグワーツの渾身の一撃が空気を裂き、破裂音と共にモルガナの顔面を直撃する。
何が世界を救ってくれだ。何が世界を取り戻してくれだ………。
世界は正常だろうがよォ!
ブラックCEOが現れてから、王政も貴族制も魔王の脅威も失くなった………。
怠け者や無能は淘汰され、努力が報われる社会になった!
この世界から、傲慢と怠慢が失くなっていたんだ……!!
世界は平穏だった………!!!
それを、おまえたちが奪ったんだ!!!!
そうだろう………っ!?」
死に物狂いで。
死の間際の微かな灯火をかき集めて。
死を漂わせながらも尚、その兵士は必死の形相でゆらりゆらりと近づいてくる。
その鬼気迫る迫力に、エルザ姫他【解放戦線】は圧倒されてしまう。
否、気付かされてしまったと言った方が正しいか。
勧善懲悪。
世の中がそんな単純な構造をしている筈もなく、誰かの都合は誰かの不都合になりえる。
世の中は群像劇だ。
強き者も、弱き者も、立場が違えど、皆等しく主役であり、そこには人生がある。
エルザ姫をはじめとする【解放戦線】は、異世界転生者ブラックの圧政に苦しむ人々を救済するために生まれた組織である。
しかし、世の中には【株式会社ダークネス】の支配下でこそ、自由と恩恵を賜った人々も当然おり、むしろそちらの方が一般的だ。
ブラックCEOの社会的弱者の淘汰には賛否両論あるものの、それでも大衆にとっては沿岸の火事に過ぎなかった。
そんな小火騒ぎをここまで大きくしたのは紛れもなく、エルザ姫であり【解放戦線】であり【同盟軍】だ。
目の前の【武力介入】の死にかけの兵士は、義憤に駆られていた。
彼もまた、【同盟軍】に日常を奪われたひとりなのだ。
それ故に、エルザ姫たちの蛮行を阻止するために、彼はその命が持てる最期の瞬間を費やしていた。
「………ここで終わらせる、すべて!」
怒りと疲労でその身を震わし、鮮血と汚泥に身を晒しながら、憎悪を剥き出しに、幽鬼のような足取りでゆらりゆらり、一歩一歩近づいてくる。
そんな彼の前に、ふと現れる影がひとつ。
「――――すまぬな」
冷めた、けれども慈悲のこもった声。
龍王姫シャロンだ。
そして、一閃。兵士の頭蓋に脚撃を喰らわす。
「エルザ姫の傍らには妾がついておる故に、それは叶わぬ成就だ」
容赦のない一撃に、兵士は地に転げ、今度こそ動かなくなる。
その様子をエルザ姫は頬をひきつらせ、青褪めた表情でただただ見守る。
彼女は恐怖していた。
闘いや目の前の惨劇。命が散ることに対してではない。
【解放戦線】としてのこれまでの行いが正しかったか否かについて、迷いが生じていた。
「迷うな、進め」
その恐怖に、龍王姫が応える。
「答えは歴史が決める。妾たちは最早引き返せぬのだ」
凛とした声色で、堂々と。
「其方がここで迷えば、それこそこれまで死んでいった者たちが。ここで死んでゆく者たちが報われない」
優しくも、だが鋭利に説き伏せる。
ここは戦場。迷いや隙をみせた者たちから死んでいく。
優れたパートナーとは、決して相手を全肯定などしない。
時には叱咤し、戒める。
自立を促す。
龍王姫にそう教えてくれたのが、他の誰でもない。
このエルザ姫なのだ。
「ごめんなさい、わたくし………」
想像力が足りなかった、と。言葉を詰まらせる。
頭では理解していた。
転生者ブラックによって再編されたこの世界において、虐げられる立場にない人にとって【同盟軍】はただのテロリストだ。
平和を踏みにじる悪党。平凡な人々にとっての”公共の敵”。
そういった無辜の民から、憎悪を直接向けられたのは初めてのことであり、
彼女は今、深く傷付き、罪悪感に蝕まれる。
◆◆◆
セントラルシティ上空を疾駆するふたつの人影。
大賢者・灰色のホグワーツと大罪人・禁忌のモルガナ。
全身から魔力を噴出させ、その推進力で宙を舞う。
魔法使い最高峰の戦いは身体能力向上および身体強度増強による、まさかの肉体言語。
徒手空拳。己の肉体を極限まで磨きあげ、相手の肉体を破壊する。
それはあまりにも原始的な闘い。
「魔法とは、世界を上書きする技術体系。
思念言語により世界へ指向性を与え、現行世界の情報を書き換える。
炎や氷、雷などの超常現象も、すべて物理法則を上書きして生じる束の間の世界改変」
独白するのは、灰色のホグワーツ。
彼は豪快且つ大胆に、その磨き抜かれた肉体を縦横無尽に動作させ、眼前の敵目掛けて畳み掛ける。
「かつてこの世界を支配していた古の神々が駆使していた天地開闢の神通力。これらをヒトが使える規格にまで落としたのが魔法の源流と謂われている。高度な魔法にはより複雑な演算能力と煩雑な情報処理、多様な思念言語を習得しなければならないことから、魔法使いの固定観念は頭脳明晰で名家育ちの秀才だと相場が決まっているが、その実は違う」
一方、禁忌のモルガナは眼球を剥き出し、奇声を挙げながら口元から涎を撒き散らす。最早正気を疑うほどの狂気染みた表情。
しかしそれに反して、その体術は美しく機敏で器用な立ち振舞いを見せつける。
豪胆なホグワーツの一撃一撃を、繊細なモルガナがヒラリヒラリとかわしながらたまの一瞬の隙を穿つも、ホグワーツの鉄壁に遮られる。
攻防一体の陣取り合戦。そんな構図がずっと続いていた。
「世界の理を紐解くには、まず自他の境界線を引くということ。世界は広く深く、故に自分の思い通りになるものではない。
そのために自己の確立。己を識り、肉体を練磨し、精神的自由を獲得する。
自己を律することが出来ぬ者に、他の理を律することができる筈もなく。
故に魔法使いとは、泥臭く血の滲む努力を積み重ねなければならない。
その修練の極致は詰まるところ、原始的あるいは動物的な優位性へ帰結を果たす。
すなわち闘争の勝利。つまりは肉体強度」
刹那、ホグワーツはカッとその眼光を光らせる。
「個体としての生命力!」
一閃、爆ぜる。
ホグワーツの渾身の一撃が空気を裂き、破裂音と共にモルガナの顔面を直撃する。
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