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第六章 Blues Drive Monster

#48 シュガーレス

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「止めなくてよかったのか?」
 問いかけるのは、シュガーこと佐藤浩之。

 真神正義の病室。
 だがベッドはもぬけの殻。肝心の患者は不在の状態だ。

 室内には、佐藤浩之シュガー松岡遍アマネのふたりだけ。

「止められるわけないじゃない。いい女は察するモンよ」
「まったく甘いな。……… おまえも、俺も」

「それにしても、アンタがこっち側の人間だったなんて、ハッキリ言って驚きよ」

 星詠みの巫女に纏わる一連の騒動。
 それらを知るのは、裏社会でも特に根深い人間モノたちだ。
 つまりそれを知るシュガーは、最早お世辞にも堅気とはとても言い難い。

「おまえもな。企業連盟・超科学技術運用部隊のひとつ、『試作実験課トライアルオペレーションズ』だっけか」

「……… ハッキリ言って大した情報収集能力ね。そーゆーアンタは何者?」

「シュガーレスっていやぁ、わかるだろ?」

 それは、世界的に有名なハッカーの名前。
 一節には、東アジア一帯を暗躍する半ば都市伝説染みた謎の黒幕フィクサー・『鼠』が提唱する、国家に属さない新時代のエージェント・『自由な子供たちサンズオブリバティ』の一人とも噂されている。

「……… アンタがあの、シュガーレス?」
「そうだ。俺があのシュガーレス」
「……… ハッキリ言って、そのネーミングセンス。ちょっと安直過ぎない?」

 ジト目のアマネ
 その視線をシュガーは躱す。

「それで?正体を明かしたってことは、ハッキリ言って私を消すつもりかしら」

「相変わらず物騒な女だな……… 。
 俺はおまえの味方だよ、マツオカ。
 おまえとマガミの、ただのともだちだ。
 ……… 俺はほんとは、マガミには、おまえとくっついてもらいたかった」

「何よそれ」

成瀬鳴海なるせなるみ。星詠みの巫女。………あいつはまるで女を見る目がない」

「フフッ、ハッキリ言って、二次元ばっか追っかけてるアンタよか百万倍マシよ」

 苦笑するアマネ
 そして彼女は、病室の扉へ歩を進める。

「行くのか?」
 彼女に目もくれず、問いかけるシュガー。

「どうせ召集かかるでしょうから。それに、アイツも現地にノコノコやってくるでしょうし」
 扉が開かれる。

「ほんと甘いな。あいつのこと、頼んだぞ」
「ハッキリ言って、言われなくてもね」
 ガシャン、と扉は閉められる。

 室内に残されたシュガーは、ふと病床に残されたマンマローザに目をやる。

 手を伸ばし、
 袋を開け、マンマローザを咀嚼。
 無表情のまま、モグモグと口を動かす。

「…… あまい」

         ◇◇◇

 真神正義まがみ せいぎは、必死に走っていた。

 剣山を目指して。
 スマホのアプリが指し示すとおりに。
 徳島市内から約75㎞の道程を。
 現実的かどうかも度外視して。
 まだ癒えぬ傷の痛みもかまうことなく、懸命に走っていた。

 佐藤浩之シュガーレスが持ち込んだ情報によれば、
①星詠みの巫女が連れ去られた
②敵の名は、黒十字
③上記①②は剣山にいる
④剣山には、聖櫝アークと呼ばれる秘宝がある
⑤上記④封印解除のため、上記①は利用される
⑥上記⑤によって、四国は消滅する

 とのことである。

 これらの情報は、すでに世界各国も把握済み。
 この事態に対応するため、加速するように世界中が動き出していた。

 ゲーム理論Game Theory、という言葉がある。社会や自然界における複数の主体が関わる意思決定や行動の相互性を数学的なモデルを用いて研究する学問だ。

 要は群集劇。
 個人個人ひとつひとつの思惑と行動が集束することで、総体としての結果に帰結する。
 世界規模で進展していく超限戦争Game Theory・【偉大なる盤上戦グレートゲーム】。

 そのすべての盤面は、黒十字リベリオンただ一人の手によってひっくり返され、群集劇ゲームは新たなる局面へと強制更新された。

 日本を中心とした勢力群がその目論見を阻止しようと躍起になっている一方、四国消滅や星詠みの巫女抹殺が利益となる勢力群により、すでに妨害工作が発生中。

 なんなら最悪、日本に核ミサイルを撃つとか撃たないとか、事態はそこまで発展している。

 だが真神正義まがみ せいぎにとっては、そんなことは一ミリたりとも重要ではない。

 フォーチュンの安否。
 ただそれだけの話だ。

「……… 待ってろフォーチュン、今行くからなっ」

 そう息巻く彼の隣。
 ふと超スピードで一台の白バイが追い抜いてゆく。
 そして、急ブレーキ。
 甲高い摩擦音と共に滑走しながら、停止。

 搭乗者は、

「よう天パ。乗ってくか?」

 
 先日、拳銃を向けてきたファッキン女警察官。

 セイギにはわからない。
 なぜ彼女がここにいて、自分を搭乗させようとするのか。

 だが、迷いはなかった。

 すぐさま彼女の背後に座り、その腰に手を回す。

「やっぱりおまえ、いかれてんな」
「ちげーちげー。いかしてんだよ、アタイはよォ」

 不敵に笑う荒井巡査。
 そんな彼女に釣られて、セイギもまた笑う。

 そんな折、
「セイギぃぃいっ!あんたなにやってんのよッッ」

 二人を、今度は軽自動車のライトが照らす。
 窓から身を乗り出して、声を荒げるのは女性。セイギがよく知る人物だ。

「げっ、オカン⁉」
 セイギの母・真神律子だ。

「そんな身体で病院抜け出して!いったい全体どういうつもりっ!?」
 顔を青ざめさせ、セイギは明らかに狼狽する。

「悪りィ、出してくれっ。はやくっ」
 そのタイミングで、荒井巡査の携帯端末スマホに着信がかかる。

 着信者は、東雲しののめ警部補。

「はい、もしもし。かかりちょー?」
「うぉいっ!?今電話出てる場合かよっ」

『あぁ、俺だ。心配かけた。なにやら騒がしいな』
「まぁね。心配はしてねぇっすけど、釈放されたんス?」
『とりあえずな。話はあとだ。このまま合流できるか?星詠みの巫女が拐われた』

「知ってる。いいタイミングだ。こっちもちょうどを捕まえたとこ」

『?』
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