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第七章 LITTLE BUSTERS
#55 血の継承者
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「ご協力ありがとうございます。企業連盟代表補佐、神田一成さん」
徳島県庁の知事室。ソファーに不遜に座りながら、東雲警部補は簡易的な一礼を添える。
室内には企業連盟・神田代表補佐と、もうひとり。
「警察に連絡とれました。現場の一般人には危害をくわえないよう勤めてもらっています…… 」
徳島県知事がおずおずと報告する。
神田代表補佐は忌々しそうに、東雲警部補を睨み付ける。
だが当の本人はそれを意に介していない。
不意に、知事室の扉が開かれた。
「これは一体どういうことかしら………?」
現れたのは、企業連盟代表・蜂須賀雅子。
江戸時代より徳島県を支配する一族・蜂須賀家の末裔であり、歴代唯一の女性当主である。
「……… お待ちしておりましたよ。蜂須賀家番代当主・蜂須賀雅子さん」
座ったたまま、東雲警部補は首だけを向ける。
「仰々しい言い回しはやめてちょうだい」
ピシャリと、蜂須賀雅子は一蹴する。
「とっくの昔に蜂須賀家は没落しました。跡取りも私を除いていない今、蜂須賀家の家紋は滅びゆく運命にある……… 」
関ヶ原の戦いにて、徳川家康率いる東軍に与したことにより所領の阿波国・現在の徳島県を安堵され大名となった蜂須賀家は、最終的に徳川将軍の血筋に迎え入れられ明治維新を迎える。
華族令により侯爵に任ぜられ、最盛期には紀州徳川家・水戸徳川家と並ぶ屈指の富豪華族として知られた蜂須賀家。しかし、『醜類有爵者』として知られる十八代当主・蜂須賀正氏が数々の犯罪行為に絡んだために、『華族の品位を落とす』との名目により1945年に侯爵位を返上。
戦後は正氏の遺族の間で財産争いが起こり、過半の財産を消失。
こうして蜂須賀家は平民となり、没落していった。
「しかし、そんな逆境を乗り越えるかのように若き日のあなたは単身渡米。日本に帰国後、その縁故と手腕によって企業連盟を結成し、高度経済成長期と共にここまでの地位を築き上げてきた」
「知った風な口を聞かないで。徳島県警の東雲政道警部補。
神田、なぜこの男の指示を聞き入れ、挙げ句企業連盟を私的に動かすのですか?答えなさいっ」
激昂する蜂須賀雅子。
対して企業連盟代表補佐・神田一成は押し黙り、徳島県知事も沈痛な面持ちで状況を見守る。
「そりゃあ、決まってる。あんたの血筋を守るためだ」
ポツリと、東雲政道はつぶやく。
「わたしの血筋ですって?何を馬鹿なことを――― 」
四国会議を坂本臥龍と共に結成して以降、蜂須賀雅子は跡取りについて一時期考案した頃があった。
幼い頃に血縁者同士による財産争いを間近で垣間見た彼女にとって、家族という集合体にはどこか嫌悪を感じており、結婚や自身の子を儲けることに興味を示せなかった。
しかし、道楽者であり浮き名を流した十八代当主である祖父・蜂須賀正氏が隠し子をこさえている可能性を鑑みて、もしその血脈が存在すれば蜂須賀家の跡取りに迎え入れようと、半ば気まぐれに調査する。
結果、該当する人物はなし。これも運命と割り切り、当代で蜂須賀家の幕を下ろすことを完全に決めた彼女は、当家の歴史的資料などを徳島市に寄贈した。
「一族最後の生き残りである私に子はいない。そもそも我等企業連盟にとって、私の血筋などまったくもって無関係です」
「こちらも存じてあげております。あなたに子はいない。そう、その血脈は完全に途絶えている。だからこそ、作る必要があったんです。
――― つまり、あなたの複製体を」
蜂須賀雅子は眉をひそめる。
人類史上最初に作成された動物個体のクローンは、ウニである。1891年のことだ。
哺乳類の複製体は1996年にヒツジが先駆けと記録され、そして、人類の複製体は未だ存在しない。
ということになっている。
そう、表向きには―――― 。
1945年、陥落後のナチスドイツ。
ナチス大総統・アドルフ= ヒトラー。
かの人物を複製体技術で蘇生させる計画。その痕跡が、このときすでに発見されている。
そして実際、彼らは知る由もないが、その研究成果を示すかのように、ヒトラーの13番目の複製体・黒十字が存在している。
「超科学はあなた方企業連盟の専売特許だ。特に医療方面の技術は世界でもトップクラスと聞く。確立された技術の再現など、お手の物ではないのですか?」
「無論、我々にとっては造作もないことです。……… だが、あまりにも益のない話だ。先程申し上げたとおり、企業連盟という組織は蜂須賀家とは無縁の営利団体。複製体が作れても、作る意義がありません。そもそも私自身預かり知らぬところで、そんなことが許されるはずがないでしょう?」
「だ、そうですが……… 如何です?企業連盟・神田代表補佐」
東雲警部補と蜂須賀代表。
両名の視線が、神田代表補佐に集まる。
徳島県知事は蚊帳の外。だがそれはもう醜態といえるまでに狼狽し、激しく取り乱している。
しばらくの沈黙。
そして、
「――― 企業連盟には、蜂須賀の血が必要なのです」
観念した神田代表補佐は、白状する。
「神田っ!?何を言って―――― 」
「蜂須賀代表……… あなたは優秀な方です。それは企業連盟の人間ならば誰しもが知っている。ですが、それ以上に……… あなたに流れるその血にはとてつもない力がある。我々の組織はそれ故に、ここまでたどり着いたのです。我々は営利団体。資本主義という絶対的弱肉強食の上に成り立っている。……… 我々には、あなたの血筋が必要だ」
蜂須賀雅子は、ショックのあまり足元がおぼつかない様子で、東雲警部補の正面にあるソファーに座り込む。
彼女は目の前の現実が受け入れられないまま、それでも咀嚼しようと懸命に自身と闘っている。
「……… だとすると、私の複製体は今どこに……… ?」
彼女の問いかけに、東雲警部補は真正面から応対する。
「徳島県警東警察署刑事課雑務処理係所属、
荒井巡査。そいつが、あなたの血の継承者です」
徳島県庁の知事室。ソファーに不遜に座りながら、東雲警部補は簡易的な一礼を添える。
室内には企業連盟・神田代表補佐と、もうひとり。
「警察に連絡とれました。現場の一般人には危害をくわえないよう勤めてもらっています…… 」
徳島県知事がおずおずと報告する。
神田代表補佐は忌々しそうに、東雲警部補を睨み付ける。
だが当の本人はそれを意に介していない。
不意に、知事室の扉が開かれた。
「これは一体どういうことかしら………?」
現れたのは、企業連盟代表・蜂須賀雅子。
江戸時代より徳島県を支配する一族・蜂須賀家の末裔であり、歴代唯一の女性当主である。
「……… お待ちしておりましたよ。蜂須賀家番代当主・蜂須賀雅子さん」
座ったたまま、東雲警部補は首だけを向ける。
「仰々しい言い回しはやめてちょうだい」
ピシャリと、蜂須賀雅子は一蹴する。
「とっくの昔に蜂須賀家は没落しました。跡取りも私を除いていない今、蜂須賀家の家紋は滅びゆく運命にある……… 」
関ヶ原の戦いにて、徳川家康率いる東軍に与したことにより所領の阿波国・現在の徳島県を安堵され大名となった蜂須賀家は、最終的に徳川将軍の血筋に迎え入れられ明治維新を迎える。
華族令により侯爵に任ぜられ、最盛期には紀州徳川家・水戸徳川家と並ぶ屈指の富豪華族として知られた蜂須賀家。しかし、『醜類有爵者』として知られる十八代当主・蜂須賀正氏が数々の犯罪行為に絡んだために、『華族の品位を落とす』との名目により1945年に侯爵位を返上。
戦後は正氏の遺族の間で財産争いが起こり、過半の財産を消失。
こうして蜂須賀家は平民となり、没落していった。
「しかし、そんな逆境を乗り越えるかのように若き日のあなたは単身渡米。日本に帰国後、その縁故と手腕によって企業連盟を結成し、高度経済成長期と共にここまでの地位を築き上げてきた」
「知った風な口を聞かないで。徳島県警の東雲政道警部補。
神田、なぜこの男の指示を聞き入れ、挙げ句企業連盟を私的に動かすのですか?答えなさいっ」
激昂する蜂須賀雅子。
対して企業連盟代表補佐・神田一成は押し黙り、徳島県知事も沈痛な面持ちで状況を見守る。
「そりゃあ、決まってる。あんたの血筋を守るためだ」
ポツリと、東雲政道はつぶやく。
「わたしの血筋ですって?何を馬鹿なことを――― 」
四国会議を坂本臥龍と共に結成して以降、蜂須賀雅子は跡取りについて一時期考案した頃があった。
幼い頃に血縁者同士による財産争いを間近で垣間見た彼女にとって、家族という集合体にはどこか嫌悪を感じており、結婚や自身の子を儲けることに興味を示せなかった。
しかし、道楽者であり浮き名を流した十八代当主である祖父・蜂須賀正氏が隠し子をこさえている可能性を鑑みて、もしその血脈が存在すれば蜂須賀家の跡取りに迎え入れようと、半ば気まぐれに調査する。
結果、該当する人物はなし。これも運命と割り切り、当代で蜂須賀家の幕を下ろすことを完全に決めた彼女は、当家の歴史的資料などを徳島市に寄贈した。
「一族最後の生き残りである私に子はいない。そもそも我等企業連盟にとって、私の血筋などまったくもって無関係です」
「こちらも存じてあげております。あなたに子はいない。そう、その血脈は完全に途絶えている。だからこそ、作る必要があったんです。
――― つまり、あなたの複製体を」
蜂須賀雅子は眉をひそめる。
人類史上最初に作成された動物個体のクローンは、ウニである。1891年のことだ。
哺乳類の複製体は1996年にヒツジが先駆けと記録され、そして、人類の複製体は未だ存在しない。
ということになっている。
そう、表向きには―――― 。
1945年、陥落後のナチスドイツ。
ナチス大総統・アドルフ= ヒトラー。
かの人物を複製体技術で蘇生させる計画。その痕跡が、このときすでに発見されている。
そして実際、彼らは知る由もないが、その研究成果を示すかのように、ヒトラーの13番目の複製体・黒十字が存在している。
「超科学はあなた方企業連盟の専売特許だ。特に医療方面の技術は世界でもトップクラスと聞く。確立された技術の再現など、お手の物ではないのですか?」
「無論、我々にとっては造作もないことです。……… だが、あまりにも益のない話だ。先程申し上げたとおり、企業連盟という組織は蜂須賀家とは無縁の営利団体。複製体が作れても、作る意義がありません。そもそも私自身預かり知らぬところで、そんなことが許されるはずがないでしょう?」
「だ、そうですが……… 如何です?企業連盟・神田代表補佐」
東雲警部補と蜂須賀代表。
両名の視線が、神田代表補佐に集まる。
徳島県知事は蚊帳の外。だがそれはもう醜態といえるまでに狼狽し、激しく取り乱している。
しばらくの沈黙。
そして、
「――― 企業連盟には、蜂須賀の血が必要なのです」
観念した神田代表補佐は、白状する。
「神田っ!?何を言って―――― 」
「蜂須賀代表……… あなたは優秀な方です。それは企業連盟の人間ならば誰しもが知っている。ですが、それ以上に……… あなたに流れるその血にはとてつもない力がある。我々の組織はそれ故に、ここまでたどり着いたのです。我々は営利団体。資本主義という絶対的弱肉強食の上に成り立っている。……… 我々には、あなたの血筋が必要だ」
蜂須賀雅子は、ショックのあまり足元がおぼつかない様子で、東雲警部補の正面にあるソファーに座り込む。
彼女は目の前の現実が受け入れられないまま、それでも咀嚼しようと懸命に自身と闘っている。
「……… だとすると、私の複製体は今どこに……… ?」
彼女の問いかけに、東雲警部補は真正面から応対する。
「徳島県警東警察署刑事課雑務処理係所属、
荒井巡査。そいつが、あなたの血の継承者です」
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