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急章の壱 The Innovator's Dilemma
59ターン目/勇者を超えろ
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「おまえの活躍は聞いていたよ。
エリザベス王女率いる【外交旅団】。
連合軍の精神的支柱だった【勇者パーティー】。
そして【株式会社ダークネス】の警羅部隊/【強制解決】。
いつの間にか、時代の最先端にはいつもおまえがいた」
天空は顔色こそ優れない様子だったが、それ以上に朗らかで心底嬉しそうだった。
「兄として、誇らしく想う―――」
「ふざけるな」
そんな兄に対して、飛鳥は冷徹に憤りを吐露する。
「テメェが起こした神州大和の【如月争乱】。あの一連の騒動をキッカケに如月家は立場を危ぶまれ、アタイは国家を追放された―――」
「だがそのおかげでおまえは世界で活躍する機会を与えられ、結果大成した。如月家の家督も必然と上がり、今や【株式会社ダークネス】の御抱え業者として十二支族の中でも群を抜いた影響力を誇るようになった。可愛い子には旅をさせろとは、まさにこのことだ」
事実、如月家はエリア・神州大和の実質的支配者として君臨し、他の十二支族は勿論御帝すらも最早彼等の傀儡と成り下がっていた。
これらは当然【株式会社ダークネス】、牽いては【異世界転生者/ブラック】の後ろ楯を得たからであり、絶縁を言い渡した飛鳥には手の平を返すように媚びへつらう始末。
無論、彼女の心中は穏やかではない。
「私も、国外逃亡した当初はおまえのようになりたかったよ―――」
本音なのだろうが、今の天空は別段そういった栄光や名声にはもう興味がないようだった。
「だが彼女と出逢って、すべてがどうでもよくなった」
彼女とは、天空が共に暮らす現地の女を指していた。
この周辺の地主であり、元領主。
地元民に愛されていた彼女の一家は、貴族制撤廃後も実態としてこの一帯を統治し続け、その管理調整能力を【株式会社ダークネス】に評価され、名実共にこの周辺の自治権を取り戻した。
彼女はそんな一家の令嬢であり、当時流浪人だった天空は旅の道中でこの地に訪れ、そして恋に落ちる。
「腑抜けたな、国家を転覆させたテロリストが聞いて呆れる」
「私もまさか自分が隠居生活を送ることになるとは夢にも思わなかったよ」
皮肉めいた飛鳥の物言いに、しかし天空は苦笑する。
「それからはずっと幸せだった。罪悪感を胸中に抱くほどに。今までやりたいように生きてきた私には勿体ないくらい、幸せだった。そのツケがこの身体であり、そしておまえを呼び寄せた」
迷いも霞みもない、澄みきったまっすぐな瞳。
天空はそれはそれは穏やかな表情で、飛鳥を見据える。
「おまえは私の死神だ。おまえにこの命、刈り取られるなら本望。世界は、私の望む姿に生まれ変わった」
その言葉に、飛鳥は眉をひそめる。
「支配者たちの旧世界は解き放たれ、人々は自由を手に入れた。おまえが一翼を担ったんだ。経済による平和こそ、私が目指した人世のあるべき姿。当時、神州大和はそんな世界の縮図だった。故国の変革という成功体験をした私は、しかし世界を変革することは叶わなかった。
だが奇しくも、その責務はおまえがやり遂げた」
「アタイは何もしていない。ただ剣を振るい、そして敗けた。異世界転生者/ブラックCEOに―――」
「そんなこと、些末なことだ。結果、おまえは今、体制側の人間として世界の保全に尽力している」
大義などなく、ただ流れでここまでたどり着いた。だが自覚がなくとも、飛鳥は確かに【勇者パーティー】として連合軍をまとめあげ、結果として民間軍事会社/【強制解決】の基盤を結果として、構築した。
そして今、飛鳥はそんな世界の秩序維持に勤めている。
「私の望んだ世界を守る雅な剣―――」
すべてが天空の思うがままだった。
「そんなおまえの手に架けられるなんて、武士として本望。誉れだ」
彼女は故郷を追放されてから、ずっと兄の手の平で踊らされている。
◆◆◆
結局、飛鳥は兄/天空を手に掛けることはなかった。
殺すに値しない。それ程までにかつて故国を転覆させた偉大なる宿敵は、弱体化していた。
何よりも、彼を殺すことによって最後の最期まで自分の運命が握られてしまうような、そんな恐怖があった。
無論、この殺さないという選択すらも―――
「それは考え過ぎだ」
と、天空は笑う。
しかし、これまでの人生の宿願を有耶無耶に放棄した飛鳥は、以後自分を見失う。
天空を追うための手段に他ならなかった民間軍事会社/【強制解決】の仕事はあまりに過酷だ。
だが彼女は最早、それしか生き方を知らなかった。
やがて、【解放戦線】の台頭と共に、飛鳥は社畜部隊/【死腐喰獣】の陽動部隊の長に就任。
エリザベス=ペンドラゴンをはじめとする、かつての仲間たちを殲滅していく。
彼女にとって、繰り返しだった。
いつもいつも、身内が世界に反旗を翻す。
飛鳥の見えている世界を、いつもいつも破壊する。
なぜ皆、世界を裏切り、
自分を裏切っていくのだろうか?
「―――眼を背けられなくなったんだ。だってそうだろ?私たちは、【勇者パーティー】なのだから!」
右目を奪われたグリフィンが叫ぶ。
エリア・神州大和で【解放戦線】が敢行した“勇者奪還作戦”。
他の十二支族。牽いては御帝の手引きによって、【解放戦線】と【魔王軍】の合同組織/【同盟軍】に勇者を持ち去られたこの事件は、同組織の力を世界に見せつけ、世界の均衡を大きく揺るがす事態となった。
「勇者を超えろ―――」
ブラックCEOはいう。
飛鳥もまた、それを望んでいた。
彼女は変革を望まない。
彼女が望むのは、停滞した安寧。
これまでの道中、誰しもが血を流し過ぎた。
そのために彼女は今、勇者を超える―――
エリザベス王女率いる【外交旅団】。
連合軍の精神的支柱だった【勇者パーティー】。
そして【株式会社ダークネス】の警羅部隊/【強制解決】。
いつの間にか、時代の最先端にはいつもおまえがいた」
天空は顔色こそ優れない様子だったが、それ以上に朗らかで心底嬉しそうだった。
「兄として、誇らしく想う―――」
「ふざけるな」
そんな兄に対して、飛鳥は冷徹に憤りを吐露する。
「テメェが起こした神州大和の【如月争乱】。あの一連の騒動をキッカケに如月家は立場を危ぶまれ、アタイは国家を追放された―――」
「だがそのおかげでおまえは世界で活躍する機会を与えられ、結果大成した。如月家の家督も必然と上がり、今や【株式会社ダークネス】の御抱え業者として十二支族の中でも群を抜いた影響力を誇るようになった。可愛い子には旅をさせろとは、まさにこのことだ」
事実、如月家はエリア・神州大和の実質的支配者として君臨し、他の十二支族は勿論御帝すらも最早彼等の傀儡と成り下がっていた。
これらは当然【株式会社ダークネス】、牽いては【異世界転生者/ブラック】の後ろ楯を得たからであり、絶縁を言い渡した飛鳥には手の平を返すように媚びへつらう始末。
無論、彼女の心中は穏やかではない。
「私も、国外逃亡した当初はおまえのようになりたかったよ―――」
本音なのだろうが、今の天空は別段そういった栄光や名声にはもう興味がないようだった。
「だが彼女と出逢って、すべてがどうでもよくなった」
彼女とは、天空が共に暮らす現地の女を指していた。
この周辺の地主であり、元領主。
地元民に愛されていた彼女の一家は、貴族制撤廃後も実態としてこの一帯を統治し続け、その管理調整能力を【株式会社ダークネス】に評価され、名実共にこの周辺の自治権を取り戻した。
彼女はそんな一家の令嬢であり、当時流浪人だった天空は旅の道中でこの地に訪れ、そして恋に落ちる。
「腑抜けたな、国家を転覆させたテロリストが聞いて呆れる」
「私もまさか自分が隠居生活を送ることになるとは夢にも思わなかったよ」
皮肉めいた飛鳥の物言いに、しかし天空は苦笑する。
「それからはずっと幸せだった。罪悪感を胸中に抱くほどに。今までやりたいように生きてきた私には勿体ないくらい、幸せだった。そのツケがこの身体であり、そしておまえを呼び寄せた」
迷いも霞みもない、澄みきったまっすぐな瞳。
天空はそれはそれは穏やかな表情で、飛鳥を見据える。
「おまえは私の死神だ。おまえにこの命、刈り取られるなら本望。世界は、私の望む姿に生まれ変わった」
その言葉に、飛鳥は眉をひそめる。
「支配者たちの旧世界は解き放たれ、人々は自由を手に入れた。おまえが一翼を担ったんだ。経済による平和こそ、私が目指した人世のあるべき姿。当時、神州大和はそんな世界の縮図だった。故国の変革という成功体験をした私は、しかし世界を変革することは叶わなかった。
だが奇しくも、その責務はおまえがやり遂げた」
「アタイは何もしていない。ただ剣を振るい、そして敗けた。異世界転生者/ブラックCEOに―――」
「そんなこと、些末なことだ。結果、おまえは今、体制側の人間として世界の保全に尽力している」
大義などなく、ただ流れでここまでたどり着いた。だが自覚がなくとも、飛鳥は確かに【勇者パーティー】として連合軍をまとめあげ、結果として民間軍事会社/【強制解決】の基盤を結果として、構築した。
そして今、飛鳥はそんな世界の秩序維持に勤めている。
「私の望んだ世界を守る雅な剣―――」
すべてが天空の思うがままだった。
「そんなおまえの手に架けられるなんて、武士として本望。誉れだ」
彼女は故郷を追放されてから、ずっと兄の手の平で踊らされている。
◆◆◆
結局、飛鳥は兄/天空を手に掛けることはなかった。
殺すに値しない。それ程までにかつて故国を転覆させた偉大なる宿敵は、弱体化していた。
何よりも、彼を殺すことによって最後の最期まで自分の運命が握られてしまうような、そんな恐怖があった。
無論、この殺さないという選択すらも―――
「それは考え過ぎだ」
と、天空は笑う。
しかし、これまでの人生の宿願を有耶無耶に放棄した飛鳥は、以後自分を見失う。
天空を追うための手段に他ならなかった民間軍事会社/【強制解決】の仕事はあまりに過酷だ。
だが彼女は最早、それしか生き方を知らなかった。
やがて、【解放戦線】の台頭と共に、飛鳥は社畜部隊/【死腐喰獣】の陽動部隊の長に就任。
エリザベス=ペンドラゴンをはじめとする、かつての仲間たちを殲滅していく。
彼女にとって、繰り返しだった。
いつもいつも、身内が世界に反旗を翻す。
飛鳥の見えている世界を、いつもいつも破壊する。
なぜ皆、世界を裏切り、
自分を裏切っていくのだろうか?
「―――眼を背けられなくなったんだ。だってそうだろ?私たちは、【勇者パーティー】なのだから!」
右目を奪われたグリフィンが叫ぶ。
エリア・神州大和で【解放戦線】が敢行した“勇者奪還作戦”。
他の十二支族。牽いては御帝の手引きによって、【解放戦線】と【魔王軍】の合同組織/【同盟軍】に勇者を持ち去られたこの事件は、同組織の力を世界に見せつけ、世界の均衡を大きく揺るがす事態となった。
「勇者を超えろ―――」
ブラックCEOはいう。
飛鳥もまた、それを望んでいた。
彼女は変革を望まない。
彼女が望むのは、停滞した安寧。
これまでの道中、誰しもが血を流し過ぎた。
そのために彼女は今、勇者を超える―――
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