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群馬は草津の垢嘗退治
垢嘗との対峙
しおりを挟む女湯へと向かう道中は先程までの穢れが嘘のように綺麗になっていた。古い旅館ではあるのでところどころに傷はあったが、それは味というべき趣きで汚いという印象ではない。
「残穢がどこにもない。もしかしたら草津温泉全体もいつも通りになってるのかもしれないね。それなら考えたくはないけど残穢は全部女湯に?」
「その可能性が高そうですわね。確か垢嘗は汚れを食べる妖怪だったはず。それならあの残穢は自らの食事を集めるためだった可能性がありますわ」
残穢が女湯の方へ移動したことから察するに恵麗奈の考察は的を射ているように思えた。あの残穢は周りの汚れを集めるためのもの。とするならば全ての汚れが集まった女湯の現状など考えたくもない。
「マスクとか持ってくれば良かったな。今日ほど鼻風邪を引いていたかったと思う日はないよ」
「消臭効果のある呪具とか持っていませんの?」
「消臭って呪具から真逆の場所にあると思わない?」
消臭といった綺麗なイメージと呪いのこもった道具は間違いなく似合わない。不浄の物を断つ呪具ならばフードの中に入っているのだが、それを使えば消臭されるのかと聞かれれば微妙な所だった。
女湯の暖簾の前に着いたのが特段変わった様子がない。問題は女湯の中だと意を決して脱衣所に入ると二人は思わず立ち止まった。
「なに……あれ」
美憂が指差した先、磨りガラスにはドス黒くなった風呂場の光景がぼんやりと映し出されている。先程の綺麗な風呂場が洞窟のように真っ黒に様変わりしていた。
ぺったん。ぺったん。
なぜか音の無くなった脱衣所で風呂場の方から何かが這い回るような音が聞こえてきた。その音は反響するように大きく響き、不気味さをより一層引き立てる。
ぴちゃ。ぴちゃ。
水音が聞こえた。最初は天井から落ちた水滴が鳴らす音かと思ったが、それにしては頻度が多いように思える。
「準備はよろしくて?」
「うん。やろうか」
二人は顔を見合わせ頷くと先を歩く恵麗奈が勢い良く磨りガラスを開いた。
「うっ」
目の前の光景に思わず美憂が呻く。ドス黒いと感じたのは全てカビや垢といった汚れだった。床どころか壁に天井と全てに張り付けられ、そのせいで灯りがあるのに洞窟のように暗い。
一度来た時の綺麗だった風呂場とはかけ離れた光景に脳が理解を拒む。あまりにも気持ち悪い光景に二人の腕に鳥肌がブワッと広がった。
臭いもかなり強烈でその原因は浴槽にあった。汚泥のような穢れが温泉のように溜められて、ごぽりごぽりと底から泡を立てる様子は長年放置された下水道のようだ。
「美憂! 上ですわ!」
あまりの汚さに呆然としていた美憂だったが恵麗奈の叫び声に慌てて上を見た。何個かある浴槽、その中で一番遠い浴槽の真上の天井になにかがいる。
それは人型ではあるものの服は着ておらず、皮を剥がされたように全身が真っ赤に染め上げられていた。
ボサボサに生えた長い髪の毛は重力に従って垂れており、汚れ切った髪の間から触手みたいな真っ赤な舌が伸びて浴槽の穢れに浸かっている。
像が鼻で物を取るように長い舌で器用に穢れを掬うと口元へ持っていく。穢れを食べているのかぴちゃぴちゃと音を立てる音がやけに響いて聞こえた。
「あれが垢嘗か。生理的嫌悪で近寄りたくないんだけど」
「そうは言ってられませんわ。牛頭鬼! 力を貸しなさい!」
恵麗奈の額に角が生えてドレスが真っ黒に染め上がる。しかし牛頭鬼に力を借りるための叫びが聞こえたのか、垢嘗は食事を中断するとぐりんとこちらに顔を向けてきた。
赤黒い顔に瞼を切り取られたようなぎょろりとした大きな目が爛々と光る。こちらを映す黒目はまんまるに見開かれた大きな目からは不釣り合いなほどに小さい。
頬まで裂けた口からはダラリと長い舌が垂れ下がり、舌先からはヨダレなのか茶色い雫がポタポタと垂れていた。
ぺったん! ぺったん!
垢嘗は重力を無視するように天井に張り付いた状態で這うように近づいてくる。口元は大きく釣り上がり、笑顔のような形相で近づいてくる垢嘗はとにかく不気味だった。
「天井にいられるとやりにくいな。銃を撃って旅館の天井に銃痕残したら問題になりそうだし。恵麗奈はなにか手段あったりしない?」
「それならちょうどいいのがありますわよ!」
恵麗奈は洗い場に手を向けた。すると全てのシャワーから勝手に水が流れ出し、その水を一つにまとめて大きな水球を作り出す。
「貴方汚すぎますわ! 一度洗い流した方がよろしくてよ!」
水球をこちらに迫ってくる垢嘗にぶつけると、怯んだように天井から床へと降ってきた。
「凄いね。いつの間にそんな超能力みたいなことできるようになったの?」
「河童を食べたお陰ですわ。あれで力を取り込んだので、わたくしある程度の水なら操作出来るようになりましたの」
恵麗奈は喰らった妖怪の力の一部を使用することができる。先程の水球は河童の力とのことだが、もし岩手で河童がこれを使えば苦戦していただろう。川ではなくて森の中で戦えたことに改めて源三に感謝した。
「よし。それじゃ退魔の時間だ。湯川さんと今も起きない被害者達のため。そして何より百万円のために狩らせてもらおう」
美憂はフードを被り真っ赤な瞳を浮かび上がらせる。
垢嘗退治が始まった。
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