恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉

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二人の出会い

太陽を堕とすため


「とりあえず乾杯かな?」

「ええ。そうですわね」

 美憂と恵麗奈による世にも気まずい食事会が始まった。何を思ったのか御空が用意したお店は政治家が使うような高級料亭で、両親が生きていた頃すらファミレスばかり利用していた美憂は早くも二の足を踏んだ。

 それを知ってか知らずか店内へ颯爽さっそうと入って行った恵麗奈に、さすがドレスを着ているだけあると、妙な尊敬を抱きながら美憂もその後ろを着いて行く。

 通されたのは日本庭園が見える広々とした和室で、ここで富裕層が悪い話をしているんだと偏見を抱きつつ美憂は席に着いた。

 そして運ばれて来たオレンジジュースを見た美憂の発言が冒頭のものだ。大人なら食前酒が用意されるのだろうが、残念ながら美憂は未成年。

 恵麗奈にも同じくオレンジジュースが用意されている所を見ると、年齢はそう変わらないのかもしれない。

 お互い遠慮しがちにグラスを合わせると、美憂は一口オレンジジュースを飲んだ。そしてあまりの美味しさに美憂は目を見開く。

「美味しい」

 思わずそんな言葉が口をついたのが気付かないほど美憂は夢中でグラスを傾けた。高そうなお店とはいえ所詮はオレンジジュースと侮ったのだが、絞ったばかりだといわんばかりの新鮮さに、気付けば全て飲み干してしまう。

「もう一杯頼みましょうか」

「え、でもそんな。御空さんに悪いから」

「あの方も表向きとはいえ渋谷の一等地にビルを持つ会社の社長ですわよ。オレンジジュースの一杯や二杯でケチをつけませんわ」

 そんなものなのだろうか。恵麗奈が店員を呼んで美憂の分のオレンジジュースを頼んでいるのを聞きながら、お金持ちは違うと思った。そして目の前の恵麗奈からも御空と同じお金持ちの匂いを感じる。

 なによりその名字である。もし美憂の想像が正しければ、恵麗奈はとんでもないお嬢様ということになる。

「お待たせしました。オレンジジュースでございます」

「ええありがとう。ほら美憂さん。新しいのが来ましたわよ」

「恵麗奈さんありがとう。えっと、嫌なら答えなくてもいいんだけど恵麗奈さんのおうちって」

「美憂さんの想像で間違っていませんわ」

 美憂の想像通り。それを鵜呑みにするなら恵麗奈の家はあの鳳凰院だろう。元は華族として存在して、財閥を経て今では世界に名を知られる鳳凰院グループ。世界の富豪番付で必ず十番以内には入るあの鳳凰院家だ。

「そっか。恵麗奈さんのおうちって凄いんだね。本物のお嬢様を初めて見たよ」

 自分と違う恵まれた環境に美憂はほんの少し黒い気持ちを覚えた。もし自分が恵麗奈の立場なら、命をかけた戦いなんてしなくても由里の延命に必要なお金は簡単に出せるのだろう。

 ただそれでは文字通りただの延命。救うにはどの道、呪った元凶を見つけなくてはならないのだから、自分が戦いに身を置くのは必然だったのだろう。そう自分の中で結論付けて顔を上げると、恵麗奈は皮肉げな笑みを浮かべていた。

「お嬢様なんて昔の話ですわ。今のわたくしは醜い化け物ですもの」

「それってどういう」

「美憂さんは変に思いませんでしたか? わたくしが提示した条件、妖怪の死体を寄越せなんて。その死体をどうするんだと」

 お金が手に入るなら良いかと大して気にしていなかったが、そう言われると確かに気になる。

「――んですのよ」

「え?」

「食べるんですのよ! わたくしは! 醜い妖怪の死体を! 昨日は緑色の血が滴る気味の悪い虫の妖怪を生で食べましたわ! そんな人間がお嬢様だなんて名乗れません!」

 感情が昂ったのか椅子から立ち上がった恵麗奈は、拳を強く握り辛そうに歪めた空色の瞳に涙を湛えながらそう叫んだ。

「どうです! 化け物でしょう! バッタのようなトゲの生えた脚をへし折って、プリッとした身を生で! 羽はまるでせみのように薄く茶色くて! それを食べた気持ちが貴女に分かりまして!?」

「バッタって土臭いよね。でも蝉は意外と美味しかったかな」

「……え?」

「虫の味の話だよね? とりあえず油で揚げれば大体の虫は食べれたよ。流石に毛虫とゴキブリは手を出せてないけどね」

「美憂さん?」

「お嬢様ではないけど虫を食べた女なら目の前にいるよ。それに妖怪を食べなきゃいけないのは理由があるんだよね? そんなに嫌がってるんだもん」

 ぽかんと間抜けな顔をした恵麗奈だったが、美憂にはその顔ですら綺麗だと思えた。やがて瞳から溢れた雫は真珠のようにポロリポロリと流れ、料理を置くために敷かれた和紙に染みを作る。

「御空さんから聞きましたが美憂さんは呪いを受けたそうですわね」

 しばらく経って泣き止んだ恵麗奈はぽつりぽつりと話し始める。

「うん。そうだよ。なんか影みたいな真っ黒な闇に」

「わたくしは太陽のように輝く光でしたわ。それに呪われましたの」

 その時を思い出したのだろう。遠い目をした恵麗奈は忌々しそうに見えない何かを睨んでいる。

「なんかそっちは随分と神々しいね。恵麗奈さんはどこで呪われたの?」

「言葉にすればそうですわね。あれは月が陰った朔月さくげつの夜でした。外に出たわたくしの前に列をなした大量の妖怪が現れたんですの」

「夜に出ることはよくあるの?」

「まさか。誘拐されたら大変ですし今まで一度も出たことなんかありませんでしたわ。あの日は記憶が曖昧なんですの。ただ何かに惹かれるように気付けば外にいました」

 惹かれたというならば何に惹かれたのか。それは決まっている。恵麗奈を呪った張本人だろう。同じく呪われた美憂だから分かる。呪いとは得てして理不尽なものだ。

「気付けば目の前には大量の妖怪。とても現実とは思えない光景に呆然としたわたくしに、妖怪達は群がって来ました。まるで獲物を見つけたピラニアの群れのように。わたくしを食べようとしたんでしょう」

 それはどんなに恐ろしかっただろうか。蝶よ花よと愛でられた一人の少女にとって、唐突に被捕食者として扱われるのは想像を絶する。

「逃げようとしましたが足は地面に縫い付けられたように動かず、出来るのは目の前に迫る妖怪が大口を開ける姿を見るだけ。その時後方から凄い勢いで迫る太陽のような光が、妖怪達を次々と消し炭にしながらわたくしの元へ迫って来ました」

「それが」

「ええ。呪った張本人です。目の前までやって来ると、無邪気な子どものような笑い声が頭の中に鳴り響きましたわ。そして気付けばわたくしは家のベッドで寝ていました。夢かとホッとしましたが、再度あの笑い声が聞こえて。叫んだわたくしの部屋に使用人がやって来て、家の前で倒れていたわたくしを運んでくれたことを知りました」

「それは大変だったね。でもそれで終わりじゃないんだよね」

「美優さんの言う通り。数日経ったある日わたくしは倒れましたわ。医者に見せても原因不明と言われ、みるみるうちに死を覚悟する所まで。そんな時御空さんがやって来てわたくしに何かを食べさせたんですの」

「それが妖怪だったと」

「わたくしの受けた呪いは妖怪を喰らわなければ死ぬ呪い。どうやら喰った妖怪が強ければ強いほど死への刻限は伸びるようです。だからわたくしは一人じゃ倒せない妖怪も、協力して倒せる強いパートナーを見つけたいのですわ」

 そう言って恵麗奈は美憂の目を見た。そして頭を深々と下げる。

「美憂さんの事情は御空さんからお聞きしました。わたくしとパートナーになって妖怪を倒しませんか。わたくしは自らの呪いのため。美憂さんは妹さんの呪いのため。お互いの呪いが終わり笑顔で明日を迎えるために」

「頭を上げてよ。私としてはパートナーになるのは願ったり叶ったりだから。でも恵麗奈さんはいいの? 聞いた感じだと呪いをかけた相手は分かってる感じだよね? 私の方は見当もつかないから時間がかかりそうなんだけど」

「構いませんわ。わたくしを呪った相手は、どうやらかなりの大物のようですので。それこそ今の二人では絶対に太刀打ちができないほどに」

「なんて名前?」

「百鬼夜行の最後尾。果ての天道と呼ばれる存在。かの妖怪の名は『空亡そらなき』わたくしは太陽を殺さなくてはなりません」
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