1 / 24
二人の出会い
プロローグ
しおりを挟むカツカツとヒールが鳴る音が隣から聞こえる。時折カッと鳴るのは小石を蹴った音か。
「随分と陰気臭い呪禍ですこと」
恵麗奈が薄ぼんやりとした月明かりの下でポツリとそう呟いた。
金糸のような長い髪を柔く巻き、青い瞳と相まって西洋人形のような美しい少女。そんな彼女の声音にはウンザリしたような色が浮かんでいた。
呪禍。
それは力を持った妖が創り上げた箱庭といえるべき場所。今回のターゲットは随分と寂しい世界を望んだようだ。
目の前に広がるのは墓場。それも現代の管理された霊園といった、穏やかな時が流れる場所などでは決してない。
そこは映画で見た戦国時代の合戦場跡のようだ。野晒しの死体が無数に転がり、白く濁った目をした鴉がそれを啄んでいる。時折見かける白骨死体は彼らの食事の成れの果てか。
そんな光景をなぜ墓場と称したか。それは所々に苔むした墓石が、先ほどから何個も置かれているから。
刺さった卒塔婆は生暖かい風に揺られて悲し気に鳴り、通り過ぎた六地蔵は頭が全て捥ぎ取られ、道端に無造作に捨てられている。
墓には齧られた跡のある、カビだらけの饅頭が置かれていた。
「ちょっと美憂。熱心に饅頭なんか見つめてお腹でも空いたんですの? いくら空腹でもそれを食べるのはやめておきなさい」
こんな生命を感じない場所で誰が食べたのか。そんなことを思いながら美憂が饅頭を見ていると、なにを勘違いしたのか恵麗奈がそんなことを口にした。
「恵麗奈は私が道端に置かれているカビ饅頭を食べるような、そんな頭のおかしい人間だと思ってるの?」
「あら。貴女なら節約のためなんて言って食べてもおかしくありませんわよ。この間も落とした唐揚げを食べてましたわよね?」
「あれは三秒ルールでセーフだから」
「思いっきり外で落としてましたわ。砂が付いているのを見ました」
付いているものが砂くらいなら食べても問題ないだろう。そんな美憂の考えが筒抜けだったのか、恵麗奈は呆れたような表情をしている。
「……顔から考えてることがなんとなく分かりますが、普通の人でも公園で落とした砂まみれの唐揚げは食べませんわよ」
ジトっとした目をした恵麗奈の言い分に美憂が首を傾げていると、どこからか鐘の低く響く音が聞こえてきた。
始まった。
空を見上げると赤黒くなった満月が妖しく世界を照らしていく。二人にとって見慣れてきたものではあるが、それでも世界が歪に変わる光景は気持ち悪さを感じざるを得ない。
「いよいよですわね」
恵麗奈の声が合図になったように辺りからカタカタと鳴子のような、硬く軽いものを打ち合わせる音が聞こえる。
カーァ! ギャアギャア!
遠くから鴉の慌てた鳴き声と共に、ぐちゅりぐちゅりと熟れた無花果を潰すような湿った音。生温かい風に乗って鉄の匂いも漂ってきた。
ザッザッ
薄暗くなった墓地にすり足の音が響き渡り、こちらへと向かっているのが分かる。
そしてぐるりと二人を囲むように止まった足音達が、赤い月光に照らされ姿を浮かび上がらせた。
「まぁ。エリザベスが喜びそうな光景ですわね」
「一応聞くけどエリザベスって?」
「我が家で飼ってるグレートピレニーズですわ。骨付き肉をあげると嬉しそうに骨を齧ってますの」
「はは。それは確かに喜びそうな光景だね」
二人を囲んでいたのは無数の骸骨だった。通り道で見た死体だろう。中にはまだ肉付きの個体もいて、腐敗した口で美味そうに鴉の頭部をくちゃくちゃと噛み千切っている。
「ちなみにあんな感じの人骨をあげたことは?」
「まさか。それにエリザベスはグルメですもの。松阪牛しか食べませんわよ」
「随分と良い食生活を送ってるね。私も鳳凰院家で飼ってもらおうかな?」
「生憎とペットはエリザベスだけで間に合ってますわ。さて、お喋りはここまでに致しましょう? お客様はエリザベスと違って、待てが出来ないみたいですから」
生者が妬ましいのか。骸骨達は顎をカタカタと鳴らしながら一歩一歩こちらへと向かってくる。
走ることはできないようだが、磁石に群がる砂鉄のようにワラワラと増え続ける骸骨の数は、すでに百を超えていそうだ。
「以前見た映画にこんなシーンがありましたわね。あっちは噛まれたら仲間入りでしたが」
「お嬢様なのにゾンビ映画なんて見るんだ」
「あら? 野外で綺麗な花に囲まれながらお紅茶を嗜んでるだけと思いましたか? お嬢様でも雨の日なら映画くらい見ますわよ」
「ということは晴れの日は?」
「メイド長に入れてもらったお紅茶を飲みますわ。そんな日常に早く戻りたいものですわね」
「私も日常を取り戻したいよ。そのためにまずはこの場を切り抜けないとね」
「ええ。その為にまずはせっかちなオーディエンスを華麗に蹴散らしましょう。牛頭鬼! 力を貸しなさい!」
そう叫んだ恵麗奈の周りを呪力の奔流が渦を巻く。額から二対の黒曜石みたいな角が生えて、鮮やかな赤いドレスが下から這うように黒に染まる。瞼を開くと澄んだ青空のような瞳は、ルビーのように真っ赤に変わっていた。
その一連の流れはまるで魔法少女の変身シーンのようだが、そんな可愛らしいものではない。
この力は祝福ではない。黒い悪意に満ちた呪いの一部なのだから。
「あぁ! なんて美味しそうな匂いなのかしら! こんなにもご飯が用意されてはわたくし待てなんて出来ませんわ!」
恵麗奈は整った顔を喜悦に蕩けさせながら、骸骨の群れへとフラリフラリと近づいていく。
少しお散歩へ。そんな清々しいほどに無警戒な恵麗奈に骸骨達が我先にと殺到していく。その中でも真っ先に辿り着いた骸骨の頭を、恵麗奈は花でも愛でるような手つきで優しく触れた。
グシャッ!!!
軽く握っただけ。それだけで紙風船でも潰すかのように頭蓋骨は易々と砕けた。頭部を失った骸骨の体は崩れ落ちるように膝をつき、二度と動くことはない。
そんな中で恵麗奈は手の中にある頭蓋骨の破片を、ホワイトチョコレートでも食べるように口に入れた。
「あら。雪のように淡く溶けていきますわ。これならいくらでも食べられそう」
極上のスイーツでも食べたようにうっとりした表情で、手に持つ破片を口に入れる恵麗奈に、骸骨達は動きを止めている。
骸骨達に感情があるのかは分からないが、どことなく戸惑っているように思えた。
美しい少女が頭蓋骨を恍惚の表情で食べていくという光景は、この場にあるどんな物より不気味で恐ろしく見えるだろう。
そこそこ付き合いの長くなった美憂でさえそう思うのだから、同朋を目の前で食べられている骸骨達の衝撃は容易に想像できる。
「食べ終わってしまいましたわ。でもまだ物足りませんわね。おかわりなんて淑女としてはしたないですが、わたくし我慢出来ません」
ニッコリと花の咲いたような笑顔を浮かべた恵麗奈は次の獲物へと手を伸ばす。
そこからは一方的であった。
逃げ惑う骸骨の群れを恵麗奈は片っ端から砕いて回る。真っ白な細腕からは想像出来ないような力で砕いて、へし折って、投げて数を減らしていく。
その合間に聞こえる声は頭蓋骨を食べているはずなのに、どんなタレントよりも上手な食レポだと美憂は感心してしまった。
そうこうしていると美憂の方にも骸骨達が向かってきた。恵麗奈の捕食から逃げようとしたのだろう、骨を鳴らしながらヨタヨタと懸命に歩いている。
「これじゃ給料泥棒だ。私も戦わないとね。今回は大きな依頼。張り切っていこう」
美憂は着ている黒いパーカーのフードを被る。そこにはウサ耳が付いていて、側から見れば緊張感のある場面で随分と滑稽な姿に見えるだろう。
フードの奥の美憂の顔が闇に包まれたように消えた。そしてその闇に二つの真っ赤な目のような光が浮かび上がり、そこへと美憂は手を突き入れる。
ずるり。そんな音が聞こえてくるようにフードから引きずり出したのは一丁の猟銃であった。
「血に飢えたこいつには悪いけど、今日の獲物からは血が出そうになさそうだ」
軽口めいたことを口にして猟銃を構えると、手近の骸骨に向けて引き金を引いた。
ズガンッ!
音を立てて飛び出したのは闇より暗い影のごとき銃弾。それが骸骨に当たると影は骨を這いずり、侵食するようにその身を砕く。
骸骨は銃口から飛び出した影の舌が舐め、そのまま飲み込んだようにこの世界から消滅した。
それはさながら猟銃の元の持ち主である男が、村で引き起こした殺人事件が、歴史の闇に葬られたように。
「殺された三十人の怨嗟。受け止めるには少々骨が折れるよね。あ、ダジャレみたいになっちゃった」
かつて男が奪った哀れな魂は恨みとなってこの猟銃へと宿っている。それらは強力な呪いとなって、持つものを止めどない殺戮衝動に引きずり込む危険な呪具と成った。
しかしそれを美憂は涼しい顔で扱っている。彼女には猟銃の呪いは通用しない。なぜならばそれよりも大きな呪いをすでにその身に受けているから。
その後も二人は次々と骸骨達を葬っていく。そして数が残り僅かとなった時に地鳴りが鳴り響き、地面に大きな亀裂が走った。
「やっとお出ましのようですわね」
オオオォォォ
地の底から響き渡るような悍ましい声と共に、巨大な骨の腕が地割れから飛び出した。生者の気配を感じるのか探すように地を這う腕によって、墓石が風に吹かれた枯葉のように軽々と吹き飛ばされていく。
やがて全容を現したそれは十メートルはあろうかというほどの巨大な骸骨だった。
「あれが餓者髑髏か。というか大きすぎない? 私の猟銃じゃ倒せそうにないんだけど」
巨大な髑髏の妖怪と聞かされていた美憂だったが、まさかあそこまで大きいとは思っていなかった。餓者髑髏は眼窩に灯る青白い炎を揺らすと大きな拳を振り上げた。
「あははははっ! 食べ甲斐がありそうですわね!」
そう笑っていた恵麗奈に向かって拳が下されると、雷でも落ちたかのような轟音が辺りに響き渡る。
カタカタと歯を鳴らす餓者髑髏は地面にめり込んだ拳を抜こうとする。しかしなぜか引き抜けないようで不思議そうに首を傾げていた。
「残念ですが貴方の力では牛頭鬼に敵いませんわ」
土煙が晴れるとそこには餓者髑髏の拳を受け止めて涼しい顔をしている恵麗奈の姿があった。
「さすがの馬鹿力だね。さて、この猟銃はどこまで通用するかな?」
この隙を見逃すほど美憂は間抜けではない。駆け出して餓者髑髏へと近づくと、右眼窩の炎目掛けて猟銃を構える。
ズガンッ!
猟銃から放たれた弾丸は、飢者髑髏を仕留めるまではいかなくとも右眼窩を砕いた。そこからは黒い液体が涙のように流れている。
オオオォォォ
骨にも関わらず痛みはしっかりと感じるのか、右目を押さえた餓者髑髏は先程の悍ましい声とは違い悲痛な叫びを上げた。
「やるじゃありませんか」
「今回の報酬は一千万だからね。やる気も上がるってもんだよ」
「わたくしもさっきから美味しそうな香りがしてきて堪りませんわ。さっさと倒しましょう」
残った左眼窩の炎を、怒りで真っ赤に燃え上がらせている餓者髑髏を指差し恵麗奈は高らかに宣言する。
「さあ! 退魔のお時間ですわ!」
咆哮を上げる飢者髑髏に二人は対峙する。
これは呪いのせいで大量のお金が必要な美憂と、呪いのせいで妖を食べなきゃ死ぬ恵麗奈の命をかけた妖怪討伐の物語だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる