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旦那様は氷の騎士

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 ユリウス・フォーリアは周りから氷の騎士と呼ばれている。

 最初は肩まである白銀の髪にアイスブルーの切れ長な目から付いたあだ名だったけど、今では氷のような騎士だって理由に変わってしまった。

 その理由は笑った所を誰も見たことがないから。
 
 信じられないくらいに美形な騎士だけど、信じられないくらい冷たい騎士。

 それがユリウス・フォーリアに対する周りからの評価だった。

 そんな怖そうなイメージに近づく人は全然いない。城で使用人として働いていた私もその一人だったけど、とある出来事から印象がガラリと変わった。

 きっかけは干していた洗濯物が風で飛ばされたこと。飛ばされたのは普段人が近寄らない城の陰になった裏庭だった。

 ついてないな。そう思いながら拾いに行くと誰もいないと思っていた裏庭に人の気配がある。気づかれないようにこっそりと覗くと、そこには氷の騎士様がいた。

 なにやら騎士様は小さな木箱の前にしゃがみこんでいる。

 なにをしてるんだろう?

 ギリギリまで近づいて木の裏に隠れるとよーく目をこらす。すると木箱の中には一匹の小さな子猫がいた。

「元気そうで良かった。ほら、今日はミルクを持って来たぞ。沢山飲んで大きくなれ」

 そんな子猫に騎士様はどこからかお皿を取り出してミルクを注いでいる。

 それを美味しそうに飲む子猫を見ながら頬を緩めていた。あの氷の騎士様が頬を緩めているのだ。

 それだけでも凄い衝撃だったのに騎士様は猫の頭を撫でながら寂しそうに話し始めた。

「俺はどうやら怖がられているようなのだ。確かに自分でも愛想がないのは分かっている。だけど俺だって本当は部下と食事に行きたい。それなのに話しかける前に避けられてしまう」

 きっと騎士様は誰もいないからこそ子猫に悩みを打ち明けたんだろう。でもそれを偶然見てしまった私の胸はきゅんと締め付けられた。

 氷の騎士様は不憫可愛い!そう思った私の足が小枝をパキリと踏んでしまう。

「誰だ! そこから出てこい!」

 さっきまでの寂しそうな顔が嘘のように無表情になった騎士様は私に向けて剣を突き付けた。その気迫に足を震わせながら木の陰から出ていくと、騎士様の顔がほんの少し戸惑いに変わる。

「そなたは。確か城の使用人の……」

「フランチェスカと申します! 洗濯物が飛ばされてしまったので取りに来ました!」

「見たか?」

「えっと……。騎士様が子猫とたわむれている所でしたら見ました」

 その瞬間騎士様の真っ白な肌が心配になるくらい真っ赤になった。何か言おうと口を開いては閉じてを何度も繰り返す。そしてやっとの思いで喋ったと思ったら。

「忘れてくれ……」

 消えそうなほど小さな声でそう呟くと恥ずかしさからか片手で顔を覆ってしまった。

 その瞬間天使が放った矢が私の心臓を打ち抜いたのが見えた。氷の騎士様はこんなにも可愛らしい人だったのか。この時から私の猛アピールが始まった。

「騎士様おはようございます!」

「お、おはよう」

 城の中で顔を合わせれば必ず挨拶をして必ず一言二言会話をする。その他にも好きな物の話のようにお互いのことも話した。

 始めは戸惑っていた騎士様も段々と慣れてきたのか、私と会うと少しだけ嬉しそうな顔をするようになってきた。とはいっても周りから見れば全然分からないくらいの表情の変化だけど、騎士様を何度も見ている私には分かる。

 そんなある日仕事終わりに帰る私を待っていた騎士様からプロポーズを受けた。

「フランチェスカ! 俺と結婚して欲しい!」
 
 騎士様らしい不器用で捻りのない言葉だったけど、その手に持っているのは前に好きだと一回だけ話したユリの花束だった。ちゃんと覚えていてくれたんだと嬉しくなりながらも私は騎士様の真っ白な手を取る。

 その日から私の名前はフランチェスカ・フォーリアとなって、騎士様の呼び方が旦那様に変化した。

 こうして新婚生活が始まったが旦那様は少しずつ変わっていった。

 まず変わったことといえば近衛騎士に昇進したことで騎士爵となり貴族になったことだ。そんな旦那様が帰ってくる頃に家の外にでて待つのが最近の私の日課だった。

「おかえりなさい旦那様っ!」

「ただいまフラン。今日も出迎えてくれてありがとう」

 いつもと同じ時間に帰って来た旦那様はそう言って私をギュッと優しく抱きしめた。外なのに抱きしめるなんて以前では考えられないが、最近はこのように甘々に変わってきたのだ。

 家に入ると旦那様は私の肩を抱き寄せて軽くキスをする。サラサラとした白銀の髪が私の頬を撫でるのを感じながら何度かキスを繰り返すと優しげな笑顔を浮かべた。

「フランとキスをすると夢中になってしまうな。名残惜しいが続きはまた後にしよう」

 その後も私が作った手料理を食べては美味しいと笑顔を浮かべて頭を撫でてくれた。そんな食事を終えたらソファに二人で座ってゆっくりと時間を過ごすのが最近の流れだ。

 今日の出来事を話す私を見つめている旦那様は相変わらず優しい笑みを浮かべている。最近は外でもそうなのかと不安になった私は以前の同僚にこっそりと聞いてみたら、どうやら外では相変わらずの氷の騎士様らしい。それを聞いて優越感を覚えたのは内緒だ。

「そういえば城に勤めていた友人から手紙が来たんです。その子は幼馴染との結婚を機に仕事を辞めたんですが赤ちゃんができたんですって。それが羨ましいなって」

 少しはしたないかと思いながらも催促する。すると旦那様は私から離れてしまった。

「どうしましたか?」

「このままくっついていては我慢できない。ただ今日は遠征があったから汗をかいたのだ。フランに臭いと思われたら嫌だから風呂に入ってくる。その後にその、フランと愛し合いたい」

 嫌われたかと不安になったけど旦那様は頬を僅かに染めながら足早に風呂へと向かった。

 そんな旦那様が可愛くて思わず身悶えしてしまう。先に寝室に向かった私はベビードールに着替えて旦那様を待った。

「フラン?寝てしまったのか?」

 風呂を済ませた旦那様はベッドに横になる私の隣に座った。照明は消されてキャンドルだけが揺れる部屋の中で、二人の息遣いだけが聞こえてくる。

 すると私の髪を旦那様の大きな手が撫でた。優しく慈しむような手つきに愛情を感じてそれだけで胸がいっぱいになってしまう。

 鼓動が聞こえてしまいそうなくらいに心臓は高鳴ってもっと触れてほしいとねだるように頭を動かすと、旦那様の手もそれに応えるように頭から頬を伝って私の首筋に到達する。

「んっ。いや」

 私は首が弱いことを知ってるのに旦那様は意地悪だ。撫でられる首筋に私の体は恥ずかしいほどにびくびくと跳ねて太ももをすり合わせてしまう。

「そこだけじゃ嫌です」

 そう言うのに手を止めてはくれない。何度も感じる甘いうずきに軽く達してしまった私は旦那様の首に手を回してキスを強請ねだった。

 そして合わさる唇に私は二人が混ざり合うような感覚を覚える。うなじを伝うゾワゾワとした気持ちよさに身を委ねながら何度も何度も唇を重ね合わせた。

「綺麗だよフラン。愛している」

 暗闇に慣れた私の目に映るのは優しい笑顔を浮かべる旦那様の笑顔。だけどその中にほんの少し意地悪な部分が見える。

「あっ! やだ! それだめ!」

 私の首に顔を埋めた旦那様が舌でゆっくりと首筋をなぞった。背中を跳ねさせてベッドシーツをキュッと握ることで耐えるけど、旦那様は攻めることを止めてくれない。


「それはだめです! 止めてっ!」

「本当に止めていいのか?」

 ああ。本当に意地悪だ。私がなんて言うか分かっているのにそんなことを聞いてくるなんて。

「ううん。止めないで! そのまま旦那様を感じたい!」

「本当に可愛いよ。俺だけのフラン」

 唇を合わせる。さっきまでの優しいキスではなくて舌を絡ませる頭を溶かしてしまうようなキスだ。

「そろそろ欲しいの」

 旦那様の手をキュッと握ると私のベビードールを脱がせた旦那様は私の目を見つめてきた。

 暗闇の中でもアイスブルーの瞳は陰ることなく輝いている。

「いくよフラン」

「来て」

 旦那様の物を受け入れた私はその夜何度も絶頂を繰り返した。

「――きて。起きてフラン」

「んんっ……」

 そんな優しい声に目を覚ますと旦那様はすでに騎士服を着て出かける用意を済ませていた。

「あっ! ごめんなさい! 私寝坊しちゃったんですね!」

「おはよう。きっと昨日俺が激しくしたから疲れたんだ。今日はゆっくりするといい。それじゃあ俺は行ってくる」

 そう言って旦那様は私の唇に優しいキスを落として出ていった。そのまましばらくぼんやりとベッドに座っていた私だったが、見送らないとと思って後を追うがすでに旦那様はいない。

 やっちゃった。

 そう思ってとぼとぼ戻るとキッチンのテーブルの上にまだ湯気が出ているオムレツとトーストが置いてある。

 その横にはメモが残されていて、そこには。

 『可愛いフラン。いつも家事を頑張ってくれてありがとう。今日はゆっくりして。愛している』

 そんなことが書いてあった。

 氷の騎士様は冷たい騎士かもしれない。

 でも私にとっては世界一優しい旦那様だ。
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