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岩手は遠野の河童退治
河童との戦い
あらかじめ決めていた通り恵麗奈が前に出て、美憂はそれをサポートするように戦う。額から角を生やした恵麗奈は、突き動かされるように河童目掛けて駆け出した。
牛頭鬼を宿した恵麗奈は人間という生き物の限界が取り払われ、人の身では成し得ない程の身体能力を得ることができる。
「人という生き物は効率よく出来てませんわ。だって感情なんて厄介な付属品がついてるんですもの。貴方が引きずってきた人は優しい人だった。それを思うだけで衝動が止まりません」
お嬢様らしく優雅に。そう思っているのに頭の中の激情は、目の前のクソッタレを殺せと強く叫ぶ。
そんな姿を長年支えてくれているメイド長が見れば卒倒物だろう。それでも今はただ、この衝動に任せて力を振るう。
握りしめた手は小さく頼りないものだが、それでも良いと恵麗奈は河童の腹に拳を叩きつけた。それを河童は両の腕を交差することで防ごうとしてきたが、構うものかと勢いそのままに殴りつける。
ドガンッ!!!
凡そ人の身が出しえない大砲のような音を立てると、河童は弾かれたように地面に跡を付けながら大きく後退した。
本気で拳を振るったのは初めてだ。自分の骨が耐えられるか心配ではあったが、少々痛むものの問題はなさそうである。
「良かった。これで思う存分殴れますわ」
どうやら河童というのは中々に丈夫なようだ。若干フラつきつつも、こちらへと向かってくる姿に恵麗奈はニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
「早く倒れないでくださいまし。源三さんが止めろと言うまで殴らせて貰いますわ」
河童に合わせて恵麗奈も駆ける。その歩みは河童が壊れるまでは決して止まらない。再び交差した力のぶつかり合いは、先程と同じく恵麗奈の有利で幕を開けた。
目の前で河童という人外を圧倒する恵麗奈を見ながら、フードの中で美憂はポツリと呟く。
「そういえば苗字を聞いてなかったな」
源三の苗字を知らない。それは彼が長年大事にし続けた、家族として生きた証が分からないということだ。
源三、久恵、そして愛子。褪せた写真越しでも分かった、仲睦まじい家族の姿。それを証明してくれる苗字という繋がりを知らない。それはどうしようもなく悲しいことだと感じた。
きっと源三は無縁仏として葬られるだろう。強く家族を想って復讐の鬼と化していた男の最後は、街の変人として誰にも祈られずに荼毘に付される。
それがあの優しい老人の最後というのは、あまりにも辛い話ではないか。ならば自分くらいは家族の苗字を胸に刻んでいたかったと、美憂は聞かなかったことを強く悔やんだ。
「それでも覚えていよう。自分の人生を捧げて家族を思い続けた人の名前を」
牛頭鬼を内に宿した恵麗奈と違って、美憂は肉体的にはただの少女でしかない。むしろ同年代の運動部の子に比べて、大きく劣っているだろう。
そんな彼女が妖怪と戦う為に必要な力、それは肉体ではなく精神に宿る力だ。心の力と言ってもいい、心が強く揺れた時に美憂の中にある呪いの塊は共鳴する。
ふと、フードが揺れた気がした。自分を使え、そう何かが呼んでいる気がする。その呼びかけに何となく心当たりのあった美憂は、周りからは見えない口の端を吊り上げた。
「ははっ。ここで使わせてくれるんだ。練習の時はフードの中から出てこなかったくせに。参ったな、銃なんて使ったことないよ」
美憂はフードの中に手を差し込む。そこからズルリと生まれたのは、禍々しい気配を放つ一丁の猟銃だった。
それは今美憂が持っている呪具の中で一、二を争うほどに強力なもので、しかし今まで取り出せなかったものだ。その時は何故か分からなかったが、今ならなんとなく分かる。
これを持っていた男が多くの村人を殺したように。血に飢えた呪われた猟銃を扱うには、きっと冷たいほどの殺意が必要だったのだろう。
それがたった今、美憂は猟銃に認められた。辺りを凍えさせるような抜き身の殺意が、持ち主に相応しいと猟銃の方から呼びかけた。
「今まで引きこもってた分、存分に使ってやるから覚悟して『三十人殺しの猟銃』さん」
猟銃を引っ張り出してから頭を埋め尽くす殺せという文字。それを美憂は悉く無視をした。目の前が真っ赤になろうと、哄笑を上げそうになろうと、それを全てねじ伏せる。
「黙って力を貸して。貴方だってこのままフードに仕舞われるより、敵の血を浴びたいでしょ? それとも人間の血じゃなきゃ口に合わない? バカ言わないで、貴方はそんなにグルメじゃないよ」
その言葉に嵐のようにうるさかった殺戮衝動がピタリと止む。どうやらこの猟銃は欲望に素直なようだ。
久しぶりの俗世、飢えて飢えて仕方がない。目の前の化け物でも構わないから早く血を飲ませろ。そう思っているのか猟銃はカタカタと音を立てる。
「これはいわば食前酒。これからはお腹がはち切れても飲ませる予定だから、今日はあそこにいる獲物の血で胃袋を慣らしておいて」
一度猟銃を構えて引き金に指を掛けるが、このままでは恵麗奈にも当たってしまう。幸いにも河童は恵麗奈との戦いで手一杯のようで、猟銃を持つ美憂の存在にまで気が回っていない。
ゆらりゆらりと音を立てずに美憂は歩く。その歩みは少し前に源三に後ろを取られた人間とは思えないような、練達したマタギのそれだ。
見た目はウサギなのにフードから覗く瞳のような赤い光は、闇世に浮かぶ肉食動物の眼光のよう。気取られずに歩いたそこは、すでに射程範囲内。
「恵麗奈!」
多くは語らない。きっと彼女なら気づいてくれるだろうし、万が一失敗しても仕切り直せばいい。先程の恵麗奈の様子を見て分かる、格上は彼女の方だ。それなら何度だって仕切り直せる。
事実こちらを見た恵麗奈は息を切らしておらず、対して河童は肩を大きく揺らして苦しそうにゼエゼエと肺を動かす。
その差が明暗を分けたのか、あるいは単純に河童には美憂の声が聞こえてないのか。真実は分からないが確かなのは、恵麗奈は下がり河童はこちらに背中を晒していることだ。
「初のお披露目だよ。役に立つところを私と恵麗奈に見せてね」
慎重に構えた猟銃の引き金に指を掛ける。源三が敵討ちを望んでいるかなんて分からない。それでもこの一発は彼に捧げよう。
願わくば困ったように目尻のシワを深めながら、笑ってくれていれば、それほど嬉しいことはない。
ズガンッ!!!
初めて撃った猟銃から起こった衝撃に、美憂は大きく仰け反りつつも目線だけは外さない。集中した意識の中で、スローモーションのように放たれた真っ黒な散弾達は――
河童の分厚く見るからに堅牢な亀のような甲羅へと吸い込まれていき――
――あっけなくそれを砕いた。
声にならない悲鳴をあげて河童は倒れ込んだ。全て砕け散ったとまでは言わないが、ボロボロになった甲羅の間からは赤い血が流れている。
こんな化け物でも血は赤い。そんな事実を他人事のように見ながら美憂はもう一度猟銃を構える。しかしその時、貧血が起きた時のように視界がグラリと揺らいだ。
「美憂っ!」
天地が混ざったような気持ち悪い感覚の中で、柔らかく受け止めてくれた恵麗奈は、腕の中の美憂を心配そうに覗き込んでいる。
「あはは。ごめん。思ったよりこの猟銃は危険な代物だった。まさか一発撃っただけでこんなになるなんて。少し休んだら治るから、恵麗奈は私に構わないで河童をお願い」
「ええ。分かりましたわ。でも少し厄介なことになりそうですわね」
厄介?恵麗奈の意味深な発言にグラグラと揺れる視界のピントを無理矢理合わせると、倒れていたはずの河童は起き上がり、血まみれの手で腰にぶら下げた袋をまさぐっている。
「恵麗奈。悪いけど急いで欲しい。言う通り嫌な予感がする」
一つ頷いて駆け出した恵麗奈の視線の先で、河童は袋から野球ボール大の濁った乳白色の玉を取り出した。それを摘んで頭上に持つと、大きな口を開けて迎え入れるように玉を落とす。
「させませんわ!」
恵麗奈の拳が河童に迫る。しかしほんの少しの差で、玉を口に入れた河童の喉がゴクリと動く。その瞬間河童を中心として呪力が吹き荒れた。
その旋風のような奔流に、不味いと判断した恵麗奈は飛び退いて美憂の元に戻る。
そして突風が止んだ時、その中にいる河童を見た恵麗奈と、その隣で座り込んでいた美憂は大きく目を見開いた。
恵麗奈に殴られ美憂に撃たれ満身創痍となっていたはずの河童は、録画を巻き戻したように怪我一つない力強い姿で立っている。
いや、それだけではない。再生した甲羅はさっきよりも分厚く、身にまとう筋肉は太く強固になっているように思えた。
「回復に強化を両立するアイテムを持参してたなんて反則じゃない?」
美憂の問いかけに河童は笑うように叫び声を上げる。
第二ラウンドが始まった。
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