冒険者なら一度は行きたい月光苑〜美味しい料理と最高のお風呂でお待ちしております〜

刻芦葉

文字の大きさ
42 / 50
パイシチューと新米ポーター

4

しおりを挟む
 
 宴の間というらしい大きなホールはすでに多くの人で賑わっているが、アメリアはこんなに多くの人はお祭りの時にしか見たことがなかった。

 席に座ると色んな人がアークライトに注目しているように感じる。そんな中から今日のタイムサービスは無理だなという声が聞こえてきた。

「タイムサービスってなんでしょうか?」

「八時に出てくる一番美味しい料理のことだ。食べないと後悔するから腹に余裕を残すといい」

 そうは言ってもとアメリアは沢山の料理が置かれている方を見る。先ほどから美味しそうな匂いがぷんぷんするし周りから美味いと聞こえてきて我慢の限界だった。

 確かにレナの言っていたようにシルクが作るシチューは美味しくてアメリアも好きだ。ただここにある料理はそんなシチューとはなにかが違うような気がする。

 言うなれば優しい家庭料理が野に咲くタンポポなら、ここの料理は貴族の庭園で管理されている美しいバラだ。

 あの料理達はそこにあるだけで誰の目も奪ってしまうような気高きバラなのだ。アメリア自身もなにを言っているか分からなくなってきたが要するに、どれも美味しそうで余裕を残すなんて出来ないということ。

 そしてもっと口を悪くするならばそんなことよりさっさと食べさせろといった感じだ。最初にお腹を鳴らしてから一時間以上経過しており、今のアメリアは餓えた獣のような思考になっていた。

「アークライトおじさん。レナお腹空いたよ。早くご飯食べたい!」

「そうだな。では取りに行こうか」

 アメリアが思っていたことを言ってくれたレナに感謝をしながら後ろを着いて行く。近くで見る料理はより一層輝いて見えて思わず目移りしてしまう。

「アークライトさんはなにが好きなんですか?」

「我か?最近では刺身が好きだな。あそこの船に盛られているやつだ。最初は生魚を切っただけだと思ったのだが中々に奥が深い。種類によって味も食感も全く違って食べ比べるのが楽しいのだ」

 生魚と聞いて思わず顔を顰しかめてしまった。近くに海がないアメリアにとって魚といえば川魚だ。川魚は生焼けですら腹を壊すと言われて育ったので、生なんてとてもじゃないが手を出せない。シルクも全く同じことを考えたのか刺身を取ることはなかった。

「アークライトおじさんが好きならレナも食べてみる!」

 しかしレナは違った。アークライトに続いて皿へと刺身を乗せていて本当に大丈夫なのかハラハラしてしまう。

「ほう。マグロにサーモンとイカとは中々に良い選択をするな」

 レナの選んだ刺身を見てアークライトは感心したように笑っている。どこが琴線に触れたのかは分からないが、確かに見た感じは色鮮やかで綺麗だった。

「お母さんはどれを取るの?」

「そうねぇ。どれも見たことのないものばかりで悩んじゃうわ。あら?あれってチュルじゃない?」

 シルクが指差したのは真っ赤に染まった麺料理だった。チュルというのは小麦粉を細く伸ばして茹でた物で、アメリアの住む村では秋に採れたキノコと炒めたものが名物となっている。

 ちゅるちゅると食べれることからチュルと名前が付いたのだが、知っているチュルはあんなに赤くはない。それでもようやく見つけた知っている料理にシルクは嬉しそうにお皿に取った。

「この料理はナポリタンって言うんだって。こんなに真っ赤だけど辛くないのかな?」

「匂いを嗅いだ感じは辛そうには思えないわね。それどころかほんの少しだけフルーツのように甘い香りがするわ」

 そう言われると確かに甘酸っぱいような香りを感じる。とはいえ辛かったら困るのでアメリアは少しだけお皿にナポリタンを取った。

 席に戻って早速食べ始めようとしたレナの隣で、アークライトが手を合わせるといただきますという不思議な言葉を呟いた。

 信仰する神への祈りかと連れてきてくれたアークライトへ感謝しながらアメリアもいただきますと呟く。

「このナポリタンって本当に甘いんだね。でもそれだけじゃないね。しょっぱさと酸味と苦味のバランスも絶妙だよ」

 食べてまず感じたのは真っ赤なソースは辛いんじゃなくて甘いのかという驚きだった。そして二口目を食べるとべったりとした濃厚な甘さに思わず頬が緩んでしまう。

 それにソースに含まれている酸味とピーマンの苦味が甘さをより引き立ててくれている。その後を玉ねぎとベーコンの旨みがやってくると、全てが渾然一体となり素晴らしい料理となっていた。

 このナポリタンはどれかが欠けたら絶対ダメなものだ。一つの料理の中で素材同士が手と手を取り合ってナポリタンを作り上げているのだ。

「アメリアはピーマンが苦手なはずなのに食べれるのね」

 シルクの言う通りアメリアはピーマンが苦手だった。普段だったら鼻を摘んで水で流し込むものを美味しく食べれるのも、ピーマンが主張し過ぎず引き立て役として回ってくれているからだろう。

「アークライトおじさん!お刺身美味しいね!」

「そうであろう?話が分かるではないか」

 二人が美味しそうに刺身を食べているがアメリアはどうしても手が出そうにない。ただレナを褒めているアークライトを見ると、なぜか少しだけ胸がチクりと痛んだ。

 その痛みが何なのか分からないが無性にモヤモヤとする。そんな自分をアメリアが不思議に思っていると突如ファンファーレが響き渡る。

「お待たせ致しました。タイムサービスのお時間です。本日の太鼓判は『魔勇者』アークライト様より頂きましたブラックエンペラーオックスを使った料理となります。その名も『黒き皇牛の濃厚パイシチュー』です。月光苑の魔技師渾身の魔導圧力鍋を使ったホロホロと解けるようなお肉をお楽しみください!」

 言葉が締めくくられたと同時にトレイを持った大勢のスタッフが出てきて、テーブルの上に小さなカップを人数分置いてくれる。カップにはサクサクのパイ生地がくっ付いていて小麦の焼ける香ばしい匂いがなんとも食欲をそそる。

「渡してくれるなんて珍しいではないか」

「カップがとても熱いのでいつもみたいに渡すことが出来なかったんですよ。アークライトさんも食べる際は火傷に十分注意してくださいね!」

 配膳してくれたウェイトレスからは注意されたが、アメリアはもう我慢できないとスプーンでパイ生地を割った。

 サクッサクッ。

 そんな気持ちのいい音を立てて割れたパイ生地の中からシチューがお目見えした。シルクの作るホワイトシチューとは違って茶色だったことに驚くが、蓋が無くなったことで匂い立った芳醇な香りに思わずくらりとしてしまう。

 シチューというのは淡白で優しい物だと思っていたアメリアにとってこの茶色いシチューは初体験だ。その香りを嗅ぐだけで何かとぶつかったような衝撃を受ける。震えるスプーンでシチューを掬うと一口食べた。

「あちっ!」

 店員さんが言っていた通りにシチューはすごく熱い。ヒリヒリと痛む舌をあおいでから今度は慎重に食べることにした。

 ふぅふぅ。

「あむっ。んんーっ!」

 しっかりと冷ましてから食べると思わずそんな声が出てしまった。茶色いシチューはコクというべきか、とにかく味の深みが凄い。一色の単純な料理に見えて、きっとこの中には沢山の食材が入っているんだろう。それを長い時間煮込んで溶かすことで複雑な味へと昇華させている。

 ただその中で唯一しっかりと形を保っている食材がある。野菜が少しだけ崩れている中でブラックエンペラーオックスのお肉だけはしっかりと形を保っていた。もしかしたら固いんじゃないのか?そんな疑念は口に入れた瞬間に驚きへと変わった。

「嘘っ!?このお肉噛まなくても解れていく!」

 シチューの中ではしっかりと形があるのに口に入れたら繊維質なお肉が柔く解れてしまった。それに強い力は全く必要なくて、甘噛みする程度でホロホロと崩れる肉に驚愕させられる。

 そして後から襲ってくるのは鮮烈なまでの肉の味だ。狩りをした時にアークライトが言っていた通り、このお肉にはとてつもない旨みが詰まっていた。

 中に浸っているパイの食感もトロッとしていて面白いし、カップについたままのパイにシチューをつけて食べると絶品だった。

「ふう。美味しかった……」

 夢中でパイシチューを食べたアメリアは満足そうな息を吐いてお腹をさすった。シチューの熱がお腹に残っているようで、それがなんだか愛おしいのだ。

「いい食べっぷりだったな。見ていて気持ちが良かった」

 アークライトの声にそういえば周りに人がいたことを思い出したアメリアは頬を赤く染める。思わず一人で没頭してしまうほどにこのシチューは美味しかった。

「そういえばシルクよ。こうして元気になったが仕事はどうするのだ?」

「そうですね。以前のお仕事はクビになってしまったので、また一から探す必要があります」

「それなら我に家政婦として雇われないか?誰も雇っていないことを兄上に怒られてしまったのだ。無駄に広い家だから住み込みとして部屋を与えてもいい。アメリアとレナもやる気があるなら家政婦見習いとして働いてくれていいしな。給料はこれくらいでどうだ?」

 提示された額にシルクは目を疑った。以前の五倍ほどの額だったからだ。しかも住む場所まで貸してもらえるという好条件にその場で了承した。

 しかしシルクは知らなかった。アークライトが実は王弟であることを。魔勇者という称号は広く知られているが現国王の弟ということを一般にはあまり知られていない。

 こうして初出勤の時にアークライトの大きすぎる邸宅を見て腰を抜かすことになるのを三人はまだ知らなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...