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二人の出会い
美憂の世界が変わった日
この春から通い始めた高校は、その日開校記念日で休みであった。お気に入りの部屋着でダラダラとベッドに横になっていた美憂の携帯に、突然由里が通っている小学校から電話が入る。
由里ちゃんが倒れました。
連絡を貰った美憂は着替えもしないままに急いで病院に向かう。外は雨のようで玄関に置かれた傘を、ひったくるような勢いで掴んで駆け出す。
雨粒が肌を濡らす煩わしい天気の中、病院に着くとそこには真っ白な顔でベッドに眠っている由里がいた。
その死人のような顔色に呆然とする美憂に、医師は原因が分からず手が付けられないから、この先の話をしましょうなんてことを言ってくる。
妹さんの健康な臓器を待ってる患者がいる。そう由里の脳死を仄めかす医師に、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせて病院を出た美憂は、無意識にとある交差点へと来ていた。
この見通しの悪い交差点を猛スピードで走ってきた車によって両親は轢き殺されたのだ。撥ねられたがまだ息のあったであろう両親に、救急車すら呼ばずに逃げた車を運転していたのは十七歳の男だった。
この殺人犯は同乗していた友人達とコンビニで万引きした酒を飲んで公園で散々騒いだ帰りに、横断歩道を歩いていた両親を撥ねた。
無免許であり二人の殺人。その他にも沢山の罪を重ねてるのにも関わらず、未成年ということで驚くほどに罪が軽かったのを、美憂は絶対に許しはしない。
「どうして」
忌々しい交差点を見ていると無意識にそんな言葉が口から漏れた。それを皮切りに胸の内で膨れ上がった憎悪や悲しみ、絶望や恨みといった負の感情が心を黒く染め上げていく。
「お父さんとお母さんを返してよ! 由里を返して! 皆なにも悪いことなんかしてないじゃない! 許さない! 私はこんな世界を絶対に許さない!」
傘を差すことすら忘れて叫んでいると、突然美憂の目の前に真っ黒な闇が現れた。コールタールよりと黒いその闇は、人の形をとると口の部分が歪に裂けて嬉しそうに笑っている。
そしてあまりの出来事に狼狽える美憂の顔に闇が腕を伸ばすと、手を口に突っ込みそのまま吸い込まれるように美憂の体に入り込む。
金縛りに合ったように動けないまま全身を引き裂かれるような激しい痛みが美憂を襲う。その時になぜかは分からないがぼんやりと、この闇の正体が分かった。
これは私が呼んだ呪いなんだ。
世界を恨んだ強い絶望が呪いとなって美憂の目の前に現れた。もしかしたら天罰なのかもしれない、だとしたら私はそんなに悪いことを言ったのか、美憂は霧がかった頭で考える。
立っていられないほどの痛みに倒れ込む美憂は薄れゆく意識の中で、このパーカーは由里のプレゼントだから汚したくないな。そんなことを思った。
次に目を覚ました時、美憂はなぜか病院のベッドに寝ていた。慌てて起きようとしたが全身を五寸釘で打たれたような痛みに、声にならない悲鳴を上げる。
「目が覚めたようだね」
聞こえてきた声に目だけを動かすと、椅子に座った赤髪の女性が林檎剥いているのが見える。皮を途切れさせることなく器用に剥き終えると、六つに切った一つを美憂に差し出した。
「食べるかい?」
「いえ。体中痛くてそれどころじゃありません」
「そうか。意識を失う前になにがあったか覚えてる?」
リンゴをしゃくしゃくと食べながら昨日の夕飯を訪ねるような調子で聞いてくる女性に、美憂はなんて答えようか悩んだ。
呪いが体に入ってたきたせいで倒れました、そんな事実は口が裂けても言えない。そんなことを言えばきっと精神科を紹介されてしまう。
「その苦虫を噛んだような顔なら覚えてるね。それならお互い腹を割って話そう。今君の体にはとてつもない呪いが住み着いている。なんで生きているのか不思議なくらいだ」
そんな心配を他所に女性はあっけらかんと呪いという言葉を口にした。呪いなんて所詮フィクションだと思っていた美憂は、自分よりも大人であり、しっかりしていそうな女性がそう言ったことに驚かされる。
「呪いを信じてなかったかい? でも実際に存在するんだ。私はそんな物を相手にする仕事をしていてね。今日も仕事を終わらせて帰っている途中に、膨大な呪詛の気配を感じて現場へと向かった。そしたら倒れている君を見つけて、こうして病院まで運び込んだんだよ」
そう言った女性は置かれていた大きな鞄から、大量のお札が貼られた古めかしい桐の箱を取り出す。美憂はその箱から黒い煙のようなものが漏れているのが見えた。錯覚かと思って目を二度ほど擦って、もう一度見てみるが結果は同じだった。
「これは今日私が仕事で封印した呪具で、箱の中には今まで三人の持ち主を呪い殺した日本人形が入っている。こうして厳重に封印してるのに呪いが漏れてるなんて中々に厄介な代物だ。君にも見えてるだろう? さて、これを見てどう思ったか率直に聞かせてほしい」
率直に。そう言った女性の顔はなにが面白いのか少しだけ口元を緩めている。そんな女性の雰囲気に言って大丈夫だと判断した美優は、感じたことを素直に言葉にした。
「えっと。私の中に入ってきた物の方がこれよりもずっと強そうでした」
あの闇が地獄の業火だとするならば、この箱から漏れている煙は、線香に灯った今にも消えそうな小さな火だ。
そう感じた途端に私はなにかとんでもないものを取り込んだのだと怖くなってきた。人を三人も殺す日本人形が、こんなに弱々しく見えるほどの闇とは一体なんだったのか。
「あぁ。私もそう思うよ。なんせ君が倒れていた交差点に微かに残る残穢でさえ、調査に来た者が何人も倒れたほどだった。君の中に棲みついた呪いは類を見ないほど強力なものだと思ってくれていい。そこで相談なんだが、その力を私に貸してはくれないか?」
「力を貸すなんて。私はなんの取り柄もないただの高校生ですよ」
「勿論タダでとは言わないよ。君の妹さんは今のままではもって数日だろう。でも私ならばその期限を延ばすことができる」
なぜか由里の現状を知っている女性を警戒する。とはいってもできるのは横になった状態で睨むことくらいだったが。
「眠っている間に君のことは調べさせて貰ったよ。亜澄美憂くん。おかげで通っている高校の名前も出席番号だって知っている。そして君の希望が唯一の家族である妹さんであることも掴んだ。おっとすまない、言い方が悪かったね。願いが妹さんが助かることだと分かったんだ」
「……なにが言いたいんですか?」
「単刀直入に言うならば妹さんは何者かの呪いによって意識不明となっている。このままでは衰弱死してしまうが私なら延命ができるよ。ただ治すのは無理だ。呪いをかけた者に解かせるか、それを殺すかしないとね。ただし延命には貴重な素材を使うから月に三百万かかるけど」
「そんな大金を毎月なんて無理です!」
両親が死んだ際の保険金で今は生活できているが、それだけの大金が毎月必要となるとすぐに底を尽きる。美憂がどうにかお金を稼ごうにも、合法な手段で月に三百万はさすがに無理があった。
「そこで話を戻すが力を貸してくれないか? 君は取り柄がないといったね。仮に今まではそうだったとしても今日大きな取り柄ができた。その体に渦巻く呪いは最強の武器になるよ。それを私たちの組織、退魔衆で役立ててほしい」
「退魔衆?」
「そう。魔と呼ばれる者達から人々を守るための組織だよ。例えばこの日本人形のような呪具や人に悪さをする妖怪なんかからね。危険な仕事だけどお給金はいい。出来高制だが美憂くんなら月に三百万程度、簡単に稼げるだろう。どうかな?」
「……はは。他に選択肢がないじゃないですか」
由里を救う糸をこれみよがしに見せてから美憂に選択させるなんて、彼女はとんだ詐欺師だ。そしてそれに飛びつくしかない自分の現状に、心底嫌気がさす。
「そう言わないでくれたまえ。組織で活動してればいずれは妹さんを呪った相手にたどり着けるはずさ。それを倒せば晴れてハッピーエンドだろう?」
「言っておきますけど私を雇うのは高いですよ」
「ふふ。随分と頼もしいじゃないか。それなら報酬に見合った活躍を楽しみにしていよう。なにはともあれ退魔衆にようこそ美憂くん。私は志木城御空だ。歓迎するよ」
こうして美憂は退魔衆に入って戦う運命となった。由里は御空の息がかかった病院へと移されて、今も様々な装置に囲まれて眠っている。
ガラス越しにその姿を見た美憂は、由里を助けるまで絶対死なない。妖怪だろうがなんだろうが、殺してみせると強く心に誓った。
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