16 / 17
第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」
「詠唱は中学生の時に私が考えました!」
しおりを挟む『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』
刀花が俺を呼ぶ。
天魔よ来たれと手を叩く。
”所有者”にのみ許された呪歌を口ずさみ、彼女は禁断の力に手を伸ばす。
「──」
その手に俺の手を重ねた瞬間、俺の姿はかき消え、漆黒の鞘に収められた刀が刀花の手に顕現していた。
歌う、唄う、謳う。世界に聞かせるように、世界を呪うように。
「鋼を重ねて十重二十重」
琥珀色の瞳を細め、彼女は俺を正面に寝かせるように構え柄を掴んだ。
『生き血を啜りて十重二十重』
彼女の歌に応えるように朗々と唱える。
唱えるごとに風が吹き、地が鳴動を始めた。
「天を堕とせ」
『地に唾を吐け』
世界すら嘲笑う。俺達にひれ伏せと布告する。
ただ強欲に、ただ傲慢に。それが当然と疑わずに世界を壊せ。我が持ち手にはそれが許される。
なぜならば──!
「『人鬼一体──!!」』
何者であろうと、我らが覇道を阻むことなど出来ぬがゆえに!!
「──顕現せよ、童子切安綱!!」
我が真銘を所有者の少女は叫ぶ。
血塗られた刀を鞘から抜き放った瞬間、星が鳴く。風は吹き荒れ、大地は恐怖に震えた。森の小動物が我先にと生存本能に従い逃亡を始める。
「っ……」
リゼットも恐怖に息を呑んだ。可視化するほどの霊力の奔流、刀身から今もなお滴り落ちる冒涜の血。血液を固めて構築したのかと疑うほどの穢れた刃。
そして、それらを差し置き最も異様なモノが──
「つ、角が……」
刀花の頭から、戦鬼を象徴する力の権化……歪曲した二本の角がその身に顕現していた。
まるで脈打つように霊力の波動が角から迸る。生きているかのような脈動に、生物的嫌悪をかき立てられたのか、リゼットは口を押さえつつ一体化した我等を眺めた。
──その姿はまさしく、遍く存在を害する世界の敵だった。
「ふー……」
「っ」
刀花が体内の余計な熱を吐き出すように息を吐き、リゼットに視線を送る。リゼットはその威容に刀花の瞳をまともに見られずに、射竦められたように身体を硬直させた。
言葉すら呪いを帯びそうな禍々しい姿となった刀花が、そんなリゼットにかける言葉は……、
「いや変身バンクも入れたかったんですけどね」
『無茶を言うな』
「えぇ……」
緊張感が一気に霧散した。
へにゃりと笑い、我が儘を言う刀花に突っ込みを入れる。
世界を恐怖させながらも、いつも通りな俺達の様子にリゼットは脱力し声も出ない。
「だって変身ですよ、変身! 衣装チェンジとか! BGMとか!」
『妖刀に何を求めているのだ』
「できないんですか……?」
『……できるが』
「あ、できるのね」
リゼットも思わず突っ込む。
だが今そういうことをする雰囲気ではなかっただろう。主人の願いを無骨に叶える戦鬼を演出したかったのだが、妹の前では形無しだった。
『ではテイクツーといくぞ!』
「わーい」
「え、やるの!?」
刀花が俺を再び鞘に収める。
角は引っ込み、風がピタリと止み、地震も収まる。今頃都市部では大騒ぎになっていることだろう。俺の知ったことではないがな!
「行きます、童子切安綱!!」
『チャラチャラッチャチャラララ♪』
「あなたが歌うの!?」
再び俺の銘を叫んで抜き放ち、刀花の姿が光に包まれる。
洋服が虹色の光を帯び、そこから新たにコミカルな音とともに形成されていく。
半袖のシャツは神々しき白い襦袢に換わり、ミニスカートはその丈を伸ばし緋袴となった。
刀花はそのたびに可愛らしく体勢を変えポーズをきめ、ついにはどこかにふわりと笑いウインクをする。どこを見ているんだ……?
そうして光が収まり、俺をかっこよくクルクル振り回して決めポーズ!
「人鬼一体フォーム! 世界の敵、ここに参上!」
『うーむ可愛い、最高であるな』
「コミカルなくせに物騒すぎる」
神に祈りを捧げる巫女服に身を包んだ刀花だが、持っているのは血の滴り落ちる妖刀に、禍々しいオーラ。もちろん世界は再び恐怖に鳴動し始めた。
満足げに息を吐く刀花と俺に、リゼットは疲れたように問いかけた。
「……で、なんなのそれは?」
『道具が真価を発揮するのは、所有者に使われた時と相場は決まっている』
そもそも道具が勝手に動くなど”暴走”以外の何物でもない。
『つまりは常に暴走中の俺を完全制御し、100%の性能を発揮する姿』
「それが、これです!」
「テンション高いわねー」
リゼットのテンションが刀花について行けていない。まぁ無理もない。俺を握るということは世界を掌握するに等しい。刀花曰く「全能感がすごいんです」らしくテンションが上がるらしい。
「それで、何が出来るの?」
『なんでも斬れる』
「え、何するつもり……?」
『まぁ見ていろ』
そろそろ終わらせないと地球がまずい。
リゼットを下がらせ、刀花は屋敷を前に俺を上段に振り上げる。
俺の負の霊力と刀花の正の霊力が螺旋を描き、刀身を包み込み、肥大化し、天を衝く。
螺旋を描く奔流は加速し、ついには巨大な一つの刀身を形成した。
「我流・酒上流決戦剣技基礎の型──」
基礎にして応用はないたった一つの型。
『──滅相刃』
”斬る”という行為の極地。
それは二の太刀すら必要としない、一太刀で事足りる総てを滅ぼす刃なり。
『これが──』
天を衝き形成した霊力の刃を、
『無双の力を使いこなすということだ──!!』
屋敷に向けて一気に振り下ろした。
「──」
世界が色を無くす。音を無くす。あまりの光量と音量により世界から一瞬なにもかもなくなったかのような錯覚に陥るほどの衝撃に世界が悲鳴を上げた。
十秒か、一分か……どれほどの時間が経ったかわからない間隙の後、地面の揺れは収まり、世界は安寧を取り戻す。
『マスター、もういいぞ』
「え……?」
衝撃に腕で顔を覆っていたリゼットに声をかける。
おそるおそるといったように腕を下ろし──、
「え……」
目の前に広がった光景に目を見開いた。
荒れ果てた森のお屋敷。
それが今では新築かと見紛うほどの煌めきを放ち少女を出迎えた。
剥がれ落ちたタイルは傷一つなく、窓ガラスは黄昏の光を反射しまるで宝石のように輝く。ドアの前に積まれていたゴミの山は綺麗さっぱりなくなっている。
まるで時が巻き戻ったかのようだった。
「す、すごい……どうして……?」
『なんでも斬れると言っただろう?』
その言葉に偽りはない。
「新築以降の”歴史”を斬り捨てました。このお屋敷は新築のようではなく、まさしく新築ですよ」
「な……」
呆けたように口を開いたまま固まるリゼット。
『ククク……さて、自己紹介をしておくか』
その顔に満足を覚え、俺は改めてリゼットに語りかける。
『我が"所有者"酒上刀花に与えられし名は酒上刃。五百の魂を生け贄に、鬼を斬りし妖刀を媒介に創造された無双の戦鬼である』
いつしか語った文句に言葉を追加して。
『そして我が銘は童子切安綱。所有者に鬼の力を与える血塗られた刀だ』
刀花が血払いをするように俺を振る。
『俺は斬ることしか能のない刀でな』
だが、ひとたび抜けば野菜だろうが炎だろうが、小賢しい概念ですら斬り伏せてみせよう。
この俺に、斬れぬものなど無いのだ。
『長い付き合いになる。せいぜい上手く使うがいい、我がマスター』
リゼットに向けてにこりと笑い刀花が俺を鞘に収める。
鈴のように澄んだ納刀の音色が、まるでお城のように輝く屋敷の前で木霊した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる