恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉

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二人の出会い

刻喰の飾り鈴

 
 しとしとと雨がビニール傘を叩く音を聞きながら、美憂は排ガスで汚れたアスファルトの上を歩いていく。

 新宿という世界有数の人口密度を誇る街なのに、すれ違う人は傘を差して足早に歩くためか、一切美憂を見ていない。

 これが晴れの日だったら、すれ違った後に後ろからクスクスと笑う声が聞こえていたはず。だから美憂は雨が好きだった。

「そこの君。ちょっといいかな?」

 ただ何事にも例外はあるもので呼び止める中年男性の声に美憂が振り向くと、そこには雨合羽あまがっぱを着た警察官が立っていた。

 警察官は傘を差さないとネット記事にあったが、どうやら本当のことらしい。顔に付く雨水に煩わしそうな表情を浮かべながら、美憂の元に水音を立てて歩いてくる。

「なんですか?」

「学生さんだよね? 学校はどうしたの?」

 もう度目か分からない質問に、気づかれない様に美憂は小さくため息を吐く。背も低く童顔だからか平日の昼間に歩いていると、このように警察官に話しかけられることがよくあった。

 美憂も最初は面倒臭さに怒りも湧いたが、こうも頻繁だと乾いた笑みを浮かべて諦めるしかない。肩にかけたバッグから社員証を取り出すと、訝しげな表情を浮かべている警察官に突き付けた。

「確かにまだ十五歳ですがこれでも社会人です」

 中学も卒業して立派に働いているのだ。やっているのは大っぴらには言えない仕事ではあるが、だからといって補導されるような道理はない。そう考える美憂は中々に強気だった。

亜澄あすみ美憂みゆさんね。嫌なことを聞くけど、この社員証って本物かな?」

「本物ですよ。どうしてそんなことを聞くんですか?」

 首をかしげてとぼけてみせるが、どうしてこの警察官が社員証を疑っているのか美憂は分かっている。ただ普段ならここら辺で面倒くさがって解放してくれることが多いのに、今回は随分と仕事熱心な警察官だと心の中で毒を吐いた。

「いやね、この格好はどう見てもおかしいよね。ウサギ耳の付いたパーカーを着た写真なんて、どこの会社が採用するの?」

 そう、社員証に写る美憂の姿は白のワイシャツでも黒いリクルートスーツ姿でもない。黒は黒でもフードにウサ耳の付いた、真っ黒なパーカーを着ていた。

 要するにこの警察官は、こんなふざけた格好が許されるほど、日本の会社は甘くないと言いたいのだろう。

「言いたいことは分かりますがこれが制服なんですよ。ほら、今も仕事中だから着ているでしょ?」

 とはいえこんな格好で仕事中だと言い張れるのは、秋葉原の路上でお店のビラを配るメイドさんくらいのものだ。それでも言い分なら美憂にもある。

 決して好き好んでウサ耳パーカー姿でこんな大都市を歩いているわけではない。れっきとした脱げない理由があるのだから。

 ただそれを馬鹿正直に話したところで、警察官には頭のおかしい奴だと応援を呼ばれるだけであり、下手をすれば危ない薬でも使っていると思われる。ならば愛想笑いで誤魔化すしかない。

「忙しいところ悪いけど、もう少し話を聞かせてもらってもいいかな?」

 面倒なことになったと美憂は表情を曇らせた。職務質問は任意だと得意げにいう人間もいるが、実際にされてみろと思う。いかめしい顔をした警察官の圧力を、断れるような者がいるなら見てみたい。

 また小一時間ほど警察とお話かとげんなりする美優のポケットで、スマホがシャリンと小さく鳴る。呼び出し音が三コール鳴った後に切れたということは、職場からの呼び出しのようだ。

 それならこんなところで時間をかけてはいられない。覚悟を決めた美憂はフードをかぶると、中から小さな鈴を取り出した。

「急にフードを被ってどうしたん……だ……?」

 いきなり顔を隠したことを警戒したのか、少し身構えながら近付いてきた警察官に鈴をチリンと鳴らす。

 すると警察官の顔から表情が脱色されたように抜け落ちて、そのまま固まったように微動だにしなくなった。

 その様子はファストフード店の軒先にある創業者の像のようだ。場所は歩道だし上手く端で固まってくれたし、十秒ほど経てば効果が切れるので通行の妨げにはならないだろう。

 ズキズキと酷く痛む頭を抑えながら美憂は近くの駅へと向かう。そのまま電車に揺られること数分、職場のある渋谷駅へと着いた。

 傘を差す人波をかき分け駅からも見える立派なビルへと向かうと、先程疑われた社員証を入り口にあるパネルにかざす。

 もちろん偽物ではないので、開いたガラス張りの自動ドア抜け、エレベーターに乗り込むと美憂は最上階のボタンを押した。

 グングンと昇っていったエレベーターを降りると、目の前には高級感のある黒い扉がある。ウサ耳パーカー姿ではあるものの、一応身だしなみを確認し扉をノックして美憂は亜澄ですと声をかけた。

「入っていいよ」

 扉越しに聞こえた声に中へと入ると、深紅のウェーブがかかった長い髪の女性が立派な椅子に座っている。左目には黒い眼帯をしていて、その髪色と相まってどこかミステリアスな印象を感じさせる女性だ。

「お待たせしました御空みそらさん」

 彼女の名前は志木城しきしろ御空みそら。まだ三十手前の年齢にも関わらず、渋谷の一等地にビルを構えるやり手の女社長だ。もっとも社長というのは表の顔でしかない。

「待っていたよ美憂くん。仕事は慣れたかな?」

「まだまだ慣れそうにはないですね。さっきも警察官から逃げるために使った鈴のせいで頭が割れそうなくらい痛いです」

「あっはっは。『刻喰ときぐいの飾り鈴』を使って頭痛で済むなんて大したものだよ。そのレベルの呪具を使えば普通は廃人になってもおかしくないのにね。やっぱり君を退魔衆たいましゅうに招いて正解だった」

 笑顔でそう話す御空の裏の顔は、人ならざる者から人を守るために作られた組織、退魔衆の支部長だ。

 彼女は全国に点在する退魔衆の中でも、東京という日本の一大都市がある関東支部の責任者を任せられている。その事実だけで御空の優秀さが分かるというもの。

 美憂は彼女から直々にスカウトされて組織の一員となった。そして表向きにはこの会社の社員ということになっている。

「こちらこそ感謝してますよ。こうして拾われていなければ今頃由里ゆりの命は無かったでしょうから」

 美憂の妹である由里は今も病院のベッドで目を覚ますことはない。事故で両親を亡くした美憂にとって残された家族は由里だけだ。

「妹さんのことはこちらに任せてくれ。絶対に死なせないと約束しよう」

 御空の心強い言葉に美憂は由里が倒れた日のことを思い出す。あの日も今日と同じこんな雨模様だった。
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