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握り寿司と魚人家族
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海洋国家ラグニアの端の方には魚人の里がある。その里からすぐ近くの崖に一人の男が立っていた。その男の名前はマーリン。数多の魚人が暮らす魚人の里で一番と謳われるマーマンの戦士だ。
崖から海へと飛び込んだマーリンは足に掛かっていた魔法を解いて本来の強靭な尾鰭へと変化させる。この魔法が開発された大昔は対価として喋れなくなる欠点があったようだが今ではそんなデメリットもなく自由に陸を歩けるようになった。
「水流も安定しているし温度も悪くない。絶好の迷宮日和だな」
取り出した愛用の『水雷の槍』を握りマーリンは巨大な岩礁にぽっかりと開いた横穴へと入っていく。ここは海底迷宮といって海の中にある迷宮だ。
徐々に暗くなる洞窟内に『暗視』を発動させると薄暗かった迷宮がよく見えた。すると横穴から何かが飛び出してきたのでマーリンは尾鰭の一搔きで大きく避けると水雷の槍を構えた。
「ポイズンイールか」
目の前に現れたのは三メートルほどある毒々しい模様をした蛇のような魚だった。ギョロリとした目で睨み威嚇するように鋭い牙を剥き出すポイズンイールに油断することなく槍先を突きつける。
「キシャアッ!」
砲弾のような速さで突進してきたポイズンイールは牙を突き立てようと口を大きく開く。その紫色をした牙には強い毒があり時には倍の大きさの相手ですら簡単に殺してしまう。そんな恐ろしい魔物相手にマーリンは下に潜り込むと神速の槍を突き出した。
「ギ……ギャ……」
槍は下顎から脳天までを貫いてポイズンイールは動かなくなった。それを腰に巻いたマジックバッグへと仕舞ったマーリンは嬉しそうに笑う。
「いきなりポイズンイールとはついているな。コーラルに食べさせてあげよう」
見た目や毒のせいで誤解されがちだが毒は火を通せば抜けるしその身はふっくらとしていて美味い。なにより精がついて元気になるので、現在三人目を妊娠している妻コーラルに食べさせてあげたい魚だった。
マーリンは幼馴染でもありずっと自分を支えてくれている最愛の妻に少しでも美味しいものを食べさせようと迷宮へと来たのだ。
その後も食べられる魔物や金になる素材を中心にマーリンは集めていく。途中で見つけた鮮やかな黄色の宝晶珊瑚は髪飾りにすればコーラルの桃色の髪によく似合うだろう。なにより珊瑚なので相性がピッタリだった。
それから一時間は潜り続けていたマーリンはさすがに息苦しくなってくる。そこで途中で拾った水泡貝を取り出すと口をつけて大きく息を吸った。この貝は空気を溜め込んで浮力にすることでふわふわと水中を泳げるといった変わった生態をしている。その空気を吸うことで水上へ息継ぎに戻らずに奥へと進むことができた。
「この貝は当たりだったな。空気を多く溜め込んでいる」
稀に全然溜めてない水泡貝を拾ってしまい空気を吸えないなんてこともあるが今回は大丈夫だったようだ。空気を貰った貝は殺すことなくその場に逃す。こうすることでまた空気を蓄えるので今度は別の冒険者を助けることになるのだ。魔物の中にはこうして冒険の助けになるものも存在していた。
こうして奥へと進んだマーリンは大きな扉へと突き当たった。ここは海底迷宮のボス部屋の扉だ。
「さてどうするか」
今日の海は状態がよく戦闘も多くなかったためコンディションは整っている。これならボスに挑んでも問題なさそうだ。ただ懸念としては一人でボスに挑んだことがコーラルにバレたら絶対怒られる。妊娠している妻に心配をかけるのはマーリンの本意ではない。
「でも久々に連れて行ってやりたい」
確定ではないもののボスからは招待状が出やすい。三人目を妊娠してからコーラルはあまり外に出れていないし、子ども達を月光苑へと連れて行ってあげたい。そんな思いで扉を開くとそこには十メートルはあろうかという大きな魚が眠るようにゆっくりと泳いでいた。
「タイダルフィッシュか。少し危険だな」
ボス部屋で待ち受けている魔物は同じではない。前に来た時はシールドキングクラブだったしその前はエクスプロージョンシェルだ。その二匹も厄介ではあるが動きが遅いので比較的狩りやすい魔物だった。それに比べてタイダルフィッシュは素早く強い。
家族を守る父として無茶は出来ない。自分が死ねば家族を路頭に迷わせることになってしまう。それでも月光苑に喜ぶ家族の笑顔を見たいとマーリンは覚悟を決めた。
「たまには家族サービスも悪くない」
水泡貝を大きく吸って扉の外へと投げると槍を構える。するとゆっくりと泳いでいたタイダルフィッシュの目が開きマーリンを見据えた。
その瞬間体がタイダルフィッシュの方へ吸い寄せられるのを感じた。ここにいるのは危険だと感じてその場を大きく離れると先ほどまで居た位置に巨大な水弾が吐き出された。
「さすがの威力だ。水弾で硬い岩場を砕くとは」
砕けた破片が漂っているのに肝が冷えるが津波の名を冠する魔物の本気はこんなものではない。その時先程よりも格段に大きなうねりがマーリンの体を揺らした。そのうねりはどんどん大きくなり吸い込まれるようにタイダルフィッシュの元へと集まっていく。
「グラァァァァア!」
大きく口を開けたタイダルフィッシュは先程の水弾が水鉄砲に感じるほどの巨大な津波を吐き出した。ボス部屋の中は渦潮うずしおのように荒れ狂い砕けた岩がマーリンの肌を切り裂いていく。
津波を受けたマーリンは壁に叩きつけられて肺の空気を半分以上も吐き出してしまった。軽い脳震盪に揺れる視界の中で水雷の槍を構えた。
『ライトニング』
濁った渦潮を真っ直ぐに伸びる雷撃が襲いかかった。稲妻に焼かれた痛みにタイダルフィッシュは暴れて水弾を辺りかまわず吐き散らす。
「あれを食らってもまだ動けるか。想像以上にタフだと言いたいがさすがに脳に直撃したらただではすむまい?」
水弾のせいで濁った水の中からマーリンの声が聞こえてきた。その声に見上げたタイダルフィッシュの頭に槍が突き立てられる。
「迅雷槍!」
槍先から放たれた特大の雷は脳を焼き切った。ビクビクと痙攣しながら海底へと沈んでいくのを確認したマーリンは大きく息を吐く。そしてタイダルフィッシュの隣に落ちているドロップ品を拾い上げた。
「なんとか倒せたか。それにしても銀とは今日はついているな」
以前倒したシールドキングクラブやエクスプロージョンシェルは銅の招待状だったので、銀の招待状を落としたタイダルフィッシュはそれだけ強敵だったのだろう。
「二度も雷を当てたから心配だったが身の方は大丈夫そうだな。これなら月光苑に差し入れても良さそうだ」
魔勇者アークライトが始めた差し入れという文化は冒険者の名声欲に火をつけた。各々が最高の獲物で競い合いタイムサービスを勝ち取れた冒険者は大きく名が売れる。
マーリンの名が売れるということは魚人の名が知れ渡るということだ。お陰で魚人の里に人が訪れるようになり交易も盛んに行われるようになった。今やマーリンは家族だけではなく魚人の里を背負っている。
「とは言っても俺に大それた考えなんてないけどな」
差し入れに参加しているのも月光苑が美味しく調理してくれるからだ。家事育児と頑張ってくれている妻にひと時の休息を。子ども達には最高の思い出を。魚人族唯一のミスリルランクにして『雷槍』の二つ名を与えられた男はそんな細やかな幸せのために冒険者をしていた。
海底迷宮から戻ったマーリンは自分の体に怪我はないか確認したが大丈夫そうなので家へと帰った。
「ただいま」
「おかえりなさい。あなた」
帰ってきたマーリンを小走りで出迎えてくれたコーラルを優しく抱き止める。お腹は少し出てきたくらいだが安静にしなきゃダメなはず、それなのにわざわざ小走りしてまで出迎えてくれるコーラルの気持ちが嬉しかった。
「おかえりなさい父様!」
「おかえりなさい!」
「ただいま。二人ともいい子にしてたか?」
とてとてと走って足に抱きつく娘のアネモネを抱き上げて、空いている手で息子のアンティアスの頭を撫でる。アンティアスは今年で九歳、アネモネは六歳だ。こうして出迎えてくれる家族がいるからマーリンは頑張れる。
その日の夕飯は狩ったばかりのポイズンイールを使った蒸し焼きだった。蒸されたことで身がふっくらとしていてとても美味しい。そんな愛する妻の手料理を食べ終えたマーリンは三人に銀の招待状のことを話した。
「まぁ。銀の招待状なんてまた無茶したんじゃないですか?」
「そうでもないんだ。たまたま運が良かったんだよ」
危なかったとは口が裂けても言えないマーリンは笑顔で嘘をつく。しばらく見つめ合う二人だったが先に折れたのはコーラルだった。
「なら良いんです」
「それで今週末にでも行こうと思うんだが予定は平気か?」
「大丈夫ですよ」
こうしてマーリン一家は今週末に月光苑へと向かうことが決まった。
崖から海へと飛び込んだマーリンは足に掛かっていた魔法を解いて本来の強靭な尾鰭へと変化させる。この魔法が開発された大昔は対価として喋れなくなる欠点があったようだが今ではそんなデメリットもなく自由に陸を歩けるようになった。
「水流も安定しているし温度も悪くない。絶好の迷宮日和だな」
取り出した愛用の『水雷の槍』を握りマーリンは巨大な岩礁にぽっかりと開いた横穴へと入っていく。ここは海底迷宮といって海の中にある迷宮だ。
徐々に暗くなる洞窟内に『暗視』を発動させると薄暗かった迷宮がよく見えた。すると横穴から何かが飛び出してきたのでマーリンは尾鰭の一搔きで大きく避けると水雷の槍を構えた。
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「キシャアッ!」
砲弾のような速さで突進してきたポイズンイールは牙を突き立てようと口を大きく開く。その紫色をした牙には強い毒があり時には倍の大きさの相手ですら簡単に殺してしまう。そんな恐ろしい魔物相手にマーリンは下に潜り込むと神速の槍を突き出した。
「ギ……ギャ……」
槍は下顎から脳天までを貫いてポイズンイールは動かなくなった。それを腰に巻いたマジックバッグへと仕舞ったマーリンは嬉しそうに笑う。
「いきなりポイズンイールとはついているな。コーラルに食べさせてあげよう」
見た目や毒のせいで誤解されがちだが毒は火を通せば抜けるしその身はふっくらとしていて美味い。なにより精がついて元気になるので、現在三人目を妊娠している妻コーラルに食べさせてあげたい魚だった。
マーリンは幼馴染でもありずっと自分を支えてくれている最愛の妻に少しでも美味しいものを食べさせようと迷宮へと来たのだ。
その後も食べられる魔物や金になる素材を中心にマーリンは集めていく。途中で見つけた鮮やかな黄色の宝晶珊瑚は髪飾りにすればコーラルの桃色の髪によく似合うだろう。なにより珊瑚なので相性がピッタリだった。
それから一時間は潜り続けていたマーリンはさすがに息苦しくなってくる。そこで途中で拾った水泡貝を取り出すと口をつけて大きく息を吸った。この貝は空気を溜め込んで浮力にすることでふわふわと水中を泳げるといった変わった生態をしている。その空気を吸うことで水上へ息継ぎに戻らずに奥へと進むことができた。
「この貝は当たりだったな。空気を多く溜め込んでいる」
稀に全然溜めてない水泡貝を拾ってしまい空気を吸えないなんてこともあるが今回は大丈夫だったようだ。空気を貰った貝は殺すことなくその場に逃す。こうすることでまた空気を蓄えるので今度は別の冒険者を助けることになるのだ。魔物の中にはこうして冒険の助けになるものも存在していた。
こうして奥へと進んだマーリンは大きな扉へと突き当たった。ここは海底迷宮のボス部屋の扉だ。
「さてどうするか」
今日の海は状態がよく戦闘も多くなかったためコンディションは整っている。これならボスに挑んでも問題なさそうだ。ただ懸念としては一人でボスに挑んだことがコーラルにバレたら絶対怒られる。妊娠している妻に心配をかけるのはマーリンの本意ではない。
「でも久々に連れて行ってやりたい」
確定ではないもののボスからは招待状が出やすい。三人目を妊娠してからコーラルはあまり外に出れていないし、子ども達を月光苑へと連れて行ってあげたい。そんな思いで扉を開くとそこには十メートルはあろうかという大きな魚が眠るようにゆっくりと泳いでいた。
「タイダルフィッシュか。少し危険だな」
ボス部屋で待ち受けている魔物は同じではない。前に来た時はシールドキングクラブだったしその前はエクスプロージョンシェルだ。その二匹も厄介ではあるが動きが遅いので比較的狩りやすい魔物だった。それに比べてタイダルフィッシュは素早く強い。
家族を守る父として無茶は出来ない。自分が死ねば家族を路頭に迷わせることになってしまう。それでも月光苑に喜ぶ家族の笑顔を見たいとマーリンは覚悟を決めた。
「たまには家族サービスも悪くない」
水泡貝を大きく吸って扉の外へと投げると槍を構える。するとゆっくりと泳いでいたタイダルフィッシュの目が開きマーリンを見据えた。
その瞬間体がタイダルフィッシュの方へ吸い寄せられるのを感じた。ここにいるのは危険だと感じてその場を大きく離れると先ほどまで居た位置に巨大な水弾が吐き出された。
「さすがの威力だ。水弾で硬い岩場を砕くとは」
砕けた破片が漂っているのに肝が冷えるが津波の名を冠する魔物の本気はこんなものではない。その時先程よりも格段に大きなうねりがマーリンの体を揺らした。そのうねりはどんどん大きくなり吸い込まれるようにタイダルフィッシュの元へと集まっていく。
「グラァァァァア!」
大きく口を開けたタイダルフィッシュは先程の水弾が水鉄砲に感じるほどの巨大な津波を吐き出した。ボス部屋の中は渦潮うずしおのように荒れ狂い砕けた岩がマーリンの肌を切り裂いていく。
津波を受けたマーリンは壁に叩きつけられて肺の空気を半分以上も吐き出してしまった。軽い脳震盪に揺れる視界の中で水雷の槍を構えた。
『ライトニング』
濁った渦潮を真っ直ぐに伸びる雷撃が襲いかかった。稲妻に焼かれた痛みにタイダルフィッシュは暴れて水弾を辺りかまわず吐き散らす。
「あれを食らってもまだ動けるか。想像以上にタフだと言いたいがさすがに脳に直撃したらただではすむまい?」
水弾のせいで濁った水の中からマーリンの声が聞こえてきた。その声に見上げたタイダルフィッシュの頭に槍が突き立てられる。
「迅雷槍!」
槍先から放たれた特大の雷は脳を焼き切った。ビクビクと痙攣しながら海底へと沈んでいくのを確認したマーリンは大きく息を吐く。そしてタイダルフィッシュの隣に落ちているドロップ品を拾い上げた。
「なんとか倒せたか。それにしても銀とは今日はついているな」
以前倒したシールドキングクラブやエクスプロージョンシェルは銅の招待状だったので、銀の招待状を落としたタイダルフィッシュはそれだけ強敵だったのだろう。
「二度も雷を当てたから心配だったが身の方は大丈夫そうだな。これなら月光苑に差し入れても良さそうだ」
魔勇者アークライトが始めた差し入れという文化は冒険者の名声欲に火をつけた。各々が最高の獲物で競い合いタイムサービスを勝ち取れた冒険者は大きく名が売れる。
マーリンの名が売れるということは魚人の名が知れ渡るということだ。お陰で魚人の里に人が訪れるようになり交易も盛んに行われるようになった。今やマーリンは家族だけではなく魚人の里を背負っている。
「とは言っても俺に大それた考えなんてないけどな」
差し入れに参加しているのも月光苑が美味しく調理してくれるからだ。家事育児と頑張ってくれている妻にひと時の休息を。子ども達には最高の思い出を。魚人族唯一のミスリルランクにして『雷槍』の二つ名を与えられた男はそんな細やかな幸せのために冒険者をしていた。
海底迷宮から戻ったマーリンは自分の体に怪我はないか確認したが大丈夫そうなので家へと帰った。
「ただいま」
「おかえりなさい。あなた」
帰ってきたマーリンを小走りで出迎えてくれたコーラルを優しく抱き止める。お腹は少し出てきたくらいだが安静にしなきゃダメなはず、それなのにわざわざ小走りしてまで出迎えてくれるコーラルの気持ちが嬉しかった。
「おかえりなさい父様!」
「おかえりなさい!」
「ただいま。二人ともいい子にしてたか?」
とてとてと走って足に抱きつく娘のアネモネを抱き上げて、空いている手で息子のアンティアスの頭を撫でる。アンティアスは今年で九歳、アネモネは六歳だ。こうして出迎えてくれる家族がいるからマーリンは頑張れる。
その日の夕飯は狩ったばかりのポイズンイールを使った蒸し焼きだった。蒸されたことで身がふっくらとしていてとても美味しい。そんな愛する妻の手料理を食べ終えたマーリンは三人に銀の招待状のことを話した。
「まぁ。銀の招待状なんてまた無茶したんじゃないですか?」
「そうでもないんだ。たまたま運が良かったんだよ」
危なかったとは口が裂けても言えないマーリンは笑顔で嘘をつく。しばらく見つめ合う二人だったが先に折れたのはコーラルだった。
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