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第6話 八虹隊とは2

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 ダグラスは朝食を食べながら、楽しげに笑う。

「いやあ、別々の隊に所属していた頃はなかなか顔を合わせることがなかったから、一緒の隊に配属になった時は嬉しかったよ~。感動の再会ってやつ? ね、クーちゃん♪」
「そう思っているのはあんただけです。何度も言いますが、冗談は顔だけにして下さい」
「もう照れちゃってえ」
「……ふふ、相当頭が沸いているようですね。病院に行ったらどうです」

 笑顔で毒を吐くクリフにレジーナは内心驚きつつも、そういえばクリフからの手紙にふざけた上司の下で辟易と働いていると書かれていたことを思い出す。クリフも人間だ。苛立ったら毒を吐きたくなることもあるだろう。

(お兄ちゃんの意外な一面を発見……)

 まあとにかく、これが彼らの関係性の平常らしい。
 そんなこんなで三人で朝食を食べていると、

「おはよう、ダグラス隊長、クリフ副隊長、それからレジーナも」

 と、ニールも朝食が乗ったお盆を持って声をかけてきた。

「よお。おはよう、ニール」
「「おはようございます」」

 声が揃ったのは、レジーナとクリフだ。それにはニールは可笑しそうに笑う。

「ははっ、兄妹息ぴったり」

 てっきり、空いている席――レジーナの向かい側に座るのかと思ったが、ニールは隣のテーブル席に座った。
 レジーナは何か遠慮しているのだろうかと思い、

「ニールさん、私の向かい側の席が空いてますよ?」

 と、声をかけたが、ニールは「いや、ここでいいよ」と応えた。

「もうすぐノアが来るからさ」
「ノアさんと待ち合わせしてるんですか?」
「待ち合わせっていうか……部屋が同室なんだよ。毎朝俺が起こしてるんだけど、俺が身支度整えてから起きてきて、先に食堂に行ってていいって言うからさ。いつも俺が先に食堂に来て待ってる感じ」
「そうなんですか。ノアさん、朝に弱いんですね」
「いや、朝に弱いっていうか、あいつの場合は深夜に……」

 ニールは何か言いかけたところで、はっとしたように口をつぐんだ。言ってはいけないことを言いかけたのだろうか。誤魔化すように笑って、強引に話を結ぶ。

「ま、まあとにかく、寝起きの悪いあいつを毎朝起こすのも一苦労だよ。ははっ」

 レジーナは内心首を捻る。一体何を言いかけたのだろう。気にならないわけではなかったが、会ったばかりのレジーナが訊いても教えてはくれないだろうと思い、話題を変えた。

「そういえば、八虹隊の皆さんってそれぞれ年はいくつなんですか? あ、お兄ちゃんの年は知ってますけど」
「んー、まずダグラス隊長が確か二十五歳で、俺が十七歳。チェルシーが……えーっと、十五歳か? ノアもまだ十五歳だな。そういうレジーナはいくつ?」
「私は十七歳です。ニールさんとは同い年ですね」
「へえ、そっか。じゃあ俺のことは呼び捨てでいいぜ。敬語じゃなくてもいいし。っていうか、この隊はダグラス隊長の意向でタメ口推奨だから」
「え、そうなんですか?」

 言われてみると、ニールもノアも上司であろうクリフとダグラスにタメ口だった……気がする。ダグラスの意向といっても、タメ口でいいとは何故だろう。
 そんな疑問が顔に出ていたのか、ニールは「なんか、仲良くなって結束力を高めるためなんだってさ」と付け加えた。

「だから、レジーナも俺達にタメ口でいいよ」
「うーん……まあ、おいおいと、ですかね?」

 新人が職場でタメ口というのもハードルが高い。年上であるダグラスには特に。
 ニールとそんな会話をしているところへ、

「おはよー……ダグラス隊長、クリフ副隊長、レジーナ」

 と、ノアが朝食を持ってやって来た。あくびをしていることから、なんだか眠そうだ。

「よお。おはよう、ノア」
「「おはようございます」」

 またもや、声が揃うレジーナとクリフ。それにはノアも「兄妹息ぴったりだね」と、ニール同様に可笑しそうに笑った。その可愛らしい笑みにレジーナの心はきゅんとする。

(本当に可愛い。妹にしたい……!)

 いや、男の子なのだけれども。
 ノアはニールの向かい側の席に座り、朝食を食べ始めた。ノアを待っていたニールに何も声をかけないことに対して、ニールは苦言を呈す。

「おい、ノア。待たせてごめん、とかねえのかよ」
「毎回同じやりとりしてるけど、待っててなんて頼んでない」
「ったく、可愛げのない奴だな。それにおい、寝癖ついてるぞ」
「うるさいな。後から直すよ」

 言い合う二人の雰囲気は決して険悪なものではなく、慣れ親しんだ空気さえ感じる。騎士学校は二年課程なのでクリフとダグラスのような関係ではないだろうし、ノアがまだ十五歳ということから騎士学校卒業したてだと思われる。
 部屋が同室だから……にしてはやけに親しげに思えて、レジーナはつい口を挟んだ。

「ニール君とノアさんって、付き合い長いんですか?」
「ん? ああ、俺達は幼馴染なんだよ」
「それを言うなら腐れ縁ね」
「勝手に腐らせるなっ」

 ニール曰く。ニールの父カウエン伯爵とノアの父クロネリー伯爵は友人らしい。そのため子供の頃に出会っており、以後は文通をしつつ、社交界で毎年のように顔を合わせて交流してきたのだとか。

「へえ、そうなんですか。仲がよさそうですもんね」

 レジーナの相槌に、けれどノアは否定した。

「気のせいだよ。こんなバカと仲良くしてたら、バカがうつる」
「誰がバカだ」
「自覚がないなら重症だね。病院に行ったら? それとも、僕が分かりやすく病名をつけてあげようか。ニールは先天性熱血バカ症候群だよ」
「……はあ、ガキの頃はもう少し可愛げがあったのにな」

 なんでこうなったんだろう、と言いたげにニールはため息をついて、ニールも朝食を食べ始めた。ノアは知ったことではないといった顔だ。なんだか、可愛い弟に構う兄と、反抗期を迎えた弟という構図に見えて、レジーナは微笑ましく思った。

(なんだかんだ、みんな仲の良さそうな隊だなあ……まあ、今はチェルシーさんがこの場にいないけど)

 チェルシーも男性の仲間相手なら仲良くしているだろう。まさか、男性相手にまでブラコンぶりを発揮してはいまい。
 チェルシーの態度はともかく、楽しく仕事ができそうだ、とレジーナは安堵した。
 そうして朝食を終えた後は、そのままアルヴィンを含めた七人で精霊騎士団本部に直行した。そこで出勤帳に名前を書いてから、ニール、ノア、チェルシーの三人は特に命令もなく事務室を出て行く。敷地内でそれぞれ好きなことをする、という感じなのだろうか。

(うーん、でもそれってお仕事としてどうなんだろう……)

 よく分からないものの、とりあえずレジーナは文机に座ったダグラスに声をかける。

「あの、ダグラスさん。私には何かお仕事がありますか?」
「そうだな~、じゃあお兄さんの精霊のシャンプーでもしてあげてよ。クーちゃん、ここ抜けていいよ」
「分かりました。それからレジーナ、これが今月のシフト表になります」

 クリフから差し出されたシフト表をレジーナは「ありがとう」と受け取り、とりあえず今は目を通すことなく折りたたんで腰袋に入れた。後で確認しよう。

「では、トリミング室へ行きましょうか。アルヴィン殿下、案内よろしくお願いします」
「はい。ダグラス隊長、失礼します」

 先に事務室を出て行くアルヴィンの後ろに続いて、レジーナとクリフも「「失礼します」」と言って部屋を後にする。そして来た道を引き返して一階へ下り、稽古場とはまた違う場所の一室に「ここがトリミング室だ」と案内された。
 白亜の壁に囲まれた清潔感のあるその空間は広く、レジーナが勤めていたペットサロンの三倍くらいはありそうだ。ただ、奥には小型の精霊用だろうか。トリミング台やシャンプー台がある。
 けれど、精霊の大半は大きいのか、壁に間隔を置いていくつかシャワーが備え付けられており、床に直接排水口があった。広く空いている空間も、おそらくそこで大型の精霊のトリミングをするのだろう。

「わあ、広いね。混み合うことはあるの?」
「そうそうない。各隊が戻って来るのはバラバラだからな。では、クリフ副隊長、精霊を呼び出していただけますか」

 アルヴィンに請われて、クリフは「出て来なさい、アモン」とペンダントの宝石に呼びかけた。すると、赤い光が床に出現したかと思うと、赤い光が消えた時には大きな灰色の毛並みをした狼がその場に立っていて。
 レジーナは目を輝かせた。見るからにもふもふで触り心地がよさそうだ。

「この子がお兄ちゃんの精霊なんだ。アモンって名前なの?」
「ええ、そうです。礼儀正しい子ですよ。私は隣の待合室で待っていますから、何かあったら呼んで下さい。お二人とも、この子をよろしくお願いします」

 クリフは灰狼の頭をひと撫でしてから、トリミング室を出て行った。一定の距離以上は離れられないということだったが、この程度の距離なら大丈夫なようだ。

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