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カツ丼と公爵令嬢
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しおりを挟む「あぁぁぁぁ!いやあぁぁぁ!」
そんな叫び声を上げながらヒルデガルダは先ほどからずっとベッドの上をごろごろと転がっていた。宴の間にいたはずなのにベッドで目を覚まし何をしたのか思い出したヒルデガルダは顔から火が出そうだった。
「わたくしったらなにをやっているんですのー!」
酔っていたとはいえ陸の腕をべたべたと触った挙句に頬が触れそうなくらい顔を近づけた。自分はこんなにもドキドキしているのに困った顔をしている陸に悲しくなったヒルデガルダは、無意識にとんでもないことを言ったのだ。タイムサービスでかき消された自分の言葉を必死に否定しようとする。
「わたくしはリクのことなんか!……確かに迷宮の時の頼れる姿は素敵だなとは思いますけども。普段の優しそうな顔つきが真剣な表情に変わるところなんてずっと見てられると思いますけども!でもわたくしがリクのことをす、すすすす、好きだなんてありえませんわ!」
いっそのことお酒で記憶が飛んでくれてれば良かったのにとヒルデガルダは恨めしそうな表情で枕をぼすぼすと叩く。しかしそんなことをしていても時間が巻き戻る訳でもない。とりあえず二人に会おうと起き上がるとテーブルに置かれたメモ書きを見つけた。
「なにかしら?」
読むとそれは陸が書き残したものだった。そこには自分がここまで運んできたことと起きたらしっかり水を飲むこと、そして眠っているヒルデガルダに変なことは誓ってしていないといったことが書かれている。
「ふふっ。わざわざ書かなくても信頼していますのに。変なところを気にするんですから」
二人で迷宮に潜った時に魔物の麻痺粉で動けなくなったヒルデガルダに手を出すことなく守り続けてくれたのだから。それなのに長々と弁明するような文が書かれていることについ笑ってしまった。
「はあ。認めますわ。わたくしはリクのことが好きなんですのね」
ギャップと言えばいいのだろうか。あんなにも強いのに小さなことを気にする陸のチグハグさがどうにも好きなのだ。それを認めると途端に楽になったヒルデガルダは部屋に運んでくれたお礼を言いに行くことにした。ただこんなアルコール臭い状態で行くわけにはいかないので入念に歯を磨いて香水を振ると陸の部屋へと向かう。
「リク―!わたくしですわ!入りますわよ!」
「え!お嬢様!?ちょっと待ってください!」
いつもと違って声をかけると陸は焦ったような返事をした。なにをそんなに焦っているんだと不思議に思いながらドアを開けたヒルデガルダは陸の隣に女がいるのを見つけてしまう。
「えっ!なんですのその女は!」
陸が女を連れ込んでいる。そのことに頭が真っ白になったヒルデガルダは陸が口を開くより早く強烈なビンタをお見舞いした。
その頃光の元へと向かっていたレオンハルトは急な悪寒を感じて肩を震わせた。
「風邪でも引いたかな」
そんなことを口にしたレオンハルトだったが光の部屋に着くとノックをせずに勢いよく扉を開いた。
「光ー!今日もタダ酒を飲みに来たよーっ!ってあれ?」
てっきり光だけだと考えていた部屋には先客が四人もいた。
「久しいなレオンハルト。一か月ぶりくらいか?」
「先に始めさせてもらってるよぉ。今日はいいお酒が入ってるんだよねぇ」
「うん。アークライトに会うのはそれくらいぶりかな?それとタリスは私の分をちゃんと残しておいてね。それにしてもオリハルコンランクが全員揃ってるなんて珍しくない?」
「私が月光苑に来るのは中々ありませんからね」
アークライトやタリスと違って忙しい彼女が月光苑に来れる日は少ない。レオンハルトも久々に会えた彼女が元気そうでホッとした。
「久しぶりだねソフィア。相変わらず忙しいの?」
「そうですね。他の三人が羨ましくなるくらいには忙しいです」
彼女の名前はソフィア・アインスハート。四人目のオリハルコンランクでありながら聖国アインスフュルトの聖女をしている異色の冒険者だ。
「暇人みたいに言うけど僕も最近族長になっちゃって色々と忙しいんだよぉ?」
「タリスはどれくらいのペースで月光苑に来てるのですか?」
「三日に一回は来ているな」
「なにが忙しいですか!私なんてここに来れたのは三か月ぶりですよ!」
相当ストレスが溜まっているのだろう。ソフィアにしては珍しく強い口調でそう言うとグラスに入ったお酒を一気に飲み干している。その姿が前世の疲れ切った部下と重なったレオンハルトはその隣に座ると空になったグラスに酒を注いだ。
「聖女ってのは大変な役目だよな。宗教の象徴として常に神聖な姿を求められるのに実際は教皇と枢機卿の間に挟まれる中間管理職みたいな役目をやらされるんだから」
「うぅ。そうなんです。聖女なんて所詮は教会のお飾りのはずなのに、あいつらはどうでもいい仕事まで押し付けてくるんですよ!なんですか夜の生活に元気がないって!それを孫くらい年の離れた私に相談してくるなんて頭に蛆でも湧いているんですか!?」
「そうだよな。分かるよ。とりあえず今は美味い酒を飲んで忘れよう」
「レオンハルトぉ。私の味方は貴方だけです」
さめざめと泣きながら愚痴を吐き出すソフィアに相槌を打ちながらお酒を注いでやる。恐らく聖女として弱音を吐く訳にはいかなかったのだろう。一通り文句を言ったソフィアは満足そうにすやすやと寝てしまった。そんな彼女に着ていた上着を掛けるレオンハルトを三人は恐ろしそうな目で見ていた。
「お前ホストにでもなったらどうだ。きっと頂点取れるぞ」
「それも面白そうだけどお金には困ってないからなあ」
「そういえば兄上から聞いたがまた新しい事業が成功したのだろう?」
「財政が火の車だった公爵家を一代で世界有数の資産家にしたんだから凄いよねぇ。これでまだ当主じゃないんだから末恐ろしいなぁ」
タリスの言う通り以前のクラステリア家は公爵とは名ばかりの貧乏貴族だった。何代か前の当主が相当な浪費家でそのツケが積み重なって首が回らないところまできていたのだ。それをレオンハルトが前世のノウハウを生かして借金を完済するどころか黒字にまで回復させたのが十歳の頃である。
「まあそれはスキルのおかげもあるよ。運命の糸が怪しい人間を全て弾いてくれるから楽ができたんだ」
悪意ある者を全て遠ざけて良縁だけを掴み取る。経営者としてここまで心強いスキルはなかった。
「運命の糸と言えば陸はどうなった?」
「そうそう。実は妹が陸くんに気がありそうなんだよね。まだ自分の気持ちに気づいてないみたいだけど結ばれてくれたら嬉しいかな」
「それはまずいことになったかもしれない」
「なにがさ」
「陸に会いたいと言うからスノウを部屋に向かわせた」
「あぁ。さっきの悪寒はそれかぁ……」
背中に走った悪寒の原因が分かったレオンハルトは頭を抱える。しかし今から戻ってもどうにもならないと開き直ってお酒を楽しむことにするのだった。
「というわけでスノウは以前に会った精霊なんだ」
「そうだったんですわね。それなのに叩いてしまってごめんなさい」
その頃陸は正座の状態でスノウとの関係を語っていた。初めは怒った表情をしていたヒルデガルダもそれを聞いて自分の勘違いだったと頭を下げる。そんな二人を見ていたスノウが特大の爆弾を投下した。
「貴女も陸が好きなの?」
「なっ!?」
「ちょっとスノウなに言ってるの!僕とお嬢様はそんな関係じゃないよ!」
「私は陸が好きだよ。一ヶ月ぶりに会ったら前より格段に強くなってて頑張ってくれてるんだなって更に好きになった。貴女はどうなの?」
「……きですわよ」
きっと否定するはず。そう思った陸だったがヒルデガルダは俯きながら小さくなにかを呟いている。そして意を決した様に顔を上げると真っ赤に染めながら叫んだ。
「わたくしも好きですわよ!いつから好きなのかは覚えてませんし貴女みたいにロマンチックな話もありませんわ!それでも一緒にいるうちに好きになっていましたの!」
目の端に涙を浮かべながらヒルデガルダは懸命に思いの丈を伝えた。その告白に陸は頭が真っ白になって口をパクパクと動かすことしかできない。そんな陸にスノウが更なる追い討ちをかける。
「陸はどうしたいの?」
「僕は……。やっぱりスノウが好きだ。でもお嬢様と一緒にいるのも楽しいって心が動くときもある。それなのにどっちかなんて選べないよ」
「良かった。私はいらないって言われるかと思ってハラハラしちゃった。それなら三人で一緒になればいいね」
「え?」
「わたくしもスノウさんが選ばれた時に心臓が止まったかと思いましたわ。でもそれなら解決ですわね!」
「え?え?どういうこと?僕は一人を選べないって最低なことを言ったんだよ?」
てっきり優柔不断な決断をしたことを咎められると思っていた陸だったが、なぜか二人はホッとしたように笑っていた。
「一人と複数の精霊が契約するのはよくあることだよ?」
「お嬢様もそれでいいんですか?」
「貴族は側室がいるのは当たり前ですから気にしませんわ。そんなことよりもリク!」
ヒルデガルダは怒ったように陸を指差した。
「せっかく恋人同士になったのにいつまでお嬢様と呼びますの!?」
「そこですか?それならヒルデガルダと」
「ヒルダで良いですわ。わたくし恋人が出来たらそう呼んでもらうのが憧れでしたの」
嬉しそうに笑うヒルデガルダはとても綺麗で陸は思わず見惚れてしまった。そのまま惚けたような表情でぽつりと名前を呼ぶ。
「ヒルダ」
「はいっ!これからよろしくお願いしますわっ!」
「私のことも早く迎えにきてね。ヒルデガルダさんとも仲良くなりたいからさ」
「わたくしもスノウさんと沢山お話ししたいですわ!」
仲良さそうにおしゃべりする二人の姿に陸は思わず頬をつねる。こうしてホーンラビットしか倒せなかった勇者はハーレムへの道を歩み始めるのだった。
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