40 / 50
パイシチューと新米ポーター
2
しおりを挟む地上に出るとまだ日が沈んでいないことに驚いた。感覚では二日くらい迷宮にいた気がしたが実際は半日も経っていないらしい。昇る太陽の位置から時刻はまだ三時過ぎといったくらいだろう。
「良かった!無事に帰って来たみたいだな」
あまりに濃密な時間を過ごしたせいか無事に帰って来たことになんだか気が抜けてしまった。そんなアメリアに声をかけてきたのは迷宮に入る前にアークライトを止めようとした冒険者の男だった。男のホッとしたような表情にやっぱりあの時はアメリアの身を案じて話しかけてくれたのだと嬉しくなる。
「言ったであろう。我が絶対に守ると」
「アークライトさんなら大丈夫とは思っていたけど小さな女の子だし心配もするさ。その子が冒険者を探しているのを見て本当はなんとかしてやりたかったんだ。でも守りながら戦えるほど強くないから諦めたんだけど最強の冒険者が雇ってくれて本当に良かったよ」
「そのわりにはそなたは止めに来たな?」
「悪かったよ。ただアークライトさんは普段深層まで行くから心配でさ。でもこんなに早く戻って来たってことは浅い場所で狩りをしてくれたんだな」
「いや、しっかりボスまで倒してきたぞ。だから銀の招待状を手に入れることもできた」
アメリアを連れてボスを倒したとあっけらかんと話すアークライトに男はあごが外れそうなくらい口を開けて固まる。しかしどこか納得したような表情になると感心したような大きなため息を零した。
「さすが最高峰の冒険者は違うなあ。銀の招待状なんて羨ましいぜ。お嬢ちゃんも月光苑を楽しんでおいで」
招待状や月光苑という気になる言葉を残して立ち去る男にアメリアは頭の上にはてなを浮かべている。
「アークライトさん。月光苑って?」
「今は秘密だ。その方が面白いからな。それよりアメリアの母に会ってみたいのだが構わないか?」
「それはいいですけどどうしてですか?」
「友人が一度助けたなら最後まで面倒をみろと言っていたからな。悪いようにはせん」
家へと向かう前にアークライトに言われて冒険者ギルドへと立ち寄る。アメリアは中に入らなかったがどうやらアークライトはドロップ品を売りに行ったようだ。
用事を済ませたアークライトを案内しながらアメリアは銀貨一枚くらい貰えたらいいなと考えていると、いつの間にか家に到着していた。古くなった木のドアを開けると中から足音が聞こえてくる。
「おかえりなさいアメリア」
「お母さん!?ちゃんと寝てないと!」
出迎えてくれたのは出かける前までは寝込んでいたはずの母シルクだった。その顔色は普段に比べて幾分か良さそうではあるもののベッドで寝ていてほしい。そんな怒った表情のアメリアにシルクはコロコロと笑うと大丈夫だとアピールするように力こぶを作ってみせる。
「今日はなんだか調子が良いの。それよりそちらの方は?」
「あ、そうだった!こちらは私を雇ってくれた冒険者のアークライトさんだよ。恐ろしい魔物を一撃で倒しちゃうような凄く強い人なんだ」
「まあ!娘がお世話になったようでありがとうございます。狭い家ですがお茶でも飲んでいってください」
「それでは一杯ご馳走になる」
短い廊下を進むと居間では妹のレナが柱の陰からこちらを見つめていた。知らない人がやって来たことに警戒しているのだろう、アークライトを見る目は不安そうに潤んでいる。
「ただいまレナ。この人はアークライトさん。とっても強くて優しい人だからそんなに警戒しないで大丈夫よ。だからレナもこっちに来てお話ししよ?」
「……アークライトおじさん?」
「こら!おじさんなんていっちゃダメ!」
「ふふっ。いいのだアメリアよ。幼子からしたら三十手前の我は十分おじさんであろうよ。レナといったか。こちらに来て一緒に茶でも飲もう。美味しいお菓子もあるぞ」
そう言ってどこからか取り出したクッキーを見せる。それに釣られたようにトテトテと走って来たレナはアークライトの膝の上に座るとリスのようにクッキーを食べだした。
食べカスが高そうな服の上に落ちるのを見て膝の上から下りるよう言おうとしたアメリアだったが、それをアークライトが手で制した。
「アメリアがそうであったようにレナも不安に過ごしてきたのであろう。こうしてクッキーを食べることで心が休まるなら服の一着や二着犠牲になっても構わん」
そんな言葉が響いたのか、もしくは餌付けが功を奏したのかは分からないがレナはすぐにアークライトに懐いた。あれだけ強い冒険者がおままごとでレナに怒られているのを見るとなんだか無性に笑えてくる。お茶を持ってきたシルクも楽しそうな娘達の姿に嬉しそうに笑っていた。
そんな楽しいひと時を過ごしたことで遊び疲れたのか眠ってしまったレナにタオルをかけたアメリアは、アークライトのコップが空になっていることに気づいた。
「新しいお茶を入れてきますね!」
キッチンに向かったアメリアは久々に過ごす穏やかな時間に幸せを噛みしめていた。思えばシルクが倒れてからはこんなに笑えたことはなかったかもしれない。
こんなに笑ったのはいつぶりだろうと記憶を辿れば、冒険者をしていた父が死ぬ前になりそうなほどに心の底から楽しんでいた。
藁をも掴む思いで始めたポーターだったが思わぬ出会いをもたらしてくれた。自分を雇ってくれたアークライトに感謝をしながらお茶を持って居間へと戻るとアークライトとシルクの会話が聞こえてくる。
「そなたはいつまで生きれそうなのだ?」
アークライトの言葉にドアを開けようとしたアメリアの手が止まった。心臓が激しく脈打ち、聞き間違いだと頭が必死に否定しようとする。
「見抜かれてしまいましたか。そうですね。持ってあとひと月といったところでしょうか。娘たちには話していませんがどうやら私は肺石病にかかったようです」
「肺石病……。進行すれば息ができなくなって死に至る病だな。直すにはエクスポーションが必要だったか」
「はい。ですがエクスポーションなんて高い薬を買うことはできません。ですのでどうかこの話はアメリアには内密にしてくださいませんでしょうか。もしあの子がこれを聞けば無理をしてでもお金を集めようとするでしょう。私のために娘が犠牲になるなんて耐えれませんから」
泣きそうな声で話すシルクの言葉にアメリアは足元が崩れそうになるのを必死に耐える。それでも膝は震えて漏れる嗚咽を空いた手で必死に塞いでいた。
「そうか。ただ手遅れのようだな」
足元が近づいてきたと思ったら目の前の扉が開く。そこには扉を開けたアークライトと驚いた表情を浮かべてこっちを見ているシルクがいる。アメリアはそんな母親に詰め寄ると涙を流しながら肩を掴んだ。
「お母さん!もう生きられないってどういうこと!?そんなの嘘だよね!安静にしてれば治るってお医者様に言われたって言ってたよね!?」
「聞いていたのね。騙していてごめんなさい。アークライトさんに話したのが真実よ。私はもうすぐ死ぬことになる。まだ幼い貴女たちを置いていく酷い母親で本当に……ごめんなさい……」
「嫌だよ!死なないでお母さん!お金を頑張って稼いでエクスポーションっていうのを絶対に買うから!もう少しだけ頑張ろう!」
「その気持ちだけでも嬉しいわ。でも無理なの。エクスポーションは金貨五枚もする高価なお薬なのよ。もし一日に銀貨一枚を稼げても五百日もかかる。それに私のためにアメリアに無理をさせるのはもう嫌なの。ごめんね。分かってちょうだい」
優しく抱きしめてきたシルクの体が以前よりも細くなっていることにアメリアは気が付いた。こんなになるまで気付けなかった自分の間抜けさと隠し通したシルクの強さに涙が止まらない。
それでも諦める訳にはいかないとアメリアは黙って見守っていたアークライトに目を向けた。あれだけ強い冒険者ならエクスポーションを持っているかもしれない。もしなくても金貨五枚ならあるかもと膝を着いて頭を床に擦り付けた。
「エクスポーションを持っていませんか!絶対にお金を払います!なんだってします!だからお母さんを助けてください!」
「すまない。エクスポーションは今持っていない」
「それならお金を!」
「友から聞いたが雇用したら福利厚生がとても大事らしい」
必死に頭を下げるアメリアにアークライトは明日の天気を訪ねるような気軽さで意味の分からないことを言い出した。
福利厚生がなにかは分からないがふざけている場合じゃない。そう怒鳴ろうとしたアメリアの前でアークライトがなにかを机の上に置いた。
「一日だけとはいえ雇用は雇用だ。それに随分と頑張ってくれたしボーナスをやろうと思う。だからアメリアの働きに対してこれを与える」
「なんですかこれは」
渡されたのは小さな小瓶に入った黄金に輝く液体だった。思わず目を奪われるような輝きにアメリアは怒りを忘れてその小瓶に見入る。
「それは神薬だ。エクスポーションで治せる程度の病なら簡単に治る。シルクは平気な顔をしておるが本当は叫びたくなるほど胸の内が痛いはずだ。早く飲ませて治してやれ」
「良いん……ですか?そんな貴重なものを貰って」
「我を舐めるな。神薬など余るほどに持っておるわ。誇れアメリアよ。あの時に我の目を真っ向から見据えたから今があるのだ」
「ありがとうございます!ありがとうございますっ!お母さん!早くこれを飲んで!」
こんな高価なものを飲めないと渋るシルクの体をアメリアは強引に押さえつけて小瓶を口に突っ込んだ。観念してそれを飲んだシルクの体が光り輝くと驚いたように胸に手を当てている。
「胸の痛みが無くなってる。私本当に助かったのね」
「えーん!お母さん!本当に良かったよ!」
安心から幼子のように泣きじゃくるアメリアをシルクは優しく撫でながら耳元で何度もありがとうと呟いた。そして騒ぎに目を覚ましたレナがキョトンとした顔で周りを見ている。そんな三人をアークライトは優し気な顔で見ていた。
アメリアのイメージ
10
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
