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第4話 八虹隊の隊員4
しおりを挟む敷地内は庭と呼ぶのか、ところどころに木々が生え、地面にも草が生い茂っている。広大な敷地を歩き回っていると、
「あれ? クリフ副隊長」
と、空から声が降ってきた。レジーナとクリフは足を止め、空を見上げる。すると、そこには木の上に寝そべっている十代半ばの少女めいた顔をした少年――長『男』だという話から――がおり、こちらを見下ろしていた。
(か、可愛い……!)
肩まで伸びた癖のない銀髪、ぱっちりとした二重の紫の瞳。けれど、片目は長い前髪を斜めに流して覆っているため見えない。とはいえ、可愛いことには変わりなく、この顔で男なのかとレジーナは信じ難い気持ちだった。女顔にも程がある。
一方のクリフは眦をつり上げた。
「ノア。勤務中は精霊と行動をともにするように言っているはずですが?」
「分かってるよ。今はちょっと、休憩中」
「昼休憩はきちんとあるでしょう。勝手に休憩時間を増やさないで下さい」
「だって、木の上でのんびりしたかったんだもん」
「……はあ、ニールは脳筋過ぎですが、あなたはマイペース過ぎますね。まあともかく、私の妹を紹介したいので今すぐそこから下りてきて下さい」
「はーい」
少年――ノアは、軽やかに木の上から飛び下りた。難なく着地し、レジーナとクリフの前に現れる。背丈は小柄なレジーナより十センチほど高いといったところだ。
「今朝、話したかと思いますが、私達の隊の専属トリマーになる妹のレジーナです。仲良くして下さい」
「レジーナです。よろしくお願いします」
本日四回目の挨拶をしてレジーナは頭を下げる。ノアは「僕はノア。よろしくね」と朗らかに笑った。なんだか温厚そうな人だ。
そして首から下げられた宝石のペンダントに気付いて、レジーナは首を傾げた。
「ノアさんの精霊もそのペンダントに宿っているんですか?」
「うん。見てみる?」
「是非、見てみたいです」
ニールの精霊は白狼だったが、ノアの精霊はどんな姿をしているのだろう。
内心わくわくしながらノアの精霊が現れるのを待っていると、すぐに宝石から青い光のようなものが地上に出現した。そしてその光が消えた時には、大きな黒い毛並みの豹が目の前にいて、レジーナは感嘆した。
「わあ、カッコいい」
「あはは、ありがとう。シトリーっていうんだよ」
「シトリー、ですか。あの、ちょっと触ってみてもいいですか?」
「いいよ。あ、そっか。専属トリマーになるんだから、慣れておかなきゃいけないよね。じゃあ、どうぞ」
「失礼します」
レジーナはおずおずと黒豹の体を触る。もふもふとした毛並みが気持ちいい。黒豹もまたトリミングのし甲斐がありそうだ、とレジーナは思う。
「触らせてくれてありがとう、シトリー。ノアさんもありがとうございました」
「また触りたくなったら、一応シトリーに声をかけてから触って。いきなり、触られたら驚いて噛みついちゃうかもしれないから」
「わ、分かりました」
こんな大きな豹に噛みつかれる。そんなことになったら、大怪我しそうだ。
ひとしきり挨拶が終わったところで、クリフが「では、戻りましょうか、レジーナ」と口を挟んだ。それから去り際に、「ノア。きちんとシトリーと一緒にいて下さいね」と釘を刺すことも忘れない。
そうしてその場を後にして、レジーナは再び精霊騎士団本部へ向かう……と思いきや。
「レジーナ、今日はもう営所に戻って休んでもらって結構ですよ」
「え? でも……」
「長旅で疲れているでしょう。もう夕方ですし、ゆっくり休みなさい。仕事については明日、またアルヴィン殿下が教えてくれますから」
「……そう? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
確かにこの半月、馬車に揺られっぱなしで体に疲労が蓄積している。ふかふかの布団に横になったら、きっとすぐに眠くなるだろう。
というわけで、レジーナは精霊騎士団本部に戻るクリフと別れ、営所に向かった。二階に上がり、あてがわれた部屋に一応ノックしてから入る。すると、そこにはチェルシーの姿があった。しかし、先程会った時の優しげな表情から一転して、つんとした顔だ。
「あら、戻ってきたの?」
「はい。兄から今日は休んでいいって言われて」
「ふーん……」
チェルシーはレジーナの前に立ったかと思うと、頭のてっぺんからつま先までジロジロと眺め見た。そして、勝った、と言わんばかりに鼻で笑う。
「伯爵令嬢っていっても大したことないのね。私の方が美人だし、胸も大きいし、スタイルもいいわ。これじゃ、全然お兄様と釣り合わないわね。言っておくけど、お兄様は誰にでも優しいの。勘違いしないことね」
いきなりまくし立てられて、レジーナは面食らった。なんだか失礼なことを言われたような気がするが……それよりも、何故急にアルヴィンが出てくるのだと、内心首を傾げるしかなかった。
(お兄ちゃんっ子なのかなあ?)
いやしかし、同じお兄ちゃんっ子のレジーナは、仮にクリフの傍に女性がいるからといってわざわざこんなことを言わない。お兄ちゃんっ子を超えてブラコンというやつなのか。それも重度の。
沈黙したままのレジーナに、チェルシーはふふんと笑う。
「あら、何も言い返せない感じ?」
「えーっと……アルヴィン君は確かにみんなに優しいですよね」
「そう。分かっているのならいいの。身の程を弁えなさいね」
満足げな顔になったチェルシーは、「じゃあ私、お風呂に入ってくるから」と部屋を出て行った。その華奢な背中を、
(なんか、ちょっと面倒臭そうな人だなあ……)
と、レジーナは困った顔で見送ったのだった。
クリフが八虹隊の事務室へ戻ると、ダグラスが笑顔で出迎えた。
「お、クーちゃん。おかえり」
「……その呼び方、何度言ったらやめてくれるんですかね」
「え~? だって、可愛いじゃん。なんなら、俺のこともダーちゃんって呼んでくれても……」
「呼ぶわけないだろ」
ばっさりと言い捨て、クリフは自身の席に座って事務作業を再開する。真面目な顔で書類と向き合うクリフに、ダグラスは「ところでさー」と声をかけた。
「なんで妹ちゃんをウチに呼んだの?」
「おや。分かりませんか。そんなの決まっているじゃないですか。これからは社交界シーズン。各地方から貴族令息が王都に集まってきます。――その誰かにレジーナを見初めさせるためですよ」
「へ?」
目をぱちくりとさせるダグラスに、クリフは熱く主張する。
「十年ぶりに再会しましたが、レジーナはいい女になりました。今のレジーナを見たら、見初める貴族令息が大多数でしょう。ウチはご存知の通り貧乏貴族ですからね。もうお金で苦労させたくないんですよ」
「へー……そっか」
ダグラスは、うーんと考え込む。いい女。ダグラスが見た限りレジーナは、小動物のような愛らしさは持っているものの、いい女とは違う気がする。顔だけならチェルシーの方が美人だし、同じ系統的にはノアの方が数段可愛い。いずれにせよ、やはりいい女とは違う。
身内フィルターってすごいなあ、と思いつつ、ダグラスはおちゃらけた。
「そういうことなら、俺が妹ちゃんの夫候補に名乗り出ようかな♪」
「はあ? 冗談は顔だけにして下さい。あんたは次男でしょう。家督を継がない男なんて却下です」
「いや、ちょっと待って! 冗談は顔だけにしろって、まるで俺が不細工みたいに言わないでよ!?」
「違うんですか?」
「違うよ! こんな美青年を捕まえて何言うの!」
「……青年といっていい年ですかね、あんた」
果たして二十五歳を青年と呼んでいいのかは置いておいて。
クリフはダグラスをぎろりと睨んだ。
「私の妹に手を出したら灰燼にしますからね」
「何、ヤキモチ? 大丈夫だよ、俺はクーちゃん一筋だから♪」
「……アモン、行け」
ぼそりとクリフは言う。すると、クリフのペンダントの宝石が赤く輝いたかと思うと、大きな灰色の毛並みの狼がどこからともなく出現し、ダグラスの頭に噛みついた。
「ぎゃああああ! いたたた、痛いって! ごめん、ふざけ過ぎたよ!」
謝罪の言葉が出たところで、クリフは「戻れ、アモン」と命令して、灰狼を再びペンダントの宝石に戻した。一方のダグラスは噛みつかれた額を触り、「げ!? 出血してる!」と手の平に付着した血を見て悲鳴を上げている。
「もー、クーちゃん。いまどき、暴力系なんて流行らないよ。これからの時代は癒し系だと俺は思うね」
「でしたら、癒し系の副官を探して下さい。私は降格で構いませんので」
「え、降格でいいんだ。あれ、やっぱり、俺と一緒にいた……」
「あの三人のことが心配なだけです……!」
気持ちの悪い勘違いをしないでもらいたい。ニール達の問題が解決したら、クリフとてさっさと転属願いを出してダグラスとおさらばしたいところだ。
そんな思いを知ってか知らずか、ダグラスはさりげなく光の精霊術で傷を癒しながら、椅子にもたれかかった。
「まあそれはともかくさー、本当にそれだけ?」
「それだけ、というと?」
「妹ちゃんをウチに呼んだ理由。結婚相手を見つけさせるためだけかなあって」
クリフは横目でダグラスを見てから、書類に視線を戻して、
「……さて。どうでしょうね」
と、素っ気なく返した。
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