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騎士との出会い

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「落ち着け私。まずは現状を把握しよう」

 多分電車の中で寝てしまったんだと思う。それならここが東所沢駅? もしかしたらこんな風に自然豊かな森に囲まれた駅という可能性がある?

「いやないだろ! 何言ってるんだ私!」

 周りを見渡してみてもホームや電車どころか人工的な物は何一つない。どんなに田舎な駅でも文明を感じるなにかはあるはず。

 それなら次に考えられるのは私が寝ている間に誘拐されて森に置き去りにされた可能性だ。

「ちゃんとバッグはある。服装の乱れは特になし」

 物取りや乱暴目的なんてことを考えたけど、それにしては痕跡がなにもない。テレビのドッキリなんてことも考えられるが、ただの一般人に仕掛けることはないと思う。

「なら考えられるのは」

 考えたけどあり得なさそうなので候補から消した異世界転移したという説。それなら一応は現状に説明がつくけど、だとしたらこんな森の中に呼び出さないで欲しかった。下手すると迷子のまま餓死なんてこともある。

「っていうかなんで空が明るいの? 終電に乗ってたはずなのに。もしかして相当な時間が経ってるとか?」

 時間を確認しようとスマホを取り出すけど、画面に表示されているのは文字化けした時計と圏外の文字。圏外だけなら森だからと言い訳ができるが、時計の文字化けは説明がつかない。

「本当に異世界転移した……?」

 私もたまにウェブ小説なんかを読んで自分が異世界に行く妄想をしたことはある。でも実際に行きたいかと聞かれれば首を横に振るだろう。日本には両親や友達といった大切な人がいるし。

「今はそんなこと考えてても仕方ないか。とりあえず人に会わなきゃ」

 とは言ったもののどこに向かって歩けば良いんだろう。巨大な木が沢山生えているせいで見晴らしが悪すぎる。

「こういう時って誰かいませんかーって叫んだ方がいいのかな。でも危ない動物とか呼び寄せちゃったら嫌だし」

 考えたくもないけど本当に異世界なら魔物がいる可能性もある。ここに連れて来たのが神様なら本当になんで森にしたのかお説教をしたい。死んだら絶対に化けて出てやる。

「はぁ。空気が美味しいのが悔しいな」

 森の中だからか東京の汚れた空気とは大違いで、息を吸うたびに肺が若返ってる錯覚すら覚えるくらいに美味しかった。

 そんな呑気なことを考えていたのが悪かったのかもしれない。

 グルルルゥ

 すーはーすーはー深呼吸しながら歩いていると、目の前に大型犬くらいの大きさをしたオオカミが飛び出してきた。思わず二度見した。

「どうしよ。こういう時は死んだフリがいいんだっけ? それは熊か。というか熊も死んだフリしたらダメだって聞いたことある」

 いやこんな時に何余計なことを考えてるんだ私は。都合良く魔法とか使えないかな。でもぶっつけ本番で使える気しないし、控えめに言ってこれってもの凄く大ピンチでは?

 グルァ!!!

 一人コントを脳内で繰り広げていると、オオカミが私の喉を狙って大口を開けながら跳びかかってくる。

 スローモーションのように遅くなった世界で、私はオオカミってこんなに高く跳べるんだとか最後までズレた考えをしていた。

 これは死んだかも。

 その時横から誰かが私とオオカミの間に立ち塞がった。それは騎士服姿をした長身の男の人で、私を守るような後ろ姿には柔く結ばれた長い白金の髪が流星のように美しく流れている。

 男の人は腰に刺した剣を抜いて一閃すると、吹き飛んで倒れたオオカミは血を流して動かなくなった。

「お怪我はありませんか?」

 助かった。そう思っていた私に男の人が声をかけてくる。涼やかな声と共に振り向いたのは甘いマスクのイケメン。

 そんな彼から向けられた優しげな笑顔に私は恥ずかしいくらい自分の心臓が高鳴るのが聞こえた。
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