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群馬は草津の垢嘗退治
次の依頼
しおりを挟む初めて鳳凰院家に訪れた日、美憂はそのままお泊まりすることになった。大きな屋敷なだけあって人が泊まることもあるのだろうと思った美憂だったが、目を輝かせ興奮気味な恵麗奈の様子に人が泊まるのは珍しいことなのだと気付かされる。
恵麗奈の部屋で料理長特製のお菓子を食べたり、お風呂がまさかのヒノキ風呂で、しかもお湯が温泉ということに驚いたりと、気づけばあっという間に夜になっていた。
夕食にはステーキが出てきてあまりの柔らかさと美味しさに感動した食後、一緒に寝ようと抱き枕にする気満々のロゼリアを恵麗奈に任せ、美憂は用意された客間で寝た。
ベッドのあまりの寝心地の良さに気づけば寝ていた翌日、二人は御空が社長を務めるビルへとやってきた。河童のことを報告するためだ。
社長室に入ると書類仕事中の御空と、その後ろに控える愛紗に出迎えられた。
「待っていたよ二人とも。無事依頼をこなしてくれたようでありがたい限りさ。初めての仕事はどうだった?」
「凄く大変でした。知り合ったお爺さんが被害に遭って助けられなくて。退魔衆の仕事って妖怪を倒すだけと思っていたけど、そんなに簡単じゃないんですね」
「それでも最後はその方に感謝をされましたわ。とっても大変ですけれど、その分やりがいのある仕事だと感じました」
「源三さんのことは聞いているよ。事後処理に現地に赴いた退魔衆の手によって、彼は丁重に埋葬される予定だ。二人が経験した通り、我々は少なくない人の死に関わることになる。それでも仕事を続ける覚悟はあるかな?」
真剣な表情をした御空の片目が二人を射抜いた。それを二人は真っ向から受け止めてみせる。
「はい。お金のためもありますが一人でも多くの人を妖怪から助けるためにやります」
「わたくしも美憂と同じ気持ちですわ。途中で投げ出すようなことは致しません」
「二人は得難い経験をしてきたようだね。その覚悟があるなら大丈夫そうだ。まずは二人を漆から陸に上げよう。社員証を確認して欲しい」
取り出した黒い社員証には確かに陸と書かれていた。
「それから次の依頼の話だ。明日にでも行ってもらいたいのだけど大丈夫そうかな?」
「問題ないです」
隣を確認したが恵麗奈も大丈夫のようで頷いている。
「感謝するよ。向かってもらうのは群馬県の草津温泉だ。その中のとある旅館に今月宿泊した複数の客が、昏睡状態となり今も目を覚ますことがない。宿泊客として退魔衆から男女二人が調査に行ったんだが、女湯のみ残穢が確認されたそうだ」
「温泉に妖怪が現れたってことですか?」
「その通り。残穢は特に浴槽や風呂桶に多く付着していたらしい。申し訳ないことに調査を行った者のうち、女性の方のみ意識不明となって今も入院している。調査翌日から風邪のような症状を訴えていたのだが急に倒れたそうだ。被害者も全て女性なことから、今回のターゲットは間違いなく女湯にいる」
前回は森で今回は温泉。出現場所の大きな差に妖怪というものはどこでも現れるのかもしれない。それなら河童退治が東北支部から関東支部に回されてくるのも納得できた。
人が足りてないのだろう。それは妖怪の多さが原因なのか、退魔衆に在籍している人間が少ないのが原因なのかは分からない。それでも仕事が多く来る分には美憂としてはありがたかった。
「被害者は残穢だけで意識不明になったのですわよね? それなら直接戦うことになるわたくし達は大丈夫なのかしら?」
「そこは大丈夫だと私は考えている。美憂くんは呪いの類に強い耐性があるし、恵麗奈くんも妖怪を宿している分、他よりは耐性があるだろう。症状が妖怪の仕業であれば相性がいいはずさ。引き受けてくれるかい?」
「ちなみに報酬の方は?」
「河童と同じく百万円さ。それに聞いたよ。二人とも前回は交通費も食事代も自腹で払ったんだって? 全部経費で落ちるから次から領収書を取っておいてね。前回の分は私のポケットマネーで報酬に上乗せしておいたから」
「そうなんですか!」
経費という学生時代には出会わなかった言葉に美憂の瞳が輝いた。
「うん。贅沢三昧は困るけど結構融通効くから。頑張ってくれてる二人へのご褒美と思って、依頼ついでにご当地の美味しい物でも食べておいでよ」
「新しい楽しみができましたわね。わたくし前回で旅という物が楽しくなってきましたわ」
「それなら二人には遠出の依頼も積極的に回そうかな。本当にどこの支部も人手不足は深刻でね。うちと関西支部は比較的大丈夫だから、依頼が回されてくるのさ」
やはり大きな都市に人が沢山いる分、所属人数も多いようだ。旅行気分で依頼に向かうのもどうかと思ったが、他ならぬ御空から許しが出ているのだから楽しませて貰おう。
「そういえば今回の妖怪はなんですの?」
「あぁ。言い忘れていたね。今回のターゲットは垢嘗。本来なら風呂場の汚れを食べる比較的無害な妖怪のはずなんだが。イレギュラーが起きるかもしれないから十分注意して向かって欲しい」
こうして二人の新たな依頼は垢嘗退治となった。今回は目の前で被害者を出さない。二人はそれを心に刻むように手のひらを強く握った。
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