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第二話:誰かの役に立ちたい
翌朝、エミリシアは一台の粗末な馬車に乗せられた。
持たされたのは、わずかな私物と、これまでの給金を切り詰めて貯めた小銭だけ。だが、国門をくぐり、澱んだ王都の空気が遠ざかるにつれ、彼女の心は不思議なほど軽くなっていった。
「あんな歪な光が聖女の力だなんて……。あの国は、自分たちで破滅への鍵を開けてしまったわ」
エミリシアは自らの額にある聖印に触れる。
先代聖女ルチアーナがかつて「この子は本物ですよ」と祝福してくれた、あの日の温もりだけが今の彼女を支えていた。
馬車に揺られること十五日。
たどり着いたミューレンベルクは深い森と険しい山々に囲まれた、文字通りの最果てだった。
だが、そこには王都のような虚飾も、悪意に満ちた視線もない。
村の入り口で馬車を降ろされたエミリシアは、まず領主への挨拶に向かうことにした。
老婆に教えられた通り、村の北側にある石造りの屋敷を訪ねると、そこでは一人の男が黙々と薪を割っていた。
漆黒の髪を短く整え、彫刻のように整った横顔。瞳は深い海のような青灰色。
質素なシャツの袖を捲り上げた腕には、無駄のない筋肉が躍動している。
「あの……失礼いたします。この村に移住してまいりました、エミリシアと申します」
男が斧を止め、ゆっくりと顔を上げた。その鋭い視線がエミリシアを射抜く。
「エミリシア……。王都から追放されたという、例の『偽聖女』か」
その言葉にエミリシアが身を固くした瞬間、男は斧を傍らに置き、意外なほど穏やかな動作で汗を拭った。
「俺はこの地の領主、レオフィリス・ミューレンベルクだ。事情は聞いている。だが、王都の連中が何を言おうと、俺の領地では関係ない。ここでは『今、何をするか』だけが価値を決める」
レオフィリスは一歩、エミリシアに歩み寄った。
その圧倒的な存在感に気圧されそうになるが、不思議と恐怖は感じない。むしろ、彼からは清涼な水のような、心地よい魔力の波動が伝わってきた。
「エミリシア、君に一つだけ聞く。君はこの村で、何をしたい?」
「……誰かの役に立ちたいです。私は祈ることしかできません。それでも、この村の人々が健やかに過ごせるよう、力を尽くしたい」
エミリシアの真っ直ぐな瞳を受け、レオフィリスの口元がわずかに綻んだように見えた。
「……いい答えだ。ならば、教会の手伝いを頼もう。住む場所もそこにある」
レオフィリスはエミリシアの手を取り、その手の甲に恭しく唇を落とした。
「歓迎しよう、エミリシア。ミューレンベルクは、君のような美しい心根の働き手を拒まない」
不意の接触と熱い体温。エミリシアの頬が一気に赤く染まる。
王都では誰からも触れられず、忌み嫌われていた自分が大切に扱われている。
「あ、あの、レオフィリス様……?」
「さあ、案内しよう。君の新しい生活の始まりだ」
レオフィリスの力強い手に見守られ、エミリシアは新たな一歩を踏み出した。
この時、彼女はまだ知らなかった。
自分を捨てた王都が、リディエッタの「禁術」によって急速に腐敗し、滅びの坂を転がり落ち始めていることを。
そして、目の前の冷徹と名高い領主が、実は自分に対して並々ならぬ執着を抱き始めていることを。
持たされたのは、わずかな私物と、これまでの給金を切り詰めて貯めた小銭だけ。だが、国門をくぐり、澱んだ王都の空気が遠ざかるにつれ、彼女の心は不思議なほど軽くなっていった。
「あんな歪な光が聖女の力だなんて……。あの国は、自分たちで破滅への鍵を開けてしまったわ」
エミリシアは自らの額にある聖印に触れる。
先代聖女ルチアーナがかつて「この子は本物ですよ」と祝福してくれた、あの日の温もりだけが今の彼女を支えていた。
馬車に揺られること十五日。
たどり着いたミューレンベルクは深い森と険しい山々に囲まれた、文字通りの最果てだった。
だが、そこには王都のような虚飾も、悪意に満ちた視線もない。
村の入り口で馬車を降ろされたエミリシアは、まず領主への挨拶に向かうことにした。
老婆に教えられた通り、村の北側にある石造りの屋敷を訪ねると、そこでは一人の男が黙々と薪を割っていた。
漆黒の髪を短く整え、彫刻のように整った横顔。瞳は深い海のような青灰色。
質素なシャツの袖を捲り上げた腕には、無駄のない筋肉が躍動している。
「あの……失礼いたします。この村に移住してまいりました、エミリシアと申します」
男が斧を止め、ゆっくりと顔を上げた。その鋭い視線がエミリシアを射抜く。
「エミリシア……。王都から追放されたという、例の『偽聖女』か」
その言葉にエミリシアが身を固くした瞬間、男は斧を傍らに置き、意外なほど穏やかな動作で汗を拭った。
「俺はこの地の領主、レオフィリス・ミューレンベルクだ。事情は聞いている。だが、王都の連中が何を言おうと、俺の領地では関係ない。ここでは『今、何をするか』だけが価値を決める」
レオフィリスは一歩、エミリシアに歩み寄った。
その圧倒的な存在感に気圧されそうになるが、不思議と恐怖は感じない。むしろ、彼からは清涼な水のような、心地よい魔力の波動が伝わってきた。
「エミリシア、君に一つだけ聞く。君はこの村で、何をしたい?」
「……誰かの役に立ちたいです。私は祈ることしかできません。それでも、この村の人々が健やかに過ごせるよう、力を尽くしたい」
エミリシアの真っ直ぐな瞳を受け、レオフィリスの口元がわずかに綻んだように見えた。
「……いい答えだ。ならば、教会の手伝いを頼もう。住む場所もそこにある」
レオフィリスはエミリシアの手を取り、その手の甲に恭しく唇を落とした。
「歓迎しよう、エミリシア。ミューレンベルクは、君のような美しい心根の働き手を拒まない」
不意の接触と熱い体温。エミリシアの頬が一気に赤く染まる。
王都では誰からも触れられず、忌み嫌われていた自分が大切に扱われている。
「あ、あの、レオフィリス様……?」
「さあ、案内しよう。君の新しい生活の始まりだ」
レオフィリスの力強い手に見守られ、エミリシアは新たな一歩を踏み出した。
この時、彼女はまだ知らなかった。
自分を捨てた王都が、リディエッタの「禁術」によって急速に腐敗し、滅びの坂を転がり落ち始めていることを。
そして、目の前の冷徹と名高い領主が、実は自分に対して並々ならぬ執着を抱き始めていることを。
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