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岩手は遠野の河童退治
激昂
「美憂! 急いでくださいまし!」
「分かってるって!」
前を走る恵麗奈に美憂は必死で着いて行く。元々の素質なのか、それとも宿ったモノの差なのか、恵麗奈はドレス姿にも関わらず、どんどんと美憂との距離を離している。
あるいは考えたくもないが足の長さの違いなのかも。そんな暗い考えを振り払うように美憂は限界を超えて走った。
先程の銃声は十中八九、源三が撃ったものだろう。それならばなぜ源三は打ったのか。短い付き合いだが理知的だった彼は、滅多なことでは背負ったライフル銃を撃たないと思えた。
撃った理由。河童が出たのか?いや、そう決めつけるのは早い。もしかしたら自給自足の生活のために、鹿なんかを見つけて撃ったのかもしれない。
美憂は無理矢理にでもそう思うことにした。なにせ源三が何十年も探しながら見つけられなかった河童だ。自分たちがやって来たその日に見つかるなんて、そんな偶然はあり得ないだろう。
本当は気づいているくせに。そう問いかけてくる心の声を無視するように、地面を見つめて痕跡を探す。
この森の地面は堆積した腐葉土で覆われていた。そのおかげかとても柔らかくしっとりとしていて、源三が通ったであろう足跡も難なく見つけることができる。
走っていると右側から川のせせらぎが聞こえてきて、水の存在が河童の気配を色濃く知らせていた。
とにかく今は一秒でも早く前へ。そう走り続けていると、少し開けた場所で立っている恵麗奈の後ろ姿が見えた。何かを惚けたように見ている姿に違和感を覚えつつも、息を整えて恵麗奈の元へと向かう。
「恵麗奈どうしたの?」
「み、美憂。あれ」
恵麗奈の声が震えている。常に自信を覗かせていて、頼りになるパートナーの震える声に、美憂の心臓は激しく鼓動を刻む。そのまま震える手で恵麗奈は数メートル先の地面を指差した。
嫌だ。見たくない。そんな心とは裏腹に、物事を冷静に分析しようとするもう一人の自分が、早く見ろと強制的に顔を上げさせた。
「あれって」
そこには源三が持っていたライフル銃が落ちていた。否、今も持っていると言えるのかもしれない。
ライフル銃の引き金に指が添えられるような形で、強引に千切られたような右手が、ストラップのようにくっついているのを見てしまった。
その光景に体の熱がスッと抜けて行くのが分かる。誰の手なんて考えるまでもない、あれは自分に美味しいコーヒーを淹れてくれた源三の手だ。
おびただしいほどの真っ赤な血が溢れている様子は、その右手が作り物ではないことを教えてくれている。
そんな答え合わせはいらない。美憂は倒れそうになるのを懸命に抑えた。そして気付けをするように強く噛み締めた唇からは鉄の味を感じる。
犬歯が唇を突き破ったようだが、その痛みのお陰か少しだけ冷静になれた。
「恵麗奈。先に行こう。まだ源三さんが死んだと決まった訳じゃない。急げは救えるかもしれないんだ」
「そう、ですわね。ありがとう美憂」
儚く笑う恵麗奈も、元気付けた美憂も本当は分かっている。きっと源三はもう。それを確信したのは、川と真逆の森の先に続く靴の足跡と少なくない血痕。
それを追いかけるようにつけられた、水掻きの付いた大きな足跡を見たせいであった。その足跡はフラフラと左右に揺れながら続いている。
まるで深傷を負いつつも、懸命に逃げる源三の姿を左右から見て楽しむかのように。
辺りには血の匂いの他に若干の生臭さを感じる。真夏のドブ川の横を歩いた時のような、顔を顰めつつ急いで口呼吸へと変える、あの不快な匂いだ。
その一人と一匹の足跡を追うように、二人は無言で歩いた。用心するように周囲に目線を動かしながら、注意深く一歩一歩進んでいく。
あの傷では源三は遠くまでいけないだろう。それを証明するかのように、生臭い匂いは次第に濃くなっていく。鼻が曲がるような刺激臭に涙が浮かんでくるのを美憂は自覚する。
その時だった。
木々で見えない遠くの方から音がした。それは恵麗奈も感じたようで、二人同時に足を止めたのが音が気のせいではないことを証明している。
ズルッ。ズルッ。
足を止めて息を凝らしたことで音が少しだけ鮮明に聞こえた。何か重い物を引きずるような音。引きずられる物には水気があるのか、湿り気を感じる生々しい音も聞こえてくる。
こりっ。ぽりぽり。こりっ。ぽりぽり。
引きずることに疲れたのだろうか。何者かは歩みを止めると、今度は何か小気味いい音を立てている。
ズルッ。ズルッ。
そんな短い休憩の後に再び引きずり始めた。音は次第に二人の元へと近づいており、それと比例するように生臭さはどんどんと強くなる。
永遠と思えるような時間。しかしそれは唐突に姿を現した。
緑色をしたカエルのようなヌメヌメとした肌質に、亀のようなゴツゴツとした巨大な甲羅。不気味なほどに黒目が小さいギョロリとした目は、魚のように左右に大きく離れて付いている。
くすんだ黄色の嘴からは無数に生えた鋭い牙が覗き、その頭頂部にはいっそコミカルにすら思える皿と呼べる器官があった。
昔話に出てくる漁師が巻くような枯れた植物の腰蓑に、何やら汚れた麻袋をぶら下げているのは、以前仕留めた獲物から奪ったものか。
なるほど。この化け物が似顔絵屋へと行けば、森の入口にあったイラストが描かれるだろう。そう納得出来るほどに、あれは特徴をついていた。
……そんな現実逃避をしてみたが上手くいかない。それはきっと短くなった胡瓜を大切そうに持っている右とは逆の手、左手で雑に持たれた足のせいだろう。
「源三さん」
血まみれでボロ雑巾のようになっているが二人には分かる。あれは先程まで和やかに雑談を交わして、美味しいコーヒーをご馳走してくれた上に、自分たちを心配して森から遠ざけようとした老人だと。
美憂が呟いた声に河童はようやくこちらの存在に気付いたようだ。疑問を浮かべたように喉を鳴らした声は、踏み潰されたガマガエルや、排水溝が水を飲み干した時の音に似ている。
「ねぇ美憂」
「……なに?」
「わたくし袖振り合うも多生の縁という言葉が好きですの。ただ昔は袖が当たったくらいの人でも、その関係を大事にしようって意味だと思っていて。本当は見知らぬ人と袖が触れ合う程度でも、前世からの因縁がある。だからどんな小さなことでも偶然ではなく、それは深い縁なんだよって意味みたいですのよ」
「どうしたの急に」
「でもわたくし、間違いの意味でも素敵だなって思いますの。ねぇ美憂。袖が触れたくらいの人でも大事にするのならば、コーヒーをご馳走してくれた人はどうするべきかしら? その人がこちらを心配するような人格者だったならば。そしてその命が無惨に奪われただけではなく、その亡骸を雑に引き摺られているならば」
恵麗奈は震えていた。ただそれは恐怖ではなく顔を赤く染めるほどの怒りでだ。
「頭のいい動物は同胞が殺された時に敵討ちをするそうですのよ。象なんかがすると聞きましたわね、カラスも虐めると仕返しされるなんか聞きますが。わたくしは疑問でしたの、だって人間が人間以外に殺されることってあまりないでしょう? でも今分かりましたわ。これが憎いという感情ですのね」
河童はこちらを見ていた。どこまで知能があるのかは分からないが、その目からは不思議そうな感情を読み取れるようで。
それは、そう。こんなゴミを殺して何が悪いのかという純粋な気持ち。そう感じたのは思い違いなのかもしれない。本当は河童はなにも考えてないのかもしれない。
それでも怒りを感じてるのは恵麗奈だけじゃないのを教えたい。八つ当たりだっていい。どの道河童は殺すんだ。
「恵麗奈。やるよ」
「ええ。助けられなかったのなら、せめて彼の意志を継ぐとしましょう。牛頭鬼! 力を貸しなさい!」
河童に感じた恐ろしさは怒りの気持ちが上回った。激情を解放するかのように力を解き放った恵麗奈の横で、美憂は冷たい刃のような気持ちを溶かすようにフードを被る。
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