46 / 64
第五章 Thank you, My twilight
#46 聖櫝の正体
しおりを挟む
剣山は、標高1955mにもなる徳島県最高峰の山である。
真夏といっても、
夕方以降の頂上付近は空気が凍え、人肌を張り詰めさせる。
「【聖櫝】の正体とは、
いわばUSBメモリーのような持ち運び可能な“魔術的記憶媒体”であり、その中には『旧世界の遺物』が封印されていた」
黒十字は、独白をはじめる。
ここは剣山の頂に隠された無名の領域。
魔術の結界により、外界から隔絶されたそこには、中央に黒い台座が設置されている。
台座を中心に、半径約百メートルの範囲は広場となっており、その広間を森林が囲う。
「剣山の正体は、人為的に造られたピラミッドだ。
中は魔術的な整備。謂わば風水に似た加工が施され、それらは四国に張り巡らされた人造の龍脈・四国八十八カ所と直結している。
つまり、【イスラエル十二支族】の末裔たちは、この剣山を介して【聖櫝】に眠る『旧世界の遺物』を四国八十八カ所に転移させた。
いわば現状、
この四国地方そのものが【聖櫝】といっても過言ではないだろう。
『旧世界の遺物』を地上に出力するためには、剣山を掌握して再度四国八十八カ所を操作する必要がある。だがその手順を追うと中々に時間と労力が掛かってしまう。
――― そこで、だ」
黒十字は振り返る。
視線の先では半透明の巨大な何かが、ゴボゴボと沸騰する液体のように音を立てながら、これ見よがしに佇んでいる。
全長4mはあるだろうか。
その形状はどこかナメクジを彷彿させる。
肉体を形成するのは、水だ。
巨大で異形な水の塊が、青く妖しい光を放ちながら、明らかな意思を持って蠢いている。
この異形の生命体の名は、色欲蛞蝓。
七つの大罪と呼ばれる人間の悪しき感情をモチーフに、黒十字が創り出した召喚物のひとつである。
色欲蛞蝓は、その肉体の中に『何か』を水中浮遊させている。
それは、星詠みの巫女・フォーチュン。
彼女は今、意識を失っている。
「剣山と星詠みの巫女を強制的に接続することで、彼女を中継して【地球の化身】と接続。
地球史上最大規格の霊的情報処理能力を利用することで、無理やり四国八十八ヵ所を操作し、『旧世界の遺物』を回収する」
色欲蛞蝓は移動をはじめ、広間の中心にチョコンと備えられた黒い台座へと向かう。
「『旧世界の遺物』の名は、【世界蛇】。
かつて世界を終焉に導いた神々の天敵」
黒い台座に色欲蛞蝓が触れる。
刹那、色欲蛞蝓は鳴動。
暗い紫色の発光を放つ。
大気は揺れ、不穏な生風が辺りを流動する。
「世界蛇ヨルムンガンドの復活は、
同時に四国全土の消滅を意味している。
出力が成功すると、突如消滅した世界蛇ヨルムンガンド分の大容量の霊力を埋め合わせるために、地球からそれ以上の霊力が龍脈に注入される。
その霊力供給量に四国地方が許容突破を起こし、大崩壊を巻き起こす。
例えるなら大津波発生のメカニズムに近いかな。
もっとも、そのあとは世界への見せしめと、世界蛇ヨルムンガンドの試運転も兼ねて、日本には滅んでもらうことになるけれど……… 」
色欲蛞蝓に呼応するかのように、星詠みの巫女・フォーチュンは喘ぎ、苦悶する。
星詠みの巫女・フォーチュンの霊匣が、剣山を介して四国八十八カ所と接続を開始。
膨大なエネルギーと情報量が、フォーチュンに混入していく。
フォーチュンは頬を紅潮させ、
身をよがらせ、そして大きく痙攣する。
「さぁ、始めよう。僕は自由という名の十字架を背負う――」
その超規格の霊的情報処理能力により、龍脈は連動。
その流れを反転させはじめる。
今、四国八十八カ所の逆打ちが始まろうとしていた。
◇◇◇
フォーチュンは眼を醒ます。
そこは、地球の化身ホメヲスタシスの聖域。
否、だった場所だ。
紅と紅が交錯する世界。
地平線の彼方まで拡がる紅天と紅海。
雲ひとつなく、水面は鏡のように世界を映す。
『はじめまして、星詠みの巫女』
瞬時に世界を真っ黒な発光が飲み込んでゆく。発光はすぐさま収束をみせると、元の紅い風景を返還するが、その視界には明らかな異物が紛れ込んでいる。
それは巨大な桜の木。大蛇のような根を這わせ、岩石のような幹を固め、翼のように枝葉を広げながら、この世界に顕現する。
桜の花びらが、樹木より一枚舞落ちる。
その花びらを核として、足元の水が勢いよく花びらに集束。
蜷局を巻きながら、なにかを形成していく。
「ウチの名前は、伊邪那美命――― 」
それは、赤髪の少女。
彼女は星詠みの巫女・フォーチュンの前に、ふわりと優雅に舞い降りる。
その動作は、まるで天使のようだ。
「――― またの名を、成瀬鳴海。
……… セイギは、元気にしてるんかいな?」
真夏といっても、
夕方以降の頂上付近は空気が凍え、人肌を張り詰めさせる。
「【聖櫝】の正体とは、
いわばUSBメモリーのような持ち運び可能な“魔術的記憶媒体”であり、その中には『旧世界の遺物』が封印されていた」
黒十字は、独白をはじめる。
ここは剣山の頂に隠された無名の領域。
魔術の結界により、外界から隔絶されたそこには、中央に黒い台座が設置されている。
台座を中心に、半径約百メートルの範囲は広場となっており、その広間を森林が囲う。
「剣山の正体は、人為的に造られたピラミッドだ。
中は魔術的な整備。謂わば風水に似た加工が施され、それらは四国に張り巡らされた人造の龍脈・四国八十八カ所と直結している。
つまり、【イスラエル十二支族】の末裔たちは、この剣山を介して【聖櫝】に眠る『旧世界の遺物』を四国八十八カ所に転移させた。
いわば現状、
この四国地方そのものが【聖櫝】といっても過言ではないだろう。
『旧世界の遺物』を地上に出力するためには、剣山を掌握して再度四国八十八カ所を操作する必要がある。だがその手順を追うと中々に時間と労力が掛かってしまう。
――― そこで、だ」
黒十字は振り返る。
視線の先では半透明の巨大な何かが、ゴボゴボと沸騰する液体のように音を立てながら、これ見よがしに佇んでいる。
全長4mはあるだろうか。
その形状はどこかナメクジを彷彿させる。
肉体を形成するのは、水だ。
巨大で異形な水の塊が、青く妖しい光を放ちながら、明らかな意思を持って蠢いている。
この異形の生命体の名は、色欲蛞蝓。
七つの大罪と呼ばれる人間の悪しき感情をモチーフに、黒十字が創り出した召喚物のひとつである。
色欲蛞蝓は、その肉体の中に『何か』を水中浮遊させている。
それは、星詠みの巫女・フォーチュン。
彼女は今、意識を失っている。
「剣山と星詠みの巫女を強制的に接続することで、彼女を中継して【地球の化身】と接続。
地球史上最大規格の霊的情報処理能力を利用することで、無理やり四国八十八ヵ所を操作し、『旧世界の遺物』を回収する」
色欲蛞蝓は移動をはじめ、広間の中心にチョコンと備えられた黒い台座へと向かう。
「『旧世界の遺物』の名は、【世界蛇】。
かつて世界を終焉に導いた神々の天敵」
黒い台座に色欲蛞蝓が触れる。
刹那、色欲蛞蝓は鳴動。
暗い紫色の発光を放つ。
大気は揺れ、不穏な生風が辺りを流動する。
「世界蛇ヨルムンガンドの復活は、
同時に四国全土の消滅を意味している。
出力が成功すると、突如消滅した世界蛇ヨルムンガンド分の大容量の霊力を埋め合わせるために、地球からそれ以上の霊力が龍脈に注入される。
その霊力供給量に四国地方が許容突破を起こし、大崩壊を巻き起こす。
例えるなら大津波発生のメカニズムに近いかな。
もっとも、そのあとは世界への見せしめと、世界蛇ヨルムンガンドの試運転も兼ねて、日本には滅んでもらうことになるけれど……… 」
色欲蛞蝓に呼応するかのように、星詠みの巫女・フォーチュンは喘ぎ、苦悶する。
星詠みの巫女・フォーチュンの霊匣が、剣山を介して四国八十八カ所と接続を開始。
膨大なエネルギーと情報量が、フォーチュンに混入していく。
フォーチュンは頬を紅潮させ、
身をよがらせ、そして大きく痙攣する。
「さぁ、始めよう。僕は自由という名の十字架を背負う――」
その超規格の霊的情報処理能力により、龍脈は連動。
その流れを反転させはじめる。
今、四国八十八カ所の逆打ちが始まろうとしていた。
◇◇◇
フォーチュンは眼を醒ます。
そこは、地球の化身ホメヲスタシスの聖域。
否、だった場所だ。
紅と紅が交錯する世界。
地平線の彼方まで拡がる紅天と紅海。
雲ひとつなく、水面は鏡のように世界を映す。
『はじめまして、星詠みの巫女』
瞬時に世界を真っ黒な発光が飲み込んでゆく。発光はすぐさま収束をみせると、元の紅い風景を返還するが、その視界には明らかな異物が紛れ込んでいる。
それは巨大な桜の木。大蛇のような根を這わせ、岩石のような幹を固め、翼のように枝葉を広げながら、この世界に顕現する。
桜の花びらが、樹木より一枚舞落ちる。
その花びらを核として、足元の水が勢いよく花びらに集束。
蜷局を巻きながら、なにかを形成していく。
「ウチの名前は、伊邪那美命――― 」
それは、赤髪の少女。
彼女は星詠みの巫女・フォーチュンの前に、ふわりと優雅に舞い降りる。
その動作は、まるで天使のようだ。
「――― またの名を、成瀬鳴海。
……… セイギは、元気にしてるんかいな?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる